#8 製品ビジョンを探索する強力なチームづくり
この記事は、NETFLIXで最高製品責任者(CPO)を務めていたGibson Biddle 氏によるプロダクト戦略に関するエッセイ、8. The GLEe Model の翻訳記事です。(翻訳許可取得済み)
これまでのあらすじ
これまで、プロダクトのロードマップを定義するためにいくつかのフレームワークを紹介してきました。
□ DHMモデル:プロダクト戦略の仮説を出すためのフレームワーク
Delight : 顧客に喜びを届ける仮説は何か?
Hard-to-copy : 他社に模倣されにくくするにはどうすべきか?
Margin-enhancing : 利益を生むにはどうすべきか?
関連エッセイ:「1. DHM モデル ー コピーされにくく、顧客が喜ぶ、利益を高めるプロダクト戦略」「2. DHMモデルから製品戦略へ」
□ プロキシメトリクス:プロダクト戦略の良し悪しを評価するための指標
関連エッセイ:「3. 戦略からメトリクス、戦術へ」「4. 事業仮説を正しく測るプロキシメトリクス」
また、Netflixでの戦略の実行例を見ながら、具体的なロードマップに落としていく流れを確認してきたのでした。 (「6. Netflixにおけるパーソナライズ戦略」、「7. 戦略からロードマップへ」)
今回は、ロードマップができたタイミングや、すでにロードマップがある場合についてです。ロードマップはできたが、チームがうまく機能しない、何か物足りない、という際に効果的なエッセイになっています。
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プロダクト戦略だけでは不十分
企業が成長するにつれて、各方面からプロダクト戦略に関していくつかの批判や不満が出てきます。
・チームからの批判:ロードマップ上のプロジェクトは理解できるが、
各プロジェクトがどのように連携しているかはわからない
・投資家からの不満:十分大きな製品に関するビジョンがないと感じる
・プロダクト開発チームの不安:短期的な目線に集中しすぎているのではないかと不安がある
これらの不満や不安、批判に対して、プロダクトマネージャーやチームリーダー、経営陣はどのように対処していくべきなのでしょうか?
製品ビジョンを探索するためのGLEeモデル
私のNetflixやその他のスタートアップでの経験を踏まえた、一つの答えがGLEeモデルでした。
GLEeモデル:
1. まずどのプロダクトで会社を成長させるか (Get big on)
2. 次にどんな流れをリードするのか (Lead)
3. そしてどう拡大していくか (Expand)
GLEeモデルは、プロダクトビジョンを形成することや、プロダクトのビジョンを探索するチームづくりに役立ちます。
このモデルは、チームが大きく長期的に考えることを促し、世の中に大きなインパクトを生み出す製品をつくるための、段階的なアプローチを明確にしてくれます。
また、このGLEeモデルを使って考えることは、金融アナリストであるJeff Kaganが発言した「一度限りに終わってしまう企業の成功」現象を回避するのにも役立ちます。(Jeff氏がYahoo!の終焉を振り返って発言した言葉)
"成功したどの企業も、成長市場の波に乗っている。2回目の大成功を生むために重要なことは、その波が消える前に新たな大波をつくることだ。"
ー Jeff Kagen
GLEeモデルによって、チームは「次の一手は何か?」を積極的に考えられ、チームは長期的な思考をすることができます。未来を作るためには、我々は楽観的で、大局的でないといけないのです。
そして、長期的な思考をすることは、短期的には実現できなかったことでも、可能だと思わせてくれます。そしてプロダクトをつくる上で、3〜5年の長期的なスパンで考えると、ほとんどのことは実現できるのです。
そして、GLEeモデルはさらに先の、10年や15年スパンでの思考を促すモデルです。
例えば、以下は2005年時点のNetflixの製品ビジョンです。
GLEeモデルは、それぞれのポイントの大文字を取ってきて名付けています。
2005年当時のNetflix製品ビジョン:
1. まずDVDレンタルサービスで事業を大きくしていく (Get big on DVDs)
2. 次にストリーミングの流れをリードする (Lead streaming/downloading)
3. そして世界中に拡大する (Expand worldwide)
※ ストリーミングは現在では一般的になっていますが、当時は「ダウンロードしながら映像を見る新しいダウンロード方法」でした。
※ また、原文では "Lead downloading" となっていますが、文脈を汲み取り、Lead streaming/downloading としてあります。
製品ビジョンにしたがって大きく成長したNetflix
この、一見シンプルに見える、「DVDサービス、ストリーミングの流れに乗って世界に拡大する」というビジョンには、実はいくつもの試行錯誤があります。
もともと、DVD配送サービスとして始まったNetflixは、当初2002年ごろをめどにデジタル配信で利益をあげることが見込まれていました。
一方で、現在行っているストリーミングサービスは2007年までは開始していなかったのです。2002年ごろのインターネットは、小さなサイズのビデオをやっと再生できるぐらいの速さしかなかったためです。
それから2007年までには、技術の進歩もあり、ストリーミング配信に投資を始めていました。
2005年のNetflixは、「DVDサービスで成長すること」「ストリーミングの流れをリードすること」「世界中に拡大すること」の3フェーズがそれぞれが3〜5年間続くと予想。
最初のフェーズである「DVDの領域で成長する」は、DVDプレーヤーの発売とECの成長という2つの大きな波に乗って事業の成長を実現しました。
NetflixはDVDのレンタルで、PMF (Product Market Fit) を達成し、ブランドと規模の経済の両方を構築する時間を手に入れたのです。
2つ目の「ストリーミングをリードするフェーズ」は2007年1月に始まりました。
DVDの配送サービスを世界中に広げることは、(世界中の郵送基盤を統合する必要もあり) 困難であったため、グローバルにサービスを展開するにはデジタルのみのサービスが必須でした。
そのため、2010年にはストリーミング配信のみに事業をシフトし、世界的にサービスを広げていきました。
時期を同じくして、Netflixではデバイスパートナーシップを拡大し、世界中のほぼすべてのTV、ゲーム、DVD Blu-Rayプレーヤー、モバイルデバイスでNetflixを視聴できるようになりました。
2012年ごろには、そのようなTVやゲームなどのハードウェアとの連携を通じて自然にユーザーを拡大させるような仕組みができつつあり、コピーが非常に難しいネットワーク効果を確立していきます。
Netflix最初のオリジナルシリーズであるLilyhammerは2012年に発売
そして2012年、Netflixではストリーミングに次いで次のテーマ「オリジナルコンテンツ」への投資が始まりました。2007年に、他社と取り組んだ独占配信コンテンツの失敗を活かした再チャレンジです。
同じ年、自社オリジナルコンテンツ「Lilyhammer (リリーハンマー)」をリリース。翌年には「House of Cards」へ1億ドルを投資し、世界的なヒットをもたらしました。
2018年には、拡大するNetflixの経済圏はコピー不可能なものに成長し、オリジナルコンテンツへの投資も100億ドルにも到達したのです。
長期的に事業を発展させていくために
製品戦略と同様に、GLEeモデルで考える3つの仮説は、事業の核となるようなトップレベルのの仮説です。
これらの仮説は、あなたのサービスやスタートアップが「10〜15年にわたってどのように発展するか」を物語るのに役立ちます。
フェーズを間違ったり、順序を取り違えたりすることがあるかもしれません。それでも現実的で、大きな賭けをすることができるので、チームは現実のものごとがどのように作用するのか、プロダクトや製品がどれほど大きくなるのかを想像することができます。
大きく考えられる一方で、GLEeモデルは、一度にすべてを実行する必要がないことも認識させてくれます。
Netflixは、ストリーミングを開始する前の8年間、DVDの配送サービスに注力していました。そして、グローバルに拡大する前に、ストリーミングに移行する必要がありました。最終的にNetflixは、自社の競合優位を築くために、オリジナルコンテンツへの大規模な投資をしながら、投資を回収するような規模の経済を必要としていったのでした。
GLEeモデルで長期的に考え、3つのフェーズに分けることで、やらないことが決まっていくのです。
現在、Netflixはほとんど世界中で利用が可能です。(中国を除く)
製品を大きく伸ばす鍵となる戦略を見つける
GLEeモデルで考える3つのフェーズと、DHMモデルから考えるプロダクト戦略を一緒に見てみましょう。あなたは自分の製品の可能性に気付いてくるかもしれません。
Netflixでは、DVD配送サービスのころも、ストリーミングに注力していたころも、どのフェーズでもパーソナライズ戦略がフェーズを次に進めるための大きなパワーを与えてくれました。
同社がDVDレンタルサービスで大きくなったとき、パーソナライゼーションは高品質で利益の大きなコンテンツを発掘し、成長に一役買いました。
ストリーミングサービス開始初期の頃は、Netflix上のコンテンツが限られていたのもあり、パーソナライゼーションのおかげで、(少ないコンテンツの中で) ユーザーは自分にぴったりのコンテンツを見つけ、楽しむことができました。
グローバルに拡大していく際も、パーソナライゼーションによって、国籍に関係なく、ユーザーが大好きな映画をおすすめすることができたのです。
現在、パーソナライゼーションは、オリジナルコンテンツへの投資を適切な規模にコントロールするのに役立っています。
今やNetflixのパーソナライゼーションは言わずと知れた素晴らしい戦略となり、Netflixをここまで成長させた重要な要因となっています。
1億5千万人のユーザーの好みから、1億人は「ストレンジャーシングス」をストリーミングし、1千万人は「ボージャックホースマン」を視聴する、といったことを合理的に予測できるようになったのです。
十分な情報量や、ストリーミング時間や好みなどに関する正確な予測の仕組みがあるため、Netflixでは多くの優れたニッチコンテンツを作成できます。そして、それらが時折世界中で大ヒットする可能性もあるのです。
このように、企業の成長の複数のフェーズに作用するような精度の高いプロダクト戦略を見つけることはまれです。しかし、そのような仮説を発見し、突き詰めることで、コピーの困難な巨大なアドバンテージが構築されます。
プロダクト戦略をつくるためのエクササイズ
あなたのプロダクトや製品、会社の展望をGLEeモデルを使って、説明してみましょう。その際に、次の3つの質問が考えるためのヒントになります。
1. 会社を成長させるプロダクトは何か? (Get big on 〇〇)
・会社や事業が最初の3〜5年間で「大きくなる (Get big on)」ことを可能にする最初のプロダクトは何ですか?
・NetflixでいうDVDレンタルサービスのように、DVDプレーヤーやECの波に乗って、プロダクトが急速に伸びる傾向はありますか?
・あなたの会社に言い換えると、乗るべき波と波に乗るためのプロダクトは何ですか?
2. どんな流れを牽引するのか? (Lead 〇〇)
・どんな潮流やトレンドを引っ張る存在になりますか?今後3〜5年で、あなたの製品や会社が乗るべき次の波は何ですか。
・Netflixでいうストリーミングに相当するようなものはなんですか?
3. 大きく拡大するにはどうすべきか? (Expand 〇〇)
・あなたのプロダクトが大きく成長し、ある程度のポジションを確立した時、それをさらに拡大 (Expand) するにはどうすればよいでしょうか。
・ブランドやネットワーク効果、規模の経済、プロダクト自身がこの時点で持つ独自のテクノロジーや競合優位生を考えると、次に乗るべき波は何ですか?
上記の質問への回答を反映して、あなたの会社のGLEeモデルを以下のように完成させます。
製品ビジョン
どうやって大きくするか (Get big on):
どの潮流をリードするか (Lead):
どう拡大していくか (Expand):
次のエッセイでは、企業の成長と、ユーザーエンゲージメント、収益化の優先順位付けをどのように考えるとよいかについて説明します。
次のエッセイ: 9. 組織のフォーカスを決めるGEMモデル
このシリーズの索引
0. いかにプロダクト戦略を定義するか
1. DHMモデル
2. DHMモデルから製品戦略へ
3. 戦略からメトリクス、戦術へ
4. 事業仮説を正しく測るプロキシメトリクス
5. 戦略を実現する施策の出し方
6. Netflixにおけるパーソナライズ戦略
7. 戦略からロードマップへ
8. 製品ビジョンを探索する強力なチームづくり
9. 組織のフォーカスを決めるGEMモデル
10. 戦略を議論する場の設計について
11. プロダクト戦略のケーススタディ:Chegg
12. プロダクト戦略作成の手引き
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