新しい自分を感じながら進む|最終話
大学の入学式を終え、授業開始に向けて履修登録の準備を進める私(第29話)
授業開始の前の週の木曜日。入学試験の面接官だった先生と久しぶりに再開した後、相談室で履修計画を見てもらった。
2年間の夜間で、卒業に加えて神職課程に必要な単位もすべて取るには、選択肢はほとんどない。必修の科目だけで時間割が埋まる。
結局、1年目は週に12科目を受講することにした。2年目も11科目だ。
今年度は、月曜日から土曜日まで、毎日夜の9時まで授業を受ける。90分授業を平日は概ね2コマ、土曜日は3コマ。これに神社実習が加わる。
しかも今は、私が大学生だった時代と違い、祝日にも授業があるという。想像以上に大変そうだ。
だが、いよいよ始まるのだと気持ちが高まる。相談室の方に礼を言い、私はその足で装束を買いに向かった。
授業開始前日の日曜日に大学で基礎実習があり、装束の付け方などを習うのだ。
多忙な日々が始まるのを肌で感じながら、その日の夜、私は履修登録を無事済ませた。
***
翌週の月曜日。ついに会社と大学へ行く生活が同じ日に始まった。
2年半ぶりの通勤電車。手には大荷物を持っている。あろうことか、初日からいきなり装束を着る授業があるのだ。
1週間ぶりに都心のオフィスビルに到着する。人々の歩くスピードが速い。
その中で、私は不似合いな荷物を抱えながら、何とか24階に着く。今日からここで働くのだ。
きちんとした身なりをした同じ部の方が、関係者に私を紹介してくださる。高層階の窓からは、ビルの隙間にスカイツリーが見える。
そこで、大きな画面を見ながら、黙々と働く人たち。元の世界と同じ景色だ。
でも、今の私の鞄の中には装束が入っている。
早期退職の休暇から2年半。その間に起こった不思議な体験の数々。その中で、神様事という人生のテーマに気づき、身も心も大きく変わった。
そんな新しい自分を象徴するかのようだ。
先のことは本当に分からない。そう思いながらも、あまりの変化に、我ながら笑ってしまう。
安定した立場や給料、未来も、すべて手放してしまった。それなのに、前よりも楽しく、幸せである。
夕方の5時。私は仕事を早々に終え、大急ぎで大学へ向かった。
授業初日。無事1つ目の授業が行われる教室に駆け込む。間に合ったのは良いが、ひとつ気がかりなことがあった。
次は装束を着る授業なのだが、休憩時間が10分しかないのだ。
その時間内に、今いる教室から隣の棟にある更衣室へ移動し、着替えて、2階上の教室まで移動する必要がある。
私は元来、着物を自分で着られない。前日に着付けを習ったばかりの状態で、とても出来る気がしないのだ。
授業が終わり、大慌てで更衣室へ走る。私が慣れない手つきで着替える間に、他の若い学生は次々に出て行ってしまう。
これからの授業は、本来は二年生が受ける科目。他の学生は、一年生の時から神社で助勤(アルバイト)などをして、着替え慣れているのだ。
結局、私は初回の授業に遅刻してしまった。恐る恐る後ろから入る。
祭式という、神社祭祀の作法を習う専用の教室。奥には、神社と同じように、階(きざはし)の向こうに御扉(みとびら)がある。
中には、白い装束に身を包んだ先生と30名ぐらいの学生たち。その日はガイダンスで終わった。
長い1日を終えて安堵しながら更衣室へ向かう。ところが、装束を一気に脱いだものの、今度は上手く畳めない。
ようやく更衣室を出た頃には、夜の9時半を過ぎていた。新生活の初日は、激動のうちに終わった。
数日後。入学試験で面接官だった先生が教室に入ってきた。
この授業は、主に神職課程を取る学生向けのもので、一年生が大半。この日が初回である。
「起立」「礼」「着席」
号令に従い挨拶をする。ついに授業が始まった。
神社の祭には、表に出ているものとは別に、神や祖霊に対して行われている、宗教的儀式としての祭祀があること。
人知れず、厳粛に行われているのには理由があること。全国の神社で、日々、国家の安寧が祈願されていること。
そうした話をする中で、不意に先生が、
「ここにいるのは神様にご奉仕する人、神様と直接話ができる人は違う世界で生きていく」
と言った。
「先生、私はどちらの人間でしょう」
心の中で問いかけながら、先生を見つめる。私の神様事を見つける旅は、まだ始まったばかりだ。
おわり
写真:本田織恵(1枚目、4枚目)
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