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明け方に触れる髪はぼくの指を抜けていく。(超短編小説#25)

目は開けていないけれど
頭は朝を迎えたことを分かっていた


目を閉じたままでも
太陽の光に世界が包まれ始めているのを感じる


薄っすら開いてしまった目が
朝になっていることを正しく判断した


隣のマンションを向いている
小さい窓の方を見ると
カーテンに薄っすらとした
明るい輪郭ができていた


「明け方」


この3文字が今の時間帯を
分かりやすく表現している


小さい窓へ向けた重た頭を
さらに横に倒していく


スーッスー


規則正しく聞こえる寝息
少し厚手のタオルケットが
二人が一緒に寝ている証人である



枕と首の間にできている
わずかな空間にそろりと腕を
差し入れていく

曲げた肘を伸ばしていく感覚の先に
柔らかな髪に触れる


指先を逃げていく髪


肘を伸ばしきると
指先は髪のトンネルを抜け
ベッドの接する壁にぶつかった


再び肘を曲げて髪に包まれた頭を支えて
頭を腕の中へ引き寄せる



鼻が自分の右の頬骨にあたる
頬骨は「ほおぼね」とも読むし
「きょうこつ」とも読むらしい


自然と頬に触れる唇


起きたのか起こしてしまったのか
タオルケットが足元の方で無造作に動く



「おはよ」

そんな小声が聞こえた
でもそのすぐあとに
また袋から空気が抜けるような
規則正しい寝息が聞こえてきた

後頭部を撫でると
指の腹に柔らかい感触が滑っては
消えていく


右の脇腹を下にして横を向く



この髪に触れているということは
この時間とこの場所が
特別であると教えてくれている

もちろん隣にいる人物も
特別以外のなにものでもない



「絹のような髪」と言われるけれど
ぼくは絹をここ最近触った記憶がない

むしろこれまで一度もないかもしれない



今この指に触れている髪は
まるでカシミアのような滑らかさで
指をとおすとすぐに間を抜けていってしまう



「絹のような髪」を
ぼくは実際に知らなかったけれど
今ぼくが触れている髪は
きっとそれなのだと思う



同調するように自分も目を閉じ
だんだん指の感覚も遠のいていく

次に目を覚ましたときには
この感覚はもうなくなっているだろう


目の前で人が目を閉じていると
自然と目は閉じていってしまうようだ

まるであくびがうつるみたいだなと思った




鳥の鳴き声が聞こえてきた
朝を知らせにきているのだろう


だんだんと重くなった瞼を
持ち上げる力もなくなり



また眠りの世界に戻っていく



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