クリスマスに雪が降れば【八〇〇文字の短編小説 #12】
スティーブンは自分のせいなのだと思っていた。十歳にもなるのに靴のかかとをつぶして履く癖が直らないから? フットボールの試合を観ているときに汚い言葉を吐いたから? イースターの期間にパンケーキを落としたから? 考えれば考えるほど、自分が原因だと感じずにはいられなかった。
「母さんの目が見えなくなるかもしれないんだ」
ある晩、父さんからそう言われたとき、最初はどんな事態か想像できなかった。振り返って母さんのほうに目をやると、母さんは泣き出しそうな顔をしながら、でも少しほほえんでくれた。「私は大丈夫。きっと治るわ」
スティーブンは父さんが言った「リョウクナイショウ」という言葉を頭に刻み、次の日、学校でカトリーナ先生に「リョクナイショウってどんな病気ですか?」と聞いてみた。先生によると、目の神経が傷み、徐々に目が見えなくなるらしい。うつむいて話を聞いていると、先生は「手術してもほとんど治らないらしいわ」と付け加えた。窓の外ではジャパニーズ・メイプルの葉っぱが紅く色づいていた。秋は母さんが一番好きな季節だ。
それから、スティーブンは毎日のように真っ暗な世界を想像し、自分を責め立てた。なぜ母さんなんだ、母さんに与えられた試練は、きっと自分の行いが良くないからだ──。
自分たちの住むマン島では手の施しようがなく、母さんは年明けにロンドンの病院で手術を受けるという。十二月になったばかりのある晩、母さんはスティーブンをキッチンに呼んだ。母さんは息子の頬を両手で優しくなでながら「あなたの顔が見えなくなるかもしれないなんて……」と言って泣き出した。生まれて初めて母さんが涙を流す姿を見て、スティーブンは大声をあげて泣いた。
スティーブンは毎晩、神様に祈っている。クリスマスに雪が降れば、母さんの目が治ると考えるようにした。そして十二月二十四日の夜、スティーブンは奇跡を信じてベッドにもぐり込んだ。
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