見出し画像

カナダ滞在記#8 旅の終わり

5日間のフェスティバルが終わり、テントの中で朝を迎えた。テントを片付けてバンクーバーまでヒッチハイクで戻らなければならないが、とりあえずいつものようにウェルズの村の中に行き、目覚めるためのコーヒーを求めた。

村の真ん中に芝生の生えた小さな丘があり、みんな不思議とその丘に集まってくる。コーヒーの入ったマグカップを片手に、一人また一人と眠たげな顔をした人たちが集まってきて自然と会話が始まる。

このアーツウェルズで出会った人が僕の隣に座り、会話をし始めた。僕が「今日、ヒッチハイクで帰るんだ」と言うと、
「パーティには出ないの?」と訊かれた。
パーティって何のこと!? と思ったが、どうやらボランティア、出演者、フェスティバルスタッフのみが出られる「打ち上げパーティ的なもの」が、祭りが終わった次の日の夜、つまりはこの日の夜に開催されるらしかった。

「もう1日祭りが増えた! ラッキー!」と浮かれたのも束の間、ふと不安が頭をよぎる。もう1日長く滞在してもいいが、ボランティア、出演者、スタッフ以外の参加者たちは全て帰ってしまうので、今日ヒッチハイクをすれば今日帰る参加者の誰かについでに乗せていってもらえる可能性があるが、今日ヒッチハイクをしなければその可能性はゼロになるのだ。

当然フェスティバルのスタッフはウェルズ(地元)の人が多いので誰も帰ることはない。つまり実質ボランティアか出演者の誰かに乗せていってもらえなければならず、帰りのことを考えるとパーティに参加するべきか否か判断に迷った。

それでも僕は好奇心を最優先にして生きているような人間なので、どうしてもその打ち上げパーティがどんなものか気になって仕方がなかった。帰れなければその時はその時、最悪キャンプ道具はあるからウェルズに滞在すればいい、と心に決めパーティに参加することに決めた。

夜になり、村の中心にある講堂の屋内ステージでパーティが始まった。

テーブルにずらっと食べ物が並び、バイキング形式で自由に食べていいスタイルで、ビールだけは有料だった。みんな飲み食いしながら、ステージで披露されるライブを見て過ごした。

こう書くと、この5日間の祭りと変わらないように思えるが、実際には全然違った。

というのも、この5日の間に知り合いがどんどん増えていったからだ。特に僕はボランティアをしていたので、他のボランティアやフェスティバルのスタッフの人たちと多く関わることになる。もちろん、全員と会話をしたわけではないが、全く見たことのない人はいなかった。

初日では誰も僕のことを知らなかったし、僕も誰のことも知らなかった。しかし5日間をアーツウェルズで過ごした今、お互いに知り合いになった人が増え、パーティ会場はカナディアンがもともと持っているフレンドリーさに加えて、見知った人同士が生み出すあたたかい雰囲気で包まれていた。

赤の他人同士だった人たちが、たとえ数日の間でも関わり合うことで、人と人の間には少なからぬ結びつきができ、その結びつきは一人一人が安心していられる場所を作っているように僕には見えた。

そして打ち上げパーティも半ばが過ぎ、僕は椅子に腰掛けつつビールを飲みながらライブを見ていた。そこで僕の隣に座ろうとした男性の足が、椅子にひっかかり、漫画や映画でよくあるシーンのように持っていたビールをド派手に僕にぶっかけてしまった。

男性はパニックになりつつ僕に謝った。
僕が「ビール好きだから、もっとかけてくれよ」と冗談をいうと男性は笑ってくれて落ち着いたようだった。

男性はこぼしたビールを拭き、どこかへ去っていったかと思うと、これまた漫画でしか見ないような馬鹿でかいジョッキにビールをなみなみついで戻ってきて、「さっきは本当に申し訳なかった。これは奢りだ」と言うので、一緒にビールを飲み干していった。

そうやって過ごしていると、突然、知らない女性が「あなたが◯◯(僕の名前)ね」と言って話しかけてきた。

このフェスティバルで見た中で僕のような素人でもわかるくらいに明らかに断トツでダンスが上手な人で、何度か見かけたがお互いに関わったことはなかった。

「私は、リバーっていうの」
「川のリバー?」(英語で"川"はRiver)
「そうそう、川のリバー」

後に知ったが、ヒッピーの人たちは自分の子供に英単語を名前としてそのままつけたりすることがあるらしい。実際に、ハーモニー(Harmony)とか、チャンス(Chance)という名前の人たちに出会った。

「私はバンクーバーから来たんだけど、もしよかったら一緒に乗っていってもいいわよ。バンクーバーから来た人を何人か乗せていくんだけど、ちょうど一人分空いてるの」

カナダで幾度となく感じたことだが、カナディアンの親切さとフレンドリーさには感動せざるを得ない。初対面で会話すらしていない僕に、知り合いの知り合いですらない人間に、ただ同じバンクーバーから来たというだけで一緒に帰ろうと誘ってくれるのだ。

帰りの手段を探していた僕は、リバーに深く感謝をして一緒に車に乗せていってもらうこととなった。

そして打ち上げパーティの最後の、本当に最後のライブが終わり、みんなそれぞれテントへと帰っていった。テントで仰向けに寝転びながら、昨日まで僕の中にあった名残惜しさのようなものが、いい意味で消え去っているのに気が付いた。

昨日まではもっとこのフェスティバルにいたいという気持ちがあったが、今はもう自分の中には全てに対して満足する気持ちが溢れ出てきていた。

素晴らしい人たちと出会うことで、僕は人生そのものに満足を覚えたのだと思う。それまではもっと面白い人生を過ごそうとか、こうしたいああしたい、という気持ちが絶えずあったが、その時から人生そのものを面白いと思えるようになり、余生を過ごしているような穏やかな気持ちで毎日を生きている。

ある種の達観したような気持ちで僕は眠りにつき、次の日の朝、リバーに乗せていってもらいバンクーバーへと帰っていった。

1週間前と大して変わらない街と大きく変わってしまった自分を内観しつつ、ルームメイトが待つシェアハウスへと戻っていった……。