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ぼくの夏休みはまだまだ終わらない。(超短編小説#23)

「今日さ駅前の通りのお祭りじゃん?」


ふと携帯の画面が明るくなった。
無条件に相手の顔を浮かべる。


「あーそうだね。功太が行くって言ってたわ」


LINEの送り主へ
胸のうちを悟られないように
自然に、自然にだ
と言い聞かせながら
返事を打つ。



同じ部活の功太は
気だるそうに
それでも行くという意思を
確かに含んだ言葉を
朝練の帰りに口にしていた。



朝練の終わる午前9時は
自習時間の教室のように
ゼミがありとあらゆる音を
鳴らしていた。



午後2時のいま
2人のあいだに
セミも功太も関係ない。



すぐに既読の2文字が点灯した。
既読の2文字は
もしかしたら
「喜び」という意味を
含んでいるのかもしれない。
これまで学校習ってきた
どの国語の先生も
そうとは教えてくれなかったけれど。



待ち合わせた駅前は
街じゅうの人がいるのではと
思えるほどの人で
人がみな半歩で歩いていた。



現れた彼女は
白地に紺の模様が入った浴衣に
濃紺の帯を身にまとっていた。

「おばあちゃんが来て行け」
だってさ。
聞いてもいないのに
浴衣を着てきた
理由を喋り始めたのはなんだろう。



「普通さ、お祭りの誘いって
前の日くらいにしない?
当日の午後ってさ、遅くね?」
「いいじゃんいいじゃん!
嬉しかったんだろ?」



男っぽい口調になりつつ
彼女両手は後ろで組まれ
体は少し傾いていた。




ばくはお祭りが好きだ。
お好み焼きにじゃがバターにかき氷。
食べたいものが
なんでも目の前に並んでいる。



かき氷はイチゴ味にした。
本当はレモン味がよかったけれど
2人で食べるには
なんとなく「ハズレはしない」
イチゴ味にした。



かき氷を買うと
目の前に同じクラスの
吉岡さんと神谷さんがいた。
ぼくはいつでも
女子を「さん付け」で呼ぶ。



神谷さんはこちらの姿を見るなり
新種の生物でも見つけたかのように
目をまんまるにした。
黒目の大きい
キレイなビー玉みたいな
まんまるの目。



「えっ、そういうことなの?」
吉岡さんが言った。
そういうことってなんだろ。
どういうこと、を、そういうこと
と言うのだろうか。



盆踊りでは
「今日はすばーすばーすばー、
すばらしいサーンデー」と
陽気な曲が流れている。
子どものころから
この曲好きだ。



彼女が
「そういうことだよ!」
と言った。
それはそれは
無邪気な声だった。
神谷さんの目が
またまんまるになった。



彼女がぼくの右腕に
彼女の左腕を絡みつかせる。
右手に持っていたかき氷が
ほろりとこぼれて
親指の付け根に
ぽとりと落ちる。



ぼくの夏休みは
まだまだ終わらない。

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