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再生 2話

良子は色々なことに想いを巡らせながら、学校からは自宅より少し離れた場所にある親戚の家に向かっていた。
誰が父親を殺したんだろう。先生は直接的に父親が殺されたとは言ってなかったが、会話の雰囲気や父親の身の回りのことを考えればきっと事故でも自殺でもなく殺されたんだという確信が良子にはあった。
あいつは自殺するような人間ではないし、何より人から恨みを買いまくっている。
元々進学するようなお金が家にはないし、これで高校を卒業したら一人暮らしを始めて生活していくことが決まった。それとも中退してなるべく早くから一人暮らしになるのだろうか。これからお世話になる親戚があの父親の娘である私のことを、同情はしていても心を許していないのは以前から伝わっている。

「はぁ」良子はため息をついた。親戚の家に行くのが憂鬱になっている。
お決まりの人形劇がそこでもきっと始まる。私が着いたらまず出迎えてくれるのはきっと親戚の叔母さんだろう。手にはハンカチでも持ってるのかしら。「良子ちゃん、私たちがついてるから気をしっかりね」とか優しい口調で言うのだろうか。私はそこでもきっと沈痛な面持ちで、「はい。ありがとう叔母さん」と声にならないようなか細い声で俯きながら言うの。少しくらい泣いた方がいいかしら。
みんな正解を知っている。それに、正解しか選べない。それってなにか意味があるのかな。
好き勝手に生きて、酒に酔ったときや機嫌が悪いときには私に暴力を振るって、金に困ったら私がバイトして貯めたお金を勝手に財布から抜き出しては酒を買うか女に貢ぐかして、人に迷惑しかかけずにさっさと死んでいったあのクズの方がよっぽど自由だ。
そんな風に思っちゃうんだから、私は紛れもなくあの腐った血を引いている。いつ死んでもいいから、私も少しだけ自由になってみたいよ。

そう思いながら自分が泣いていることに、良子は自分でもひどく驚いた。
この涙の感情が自分でもわからなかった。父親が死んだことの悲しみなんて全くない。親戚の家で暮らすのは億劫だけど、今までの生活に比べたらよっぽどマシだろう。なのになぜ、こんなに悲しいのだろうと思った。

***

良子が親戚の家に着いたのは正午を少し過ぎた頃だった。良子が父親と二人で住んでいたワンルームのアパートとは全然違う、閑静な住宅街にある少し年季が入ってはいるが十分すぎるほど立派な二階建ての一軒家だ。
予想通り叔母さんがドアを開けて出迎えてくれて、多少の誤差はあったが概ね良子が思った通りの会話が始まった。
叔母さんは良子の父親の妹だ。父親の生前は叔母さんも父親を心底憎んでいたように見えたが、いざ死んだ手前それを喜ぶ姿を人に見せるのは自分のモラルが許さないのだろう。良子に見せた表情は、悲しみを押し殺して良子を思いやる優しい叔母さんだった。叔母さんは悲しむ演技をこれからも続けていくのだろうなと良子は思った。
良子もその流れを崩さないようにして、父親を突然失った悲しみや喪失感とか事態を受け入れられずに呆然とした表情を想像しては浮かべてみせた。
きっと本当は意味なんてないけれど、これをしなければ変な目で見られるのだから、やる意味はあるのだろう。

「良子ちゃん、この部屋を使ってね。何かあったら遠慮しないでなんでも言ってね」
叔母さんは、急いで部屋の荷物だけ取り除いて片したであろう、昔から使っていた生活感が隠れていない二階の隅にある部屋を良子にあてがった。
「ありがとう叔母さん。これからお世話になります」そう言って良子は部屋に入った。叔母さんはその様子を少し眺めて良子の落ち着いた様子を見て安心したのか、そっとドアを閉めて一階に降りていった。
部屋に一人になると、ベッドに横になって目を瞑った。新しく下ろしてくれたらしいシーツの下ろしたての匂いを感じながら、なにも考えずにぼーっとして疲れた頭と体を休めた。

目を開けて時計を見たら、時刻はもうすぐ三時になる時だった。気づいたら眠っていたらしい。部屋を見渡すと綺麗に畳まれた部屋着が置かれている。良子のために用意されたものみたいだ。
良子は制服を脱いで、姿見鏡の前に立った。
下着姿の自分の身体をじーっと見つめた。
薄い胸、肋骨が浮き出たお腹、小さなお尻、細い足。骨張っていて痩せ細った全身のいたるところに痣があり、華奢で痛々しい子どものような体からは、年頃の女性的魅力は全くないなと思った。
これも全て父親だったもののせいだ。けれどそのおかげで、あの獣に犯されずに済んだのだからマシだったのかもしれない。

着替えが済んでまたベッドに座り、ゆっくりと今後のことを考えていたら玄関から声が聞こえてきた。
叔母さんの中学生の息子が帰ってきたみたいだった。バタバタと靴を脱いで鞄を玄関にドサっと置いて居間に向かったようだ。
急に静かになった。多分、居間にいる叔母さんが事件のことや今後私が一緒にこの家に住むようになることを息子に話したのだろう。
静かになった居間から、私の存在への不満の空気が漏れ出てこの部屋までたどり着いてくるようだった。
顔を合わせる時は、精一杯にこやかに愛想よく挨拶をしよう。中学生に媚びるなんて屈辱だけど、可愛くもないガリガリの貧弱女で居候の身分の私はここの家の息子よりもよっぽど力も立場も下なことはわかる。
怒らせないように、抜け目なく乾いた笑顔を浮かべるのだ。
人形のように誰の機嫌も損ねずに過ごすのだ。

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