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指導者と精神医学(2): アドルフ・ヒトラー(後編)

みなさん、こんにちは。鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

今回は、「指導者と精神医学(2): アドルフ・ヒトラー(前編)」に続き、精神科医や心理学者などの”専門家”が、ヒトラーの精神状態を”どう診断したのか?”について紹介したいと思います。

本記事では、主に二つの論文を中心にヒトラーの精神科的診断について解説していきましょう!

【論文紹介1】

Adolf Hitler and the psychiatrists: Psychiatric debate on the German Dictator's mental state in The Lancet,Kaplan RM, J Forensic Criminology, 2017

https://www.researchgate.net/publication/312213987_Adolf_Hitler_and_the_psychiatrists_Psychiatric_debate_on_the_German_Dictator%27s_mental_state_in_The_Lancet

この文献では、ヒトラーが生きていた時代の精神科医や心理学者が”ヒトラーの精神状態”について、公な立場で論文や手紙等でコメントした内容を抜粋しております(ヒトラー死後のコメントではありません)。つまり、場合によってはナチスから命を狙われる危険もありながら批判した勇気ある専門家たちです。

これも年表として示したいと思います。


1933年 ノルウェーの精神科医 Johann Scharffenberg

ヒトラーに関して公に精神科医がコメントしたのはこれが最初。Scharffenbergは「ヒトラーはパラノイアだ」と診断した。後にノルウェーが占領されると、彼はナチスによって投獄された…。

1939年 スイスの精神科医 Carl Gustav Jung

かの有名なユングはヒトラーと直接会っており、その時の印象を「恐怖だけを呼び起こす」「機嫌が悪く、すねている」「性欲がなく、非人間的」と評した。しかし、ユングはユダヤ人であったErnst Kretschmerからドイツ精神療法学会の会長職を奪い、ナチスの加担者というレッテルを貼られたことがあった。

1939年 イギリスの精神科医 William Brown

Brownはイギリスで最も有名なヒトラー人格分析家であり、「ヒトラーはパラノイアの症状をすべてもっている」「彼を隔離しないと、ヒトラーの誇大妄想は益々増大するだろう」と評した。

1940年 イギリスの医学雑誌”Lancet”における匿名精神医学者

この匿名の精神医学者によると、イギリスのBrownのパラノイア説には同意せず、「クレペリンの教科書(精神医学の教科書)にならえば、ヒステリーである」としている。

1942 カナダの精神科医 WHD Vernon

ヒトラーの性格はパラノイア型であるとし、更に統合失調症の典型的症状(幻覚、幻聴、誇大妄想)に苦しんでいるとの見解を示した。

1943 米国の心理学者(精神分析家) Walter Langer

専門家の中で唯一、ヒトラーの自殺を予測した心理学者。Langerは「ヒトラーの行動は、いじめっ子の仮面をかぶった弱者であり、総統の役割に失敗している」と断言した。更に「ヒトラーは、おそらく統合失調症に近い神経症的精神病質者」と診断している。

1943 米国の心理学者 Henry Murray

Murrayは「ヒトラーの性格は”正常範囲"に収まっていたが、パラノイアや過敏症、パニック発作、不合理な嫉妬、迫害妄想、全能感、誇大妄想、救世主願望など、統合失調症の典型的な症状を示している。」と述べた。ヒトラーの人格タイプについては、「障害や弱点を克服し、自分自身のプライドや想像上のドイツのプライドに対する屈辱、傷、侮辱を復讐するために、反作用的に発達したのである」と評している。


【論文紹介2】

一つ目の論文では、主に精神科医と心理学者が"生前のヒトラー”に関して診断しております。

そして二つ目の論文では、精神科医ではなく「ヒトラー研究」を専門とする「歴史家」を対象とした興味深い文献です。

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偉大な指導者の栄光の影に、苦悩や悲しみあり?歴史上の指導者のメンタルヘルスについて解説!

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