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ブラックボックス・ラヴァーズ / 長編小説 -5-

▼前話(第4話)


 翌日の放課後。
「……それで結局、亜麻はその結奈とかいう妹ちゃんが瀬戸と共犯者だったって証明したかったわけ?」
「まあ、大筋ではそんなところよ。直接的か間接的かって違いはあるけれどね」
 真子と下校していた亜麻は、途中で寄り道をして街中にあるショッピングモールを訪れていた。
「で、適当な理由をでっち上げてパソコンを見せてもらおうとしたけど、ダメだったと」
「ええ。あたしの作戦は完璧だったんだけど、またしてもしてやられたわ。あの男にね」
「瀬戸に?」
「そうよ。あの男、あたしが結奈の部屋の前で手をこまねいていたら、まるで見計らったようにやってきたのよ。その時あたし、なんとなく感じ取ったの。瀬戸和真には確信があったんだって。仮にあたしが結奈の部屋のパソコンを調べようとしても、結奈なら受験勉強を理由に拒むだろうって。あるいは瀬戸和真が先回りして、あたしを部屋に入れないよう指示を出していたとか……」
「いや考え過ぎじゃね? そもそも赤の他人も同然の人間なんかそうそう部屋に入れんし、ましてやいきなりパソコン見せてとか言われて快く了承するわけないじゃん。受験勉強を建前にして拒否っただけだと思うけど」
「もちろんその可能性もあるわ。あたしはまだ、結奈と適切な信頼関係を築けていない。いくらあたしが学校一の美少女だからって、それだけで部屋に入れてもらえると考えたことにやや見通しの甘さがあったことは認めざるをえないわ」
「やや……? いや、もはやなにも言うまいって感じだけど」
 真子は諦めたような溜め息を挟み、
「それで、なんでいきなりモールなんか来たわけ? これも瀬戸絡みなん?」
「不本意ながらそんなところよ。ちょっとあそこに用があってね」
 と、亜麻は通路の先に見えている書店エリアを指差した。
 真子は「あそこ?」と首を傾げ、
「本屋じゃん。なんか本買うの?」
「ついて来れば分かるわ。ただし、運がよければの話だけど」
 意味ありげに言って、亜麻は書店の中を進んでいく。その足取りはどことなく慎重で、周りにいる客の目を気にしているようだった。
 いくつかのコーナーを過ぎたのち、亜麻は少女漫画コーナーの前で足を止め、
「――ビンゴ。見つけたわ」
 と、視線の先にある光景を見て口元を緩める。
 そこには、少女漫画コーナーで立ち読みをしている結奈の姿があった。
「なに、もしかしてあの制服の子に用?」
 真子も亜麻の隣に隠れ、結奈の姿を捉える。
「そうよ。あれが瀬戸和真の妹、瀬戸結奈。中学三年生」
「へえ。可愛らしい子じゃん。いかにも女子中学生って感じの」
「そうね。どこかあどけないというか、垢抜けていない感じはあるかしら」
「で、あの子を見つけてどうしようってわけ? 声かけるの?」
「そのつもりならこんなところで盗み見るような真似はしないわ」
「だよね。じゃあなんのつもり?」
「結奈と信頼関係を築くためよ。そのために本屋であの子を見つける必要があったの」
「ごめん、いまいち呑み込めないんだけど」
「さっき言ったでしょう? あたしが部屋に入れてもらえなかったのは、結奈と適切な信頼関係を築けていなかったからだって。裏を返せば、そこさえクリアできればパソコンを見せてもらうことに繋がるってことよ」
「そんなことだろうなとは思ったんだけど、それでなんで本屋まで来たわけ」
「実は少し前にね、結奈がよく本屋に寄り道しているって情報を得ていたのよ。あの子の母親からね。それでたぶん、漫画でも買いに行っているんだろうって」
「ふぅん。それであの子がここにいるかもって思ったわけだ」
「ええ。この街で本屋って言ったらここくらいだから、運がよければ出くわすって思ったのよ」
「で、本屋にいるところを盗み見てるだけで、どうやって信頼関係を築こうっての? 信頼なんて言葉とは真逆の行為に思えるんだけど」
「あら、まだ想像がつかない? 勘のいい真子にしてはめずらしいわね」
「いや、もしかしてこんなこと考えてんじゃないかなってのは一つ浮かんでんだけど……まさかとは思ってさ」
「きっとそのまさかよ。あたしの親友である真子が思ってることならね」
「だとしたらすっごい不安になるから信じたくないわけだが」
「あ、移動するみたい。追いかけるわよ!」
 結奈が本棚を離れたのを見て、すかさず尾行を始める亜麻。
 真子も疲れたように苦笑しながら、得意げな親友の背中を追った。


 亜麻の考えはこうだった。
「結奈にパソコンを見せてもらうにはまず、それなりの信頼関係を築く必要があるわ。これまでもあたしになりに歩み寄ろうとはしていたんだけど、中々上手くいかなかったのよ。結奈って内気というか、引っ込み思案なところがあって。自分のことなんかもあんまり話すタイプじゃないのよ」
「ふぅん。自分のことばかり話す亜麻とはまるっきり逆のタイプってことか」
「確かにそうね。同じ屋根の下に住んでもう結構経つっていうのに、あそこまで心を開こうとしないのはまったく理解できないわ。そのくせ瀬戸和真や奈々子に対しては普通に接しているし、わけが分からないわ」
「そこは何年も一緒にいた家族との違いだと思うけど……ていうか、そこまで人種が違い過ぎる子じゃ、そもそも相容れないレベルなんじゃね?」
「そうね、容易なことではないわ。だから一応、別の手段も用意しているのよ。信頼関係を上手く築けなかった時のための。仮にそっちの道を取るにしても、今回の尾行は必ず役に立つはずなの」
「別の手段って?」
「それはまた上手くいかなかった時に話すわ。今は瀬戸結奈と信頼関係を築く作戦が優先よ」
「で、結局それは如何ようにして成し遂げようってわけ? まさかあの結奈って妹ちゃんが楽しんでる漫画の傾向を知って、そこから仲よくなろうとか考えてるわけじゃないよね?」
「やっぱりよく分かってるじゃない。そのまさかよ」
「マジですか……」
 口をあんぐりさせる真子。
 亜麻は「大マジよ」と不敵に笑い、
「残念ながら、結奈と歩み寄れそうな余地が本当に漫画のことくらいしか思いつかないのよ。それ以外に好きなものとかも分からないし……でも裏を返せば、漫画を読むのが好きなことは確実に分かっているわけよ。だったらそこを突くのが一番手っ取り早いでしょう?」
「まあ一理あるようなないようなって感じだけどさぁ」
 真子の呆れたような口調で言い、
「でも好きな漫画を知るんだったら、別に尾行とかいらなかったんじゃね? あの子の部屋に忍び込んで、こっそり本棚を確認するとかすれば」
「それだと現在進行で楽しんでる漫画がどれなのか分からないじゃない。だから本屋で立ち読みしてたり、購入してたりするところを覗いた方がいいと思ったの。今まさに楽しんでる漫画の話をされた方が、より親近感が湧くと思わない?」
「じゃあもう一つ訊くけど、なんでわざわざ私まで連れてきたわけ? そういう目的で尾行するつもりだったら別に私いらなくね?」
「いいえ、絶対必要よ。だってあたし、漫画のことなんてさっぱりなんだもの」
「はあ? さっぱりってなに? 全然知らないってこと?」
「そうよ。本は推理小説を嗜むくらいで、漫画はほとんど手に取らないの。だから真子について来てほしかったってわけ。真子は漫画にも詳しいでしょう?」
「そりゃまあ、人並みにはね。中学生くらいまでは結構読んでたかな。でも最近は昔ほどじゃない」
「それでも充分よ。結奈が読んでいる漫画を見て、知ってたら大体どんな感じの漫画なのか教えてくれればいいわ。その中であたしでも楽しめそうなのがあったらそれを読んでみるから」
「あっそう……まあここまで来たんだし、亜麻の気が済むまで協力するけどさ」
 諦めたように真子が言うと、亜麻も「そうこなくっちゃ」と軽やかに笑った。
 ――それから二人は、漫画を立ち読みする結奈を秘密裏に追いかけた。
 結奈は一時間ほど漫画コーナーを物色したのち、いくつかの漫画本を持ってレジに向かっていた。
「今よ真子。結奈がなんの漫画を買うのか見てきてちょうだい」
「は? 私が?」
「当然でしょう? あたしが行ったらバレるじゃない。真子なら結奈も顔を知らないから怪しまれないわ」
「ああ、これも私を連れてきた理由ってことね……」
 渋々了承し、レジの近くまで向かう真子。
 こっそりと確認を終えると、再び亜麻のもとへ戻ってきて、
「見てきた。全部で七冊。続巻とか新刊とかで色々あったけど……」
「ありがとう。内容についてはまたあとで聞かせてもらうわ。今は結奈の尾行を続けるわよ」
「は? 好きな漫画を知るだけだったんじゃないの?」
「別の手段もあるって言ったでしょ? 次はそのための尾行、予防線を張っておくのよ。――ほら、結奈も店を出て行ってるわ。追いかけましょう」


 ショッピングモールをあとにした結奈は、通学用の自転車を走らせ、家ではないどこかへ向かっているようだった。亜麻と真子もそれぞれ自転車に乗り、気づかれない距離を保ちながら尾行を続けた。
「ねえ亜麻、どこまであの子を追いかける気?」
 道中、真子がひっそりと訊ねてくる。
 亜麻も先を行く結奈に気取られないよう、声量に気をつけながら、
「もちろん結奈が目的地へ着くまでよ。にしてもどこへ向かっているのかしらね」
「家に帰ってる……わけじゃないっぽいね。この道行ったら海に出るだけだし」
「そうね。もしかして、海浜公園に行く気かしら」
 亜麻の予想は当たっていた。
 結奈は海浜公園に入ると、駐輪場に自転車を駐めていた。先ほど買ったばかりの漫画本が入った袋を手にさげ、灯台のある岬の方へ歩いていく。
 亜麻と真子は一応、結奈の自転車から離れた公衆電話ボックス付近の駐輪場に自転車を駐め、またこっそりと跡をつける。
 ここまで来れば行ける場所は限られてくるため、多少目を離しても結奈を見出すことは簡単だった。
「灯台なんか行ってなにをするのかしら。真子、想像がつく?」
「さあ……買ってきた漫画を読むとかじゃね?」
「それなら砂浜の方でもいいじゃない。わざわざあんな危ないところで読まなくたって」
 灯台のある岬は海面から高い位置にある。もちろん柵は設置されているが、下手をすれば断崖から落下してしまう恐れもある場所だった。そんなところで読書をする必要があるのか、亜麻には疑問だった。
「ま、行ってみれば分かるんじゃね? あの子が灯台のとこでなにしてんのか」
 これは真子の言う通りだった。亜麻は「それもそうね」と答え、結奈が歩いていった道を進んでいく。
 岬に出るための階段に身を隠しながら、二人は灯台の方を覗き見た。
 そこにはちゃんと、結奈の姿があった。
 結奈は灯台のもとにある石段にちょこんと座り、一心不乱に漫画を読んでいる。
 岬の先に広がる海原からは時折強い潮風が吹きつけているが、灯台の陰にいる結奈にはあまり影響がなさそうだった。
 亜麻は覗き見るのをやめ、いったん階段に腰を下ろし、
「変わった子ね。放課後にこんなところへ来て、たった一人で漫画を読んでいるなんて。うら若き女子中学生の日常とはとても思えないわ」
「むしろ中学生ならありえそうだけど。中二病って感じで」
「結奈は中三よ? 中二病なら卒業してなきゃまずいじゃない」
「いや、中二病ってそんな厳密なもんでもないし。私だってつい去年くらいまでは、ああいう時期あったよ」
「嘘、真子が? 一人であんな風に漫画を読んでいたっていうの? ……ちょっと想像できないわね。付き合いのいい真子しか知らないあたしからしたら」
「付き合いよくなったのって亜麻とつるむようになってからだし。亜麻は私と出会う前の私のことなんて、ぶっちゃけ記憶にないでしょ?」
「まあ、言われてみればそうね……去年はクラスも違えていたことだし」
 真子は亜麻にとっては唯一無二の親友だが、付き合いは高校からだった。
 去年の亜麻は入学してしばらく注目の的であり、ラブレターをもらったり告白されたりするイベントが絶えない状態だった。
 麗人も度が過ぎれば他人を寄せ付けないだけの高嶺の花となり、告白などは却って差し控えようとする生徒が多くなりやすい。
 しかし亜麻は、それでは真の人気者になれないと感じ、あえて表面的な付き合いのよさを心がけてきた。その結果、親しみやすさも兼ね備えた高嶺の花となることができたのだった。
 そんな評判がようやく定着した、去年の六月頃――亜麻は真子と出会った。
 梅雨時だったため、昼休みは読書でもしようと図書室に行った際、
『――疲れない? 自分を演じるのって』
 本を借りている最中に、図書委員としてカウンター業務をしていた真子からそう訊ねられた。
 その時亜麻は、初めて他人に本性を見透かされたのだった――完璧だと思っていた、自らの外面が打ち破られてしまったのだと。
「真子と初めて会った時、度肝を抜かされかけたわ。まさかあんな問いかけをしてくるなんて。動揺なんてものじゃなかったわよ」
「そう? 私は別に、不思議に思ってたことを訊いただけだけど」
「観察眼が優れていたのね。真剣にやれば探偵に向いているんじゃないかしら」
「いや探偵なんて、亜麻だけで充分だし」
「そうね。探偵のパートナーは優秀な助手と決まっているものね」
「ホームズとワトソン的な?」
「あら、シャーロックホームズは読んだことがあるの?」
「ないけどさすがに知ってる。亜麻とは違う漢字●●探偵だよね」
「違う感じ●●……? そうね、探偵が事件を解決するプロセスにも色々あるから、違う感じと言えばそうなのかもしれないわ」
「はいはいそんな感じです探偵さん」
 真子はあしらうように言って、
「話を戻すけどさ、とにかく私も、亜麻と会う前までは一人でいることが多かったの。だからあの結奈って子の行動も、全然理解できんでもないかなって」
「ああ、そうなの。まあ一人の時間を大切にすることも大事よね。だからってわざわざこんな場所まで来る必要があるのかは分からないけれど」
「お気に入りの場所なんじゃね? バックに海が広がる岬の灯台、そこに一人座って好きな漫画を読む。最高に中二って感じがするけど」
「ふぅん、そういうものなのね」
 一応、亜麻は納得したように頷き、
「とにもかくにも、結奈が放課後にここへ来て漫画を読んでいるということは分かったし、それだけでも充分な収穫だわ。漫画好きということも確認できたわけだし」
「そういや、なんでここまで尾行してきたんだっけ。なんか別の手段かどうとか言ってたけど」
「その前に第一の手段からよ。結奈と信頼関係を築くために、結奈が楽しんでる漫画について知る……あの子がどんな漫画を買ったのかちゃんと覚えてるわよね?」
「覚えてるけどさ……一応、全部知ってる漫画ばっかだったし」
「さすがは真子ね。それで、どんな感じの内容なの?」
「その前に亜麻、一応訊いときたいんだけど……亜麻は、過激なやつはいける口なん?」
「過激なやつ?」
 真子からの確認に、一瞬ぽかんとなる亜麻。
 が、すぐに意味するところを察し、
「ああ、グロテスクなやつってことね。そういうのは割と大丈夫な方よ。ミステリー系の小説でたくさん人が死んじゃうお話は慣れているから」
「違う違う、そうじゃない。そうじゃなくって、グロテスクな方の過激じゃなくってさ、……その、エロティックな方でして」
「え、エロ……?」
 ぽぉーっと、顔を赤くさせる亜麻。
 真子は「やっぱり」と苦笑し、
「亜麻ってそういうの、意外と潔癖そうだよね」
「な、ななな、なに言ってるのよ真子。全然平気よ。すこぶるいける口よ。潔癖かどうかなんて心配、不要だわ」
「ほんとに?」
「本当よ。大体、結奈が読んでいるのは少女漫画でしょう? 中学生向けのエンターテインメントでしょう? そんなものに漂うエロティシズムなんて高校生のあたしからしたらきっと可愛いものよ。どうせキスとか、ハグするくらいのものなんでしょう?」
「ううん。セックスとか普通にしてるけど」
「へぁっ!?」
 思わず変な声を上げてしまった亜麻。
 思いのほか響いたため岬の方を確認してみた二人だが、結奈が気づいた様子はなさそうだった。相も変わらず読書に夢中だった。
 亜麻は「ふーっ」と深く息をつき、
「ちょっと真子、こんな時に笑えないジョークはよしてよ。危うくバレちゃうところだったじゃない」
「いやジョークじゃないんだが。至極真面目に言ってんだが」
「で、でも、少女漫画なのよ? 中学生が読んでいるものなのよ? なのにそんな、せ、せ、せっ……」
「セックス」
「ありがとう。その、乙女が口にするのも憚られる四文字の行いが、漫画の中で描写されているって言うの? 少女漫画なのに?」
「亜麻が少女漫画にどんな幻想を抱いているかは知らんけどさ、そんなん今時普通だよ」
「普通、なの? 中学生でそんな……」
「むしろ一番そういうのに興味がある年頃じゃん。……まあ、亜麻はそうじゃなかったんかもしれんけど」
「にわかには信じられないわ。百歩譲って、今時の中学生がそういう漫画を嗜んでいるとして……」
「亜麻だってその今時の中学生と大して変わんない年頃のはずなんだけど」
 そんな指摘に亜麻は耳を貸さず、
「あの大人しそうな結奈が、そんな破廉恥な漫画を読んでいるなんて……驚天動地だわ」
「そんな驚くことかね。むしろああいう子の方が裏でこっそり楽しんでそうなイメージだけど」
「……真子も、読んでるのよね? 結奈が読んでるのを分かってるってことは……」
「小五くらいの時にはもうね。その時はセックスまではなかったけど、キスとか普通に毎週あったし、エスカレートすると耳とか胸とか舐められてる描写があったかな」
「な、舐め!?」
「初セックスは高校生のカップルが教室で、とか」
「きょ、教室で!?」
「クズだけど美形の先輩にレイプ堕ちさせられちゃうやつとかもあったり」
「れ、レレレっ!?」
「兄妹で禁断の一線を越えちゃう系とかも読んだし」
「きょ、兄妹で!?」
「通りすがりのイケメン吸血鬼に血を吸われて、そのついでに犯されるやつとか」
「人外とまで!?」
「あとはまあ……女の子同士とか、少女漫画じゃないけど、男同士で掘り合う系とかも」
「くぁwせdrftgyふじこlp――!?」
 遂に処理落ちを始めた亜麻の脳内。
 紅潮し切った親友の顔を見て、真子はおかしそうに笑い、
「亜麻? 大丈夫? 体温が五十度くらいになってそうだけど」
「……そんなになってたらあたし、死んじゃってるじゃないのよ」
 酷く疲弊した声で亜麻は答え、
「とにかく、分かったわ。真子の言う過激がどういうことなのか、結奈が読んでる漫画がどんなものなのかも……」
「ならよかった。で、信頼関係を築くために挑戦してみるわけ? あの妹ちゃんが楽しんでる漫画、読んでみるわけ?」
「プランBに移行するわ」
 きっぱりと、亜麻は言った。
 真子はやっぱりと言わんげに苦笑し、
「潔癖だなぁ。高校生にもなって」
「ち、違うわ。あたしは別に、そういう漫画を読むのが怖いからとかじゃなくて」
「じゃあ、なんでプランBとか突然言い出したわけ?」
「突然なんかじゃないわよ。最初にちゃんと言っておいたでしょう? 別の手段も考えてあるって」
「ああ、そういうこと。でもそれって信頼関係を築く作戦が上手くいかなかった時の予防線だって言ってたやつじゃ……」
「考えが変わったの。大体、今から話を合わせるために漫画を読むなんて時間がかかり過ぎるし、絶対に上手くいくとも限らないわ。それだったらプランBの方が、少し危険だけど確実で早い手段だから。結果的にはそっちの方がいいはずなのよ」
「エッチな漫画を読むのが嫌だからでしょ? 恥ずかしいからっしょ?」
 意地悪げな笑みを向けてくる真子。
 亜麻は「うるさいっ」と一蹴し、
「と、とにかく、プランBにはまた真子にも協力してもらうから。そのつもりでいてちょうだい」
「はいはい、ちゃんと付き合いますよーっと……んで、そのプランBとはなんでしょうか、迷探偵さん?」
 とぼけたように返す真子に、亜麻は口を尖らせながらも今後の計画について打ち明けるのだった。


▼次話(第6話)


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