マス目 VS 交点 ゲームボードの2つのタイプ
ここのところKanare_Abstractからの新しい製品を出版できていなかったのですが、メリディアン以来半年ぶりくらいに「汎用ボード アルケルク」「汎用ボード カラーパック」をウェブサイトに追加しました。ちなみに間が開いたのはネタ切れのためとかではなく、5月中にクラウドファンディング開始を予定している次の製品の準備に時間がかかってしまったためです(これについての情報は少しお待ちください)。
「アルケルク」はアジア起源と考えられる中世(10世紀頃)のゲームで、同じボードを使う伝統ゲームもいくつか存在します。この「汎用ボード アルケルク」では、裏面はアルケルクのボードを拡張したものである「ファノロナ」用のボードになっています。
アルケルクのボードが面白いのは、コマを置く位置だけみれば単純な5×5ポイントなのですが、グリッド線の引かれ方により斜めに移動できる地点とできない地点があるということです。この特徴はマス目を使うボードではやや作りにくく、こうしたタイプのボードでゲームを考えるのも面白そうだと思ったので、上記製品には私が即興的に作ったこのボード用の3つのオリジナルゲームのルールも付属しています。
というわけでこの記事では、現代のアブストラクトの主流派といえる「マス目」を使うボードと、アルケルクのような「グリッドの交点」を使うボードの、歴史的な背景や性質の違いについて調べたことを書いてみようと思います。
基礎的な3分類 ー線、面、網
アブストラクトゲームはなぜそう呼ばれているのかでも引用しているDavid Parlett ”The Oxford History of Board Games" (オックスフォード版ボードゲームの歴史)は、紙幅の9割がたを産業化以前の古代~近世のボードゲームに割いているのですが、これらの古典・伝統ゲームのボードを3つのタイプに分類し、短いながら明快な分析をおこなっています。リニア(Linear、線状)、エリアル(Areal、面的)、レティキュラー(Reticular、網状)です[Parlett, p.14]。
このうちリニアがもっとも単純で、ボードは(ゲーム上)二次元的な広がりがないものとして扱われ、コマは一直線のコース上を進みます。主にダイスを使う古典的なすごろく型のゲーム(レースゲーム)で使用されるものです。二次元的な広がりのあるボードのうちで、エリアルがマス目にコマを置くもの、レティキュラーがグリッドの交点にコマを置きグリッド線上で動かすものということになります。
「リニア」にはボードを円環として使用するマンカラも含まれるほか、現代のアブストラクトには「ダイスを使わないすごろく」のようなタイプのゲームが一定数あるため、「リニア」タイプもアブストラクトにとって決して無関係ではありませんが、今回はパーレットの記述を参照しつつ、二次元的なボードであるエリアルとレティキュラーに焦点を絞って解説していきます。
エリアル(面)
四角形のエリアルボード
マス目を使用するエリアルのボードは「図形を隙間なく並べたもの」と認識され、数学的には平面充填の問題と関連があります。近代以前のエリアルボードは、マス目の形はまず「四角形」に限られると言ってよく、その点では円環を分割して作られている中世のビザンチンチェス(10世紀頃)のボードも例外ではありません。
エリアル型ボードについてパーレットは、理念的にはリニア型のゲームでコースを折り畳んだ形状のボードが使われ、そこからボードを縦横の二次元方向で使うゲームが出現したと考え得るとしています[Parlett, p.14]。実際、古代エジプトのセネトやウル王朝のゲームはコマが直線状のコースをたどるリニア型のゲームだったと考えられていますが、ボードだけみれば四角形が縦横に並んだ形状になっています。
チェスの原型であると考えられている古代インドのチャトランガはエリアルボードを使用しますが、H.J.R. マレーによればこれは同型のボードをリニアボードとして使用する、古代インドに存在した別のすごろく型ゲーム「アシュタパダ」のボードを転用したものだと考えられます。こうした例もリニア→エリアルという派生の例かもしれないというわけですね。ただしパーレットは、リニア→エリアルという順序はあくまで理念的なもので、実際の歴史と取り違えるべきでない(ゲームによって事情は異なりうるし、確固とした証拠もない)と釘を差してもいます[Parlett, p16]。
とはいえ私の過去の記事でも書いたのですが、チェス・将棋のようなチャトランガ系のゲームにおける移動→置き換えによる捕獲ルールは、古代のすごろくタイプのゲームに「進んだ位置に相手のコマがあったらそれをスタート地点に戻せる」という形で先行して存在しており、この点も両タイプのボードの関連性を推測させる要素と考えたくなります。ちなみに中国のチャトランガ系のゲームであるシャンチーは現代では囲碁と同じようにグリッドの交点を使うゲームですが、これも古くはマス目でプレイするエリアル型のゲームであったようです[Parlett, p15]。
チャトランガ系のゲーム以外の古代のゲームでエリアルボードと関連付けられているのは、古代ギリシャのペッテイア、古代ローマのルダス・ラトルンカロルム、中世北欧のタフルといった、挟み将棋型の捕獲ルールであったと考えられているゲーム群です。総じて古代~中世におけるエリアルボードのゲームは、パーレットが原始的な戦争ゲームと呼ぶ、互いにコマを獲りあうゲームで使われる傾向があったと言えそうです。
10世紀以降、ヨーロッパに伝播したチェスで格子柄(チェッカー柄)のボードが使われるようになり、同じボードを使用するチェスとチェッカーが流行したことで「チェッカー柄のエリアルボード」は世界的に普及することになります。格子柄に色分けされたのはコマの斜め移動の確認に便利なためで、レティキュラーボードで斜めのグリッドによって視覚的にサポートされていた「斜めの動き」が、「同色マス」のサポートに置き換えられたものと見ることができます(パーレットは古代・中世において、マスを斜めに横切る動きが自明なものではなかったことに注意を促しています)[Parlett, pp.15-16]。
もっともチェッカーボードが使われる以前のシャトランジにも斜めに動くコマは存在していたようですが、現代のチェスにおけるビショップやクィーンのような「無制限に斜めに動くコマ」のルールはチェッカーボードが使われるようになってから出現したものです。チェッカーボードの「斜め方向の視認のしやすさ」によってルールの発達が促されたのだと考えられています[Hooper &Whyld, p.48](将棋の角行がチェスの影響のもとで生まれたものかどうかは不明ですが…)。
チェッカーボードは8×8マスですが、19世紀末に考案されたリバーシ(オセロ)も8×8マスで、他にもこのサイズのボードは様々なアブストラクトに利用されており標準的なサイズと見なされています。8×8マスのボードが主流となった理由についてパーレットは、ボード全体をきれいに等分していけることや、つねにゲーム全体を把握できる程度には小さく、かつゲームプレイの多様性を確保できる程度には大きいサイズであることを挙げています[Parlett, p.16]。
六角形のエリアルボード
このように四角形ばかりだったエリアル型のゲームですが、1842年のアゴン(クィーンズガード)でおそらくはじめて「六角形のセル(ヘクス)」がボードゲームに使用されます。
アゴンは英国である程度人気を博したゲームだったようですが、かといって以降六角形ボードが急に四角形ボードのようにゲームの世界で普及したということでもなく、20世紀半ばまではあまり知られていないアブストラクト(ヘキサゴニア、トリカラー、ヘキサゴナルチェス等)で散発的な使用例があるに留まります。すぐに普及しなかった理由は四角形のボードに比べて作図しにくく、当時の技術で複製があまり容易でなかったことが挙げられるでしょう。
接続を目標とする最初のアブストラクトであるヘックス(1942年、出版は1952年)は、ヘクスを平行四辺形型に敷き詰めたボードを使用します。四角マスとは異なるヘクスの接続特性を活かしたゲームデザインであり、引き分けが起こりません[Hayward&Toft, p.5, 10]。ヘクスを利用したゲームボード・ゲームマップは戦後、ウォーゲームやTRPG、ユーロゲームで頻繁に使用されるようになり、ホビーゲーマーにとってはお馴染みの形となっています。
四角形のセルと比較したときのヘクスの特徴は隣接するセルの数です。四角形のセルでは、一つのセルは縦横4方向、斜めを使用する場合は8方向で隣接するのに対して、ヘクスはその中間の6方向になります。ゲームのルールによっては、4方向接続では少なすぎ、8方向接続では多すぎるというときに、ヘクスボードは有効な選択肢になり得るわけです。
なお上のWikipediaの記事によれば、ウォーゲームにおいては1961年のゲティスバーグ第2版でヘックスマップが使われて以降一般化したようですが、四角マスの斜め接続は縦横の接続に対して物理的な距離が長くなってしまうのに対してヘクスなら等距離になる、という点もリアルさを求められるウォーゲームでヘクスが普及した理由のようです[Engelstein&Shalev, p.612]。
アゴンのようにヘクスを正六角形型に敷き詰めた形のボード(ヘクス-ヘクスボード)は、特に非商業的なアブストラクトゲームデザイナーには人気があり、ゲームデザインにおいて標準的な選択肢の1つになっています。理由は正方形ボードと比しても遜色ないほど「自然」で恣意性のない形式に感じられるためでしょう。かくいう筆者のこれまでデザインしたゲームも半分以上がヘクス-ヘクスボードを使用したゲームです。
また8×8マスの正方形ボードはセルの総数が偶数になるのに対してヘクスーヘクスではどのサイズでも奇数になるので、引き分けが起こらないデザインをつくりやすいという特徴もあります。半面、唯一の中心となる特権的なヘクスがあるため、これが先手必勝の引き金にならないようにゲームデザインを工夫する必要があります。
ボードゲームにおいては後発で新奇さや人工的な印象もあるヘクスですが、力学的に安定しやすい形のため、実は自然界では意外とみられる形であったりします。そう考えるとむしろ19世紀なかばまでこの形状を使用したゲームが無かったことのほうが意外と言うべきかもしれません。
その他のエリアルボード
ところで現代においてこれだけ発展したボードゲームの世界において、主要なマス目の形が四角形と六角形のたった2種類しかない、というのは何だか不思議な気がするかもしれません。しかしこの理由は単純で、平面に隙間なく敷き詰められる正多角形は四角形と六角形、あとは三角形の3種類しかないからです(Wikiepdia「タイル貼り」参照)。
三角マスのエリアルボードは、アメリカの挟み将棋型ゲームであるビジンゴ(1850年)で使われて以降、現代でもしばしば作られてはいるのですが、ビジンゴをやってみるとわかるようにこのタイプのボードはマス目の形が狭くて円形のコマを置くのにはあまり適しておらず、隣接も3方向に限られるうえ直線方向がギザギザになって視認しづらいなど、「コマを動かす」ゲームにとって便利な形ではないため、どちらかといえばゲームデザイナーにとってチャレンジングなボードという地位に留まっています(現代では「三角形のタイル」を置くボードとして使うケースの方が多いようです)。
他には2~3種類の正多角形を組み合わせたもの(アルキメデスのタイル貼り)を用いるものも過去に考案されていますがアブストラクトのボードとしては例外的な部類でしょう。
個人的には、nestorgamesで以前出ていた、「カイロ五角形」と呼ばれる形をボードに利用したカイロ・コリドーが印象深いエリアルボードのゲームです(こうした「マス目と同じ形状のタイルを置くゲームを作れる」というのも現代におけるエリアルボードの特性の一つと言えそうですね)。
平面充填といえばつい去年(2023年)、1種類の形で非周期的かつ無限に平面に敷き詰められるいわゆるアインシュタインタイルが発見されたことが話題になり、ボードゲームの世界でもこれを利用してなにかゲームが作れないかという動きがありました。noteでも珍ぬさんがヘックス用のボードに利用したらどうなるかという考察を行っています。
Twitterではフィヨルド用にこの形状を利用したモジュラーボードを考案している人がいました。
こうした試み自体は楽しいものですが、しかしあまり複雑な形状のタイルだと、ゲーム以前に接続性やパターンを確認するのに認知的リソースが割かれすぎるので、現実にゲームボードの形として一般化するとは考えにくいでしょう。
こう概観してみると、エリアルボードはデザインの多様性よりは標準化に向かう傾向のあるボード形式と言えるかもしれません。
レティキュラー(網)
エリアルボードとの互換性
レティキュラーはグリッドの交点にコマを置くものです。点と点を線でつなぐ形で認識され、数学的にはグラフ理論と関連があります。
メジャーな伝統ゲームでは、囲碁は2方向の直線を組み合わせたレティキュラーのゲームです…が、囲碁でグリッドの交点が使用されるのはおそらく慣習的なもので[註1]、誰でも気づくように別にマス目を使っても完全に同じゲームをすることができます。しかし交点でプレイすればマス目を使う場合よりもグリッド線が縦横一本ずつ少なくて済むので、ただでさえ大きいボードのサイズを抑えておけるというのが、囲碁で交点が使われるようになった主な理由ではないかという気がします。
囲碁の場合は単純な四方向接続なのでマス目でも交点でも同じようにプレイできるわけですが、レティキュラーボードは駒を置く点同士を線でつなぐことで作れるので、実はエリアルのボードはどれも比較的簡単にレティキュラーボードに変換できます。たとえばヘクスのエリアルボードを使うゲームも、三方向の線が三角形をなす形に交差するレティキュラーボードで全く同じようにプレイすることができます(ギプフやインシュのボードはこの形式ですし、拙作メリディアンもこの形で出版しています)。
もっとも、このようなヘクス-ヘクスボードの代替としてのレティキュラーボードは、ヘクスがボードに使用されるようになる以前の伝統ゲームには見あたらない、ということに注意する必要があります。
しかしこのように相互に変換できる以上、「エリアルかレティキュラーか」は個々のゲームの性質を計ったり分類する上ではあまり役に立たない分類なのですが、では両者はビジュアルデザイン上の違いに過ぎないのかと言えばそんなことはありません。エリアル→レティキュラーの変換が容易でも、逆が真とは限らないからです。例えば以下のようなボードをエリアルに変換しようとすると容易ではないことに気づくと思います。
また冒頭で言及したアルケルクのボードのように「斜めに隣接する地点としない地点が作れる」言い換えればポイントによって隣接数を比較的自由に変えられるのもレティキュラーの一般的な特徴と言えます。と言ってもアルケルクのボードであれば下図のように四角形と八角形を交互に敷き詰めたエリアルボードに変換できないことはないのですが、しかし元の形状と比べると作図の手間が飛躍的に増えることが分かると思います。コピー機や印刷機もなかった古代・中世において、こうした作図のしやすさはレティキュラーボードのゲームが普及・伝播したことの無視できない要因でしょう。
また碁盤にマス目が見いだせることからもわかるように、エリアルで使用されるマス目と、レティキュラーで使用されるグリッドの線・交点は図と地の関係にあり、どのエリアルボードもそのままレティキュラーボードとして使用することができます。例えば現代のいくつかのゲームには、ヘクスを並べたボードのグリッド上にコマを置くものがありますが、これなども明らかに「ヘックスのエリアルボード」が成立する以前にはなかった発想だと言えるでしょう(カタンの開拓者もこのようなボードの使い方ですね)。
「図と地」であるのでもちろん逆方向の転用もできるわけですが、かといって上記のナイン・メンズ・モリスや西瓜棋のボードをエリアルボードとして使用するゲームのルールを思いつくのは難しそうです。
このように比較すると、レティキュラーボードはエリアルボードに比して作図しやすく、デザインの自由度や可変性が高いという特徴があることが分かります。
レティキュラーボードの発達
レティキュラーボードの発生については、パーレットはエリアルボードと差を設けておらずどちらも(理念的には)リニアボードから派生しうる形状というふうに考察しているのですが、これについてはやや釈然としない気がします。マス目が縦横に並んでいるリニア型ボードはそのままエリアルボードになりますが、線や点で表現されているリニア型ボードを折りたたんだ形状にしても、グリッドを足さない限りそのままでは(よく知られているような形の)レティキュラーボードにはならないからです。
それよりは以下のような、素朴な形状でできるゲームのルールがまず発見され、複雑なボードに発展していったと考えるほうが自然な気がします[註2]。
左の2形状は、遅くとも古代ローマ時代には存在したと考えられるスリー・メンズ・モリスのボードです。これは一種の三目並べですが、〇✖ゲームとは違い、プレイヤーが3つずつコマを置いても三目を並べることができなかったら、その後の手番ではコマをグリッドに沿って動かしていきます。ナイン・メンズ・モリスの素朴なバージョンです。Cの形状も古代ローマの遺跡で多数みつかっているものでロタ(車輪)などと呼ばれており、ルールも(いまのところ文献的な裏付けはないものの)モリスと同様のルールだったと推定されています[Carè, p.230,239]。
ところがこれらのゲームはやってみると「相手の動きを封じ込める」ブロッキングゲームのような側面もあり、パーレットはこのようなボードで「コマを並べるゲーム」と「動きを封じ込める」ゲーム、両方のタイプが遊ばれていた可能性を指摘しています[Parelett, pp.116-117, 160-161]。実際、マウリ族の伝統ゲーム ム・トレレは後者のタイプのゲームですが、ボードの形状はCとほぼ同じです。こうした素朴な形状がレティキュラーボードの起源であるという仮説の上にたてば、もっとも素朴なレティキュラーボードから「コマを動かして並べる」タイプと「コマを動かして相手を封じ込める」タイプの2種類のゲームが分化したと考えられるわけです。
「並べる」ゲームのほうはナイン・メンズ・モリスなどのより複雑な形状のボードを使うゲームとして発展していったと考えられますが、他方で後者の「封じ込める」ゲームは、7世紀のキツネとガチョウなどの「ハンティングゲーム」と呼ばれるジャンルでより複雑化したものとして現れます。これらはタフルと関連して成立したともみられる非対称ゲームで、通常一方のプレイヤーが少数、他方のプレイヤーが多数のコマを使用し、少数のほうは相手のコマをすべて捕獲する・または特定の地点に到達すること、多数の方は相手のコマの動きを封じることを目的とします。
ハンティングゲームは世界中に様々な変種が存在する伝統ゲームで、キツネとガチョウのように十字型のボードもあれば、ネパールのバグチャルのようにアルケルクと同じボードを使うもの、日本の十六むさしのように外郭の一部に三角形が加わった形、全体が三角形だったり円形だったりするものなど、種類ごとに多様な形のボードが使用されます。試しにLudiiで"Hunt"カテゴリのゲームを検索してみると、下のように実に様々な形のボードの伝統ゲームが登録されているのがわかります。
こうした例はレティキュラーボードのデザインの自由さを示しているとは言えますが、しかしではこのようなボードの多様性がゲームの多様性を確保しているかというとそうとも言えないようです。ハンティングゲームの個々の内容を見てみると、おおむね「ジャンプで捕獲する」か「挟んで捕獲する」あるいは「捕獲が存在せず一方が他方を閉じ込める」ゲームで、根幹的なゲームメカニクスという点では相互にあまり変わり映えがありません(「天秤取り」を使う十六むさしは珍しい部類です)。
こういった点は「並べる」タイプのゲームや、アルケルクのようにレティキュラーボードを使って「ジャンプで捕獲しあう」タイプのゲームにも大なり小なり当てはまるようです。どのタイプのボードに関しても言えますが、いくら奇抜な形のボードを思いついたところで、それがただちに新たなゲームメカニクスに結びつくとは限らないのですね。というより、近代以降アゴン、シヴァルリー(キャメロット)、ハルマ、リバーシ、ヘックス、フォーカス…といったふうに、主にエリアルボードでメジャーなアブストラクトが発展していったことを考えると、なまじボードの形状に創意工夫の余地があるせいで新たなアイディアが発展しなかったのではという気もします。
ボードタイプとゲームメカニズム
さらに上記のようなレティキュラーボードを使用する伝統ゲームをいろいろ見ていくと、チェスのルークのように間の地点を飛ばして長距離を移動するルールがなかなか見当たらないことに気づきます。チェッカーボードが斜め移動のルール発達を促したということを先述しましたが、どうも中空のセルを用いるエリアルボードに対して交点を意識ながらプレイするレティキュラーボードでは、心理的に「間を無視する」長距離移動のルールが発生しづらかった面があったのではないかという気もします。挟み将棋型のゲームがエリアルボードで発達したらしいのも同じ理由ではないでしょうか(中空のセルのほうが「間のコマの有無」が認識しやすい、等)。
逆にレティキュラーボードが発達させたと考えられるメカニズムは「ジャンプ捕獲」で、「キツネとガチョウ」以前のゲームにこの捕獲形式は見当たりません。キツネとガチョウが「閉じ込める」タイプの発達系だということは先述しましたが、そもそもこのタイプのゲームがレティキュラーボードで発達したのは、先述したように各ポイントの隣接数を変化させやすい=閉じ込めるポイントを作りやすいという特徴のためだと思われ、その「閉じ込められた状態」から脱出しつつ捕獲するという形でジャンプ捕獲のメカニクスが出現したということではないでしょうか。
ちなみにパーレットは中世に登場し流行したジャンプ捕獲によって挟み将棋型のゲームが衰退したと書いているのですが[Parelett, pp.242-243、これは同時に、チェッカーが登場するまでの中世世界においてレティキュラーボードが優勢だった理由でもあるでしょう(チェッカーはフランスでアルケルクをチェスボードでプレイしたのが始まりと考えられています)。
まとめると、リニア型ボードを折りたたんだ形状のエリアルボードで、リニア型ゲーム由来の「交換で捕獲する」チェス型ゲームと「挟んで捕獲する」挟み将棋型ゲームが発達し、一方素朴なレティキュラーボードで「コマを動かして並べる」ゲームと「コマを動かして相手を閉じ込める」ゲームが発達、後者からジャンプ捕獲ルールが発生。ジャンプ捕獲ゲームはアルケルクを経て、チェスボードを使うチェッカーでエリアルゲームに合流する。
そして以降はボード形状の自由さがかえってネックになり、レティキュラーボードよりも標準化されたエリアルタイプのボードを主な舞台として新たなメカニズムが発見・発達していった、と。多分に理念的で推定も多く含みますが、両タイプのボードの特徴を焦点としてからこのようなゲーム発達史を思い描くことができそうです。
現代のレティキュラーゲーム
先述のギプフシリーズのような「エリアルボードの代替表現」のように使われている例を除くと、現代のアブストラクトではやや影が薄くなっているレティキュラーボードですが、その自由さを活かした現代のゲームもないわけではありません。
アレックス・ランドルフのリノップ(1975年)は、コマを置く位置だけみれば単純な5×5交点ですが、各交点間に通常より細かくグリッドが張り巡らされたユニークなボードを使用します。2人用ゲームですが4色の共有のコマを使い、いずれかの直線上に同じ色のコマを3つ並べたプレイヤーが勝利します(間に別の色のコマが挟まっていてもよい)。
実は似たボードは19世紀のトンキンというゲームで使われていて、こちらはグリッドの位置によって3、5、7目いずれかをそろえる五目並べタイプのゲームです。
アメリカの独立系出版社Kadonでいくつかのゲームを出版しているアーサー・ブルムバーグも、このようなタイプの入り組んだレティキュラーボードのゲームをデザインしていて、いずれも切子細工のような美しさがあります。ゲーム自体はフリッピング(裏返し)を利用したルールが多いようで、筆者は未プレイなのでゲーム自体の評価は措きますが、レティキュラーボードの可能性を感じさせるようなデザインです。
逆によりシンプルなボードの例が、アブストラクトの最小ボードは何マスかでも言及した、ファノ平面をボードに利用した中島雅弘氏のFano330-R-Morris(2016年)です。その名のとおりゲーム自体はモリスをベースにしていますが、通常とは逆に同一直線上で同じ色または形状のコマを3つ並べてしまうと負けになります(3交点をもつ中央の円も含まれます)。
別の方向性としては、「一つのボードを同時にエリアルボードとしてもレティキュラーボードとしても使う」というものがあります。ネッツヴェルク(1984年)では、正方形ボードのマス目と交点とでそれぞれ別のタイプのコマを配置し動かします。コンヘックス(2002年)はヘックスのような接続ゲームですが、プレイヤーはまずグリッドの交点にコマを置き、マジョリティでマス目を獲得してタイルを置きます。アブストラクト(Abstrakto、2020年)では、タイルの種類によってマス目、交点、エッジ上の3通りの方法で配置を行うことができます。
以上はパーレットを主な参照元にしたこともあり、ほぼ古典ゲームやアブストラクトゲームについての話となりましたが、「リニア」「エリアル」「レティキュラー」の分類はアブストラクト以外の(幾何学的な形状でない)ゲームボードにも広く適用できます。たとえば地図のように区画分けされていて国境をまたいで移動が行われるようなボードであればエリアル型ですし、ボード上に網目状に通路が敷かれていてそれに沿って移動するのであればレティキュラー型になるでしょう。そういった視点からゲームデザインを見直してみるのも面白いかもしれません。
またこの記事の執筆中、ちょうどラジくまるさんにより、多面体の展開図をボードとして使用するIcomegaや、多面体の辺の部分をボードに利用するIcosagame、玉碁の解説記事が上げられたのですが、「エリアル/レティキュラー」の分類軸と「2次元/3次元」の分類軸の交差という意味で面白い記事だと思いました。
なおこの記事で紹介したアブストラクトゲームのいくつかはKanare_Abstractのウェブサイトで販売もしているので、興味を持たれた方はページを訪れてみてください。
註
碁盤は古代中国で占星術の道具として使われていたとも言われていますが(天元をのぞく360交点が五行説の360日に相当する)、そもそも古代の囲碁の形式がはっきりわかっておらず発生史も不明です。
ゲームボードとして使われていたと考えられるこのような図形はエジプトのクルナ神殿やシリアのパルミラ神殿などの古代遺跡で発見されていますが、それらの遺跡ではナイン・メンズ・モリスやアルケルクなどと同じ形のより複雑なものも同時に見つかっており、これらの素朴な形態のボードがより古い形式だという考古学的な根拠があるわけではありません。
参考文献
David Parlett "Oxford History of Board Games" Echo Point Books & Media, 2018
David Hooper, Ken Whyld "The Oxford Companion to Chess” Oxford University Press, 1992
Ryan B. Hayward, Bjarne Toft "Hex: The Full Story" CRC Press, 2019
Barbara Carè 'Pavement Designs and Game Boards from Public Spaces of Ancient Athens: A Review Across the Board' Board Game Studies Journal
volume16: issue1, 2022Geoffrey Engelstein, Isaac Shalev『ゲームメカニクス大全 ボードゲームに学ぶ「おもしろさ」の仕掛け』小野卓也訳、翔泳社、2020年(電子版)
増川宏一『盤上遊戯の世界史』平凡社、2010年
「包囲ゲーム」アブストラクトゲーム博物館