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#11 プロダクト戦略のケーススタディ:Chegg

この記事は、Netflixで最高製品責任者(CPO)を務めていたGibson Biddle 氏によるプロダクト戦略に関するエッセイ、11. Case Study: Cheggの翻訳記事です。(翻訳許可取得済み)

今回のエッセイについて

Netflixを経て、教科書レンタルのスタートアップCheggにCPOとして参画したギブソン氏が、どのようにプロダクト戦略を実行したのか、どのように初年度で150億円の収益を上げたのか、について触れています。

✍️  見どころ・ポイント
・これまで出てきたフレームワーク (DHMモデル, GLEeモデル, GEMモデル) をどのように活用して機能するプロダクト戦略に落とし込むか
・ロードマップをつくっていく上で重要なことは、「詳細な戦術、プロジェクトを決めきる」ことではなく、「全体のストーリーを共有できること」

これまでのあらすじ

10回に分けて、Netflixの戦略設計と実行するための組織作りについて見てきました。Netflixではプロダクトリーダー (PdM) が担当領域のロードマップをつくり、四半期ごとに全体で集まり戦略の見直しをしていたのでした。

▼ ロードマップに落としていくまでのプロセス

▼ 四半期の戦略会議について

今回は、Netflixでのこれらの経験を活かしてギブソン氏が次のスタートアップ、Cheggを上場まで導くケーススタディとなっています。

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教科書レンタルのスタートアップに、製品戦略フレームワークを適用する

2010年にCPO(チーフプロダクトオフィサー)としてCheggに入社しました。

同社は2001年に「大学生のためのCraigslist」として設立されましたが、2008年に教科書レンタルサービスを開始するまでは注目を集めませんでした。

私がCheggに入社した1年目の終わりまでに、1億5,000万ドルの収益を上げました。

これは私がCPOとしてジョインしたのち、どのようにCheggにプロダクト戦略を当てはめていったのか、についてのエッセイです。

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2010年サンノゼ州郵便室でのCheggの教科書レンタルボックス

GLEeモデルによる製品ビジョンの構築

2010年、GLEeモデルをCheggに適用しました。

✍️  おさらい:GLEeモデル
1. Get big on : まず会社を成長させるプロダクトは何か
2. Lead : 次にどんな流れをリードするのか
3. Expand : そしてどう拡大していくか
参考:8. 製品ビジョンを探索する強力なチームづくり
Chegg製品ビジョン:
1. まず教科書領域で会社を成長させる (Get Big on Textbooks)
2. 次に教科書の電子化の流れをリードする (Lead eTextbooks)
3. 他の学生向けサービスへ拡大する (Expand into other student services (jobs, internships, etc.)

教科書レンタルサービスで事業が大きくなることができるのは明らかでした。私たちのサービスは、学生が200ドルを出して新しい教科書を購入するのではなく、50ドルで教科書を借りることができるという、学生にとって圧倒的な価値を提供していたからです。

NPSは、50点代から70点代に急速向上しており、大学生に喜びを届けている一つの重要な兆候でした。

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現在のCheggのサイト

Netflixと同様、Cheggは3〜5年で物理的な配信からデジタルサービスに移行すると思っていましたが、現実は違っていました。デジタル教科書 (eTextbook) への移行がまだ起こってない理由は3つあります。

1. 学生がデジタルな教科書を好まなかった

私は学生がすぐにデジタル教科書を採用することを期待していましたが、現実は逆でした。学生たちは、物理的な本を重要視していました。なぜなら、両親が本を読んでいるときに、親の膝の上に座っていたなど過去の体験を重要視していたためです。eTextbookにはほとんど興味がありませんでした。

2. デジタル教科書へ移行する理由がなかった

デジタル教科書を好まない学生は、物理的な本に執着する理由がありました。当時は、物理的な本では、デジタル教科書よりも簡単にマーカーを使って文章に線を引くことができたのです。

3. 出版社の反対

出版社は、eTextbookの価格を新しい物理的な教科書の価格に近づけることを主張していました。彼らは非常に収益性の高い紙の教科書ビジネスから、新たなビジネスモデルに移行することにほとんど関心がありませんでした。

上記の事柄は、現代では当たり前のように思われることばかりかもしれません。しかしながら、私たちのとっては見つかるまで長い道のりでした。

教科書レンタル事業が成長するにつれ、私たちは新しい分野への成長の兆しをつかんでいきました。次に攻めるべき領域は、大学生の「宿題のサポート」なのではないか、と思い始めたのです。

まずは教科書のすべての答えに対する解説を提供することから始めました。その後、私たちは他の宿題のサポート領域(執筆ヘルプ、個別指導、フラッシュカード)に拡張して、「Chegg study」と呼ばれる月額サブスクリプションサービスをリリースしたのです。

現在、Cheggの収益のほぼ半分はサブスクリプションからのものです。したがって、2012年にeTextbooksが私たちのビジネスの重要な部分ではないことが明らかになったとき、私たちは製品ビジョンを決める「GLEe」モデルを修正しました。

Chegg製品ビジョン ver. 2:
1. 教科書レンタルサービスで大きくなること (Get Big on textbook rental)
2. 宿題のサポート領域をリードすること (Lead homework help)
3. 学生向けサービスへ拡大すること (Expand into other student services)

Cheggはまだ、「学生向けサービス」としてはまだ初期段階のフェーズにありますが、近いうちにそこに到達するでしょう。彼らは現在、4億ドルの収益に迫る上場企業であり、時価総額は50億ドルです。(2019年現在)

DHMモデルで戦略仮説を出す

次に、CheggでのDHMモデルの実践について紹介します。

✍️  おさらい : DHMモデル (プロダクト戦略の仮説を出すためのフレーム)
Delight : 顧客に喜びを届ける仮説は何か?
Hard-to-copy : 他社に模倣されにくくするにはどうすべきか?
Margin-enhancing : 利益を生むにはどうすべきか?

関連エッセイ:「1. DHM モデル ー コピーされにくく、顧客が喜ぶ、利益を高めるプロダクト戦略」「2. DHMモデルから製品戦略へ

顧客に提供する喜び (Delight)

・低価格の教科書レンタルを通じて圧倒的な価値を提供する
・デジタルの教科書で、教材にすぐにアクセスできるようにする
・生徒が履修を取り消した場合、または教授が教科書を使用しないことが明らかな場合に備えて、21日間の返品ポリシーを提供する
・教科書の後ろにあるすべての問題に対する解説を提供する
・教科書を簡単にレンタルできるよう、キャンパス内にキオスクを設置する
・生徒が授業のノートを売買できるようにする


コピーされにくい点 (Hard-to-copy)

・「生徒グラフ」の作成:各キャンパスのすべてのコースのデータを作成し、コースに含まれるすべての教科書と内容を把握する
・独自のパーソナライズ技術の開発:上記の生徒グラフデータを使用して、この機能を構築
・大量の中古の教科書を購入することにより、規模の経済を実現
・バイラルブランドを構築し、目立つ大きなオレンジ色のボックスでキャンパス全体に広める
・世界中のチューターがCheggのプラットフォームに答えを提供する「宿題サポートプラットフォーム」を通じてネットワーク効果を形成


収益性を高めるポイント (Margin)

・教科書レンタルの継続的な価格テストを実行し、ボリュームと価格のバランスを正確に判断
・無料と有料の配送を実験
・各ボックスの無料アイテム、オンサイトのバナー、スポンサーエリア/サービスを通じて広告/スポンサーシップビジネスの検証
・デジタル教科書で、利益率の高いデジタルサービスに変革


D, H, Mを組み合わせて高レベルの戦略へ

上記の「DHM」のアイデアと実験を整理するにあたり、次のプロダクト戦略を採用しました。

1. 学生グラフ戦略
2. パーソナライゼーション戦略
3. ソーシャル戦略 (Facebookライクなフィードの作成)
4. 価格とプランの調整戦略
5. 利益率の高いデジタルサービス化戦略
6. ブランド認知の向上戦略

戦略、指標、戦術を決める

以下は、2011年頃のCheggが決めた戦略・指標・戦術になります。

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これらの戦略のほとんどは、私たちのソーシャル戦略を除いて、 (程度の差はあれ) 成功しました。

ソーシャル戦略に関して、Facebookスタイルのフィードを作成しましたが、効果はあまりありませんでした。

しかし、キャンパス内の大きなオレンジ色のボックスで補強されたブランドは、バイラル成長を経験しました。

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Cheggを利用すると、ブランドカラーで統一されたボックスが届く (出典)

GEMモデルの適用

私は、Cheggに入社したとき、サービスの成長、ユーザーのエンゲージメント、事業の収益化に対する優先順位について議論しました。

✍️  おさらい:GEMモデル (事業の優先度を決めるためのモデル)
1. Growth = ユーザー数や各種指標の成長
2. Engagement = ユーザー満足度や、アクティブさなどのエンゲージメント
3. Monetization = サービスのマネタイズやビジネスモデル

参考:「9. GEMモデル - 組織の拡大に対して、ぶれない軸をつくる方法

私たちのCEOであるダンは、資本調達能力に自信を持ち、次のように「GEM」に優先順位を付けました。

事業の優先順位 ver. 1:
1. サービスの成長率 (Growth) : 

学生のアカウント数と収益の前年比で測定

2. ユーザーのエンゲージメント (Engagement) :
6か月間の教科書レンタルサービスの継続率、NPS、宿題のサポート機能の月次の継続率

3. マネタイズ (Monetization) :
収益、キャッシュフロー、ユニットエコノミクスによって測定

CFOのグレッグは、教科書レンタルのビジネスモデルがうまく機能しているかどうかを心配していました。当時は、中古の教科書を50ドルで購入し、それを3年間で3回レンタルして、収益性の高いビジネスを実現できると信じていました。

しかし残念ながら、このモデルを証明するには3年かかることになります。3年かかる検証を進めてしまったことは今でも反省しています。スタートアップがやるべきは急激な成長であるためです。


CEOのダンとCFOのグレッグの異なる意見は多くの緊張を生み出しました。最終的には、多少の言い争いも経て、次の順位になりました。

事業の優先順位 ver. 2:
1. サービスの成長 (Growth)
2. ユーザーのエンゲージメント (Engagement)
3. 収益化 (Monetization)

CFOのグレッグは、サービス成長を少し止めて、ユニットエコノミクスを証明することに時間を使いたかった一方で、CEOのダンは資金調達能力に自信があったため、最終的にはダンの意見が勝ちました。どちらが正解と言うことはありません。

これは典型的な「道は進んでみないことには決してわからない」状況です。結果的にではありますが、私たちはその後何度か資金調達をし、ビジネスモデルを証明し、前年比25%成長することに成功しました。2013年後半には会社を上場させました。

4四半期のプロダクトロードマップを進める

最後は、製品ロードマップの概要です。

Netflixの例でもお話しましたが、Cheggの場合でも、次の四半期にプロジェクトを実施することよりも全体的なストーリーを意識していました。

現在の四半期には多くの学びがあるので、次の四半期の計画は変更される可能性が高いと強調していました。重要なのは、各領域、各戦略がどのように結びつき、時間をかけながらどのように戦略が実現していくのかなのです

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2011年のCheggのロードマップ

ロードマップにはすべてのプロジェクトが含まれているわけではありません。顧客に面していないプロジェクト(公開するために必要な金融システムの作業など)については詳しく言及していません。

今回のロードマップは、プロダクト戦略が長期にわたってどのように展開するかを示す、「比較的抽象度の高いもの」を提供しました。

このプロダクト戦略シリーズの最後のエッセイは次のとおりです。

すべての演習を1つの記事にまとめたので、プロダクト戦略を形成するための段階的なアプローチをとることができます。私はGoogleスライド (日本語版はFigmaで作成) も提供したので、空欄を埋めることで、プロダクト戦略のSWAG (ざっくりとした見積もり) を構築できます。

最終エッセイ:12. プロダクト戦略作成の手引き

このシリーズの索引

0. いかにプロダクト戦略を定義するか
1. DHMモデル
2. DHMモデルから製品戦略へ
3. 戦略からメトリクス、戦術へ
4. 事業仮説を正しく測るプロキシメトリクス
5. 戦略を実現する施策の出し方
6. Netflixにおけるパーソナライズ戦略
7. 戦略からロードマップへ
8. 製品ビジョンを探索する強力なチームづくり
9. 組織のフォーカスを決めるGEMモデル
10. 戦略を議論する場の設計について
11. プロダクト戦略のケーススタディ:Chegg
12. プロダクト戦略作成の手引き




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