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右も左も「言論弾圧」する ーーロシア国営テレビの反乱と、田中優子「9条は人類の理想」に思う

生放送中に「戦争反対」のプラカードを掲げた、ロシア国営テレビの女性スタッフの反乱は、当然讃えられるべきだし、讃える以上に、彼女の今後を、国際世論で守らなければならない。香港の二の舞にしてはいけないのである。

ただ、これを報ずる日本のマスコミには、皮肉な感想が浮かぶ。

朝日も毎日も、戦時中はロシア国営テレビと同じことをしていた。にもかかわらず、戦後、基本的には同じ組織、同じ名前で、平気な顔で営業している。

GHQは、占領をスムーズに運ぶための思惑から、戦中の思想犯罪については、大川周明など、ごくごく一部を象徴的に処罰するにとどめた。

マスコミ・文化界においても、ほとんどのマスコミ、文化人は見逃され、幾人かの経営者や、大日本言論報国会会長の徳富蘇峰、兵隊作家の火野葦平などが、象徴的に公職追放されただけだった。

しかし、戦争プロパガンダ、いまでいう「フェイクニュース」のばら撒きは、個人の力で出来たわけではない。

たとえば徳富蘇峰は、毎日新聞の社賓(重役待遇の論説委員)だったからこそ活動でき、影響力を持ったのだ。「社論の大方針は、ことごとく予の意見と一致していた」(蘇峰)。しかし、蘇峰は追放されたが、毎日新聞は無傷であった。(赤澤史郎「徳富蘇峰と大日本言論報国会」山川出版)

最近、新聞が、「ネットはフェイクが多いから、新聞で正しい情報を」と宣伝する。

それを聞いておかしくなる。お前らこそフェイクニュースの総本山だったではないか。忘れたのか、と。

実際には、新聞や通信社は、「国営」以上に国策に協力的で、時流に乗じて利益を上げようと競争した。里見侑がそのさまを「言論統制というビジネス」で書いている。

それは新聞社に限らず、大日本雄弁会講談社など、出版界も同じだった。

大学などアカデミズムも同じだった。

当時の右翼組織は、終戦時に組織内の下克上はあったにせよ、そのまま生き残ったのである。

そして戦後は、これらの新聞社や出版社が「左翼化」して行く。

ある程度は、戦中の振る舞いに対する贖罪意識があったのだろう。

激しく左翼化することで、戦中の右翼化の痕跡を、国民の記憶から消したかったのかもしれない。

しかし、多くは時流に乗った権力志向、新たな「言論統制というビジネス」であった。

マスコミ、出版、大学が、社内社外の「反共的言辞」を取り締まり始める。

これも、ある程度は、国家権力側の左翼取り締まり(いわゆる赤狩り)への対抗として、正当性を持った。しかし、ほんの「ある程度」だけである。

実際には、朝日、毎日、岩波、大学などを、左翼が権力的に牛耳ることになる。

このウクライナ情勢の中、東大の池内恵がこんなツイートをした。

東大では研究室員が「軍事アナリスト」と新聞に書かれただけで「この肩書きの使用をやめさせろ」と大学「最上層部」から私がお叱りを受けました。先輩方はこの不正常な状態に指一本動かしてこなかった。
https://twitter.com/chutoislam/status/1502944811644596225?s=20&t=5xfZzrUw53nuw9LfwW8pLg
我々より一回りぐらい下の年代は、社会主義陣営が消滅した後に育ったので、「共産趣味」として無害なサブカルとして消費するセクターがあったんですよね。我々は社会主義がもたらした重圧を上の世代から直接受けたから嫌で触りたくなかった。「復活したソ連」に対応できる人がこの中にいるかも。https://twitter.com/chutoislam/status/1503075440759615492?s=20&t=TYxPluXsP8lV9GCEHZIvHg


この池内のいう「社会主義がもたらした重圧」は、戦後少なくとも50年、マスコミとアカデミズムを支配した。

そして、「社会主義陣営が消滅した」と言われたのちも、現在にいたるまで、その「重圧」は影響しつづけている。

冷戦終了後、朝日、毎日、岩波などは、少しは反省して改めるかと思ったら、そんなそぶりはカケラも見せない。「ビジネス」にならなくなった「朝日ジャーナル」などを、そっと閉じたくらいである。

戦前の右翼化とともに、戦後の左翼化も、明るみに出ては読者の信頼を失う。だから、業界をあげて隠蔽し、糊塗しつづけるしかない。

アカデミズムでは、たとえば日本学術会議が、戦後すぐの「志」を、2017年になって「継承」したのが、その象徴だ。

日本学術会議
「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を継承する声明(2017年)
https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/index.html

内閣府の組織である日本学術会議の、この相変わらずの左傾を、政府がなんとかしようとして、人事騒動が続いたのは、ご承知のとおりである。

しかし、マスコミは問題の本質を伝えず、政府を批判するだけだった。

マスコミや学界にも、この「社会主義の重圧」はおかしいと思う人は、もちろんたくさんいた。

しかし、これに疑問を呈すると、人事・処遇で不利をこうむり(たとえば「名誉教授」という年金をもらえなくなったり)、ひどい時には組合から吊るし上げを食らう。

左翼的権力に逆らわずにいるのが、出世の道だったのである。

それへの不満を、ジャーナリストも学者も、ちょこちょことは書き残している。

たとえば精神科医の中井久夫(神戸大名誉教授)は、1960年代に東大医学部に研究生としていた頃、フッサールを読んでいて、上司のマスクス主義者に「ブルジョア的だ」と責められ、「自己批判」を求められた。

中井は「かつて政党に加入したこともない者が政治的な場でもないここでなぜ自己批判か」と反論したが、結局、いったん東大を飛び出さざるを得なくなる。(中井久夫「Y夫人のこと」「家族の深淵」所収、みすず書房)

また中井は、同じエッセイで、友人の社会主義者の生物学者が、当時権威だったソ連のルイセンコ生物学を拒否し、分子生物学を擁護したことから責められ、自殺した話を書いている。

こんな理不尽なことを、多くの人が経験しただろう。

でも、大々的には言えない。書けない。マスコミも報じない。これこそが言論弾圧だ。

中井も、エッセイに、ついでのように、婉曲に、ちょこっと書いている。しかし、当時の憤懣が伝わる。

朝日にも毎日にも、また東京新聞にも、自社の報道姿勢に疑問を持つ人はいるだろう。

イデオロギー優先ではなく、公正な報道をすべきだと思う人がいるはずだ。

しかし、それを言うと冷や飯を食らう。それよりは「面従腹背」を選ぶのが普通の組織人だ。これらの組織で出世するのは、いまだに左翼か、少なくとも左翼を批判しない人だけである。

日本のテレビ人も、新聞記者も、自分はロシア国営テレビの反乱スタッフのような真似はできない、とみんな思っている。

もし戦争になっても、自分は組織に従うだけだ、とわかっている。

これこそ「言論弾圧」の実際であり、本質である。

何も独裁者が、ムチをふるって弾圧するのではない。

誰もが心から信じて「プロパガンダ」するわけではない。

そうしなければ、組織で地位を失うから、そうするのだ。

これには、右も左もない。

そしてこれは、戦中でも、現在でも、ロシアでも日本でも、同じなのである。

時流に乗って出世したやつを警戒せよ。

いつの間にか法政大学の学長に出世した、田中優子の、東京新聞での「現行憲法は人類の理想」という大法螺ーー要するに「改憲論議するな」という慣れ親しんだ言論弾圧ーーを見て、以上のようなことを考えた。


「9条の会」田中優子・法政大前総長 ウクライナ侵攻での改憲論に「いつも機会狙っている」「現行憲法は人類の理想」(東京新聞3月16日)





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