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あたたかな夜の街を往く / 小説『おやすみ、東京』 吉田篤弘

タイトルに惹かれてページを捲り、最後まで読んでみることを決めたのは2人の登場人物が気になったから。映画会社の小道具担当・<調達屋>のミツキと、タクシー運転手の松井さん。

東京、午前一時。この街の人々は、自分たちが思っているよりはるかに、さまざまなところ、さまざまな場面で誰かとすれ違っている―映画会社で“調達屋”をしているミツキは、ある深夜、「果物のびわ」を午前九時までに探すよう頼まれた。今回もまた夜のタクシー“ブラックバード”の運転手松井に助けを求めたが…。それぞれが、やさしさ、淋しさ、記憶と夢を抱え、つながっていく。月に照らされた東京を舞台に、私たちは物語を生きる。幸福な長篇小説。

タクシー運転手の松井さん、という存在に聞き覚えがあった。すると彼は自ら語り出す。あまんきみこ著の童話『車のいろは空のいろ』を読み、時に不思議なお客さんを乗せて走る自分と同じ苗字を持つタクシー運転手の姿に憧れた、と。奇しくも自分の経験とリンクした瞬間、私はこの物語へ一気に没入した。紳士で豊富な知識を持つ松井さんに、夜の街を連れ回してほしい。彼ならきっと、漠然とした願いでも、それに合致する何処かへ連れて行ってくれるのだろうと胸を高鳴らせてしまう。

ミツキのことが気になったのは、映画会社の小道具係だったから。自分と同世代であろう彼女が気乗りしない宝探しをさせられる様子は、不憫ながら面白かった。深夜に果物のびわや、ピーナッツ・クラッシャーなる落花生の殻を割る機械を探してこいと言われるなんて。その中で彼女は松井さんに導かれながら、沢山の人と出会っていく。その一人一人が徐々に繋がっていると解り、ワクワクさせられる。

幾つかの答えに辿り着きながらも、「めでたしちゃんちゃん」で終わらずにふわっと閉じられる、その初夏の夜風が吹いたような読後感が心地良かった。


いつまでも明るくあり続ける、東京に暮らしていた頃の夜を懐かしく思い返す。もうあんな風に遊び続けることはできないけれど。


「つながっていく」「朝食」のキーワードからは成田名璃子の『東京すみっこごはん』『ハレのヒ食堂の朝ごはん』を想起した。『ハレのヒ〜』が『おやすみ、東京』と同じくハルキ文庫から出ているのにも何処となく繋がりを感じた。

帯に載っていた吉田篤弘の既刊『台所のラジオ』も読んでみたい。

あたたかな夜の街を往きたくなる、生きたくなる物語だった。




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