ぐうちゃんの人生考察【アイスプラネット】
ふと思い出した。
中学生の頃、「ぐうちゃん」というニートが出てくる小説を国語の授業で習ったなあと。
確か、25歳くらいで定職に就かず、家でぐうたらしている「ぐうちゃん」と主人公のお話。ぐうちゃんは世界中を旅していて、写真が趣味だったっけ…?
もう9年前だ。覚えていないわけだ。時の経過は恐ろしい。
久々に読みたいなと思った。
なぜ思い出したのか、なぜ読みたいと思ったのかも分からない。感情に理由なんてないのだ。
少し調べると『アイスプラネット』という作品だとわかった。インターネット、ばんざい。
YouTubeに朗読があったので、無料で、久しぶりに読むことが出来た。まあ、正確には聞くだけど。朗読系YouTuber、ばんざい。
やはり記憶は曖昧で、すっかり忘れていた。
そもそも、ぐうちゃんは38歳だった。思ったよりもぐうちゃんだ。
話の要点は
・主人公はぐうちゃんの話を聞くのが好き。
・ぐうちゃんの話(巨大なヘビとアイスプラネット)を友達にすると、嘘だろ、とからかわれる
・主人公はぐうちゃんを嘘つきだと思い、避けるようになる。
・ぐうちゃんがまた旅に出る
・巨大ヘビとアイスプラネットの写真が送られてくる。ぐうちゃんは嘘つきじゃなかった…!
こんな感じ。(雑)
当時の僕はぐうちゃんに対して、「大人なのに働かないのは悪だ。ニートは悪。いい大人は安定した職業に就くべきだ」くらいに思っていた気がする。
それは間違いない。38歳のいい大人がぐうたら過ごし、たまに働いて、たまに旅に行く生活なのだ。それが社会的に正しいことであるはずがない。
だけど。社会的に肩身が狭かろうが、主人公の母に小言を言われようが、ぐうちゃんは間違いなく「人生の勝者」なのである。
確かに、ぐうちゃんは社会的には人権はないし、一家の中では居候でペットのような存在。物語では主要キャラの一人に過ぎない。
だけど、劇・津田由紀夫では紛れもない「主人公」なのだ。
主人公として、胸を張れる生き方をしている。だからぐうちゃんは人生の勝者。
もちろん、主人公だって、母だって、父だってそうだ。胸を張って生きられさえすればいいのだ。
自分に正直に。まずは自分の幸せのために。
そう生きられる大人でありたい。
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