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シンデレラのあなたにガラスの靴を履かせたいぼく #超短編小説

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かめがやひろしの超短編小説マガジンです。
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#恋愛小説

ぼくらの「ずっと待ってるから」はどこへ行ったのだろう(超短編小説#27)

土曜日の午前中に車のなかで 彼女は目に涙をためてぼくにこう言った。 「ずっと待ってるからね。」 想いをこめたということが 渡されたときから伝わってくる手紙には こう書かれていた。 「ずっと待ってるね。私がそうしたいし 身勝手でごめんね。」 日曜の午後の渋谷の喫茶店で ぼくは何食わぬ顔でこう言っていた。 「きっとずっとこのまま 待っているんだと思う。 結婚しても子どもが生まれても。」 どれも今ではその 「待っている」という状態は もうどこにもなくて お互いがお

明け方に触れる髪はぼくの指を抜けていく。(超短編小説#25)

目は開けていないけれど 頭は朝を迎えたことを分かっていた 目を閉じたままでも 太陽の光に世界が包まれ始めているのを感じる 薄っすら開いてしまった目が 朝になっていることを正しく判断した 隣のマンションを向いている 小さい窓の方を見ると カーテンに薄っすらとした 明るい輪郭ができていた 「明け方」 この3文字が今の時間帯を 分かりやすく表現している 小さい窓へ向けた重た頭を さらに横に倒していく スーッスー 規則正しく聞こえる寝息 少し厚手のタオルケットが 二人

ぼくの夏休みはまだまだ終わらない。(超短編小説#23)

「今日さ駅前の通りのお祭りじゃん?」 ふと携帯の画面が明るくなった。 無条件に相手の顔を浮かべる。 「あーそうだね。功太が行くって言ってたわ」 LINEの送り主へ 胸のうちを悟られないように 自然に、自然にだ と言い聞かせながら 返事を打つ。 同じ部活の功太は 気だるそうに それでも行くという意思を 確かに含んだ言葉を 朝練の帰りに口にしていた。 朝練の終わる午前9時は 自習時間の教室のように ゼミがありとあらゆる音を 鳴らしていた。 午後2時のいま 2人のあいだ

彼女はすでにブラを外していた。(超短編小説#22)

時計を外して 顔を上げる。 そのまま90度の角度に 左向け左をすると 彼女はすでにブラを外していた。   「縛られるの好きじゃないんだ。」 そう口にした彼女の左手には 外したばかりの 黒いブラジャーが握られていた。 狩人に捕らえられた動物のように だらりと精気を失っている 黒いブラ。 薄暗くて狭いその空間で 二人が居直るときにだけ 音が空気に触れる。 その革張りソファーの鈍い音が 二人がここにいることを 唯一証明している。 彼女の唇がまたぼくの唇に触れる。 その

振られてとてつもなく死にたいと思ったのに、ぼくはまだこの世界で呼吸している。(超短編小説#21)

振られた。 大好きだった彼女に。 あんなに仲がよかったのに 振られた。 振られた直後のこの世界は 絶望という言葉が似合いすぎるほど 色を失っていた。 忙しいはずの3月も それより忙しい4月も 絶望のなかでの記憶は どこかあいまいで それでいてただただ ツライだけだった。 でもぼくは今こうして まだこの世界で 呼吸している。 「呼吸」という言葉を辞書でひくと 『息を吐いたり吸ったりすること』 と書いてある。 全然食欲がなくて うまく笑えなくて 急に悲しくなって 泣い

9月は切なくて。(超短編小説#19)

まだ暑くて夏が戻ってくるような それでいて少し肌寒いと感じる9月は 別れたはずなのにまだ連絡を取ったり 遊んだりしている恋人との時間に似ている。 正確にはもう恋人じゃないのか。 きっとまた夏が戻ってくるというのは きっとまた元に戻れるであり すっかり涼しくなってしまったは もう恋人には戻れないということを表していて 楽しかった週末と 会いたくて切なくて泣きそうな平日をも 表している気がする。 大好きな大橋トリオは 『君の居ないこの街に 慣れてしまう日もいつかくるだろ

ポケットにある会いたい。(超短編小説#18)

久しぶりにLINEをしてみたら すぐ既読になったけれど 土曜日と日曜日を挟んで 月曜日にも返信はなくて 火曜日の夜にやっと返ってきた。 週末はなにをしていたのだろう。 誰と過ごしていたのだろう。 返信のこない不安をかき消す喜びが あっという間にそんな不安に再び上塗りされて 胸のなかでザワザワと音がする。 いつ会えるのかな。 ポケットに手を入れると 週末は出張でまた忙しいんだ とポケットに手を入れた姿を 見られたようなメッセージがくる。 今日もポケットから 『会いたい

ビビッとこないだけ。(超短編小説#17)

先週の合コンで連絡先を聞かれた。 爽やかでなんとなく好みな感じだったから にこやかに連絡先を教えたけど あれから連絡は来ていない。 友達に予定を聞かれた。 ランチと聞いて問題なさそうな 日取りを送ったけど 自分のお気に入りのスタンプを最後に 『既読』という二文字が 無機質にこちらに顔を向けている。 こういうときは 上司にねちねち嫌味を言われ 仕事のメールの返事を忘れ 18時までにATMに立ち寄れない 自分なんて世の中にいらないと 思われてるのだ。 と全力で思うくら

カバンに想い出。(超短編小説#16)

つり革を掴みながら 外をポーッと眺めていると 湘南新宿ラインはあっというまに渋谷だった。 名前も勤務先も知らない人たちと 肩を並べて同じ棚に荷物を置いて 同じ駅で降りる。 そんな 『今日初めて会った同級生と行く修学旅行』 みたいなものに ぼくたちは毎日参加しているのかもしれない。 大好きだった彼女と たくさん待ち合わせして たくさん遊んで たくさんごはんを食べて たくさん体を重ねて たくさんキスをして また明日ねと 姿が見えなくなるまで手振った渋谷。 降りるたび

いちごハウス。(超短編小説#15)

ハウス一面にいちごが広がっている。 朝早く家を出ていちご狩りに来た。 腰をかがめたり、しゃがんだりしていちごを採る。 いちご狩りはどことなく恋愛に似ている。 狩り(英語でいうところのhunt)という 響き的にはちょっと乱暴に聞こえるけど 得る(gain)と考えれば 感覚的には変わらない。 見た目で美味しそうに見えても 実際はまだ酸っぱかったり甘すぎたりする。 最初はとってもとっても楽しい。 ある程度食べ進めると飽きがきてお腹いっぱいになる。 飽きを解消

猫になっても。(超短編小説#13)

『ねえ、生まれ変わったらなにになりたい?』 ふいに隣を歩いていると彼が聞いてきた。 『んー猫かな。』 『絶対そう言うと思った。笑』 にやにやしながらこちらを見ている彼と目が合った。 ふだん何気なく生きてきて 仕事が嫌だなと思うこともあるし 通勤の電車で座れないこともあるし やたらレジが混んでいることもある。 こんな思い通りにいくことのほうが少ない 日常から離れたいと思うことはわりと多いかもしれない。。 『だってさ、気楽だし一人になりたいときは自由になれるし、

チョコに包まれるイチゴ。(超短編小説#12)

新泉から道玄坂にぶつかる狭い通りを抜ける。 この一方通行を通るのにもずいぶん慣れた。 道玄坂にあたると右折して246号線に出る。 いつも日付けが変わる時間に通るこの通りも 今日は違う通りのように交通量が多い。 助手席で彼女はふいに 『エッチしてからごはん食べるのってなんか嬉しいね。』 と言った。 確かにいつも夜ごはんを食べたあとは ほぼ決まった円山町のホテルに向かっていた。 唇を重ね 体を重ねて束ね 愛を確かめ そしてシャワーでそれをより濃いものにする 台本など

想い出コンピレーション。(超短編小説#11)

洋画を観るとふいに洋楽が聴きたくなる。 いろんなアーティストの曲が入っている コンピレーションアルバムを聴く。 3曲目にはテレビ番組の主題歌に使われた曲が入っていて そういえば二人でよく聴いていたことを記憶のプレーヤーが勝手に自動再生してくる。 『絶対によりなんて戻さない。』 曲調の割に強いメッセージが印象的で 当時別れた事実が漂う二人の間を曲は自由に泳いでいた。 数年前のことが 数分前のように感じられる。 こんな普段思い出さないことを思い出して もしかしたら

星の流れない空。(超短編小説#10)

ふと空を見上げたときに流れ星を観て それ以来なんとなく夜は空を見上げて帰るのが習慣になった。 けれど、あれからまだ1度も流れ星を観れていない。 あのときはなに流星群だったっけ。 思わぬところで手に入れたものは 意外と尊いもののようだ。 高校生のころ、中学の同級生から女の子を紹介された。 紹介された女の子とは別の高校に通っていたけれど、毎日メールをしていた。 もう顔も名前もはっきり覚えてないけれど 嘘のように毎日メールをしていた。 自分の通っていた高校は海の近くにあって