四季詩集

四季詩集(4)

四季詩集とは

 詩誌「四季」の同人の作品を収録した詩集です。「四季」は昭和8年創刊の詩誌で、萩原朔太郎室生犀星井伏鱒二中原中也伊東静雄立原道造らが同人として参加し、風立ちぬで知られる堀辰雄が編集に携わっていました。

四季詩集概要

タイトル:四季詩集
著者:丸山薫 編
出版社:山雅房 昭和16年(1941年)
価格:3円50銭
発行部数:限定800部
参加詩人:
井伏鱒二、乾直恵、内木豊子、大木実、木村宙平、阪本越郎、神保光太郎、杉山平一、竹村俊郎、竹中郁、田中冬二、立原道造、高森文夫、津村信夫、塚山勇三、萩原朔太郎、福原清、丸山薫、眞壁仁、槇田帆呂路郎、三好達治、室生犀星、村中測太郎、薬師寺衛 (50音順)

神保光太郎『花河』

花びらは流れて行った

たよたよと
またまっすぐに 明け方の冷たい水にもまれて
海原のあちらへ 流れて行った

 明け方、まだ月の光が残る頃に、独り河原に佇む様子が想像されます。空が明るむと次第に河が姿を見せます。それはまるで、河が暗闇を食い尽くしたような、降ってくる花びらまでも食ってしまうような様相です。河のせせらぎが、まるで咀嚼音のように響くでしょう。「闇を食い飽きて花びらばかりを欲しがる」という表現は、一見して河に対する恐怖を煽るところですが、あくまで自分は淡々とその様子を見ています。しかし、すくった水の中に、ふたひらの花びらがくっついているの見つけると、強い感情が立ち込めます。例えばそれは、絶対的な状況にも流されまいとしがみ付く、ささやかな抵抗に心動かされるようです。
 やがて遠くから櫓を漕ぐ音、人の声が聞こえてくると、花びらは河幅いっぱいに広がって流れて行きます。そこには前段にあるような悲観的な感情はなく、希望さえ感じさせるようです。

花びらは 今 かさなり合うように
河幅いっぱいに ひろがって
白み出した空へ向かって流れ出した

杉山平一『月へ』

いまにきっといい事があるよ

 冒頭からのポジティブな言葉に驚きました。難解な比喩表現を好む現代詩ではあまり見ない、直接的な言葉に惹かれます。この『月へ』というタイトルが何を指しているのか気になりましたが、それは直ぐに分かりました。「酒を飲んでふわふわした気持ちになって、嫌なことは忘れよう」ということです。心が沈んでくると、まるで海底にいるような重苦しさを感じます。そんなときに酒を飲むと、月まで浮かんでいくような心地よい浮遊感に身を任せて、次第に楽天的になっていきます。いつの時代も酒の魅力は共通ということでしょうか。
 それにしても、酒を飲みながら書いたのでは? と感じさせる前向きで面白い詩に感じました。

わるい事がいつまでも続くもんか

杉山平一『夜学生』

ああ 元気な夜学の少年たちよ
昼間の働きにどんなにか疲れたろうに
ひたすらに勉学にすすむ
その夜更のラッシュアワーのなんと力強いことだ

 夜間学校に通う学生達を称えた詩です。当時の夜学生は今以上に「苦学生」が多かったでしょう。働きながらも学びたいという高い志は、周りの人間にも眩しく映ります。それは暗く重苦しい夜でも、明るい笑い声が聞こえるほどに。現代でも、例えば働きながら大学に通う人もいれば、何か仕事以外の勉強に励んでいる人も多いと思います。そのような人を見ていると、自分までも元気付けられるような気さえしてきます。人の努力する姿が綺麗に切り取られた詩です

きみ達の希望こそかなえらるべきだ
覚えたばかりの英語読本(リイダア)を
声たからかに音読せよ
スプリング ハズ カム
ウインタア イズ オオバア

竹村俊郎『山に雲』

奈何なれば都を捨てし
よき友と醇(こゆ)き酒
美しきひと 花やげる街

奈何なれば鄙(ひな)へ遁れし
友もなく雑な食物
無文の人人 朽ちし草屋根

 「都」と「田舎」の対比がされていて、かつて都会に住んでいたこと、いまは田舎にいることが窺い知れます。都会から「遁れる」ということは何か理由があるのでしょうが、「奈何なれば」とあるので自分でも分からない成り行きのようなところも感じられます。「どうしてこうなってしまったのか」という瞬間や、「何故このような選択をしたのか」という瞬間は誰しもが感じたことがあるのではないでしょうか。この詩には決して悲観的な感覚はなく、むしろ自分の居場所を見つけたというような安心感があります。
 おそらくは綺麗な街並みや良き友と別れてしまうほどに都会の喧騒に辟易して、乱立する建物に隠れた山や雲、消えていった野や畠を恋しがる思いがあったのかもしれません。現代でも、都会から田舎へ移住する人がいますが、同じ感覚かもしれません。田舎出身の私には都会への憧れしかありませんが。。。

ああされど山に雲
野に鴉 畠に菊
家に降りたる静寂あり

終わりに

 今回は『月へ』が衝撃的でした。他の詩の表現を読み解いている時に「いまにきっといい事があるよ」「わるい事がいつまでも続くもんか」という直接的な言葉が飛び込んできて、思わず笑みが零れました。詩集のなかで確かに異彩を放っていました。
 あとは『花河』の夜が明ける風景から「河が暗闇を食べる」という想像が秀逸過ぎます。にやけました。

余談①

 多くの方に読んで頂けて嬉しいです。ありがとうございます。また良い詩を紹介していきたいと思います。

画像1

余談②

 詩誌コールサック101号(3月1日発売)に詩を寄稿しております。拙作ですが、有難いことに一節が表紙を飾らせて頂いております。
 ご興味のある方は是非ご覧ください。


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