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シンデレラのあなたにガラスの靴を履かせたいぼく #超短編小説

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かめがやひろしの超短編小説マガジンです。
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#恋愛

明け方に触れる髪はぼくの指を抜けていく。(超短編小説#25)

目は開けていないけれど 頭は朝を迎えたことを分かっていた 目を閉じたままでも 太陽の光に世界が包まれ始めているのを感じる 薄っすら開いてしまった目が 朝になっていることを正しく判断した 隣のマンションを向いている 小さい窓の方を見ると カーテンに薄っすらとした 明るい輪郭ができていた 「明け方」 この3文字が今の時間帯を 分かりやすく表現している 小さい窓へ向けた重た頭を さらに横に倒していく スーッスー 規則正しく聞こえる寝息 少し厚手のタオルケットが 二人

ぼくの夏休みはまだまだ終わらない。(超短編小説#23)

「今日さ駅前の通りのお祭りじゃん?」 ふと携帯の画面が明るくなった。 無条件に相手の顔を浮かべる。 「あーそうだね。功太が行くって言ってたわ」 LINEの送り主へ 胸のうちを悟られないように 自然に、自然にだ と言い聞かせながら 返事を打つ。 同じ部活の功太は 気だるそうに それでも行くという意思を 確かに含んだ言葉を 朝練の帰りに口にしていた。 朝練の終わる午前9時は 自習時間の教室のように ゼミがありとあらゆる音を 鳴らしていた。 午後2時のいま 2人のあいだ

彼女はすでにブラを外していた。(超短編小説#22)

時計を外して 顔を上げる。 そのまま90度の角度に 左向け左をすると 彼女はすでにブラを外していた。 「縛られるの好きじゃないんだ。」 そう口にした彼女の左手には 外したばかりの 黒いブラジャーが握られていた。 狩人に捕らえられた動物のように だらりと精気を失っている 黒いブラ。 薄暗くて狭いその空間で 二人が居直るときにだけ 音が空気に触れる。 その革張りソファーの鈍い音が 二人がここにいることを 唯一証明している。 彼女の唇がまたぼくの唇に触れる。 その

振られてとてつもなく死にたいと思ったのに、ぼくはまだこの世界で呼吸している。(超短編小説#21)

振られた。 大好きだった彼女に。 あんなに仲がよかったのに 振られた。 振られた直後のこの世界は 絶望という言葉が似合いすぎるほど 色を失っていた。 忙しいはずの3月も それより忙しい4月も 絶望のなかでの記憶は どこかあいまいで それでいてただただ ツライだけだった。 でもぼくは今こうして まだこの世界で 呼吸している。 「呼吸」という言葉を辞書でひくと 『息を吐いたり吸ったりすること』 と書いてある。 全然食欲がなくて うまく笑えなくて 急に悲しくなって 泣い

9月は切なくて。(超短編小説#19)

まだ暑くて夏が戻ってくるような それでいて少し肌寒いと感じる9月は 別れたはずなのにまだ連絡を取ったり 遊んだりしている恋人との時間に似ている。 正確にはもう恋人じゃないのか。 きっとまた夏が戻ってくるというのは きっとまた元に戻れるであり すっかり涼しくなってしまったは もう恋人には戻れないということを表していて 楽しかった週末と 会いたくて切なくて泣きそうな平日をも 表している気がする。 大好きな大橋トリオは 『君の居ないこの街に 慣れてしまう日もいつかくるだろ

ポケットにある会いたい。(超短編小説#18)

久しぶりにLINEをしてみたら すぐ既読になったけれど 土曜日と日曜日を挟んで 月曜日にも返信はなくて 火曜日の夜にやっと返ってきた。 週末はなにをしていたのだろう。 誰と過ごしていたのだろう。 返信のこない不安をかき消す喜びが あっという間にそんな不安に再び上塗りされて 胸のなかでザワザワと音がする。 いつ会えるのかな。 ポケットに手を入れると 週末は出張でまた忙しいんだ とポケットに手を入れた姿を 見られたようなメッセージがくる。 今日もポケットから 『会いたい

ビビッとこないだけ。(超短編小説#17)

先週の合コンで連絡先を聞かれた。 爽やかでなんとなく好みな感じだったから にこやかに連絡先を教えたけど あれから連絡は来ていない。 友達に予定を聞かれた。 ランチと聞いて問題なさそうな 日取りを送ったけど 自分のお気に入りのスタンプを最後に 『既読』という二文字が 無機質にこちらに顔を向けている。 こういうときは 上司にねちねち嫌味を言われ 仕事のメールの返事を忘れ 18時までにATMに立ち寄れない 自分なんて世の中にいらないと 思われてるのだ。 と全力で思うくら

カバンに想い出。(超短編小説#16)

つり革を掴みながら 外をポーッと眺めていると 湘南新宿ラインはあっというまに渋谷だった。 名前も勤務先も知らない人たちと 肩を並べて同じ棚に荷物を置いて 同じ駅で降りる。 そんな 『今日初めて会った同級生と行く修学旅行』 みたいなものに ぼくたちは毎日参加しているのかもしれない。 大好きだった彼女と たくさん待ち合わせして たくさん遊んで たくさんごはんを食べて たくさん体を重ねて たくさんキスをして また明日ねと 姿が見えなくなるまで手振った渋谷。 降りるたび

いちごハウス。(超短編小説#15)

ハウス一面にいちごが広がっている。 朝早く家を出ていちご狩りに来た。 腰をかがめたり、しゃがんだりしていちごを採る。 いちご狩りはどことなく恋愛に似ている。 狩り(英語でいうところのhunt)という 響き的にはちょっと乱暴に聞こえるけど 得る(gain)と考えれば 感覚的には変わらない。 見た目で美味しそうに見えても 実際はまだ酸っぱかったり甘すぎたりする。 最初はとってもとっても楽しい。 ある程度食べ進めると飽きがきてお腹いっぱいになる。 飽きを解消

猫になっても。(超短編小説#13)

『ねえ、生まれ変わったらなにになりたい?』 ふいに隣を歩いていると彼が聞いてきた。 『んー猫かな。』 『絶対そう言うと思った。笑』 にやにやしながらこちらを見ている彼と目が合った。 ふだん何気なく生きてきて 仕事が嫌だなと思うこともあるし 通勤の電車で座れないこともあるし やたらレジが混んでいることもある。 こんな思い通りにいくことのほうが少ない 日常から離れたいと思うことはわりと多いかもしれない。。 『だってさ、気楽だし一人になりたいときは自由になれるし、

チョコに包まれるイチゴ。(超短編小説#12)

新泉から道玄坂にぶつかる狭い通りを抜ける。 この一方通行を通るのにもずいぶん慣れた。 道玄坂にあたると右折して246号線に出る。 いつも日付けが変わる時間に通るこの通りも 今日は違う通りのように交通量が多い。 助手席で彼女はふいに 『エッチしてからごはん食べるのってなんか嬉しいね。』 と言った。 確かにいつも夜ごはんを食べたあとは ほぼ決まった円山町のホテルに向かっていた。 唇を重ね 体を重ねて束ね 愛を確かめ そしてシャワーでそれをより濃いものにする 台本など

想い出コンピレーション。(超短編小説#11)

洋画を観るとふいに洋楽が聴きたくなる。 いろんなアーティストの曲が入っている コンピレーションアルバムを聴く。 3曲目にはテレビ番組の主題歌に使われた曲が入っていて そういえば二人でよく聴いていたことを記憶のプレーヤーが勝手に自動再生してくる。 『絶対によりなんて戻さない。』 曲調の割に強いメッセージが印象的で 当時別れた事実が漂う二人の間を曲は自由に泳いでいた。 数年前のことが 数分前のように感じられる。 こんな普段思い出さないことを思い出して もしかしたら

星の流れない空。(超短編小説#10)

ふと空を見上げたときに流れ星を観て それ以来なんとなく夜は空を見上げて帰るのが習慣になった。 けれど、あれからまだ1度も流れ星を観れていない。 あのときはなに流星群だったっけ。 思わぬところで手に入れたものは 意外と尊いもののようだ。 高校生のころ、中学の同級生から女の子を紹介された。 紹介された女の子とは別の高校に通っていたけれど、毎日メールをしていた。 もう顔も名前もはっきり覚えてないけれど 嘘のように毎日メールをしていた。 自分の通っていた高校は海の近くにあって

信号は青く続く。(超短編小説#9)

明るい時間に走るより、夜走る方が好きだ。 それもできるだけ遅めの方がいい。 冷え切った空気と、暗くてキレイな空に包まれながら、自分の足音と口から出る荒い呼吸が、さらに孤独を深めていく。 今日は青信号が多く、差し掛かった横断歩道で 止まることがない。 LINEがなかなか既読にならなかったり、 映画や食事に誘っても断られたり、 誘われてもその日仕事が入っていたり、 お気に入りの下着を身につけていってもホテルに誘われなかったり、 こんなに青信号が続いているのとは裏腹に、 日