見出し画像

カセット・テープに十曲、コンピレーション・アルバムを作る(日本の名曲②)

A面
夢の中へ
私鉄沿線
LOVE (抱きしめたい)
大阪で生まれた女
親父の一番長い日

B面
15の夜
J・BOY
Wild Heart -冒険者たち -
お家へかえろう
energy flow 

■コンピレーション・アルバム 日本の名曲②
今回のコンピレーション・アルバムは前回に続いて普段、聴かないアーティスト、ただし、男性アーティストで統一、合わせて、浜田省吾、佐野元春、長渕剛、尾崎豊を入れることは絶対条件としました。1980年代が十代だった立場からするとこの四人は言わばシンガーソングライター四天王です。現代的に言えばシティ・ポップ四天王ということになるのかもしれませんが、いずれにしても春夏秋冬みたいに収まりが良いです。人によっては異なるのかもしれませんが個人的には並べ甲斐のある四人です。これらと組み合わせる六人はグループ・サウンド出身の二人、フォークに関連した二人、昭和のアイドルが一人、これら以外が一人で構成しました。やはり、古い曲から並べています。喜怒哀楽もバランス良く散らばっていて特に一曲目が楽に位置付けられる曲が置けたのも良かったです。先の四人はブルース・スプリングスティーンを連想させられます。したがってブルース・スプリングスティーンの名盤の数々をイメージして選曲しました。因みにバンドだったらBOOWY、ブルーハーツ、レッド・ウォーリアーズ、ストリート・スライダーズはローリング・ストーンズみたいでした。この四組は四人組、春夏秋冬みたいに収まりが良過ぎて気持ちが良いです。この四組でコンピレーション・アルバムを作ってみるのも面白いかもしれません。

「夢の中へ」
「夢の中へ」は1973年にリリースされた井上陽水のシングル曲です。本人は否定しているらしいですが家宅捜査でのやりとりと思って聴いています。一方、前向きなメッセージとして励みにもなっていて明るい曲なので楽しい気分になっている曲です。効いているのか本人は浮かれ気味に歌っていて益々、疑いが強まります。お巡りさんに踊ることを誘ったとしても応じるはずもなくそれを想像して踊っているお巡りさんは間が抜けていて尚更、楽しい気分になってくる好循環な曲です。この曲のように聴く側の解釈が違ってくる曲や実際のところはどうなのかはっきりしない曲、後に真意を明かされて驚かされそれまでと異なった印象に変わる曲があります。例えばポリスの「見つめていたい」はストーカーの立場で歌われていて、荒井由実の「卒業写真」は同級生の異性と思い込んでいたらユーミン本人が慕う同性の先生だったことを明かされました。確かに遠くで叱ってとなっていて納得させられます。RCサクセションの「雨上がりの夜空に」は分かりやすいですが「夢の中へ」と同様に絶妙な茶化し加減です。キヨシローと関わりの深い井上陽水、「夢の中へ」はそれも納得させられる曲でもあります。

「私鉄沿線」
「私鉄沿線」は1975年に発表された野口五郎のシングル曲です。ギターが弾けてその腕前も確かという話を聞いていたので親近感を寄せていた野口五郎、さかのぼると1990年代のモノマネ番組でビジー・フォーのレッド・ツェッペリン、つまり、ギター演奏を絶賛、完コピと評していたのがそのきっかけでした。三井ゆりと結婚したのもモノマネ番組が縁と記憶、調べるとそのように記されていました。「私鉄沿線」を聴いたのはリアル・タイムではなくて後の名曲を紹介する歌番組で知って好きになりました。既に三十歳を超えるか超えないかくらいの頃だったと思います。恋愛に関しては望んでいる未来よりも振り返る過去のほうが身近に感じられていたことが後押しになっていたのかもしれません。以来、なんとなく、忘れない曲になっていました。忘れないのは年齢的なタイミングよりも曲の良さが要因と思いますが、つまり、名曲というのはこのような曲のことを言うのだと思います。1970年代の雰囲気、終わった恋の虚しさや哀しみ、付随して楽しい頃の記憶、未練と期待が馴染みの喫茶店のコーヒーみたいに程よくブレンドされた曲です。野口五郎の遅めの結婚も意図せずこの曲に説得力を与えています。既に何度も引越しはされていると思いますが、歌詞には引っ越せないまま、帰りを待っていると記されています。

「LOVE (抱きしめたい)」
「LOVE (抱きしめたい)」は1978年にリリースされた沢田研二のシングル曲です。子供の頃から歌番組で馴染みのある沢田研二、当時は惹かれることもなかったですがエレファントカシマシや宮本浩次がカバーしたことで身近に感じられるようになりました。ベスト・アルバムを聴くと知っている曲ばかり、更に歌えるほど馴染んでいたのは意外でありました。脳裏に刷り込まれているのは思っていた以上に耳に入っていたことを示していて合わせて親しみやすい曲の良さを証明しているような気がします。「LOVE(抱きしめたい)」は不倫の歌、別れを決めた男の辛さがドラマチックに描かれています。普段、聴いている音楽に不倫を題材にしている曲はなくて新鮮、合わせて意外にも自身の好む音楽は健全だったことに気付かされました。ロックが好きな立場からすると歌謡曲の攻める姿勢や底力に軽い動揺の気持ちが芽生えました。とは言え、自身の趣味趣向を曲げてまで歌謡曲を聴くこともないと思いますが沢田研二は例外とされる歌手、アーティストの代表例と言えるでしょう。しかし、このような曲が売れているのに芸能人やタレントの不倫は厳しいマスコミや世間であります。

「大阪で生まれた女」
「大阪で生まれた女」は1979年にリリースされた萩原健一(ショーケン)のシングル曲です。1987年にシングル曲「愚か者よ」をリリースしたショーケン、その際のテレビ出演では独特のパフォーマンスに釘付けになりました。個人的にはSION を連想、後でSION 本人がショーケンを好んでいるという発言に納得しました。俳優としての経験が活かされているショーケンの歌、そのようなことも感じとりましたが「大阪で生まれた女」もその経験が活かされていて映画を味わうような感覚で聴いています。実際、物語みたいな歌詞で作詞作曲のBOROのそれは十八番まである大作です。カラオケで歌う定番曲というイメージもありますがこれには訳がありそうなのは疲労感なのではないでしょうか?歌うのはサラリーマン、昼間の疲れを引きずりながら夜の酒場で歌う姿が絵になります。歌詞の始まりから疲労を示していて曲調から誘導された歌詞なのかもしれません。「酒と泪と男と女」も同様に疲労感を感じられます。個人的にはショーケンと疲労感は切り離すことができないのはマカロニ刑事や小暮修を演じるショーケンはいつも疲れているイメージを拭い去ることができないからです。特にマカロニ刑事の殉職は疲れ果てた死にざまでした。

「親父の一番長い日」
「親父の一番長い日」は1979年にリリースされたさだまさしのシングル曲です。十二分三十秒という曲の長さから12インチシングルとして発表されました。この曲を初めて聴いたのは十代後半くらい、1980年代後半の夜のヒットスタジオ、確かデラックスと題して二時間の枠の中で省くことなく歌われました。嫁ぐ娘を持つ父親の悲しみを兄の目線で綴られています。兄はさだまさし本人ですが実際には妹は一度も結婚をしたことがないので作り話、でも、ありそうな出来事を的確に表現されていて涙を誘導させられます。子供を持たない立場からすると計り知れない悲しみ、喜ばしいことなのに切ないです。でも、孫ができれば狂喜乱舞の父親を連想させられますが、やはり、可哀想な父親であります。ありがちな結婚相手を殴らせろと詰め寄る父親、涙を滲ませ取り乱す様は哀れ、こんなに泣かせられる曲はありません。わたし自身も妻と結婚する際に義父の涙を見てしまいました。実は結婚を反対されていたわたし達夫婦、先ず同棲することを告げた妻、義父は慌てて上京、説得、わたしと会うこともなく帰宅、結局、同棲までには至りませんでしたが数年後に結婚しました。今ではあの時の義父の動揺や慌てぶりは笑い話になっています。

「15の夜」
「15の夜」は1983年に発表された尾崎豊のデビュー・シングル、ファースト・アルバムの「十七歳の地図」にも収録されています。中学ニ年生の時にリリースされた曲ですが初めて聴いたのは高校一年生の時、先生に対しての怒りや憎しみが強かったので強く共感、悔しさを重ね合わせて「15の夜」を聴いていました。停学になったことはありませんが通っていた高校は停学になると自宅待機ではなくて生徒指導室で自習、加えて髪を短くするという罰が与えられていました。停学に限らず、学力の成績が悪いと髪を短くしなければいけないクラスや先生によっては何かしらの行いから罰としてそれを強制するということもあったみたいです。息苦しさが「15の夜」へと誘導していましたが「卒業」も同じタイプの曲でした。幸い罰を受けることもなく高校を卒業、あの時の開放感は格別で十八歳の昼間でしたがまさに自由になれた気がしました。「15の夜」は尾崎豊の友達が同じような体験をしたことから作られた曲です。髪型を強制されることに強い抵抗がわたしにはありますが高校野球の球児の頭を見るとあの頃の息苦しさを思い出します。最近は長髪の球児を見ることも多くなりました。また、優勝した高校もそうでしたが、なんだか、復讐を果たしたような気分にさせられました。付随して自身の考えが間違いではなかったことを証明できたような気がしました。

「J・BOY」
「J・BOY」は1986年に発表された浜田省吾の曲で同名のアルバム・タイトル曲です。佐野元春、長渕剛、尾崎豊、それらと同列に並べたくなる浜田省吾ですが、1969年生まれ1980年代が十代だった立場からするとほんの少しですが上の世代の人達の音楽というイメージがありました。そして、距離を縮め身近に感じられるようになったきっかけが「J・BOY」でありました。虚しさで埋められた歌詞ですが励みになる曲です。1990年代後半、エレファントカシマシがブレイクするまで、まだ、それらはカラオケに入っていなかったので代わりに「J・BOY 」を歌っていました。宮本浩次ふうに歌うと気持ちが良かったです。宮本浩次は女性が歌う曲に限定したカバー・アルバムを発表しました。もしかしたら男性歌手に限定したカバー・アルバムをいつか発表するのでは?という期待を寄せた予想をしています。その際は「J・BOY」を選ぶことを望んでいます。この曲について調べてみると面白いことが書いてありました。この曲の発表後、JRやJ -WAVE等、やたらとJをつけたがるようになったそうです。確かにJ・リーグもこの曲の数年後になります。

「WILD HEARTS -冒険者たち -」
「WILD HEARTS -冒険者たち -」は1986年にリリースされた佐野元春のシングル曲、アルバム「Cafe Bofemia」にも収録されていて先行シングルになります。アルバムでは二曲目、一曲目が短いインストゥルメンタルなので見かたによってはアルバムの一曲目、それに相応しい清々しい曲です。高校生の頃にラジオからよく流れていた曲、佐野元春のラジオ番組を聴いていたので必然的にそのようになりました。歌詞が示すように仕事をする大人に憧れを抱いて聴いていたような気がします。折角の土曜日なのに仕事と思いながらも受け入れる姿勢が大人で尚且つ知的で都会的な雰囲気を感じとりました。例えば出版社、原稿の打ち合わせか何かで自動車に乗っているようなイメージ、当時、佐野元春が雑誌を作っていたことから誘導されそのように思ったのかもしれません。それほど先でもない数年後、わたしは社会人となり同じく自動車に乗って仕事をしている姿を想像しました。ラジオから流れる音楽は馴染みの曲、最新のヒット曲、知らなかった昔の曲、きっと、色々な音楽が流れてくるに違いありません。それらをなぞるようにこれからの人生に様々な出来事が訪れ、そして、去っては訪れを繰り返すことを漠然と想像したことでしょう。昔よく口ずさんだメロディ、まさにこの曲が現在ではそれになりますが、リリース時は対照的に未来を想像する曲でした。

「お家へかえろう」
「お家へかえろう」は長渕剛の曲、1990年に発表されたアルバム「JEEP」に収録されています。ハードなアコースティック・ギターに興奮、ハーモニカも良好なアクセントになっていますが、長渕剛と言えばこの組み合わせ、加えて喜怒哀楽の怒が強調されていれば尚更です。卒業をして働くようになると怒りたくなることも度々、立場上、性格上、それもできず、ストレスは溜まる一方でありました。恨み辛みの発散、その役割になっていたのが「お家へかえろう」でした。矛先は上司、客、それに限らず同僚にまで及びました。一言で表すなら狡さだと思います。曲だけでなくあの頃のドラマ出演で振る舞う長渕剛は過剰とは言え自身の分身、化身を見ているようで痛快でした。職場の先輩でも長渕剛を手本にしているような人がいました。怒りをぶち撒けることはなかったですが耐え忍ぶ姿が長渕剛、領域に入り込めない雰囲気で直属の上司も何もできない様子でした。その先輩とは仲が良くてカラオケにもよく行っていました。それに止まらず、アコースティック・ギターとハーモニカで歌って遊んだこともありましたが、やはり、自作曲は長渕剛の影響をダイレクトに示す怒りの歌でした。

「energy flow 」
「energy flow 」は1999年に発表された曲、坂本龍一の曲でインストゥルメンタルです。ジャンルはクラシックに位置付けられますがクラシックの良さが分からない立場でもこの曲を好きにさせる坂本龍一は凄いです。この曲が収められているCDは高セールス、CDを買うのはだいたいがファンだと思いますがそれ以外にも支持されたことになります。元々はコマーシャルで使われて広く知られるようになりました。自身も含めて多くの人が立ち止まり耳を傾ける魅力がこの曲にはあります。疲れを癒す作用がこの曲はありますがこれは年齢的なこともあるのかもしれません。十代の頃に聴いていたら見向きもしなかったのかもしれません。十代の頃の疲れは体力的なことで睡眠をとって身体を休めれば回復しましたが大人になると精神的なことも加わり単純ではありません。つまり、人間関係、学生時代のそれは疲れに直結するものではなかったような気がします。一方、年齢を重ねた人間関係になると煩わしさや哀しみがつきまといます。どうせなら深く関わらなければ良かったと後悔することも、でも、肉親になるとそうはいかないです。立場で様々な受け取り方ができますが本人だけのピアノ演奏は独りになりたい願望や憧れ、反して独りになってしまった寂しさや独りにならざるを得ない宿命を物語っているかのようです。いずれにしても哀しみや疲労感を癒す「energy flow 」です。




この記事が参加している募集

私のプレイリスト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?