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彼女はすでにブラを外していた。(超短編小説#22)

時計を外して
顔を上げる。
そのまま90度の角度に
左向け左をすると
彼女はすでにブラを外していた。 



 「縛られるの好きじゃないんだ。」


そう口にした彼女の左手には
外したばかりの
黒いブラジャーが握られていた。


狩人に捕らえられた動物のように
だらりと精気を失っている
黒いブラ。


薄暗くて狭いその空間で
二人が居直るときにだけ
音が空気に触れる。
その革張りソファーの鈍い音が
二人がここにいることを
唯一証明している。


彼女の唇がまたぼくの唇に触れる。
その唇はこれまで触れてきた
どんな唇よりも厚く
そしてどんな唇よりも
強い意思を持っていた。


彼女の柔らかな舌が
ぼくの舌に触れる。
しっとりとしたその感触。
動き。
妖艶さ。


淫らだと感じる
その動きのすべてと
触れていた感触を
ぼくはいまでも
忘れられない。


一言でいうとそれは
「甘くいやらしいキス」
だった。



縛られることから解放された
彼女の胸に手を当てる。
自由を得た彼女の胸は
こぶりで可愛らしかった。


そこまで「コト」を進めながら
ぼくは自分自身の
渇いているという感情に気づく。



渇く要素など
ないはずだった。


漫画喫茶のなかで
自分の目の前にだけ広がる
この艶っぽい
光景を見つめながら
なんとも渇いた自分の感情に
笑いそうになる。


変わらずに鳴る
ソファーの鈍い音。
その鈍さがふたりが
ここにいることを
証明している。


また黒いブラを
身につけた彼女と
秘密を抱えて
駅に向かう。


すべては2人しか
知らないはずなのに
通りすがるすべての人たちが
2人のすべてを
知っているように見えた。


人は秘密を抱くと
こうしてうまく
喋れなくなる生き物なのだ。


秘密の大きさを
確かめ噛みしめるように
心臓の鼓動は
強く大きく
ぼくの胸で鳴り響いていた。

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