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ブラックボックス・ラヴァーズ / 長編小説 -4-

▼前話(第3話)


 翌日、学校の昼休みにて。
 また例の資料室に真子を呼び出した亜麻は、昨日の一件について打ち明けた。
「……つまり亜麻は、瀬戸が家のあちこちに隠しカメラを設置して、自分のあられもない姿を盗撮しているのではって考えたと」
「ええ……」
「だからお風呂を覗きにも来なかったし、荷物を運び込むふりをして部屋に入ったことにも筋が通ると思ったと」
「そうね……」
「で、誰も家にいない時にカメラ探知機を使って調べてみたけど、カメラは一つも見つからなかったと」
「うん……」
「でも自分のパソコンがカメラ内蔵であることに気づいて、瀬戸がそれを悪用しているのではと推察したと」
「そう、なんだけど……」
「だけど、そもそも瀬戸は自分のパソコンを持ってすらいなかった、と」
「……………………」
 亜麻は押し黙るしかなかった。
 対して、真子は呆れたように目を細め、
「言いがかりも甚だし過ぎて、もはや感心するレベルって言うか……」
「感心しているのならどうしてそんな憐れむような目を向けるのよっ」
「皮肉で言ってるからだよ。そもそも論、亜麻が居候することを覚えてなかったとか握手で照れなかったとか、そんな小さなことで怪しむ時点でもイミフだったけどさ」
「め、名探偵はそういう小さなことまで見逃さずに怪しむから名探偵たるのよ。あの見た目は子供で頭脳は大人な国民的名探偵君なんて、たまたま居合わせたお客さんがモーニングセットじゃなくサンドイッチを注文しただけで怪しむのよ? コンビニで煙草一箱を買うのにわざわざ千円札使っていただけで尾行し始めるのよ? ほら、そう聞くとあたしが瀬戸を疑うのだって名探偵らしい着眼点と言えるでしょう?」
「そんな三十年近く続いている作品の稀有過ぎる例を引き合いに出されたってさぁ」
 真子は「はぁ」と分かりやすい溜め息を挟み、
「まあでも、これではっきりしたんじゃない? 瀬戸が亜麻に好意を持っているわけじゃないって分かって」
「ま、待ちなさいよ。確かにあたしの推理は、ちょっと外れたかもしれないけど」
「ちょっと?」
 意地悪な訊き返しに、亜麻は「ぐぬぬ」とたじろぎながらも、
「でも、まだ、瀬戸があたしに好意を持っていないってことにはならないはずでしょう? 盗撮はなかったというだけで」
「ていうか、たとえ好意があったとしても、普通そんな犯罪めいたことするわけないと思うんですが」
「だけど、もし盗撮してる証拠を掴めたら、あたしに好意があるってことの証左になったはずじゃない」
「その当てが外れたんじゃん」
「うぐ……」
「いい加減認めれば? 現時点では、瀬戸は亜麻に対して特になんとも思ってないこと。そういう結論でいいじゃん」
「いえ、絶対にそんなことは」
 反論しようとした亜麻だったが、その声は力なく尻すぼまる。
(あたしがなんとも思われていないですって? いいえ、まさかそんなことはないはず。だって瀬戸和真は年頃の男子で、あたしは学校一の美少女なのよ? 藤堂亜麻なのよ? そんなあたしと同じ屋根の下にいるんだから……なにも思わないはずが)
 いつもなら声に出して言うことも、この時ばかりは心中で霧散していく。
(だけど真子の言う通り、あたしの推理は外れてしまった。瀬戸和真はカメラなんて仕掛けていなかったし、あたしのパソコンを悪用するためのパソコンだって持っていなかった……つまり盗撮の線はない。
 だとしたら、今まで微塵も照れた様子を見せたことがないのも、あたしがお風呂に入っているのを覗きに来なかったことも、そもそもあたしに、興味なんてなかったということに……)
 亜麻はすっかり黙り込んでしまった。
 すると、真子が困ったように笑い、
「そんな風に悄気てる亜麻も、それはそれで気色悪い感じ。亜麻らしくない」
「別に、あたしは悄気てなんかっ」
「いや誤魔化したって無駄だし。私はいつも亜麻と一緒にいて、いっつも亜麻の傲慢で高飛車な自画自賛トークを聞かされてんだよ? 見分けがつかないわけないじゃん」
「それはそうね、真子はあたしの親友だし……でも傲慢で高飛車は言い過ぎよ。さすがのあたしでもわずかに傷つくわ」
「わずかなんだ。ていうか自画自賛は否定しないんだ」
「自賛すべきところしかないんだもの当然よ。だけど今回ばかりは、あたしにも瑕疵があることを認めざるをえないのかもね。ナノマイクロほど微々たる瑕疵だけれど」
「そうそう、亜麻はそんぐらい鈍感で脳天気でぱっぱらぱーじゃなくちゃ」
「ぱっぱらぱーがなんですって?」
「あ、亜麻の耳糞が凄い溜まってる」
「な……!」
 亜麻はぼっと顔を燃やした。
 真子側に見えている左耳をすぐに手のひらで隠す。
「ちょ、一体どこ見てるのよ! 大体、耳糞なんてはしたない言葉……!」
「耳垢、なんて言い直したところで溜まってることには変わらんじゃん。最近掃除してないんでしょ?」
 にやにやと、意地悪げに訊ねてくる真子。
 図星だった。このところ瀬戸和真のことに気を揉んでいた亜麻は、耳掃除にまで気が回っていなかった。それどころではなかったのだ。
 亜麻は元々、体のあらゆる部位のケアを怠らないたちである。地肌や髪の毛先、爪先に至るまで、他人から見られる部分すべてに手入れを欠かさない。
 それは耳の中についても同様だったが、手入れの優先順位はほかの部位に比べて低かった。わざわざ耳の中まで覗いてくる輩はいないだろうと高を括っていた。
 が、真子だけは違った。彼女はいつも亜麻とつるんでいるから、耳の中のケアが疎かになっていることも見抜いてきたのだ。
「たまたま、後回しになっていただけのことよ。今晩にはもう手入れをする予定だったんだから」
「あらら、らしくない言い訳。意識高い亜麻がこんなになるまで放っとくなんて、よっぽど瀬戸にご執心だったわけだ」
「ご、ご執心ってなによ! あたしは別に、あんな奴のことなんとも思ってないんだから! 今はただ、あの男の本性を暴くために、多少は考えることもあるってだけで……」
「はいはいもう分かったから。名探偵さんはぜひ真相の究明に勤しまれてください」
 投げやりに言うと、真子は持参していたポーチを開き、
「ほら、こっちに体倒して、頭載っけて」
 そう促す彼女の手には、一本の綿棒があった。
「ちょっと真子、なにする気よ」
「は? 綿棒使ってやることなんて耳掃除に決まってんじゃん」
「PCRって可能性もあるわ」
「ねえよ。バカ言ってないで、ほらほら」
 ぽんぽんと、自分のスカートを叩く真子。
 亜麻はおもむろに体を倒し、真子のほっそりとした太ももの上に頭をのせた。
「いきなり耳掃除を買って出るなんてどういうつもりなの? なにか魂胆があるんじゃないでしょうね」
「なにその言い草。私は善意でやってあげてるのに」
「善意ですって?」
「そ。亜麻のことだから、手入れが行き届いていた部分を指摘されっ放しじゃ気持ち悪いんじゃないかと思って」
「それはまあ、死ぬほど気持ち悪いわね。気になって授業にも集中できそうにないわ」
「でしょ? だから私がやってあげようと思って。ちょうど綿棒も持ってたし」
「よく持ってたわね」
「私って花粉症じゃん? その対策に、塗り薬を綿棒に塗布して、鼻の入口に塗りつけるタイプのやつ持ってたんだけど、あんまし使わなくて綿棒だけ余ったんよ」
 理由を話しつつも、真子は耳掃除を進めていく。
(真子、結構上手ね……全然痛くないっていうか、いい感じに気持ちいいというか)
 予想外に繊細な手つきに、亜麻は心地よさを感じた。
 しかし時折くすぐったくもあり、その度に喘ぎ声が出そうになるのを我慢した。いくら親友相手とは言え、あられもない声を聞かせるのは憚られた。
「……ふふっ」
 不意に、真子が噴き出すように笑った。
 亜麻は不思議に思い、
「なによ、急に」
「いや、だって亜麻、どんどん体丸くして、猫みたくなってるから。なんかおかしくって」
「――――っ」
 言われて、亜麻も自身の体勢の変化に気づいた。
 くすぐったいのを我慢する時に身をよじらせ、いつの間にか体を縮こまらせてしまっていたらしい。
 頭上の真子はまたいたずらっぽく微笑み、
「私の耳かきがそんなに気持ちよかったわけだ。なるほどなるほど」
「ば、バカなこと言ってないで、早く終わらせなさいよ。恥ずかしいんだから……」
「分かってるって。耳掃除されてる姿なんて私にしか見せられんもんね。まあ大丈夫だって。こんなとこどうせ誰も来やしないし……でももし、瀬戸がいきなり現れたりしたら、それはそれで面白そうだけど」
「なんてこと言うのよ! こんな格好、あの男には絶対見せられるわけないわ!」
「興奮しないでよ。手元が狂っちゃうかもじゃん」
「興奮させるようなことを言ったのは誰よ、もうっ……」
「ごめんごめん。まさかそこまで過剰に反応されるとは思わんかったからさ。やっぱ亜麻って、瀬戸のこと意識しちゃってんじゃないの? 惚れた腫れた的な意味で」
「そんなわけないでしょ。あんな奴のどこに惚れる要素があるって言うのよ。単なる根暗男じゃない」
「そう? 結構人気あるって聞くけどね。バスケ部のエースで、勉強もそこそこできるっぽいし。それに、亜麻の話だとパソコンとか、機械にも強い系なわけでしょ? 将来有望って感じ。狙ってる子たくさんいそう、みんな亜麻のライバルだね」
「勝手にあたしまで狙ってるみたいに言わないで。そりゃ、パソコンのことは、あたしも助かったけど、そのことでこっちも色々と疑ってる部分はあるわけだし……」
「疑ってるねぇ。まあ確かに、ちょっと不思議に思うところはあったかも……なんでパソコンを持っていないはずの瀬戸が、そんなにパソコンに詳しいのかとか。どこで習ったんだろうね」
「え――?」
 亜麻はハッとなり、思わず上体を起こした。
「ちょ、亜麻。いきなり顔上げたら危ない……」
「真子、あなた今なんて言った?」
「いきなり顔上げたら危ない」
「そのボケはもうお腹いっぱいよ。その前に言ったことよ」
「瀬戸のことでしょ? なんでパソコン持ってないのにパソコンに詳しいのか●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●って」
「それよそれ! 確かに不自然だわ。どうしてそんな簡単な矛盾に気が付かなかったのかしら……」
「いや、どっかでやったことがあっただけかもじゃん。そもそもパソコンの配線とかワイファイの設定くらいなら、全然知らんでもスマホで調べりゃ分かりそうなもんじゃないの?」
「いいえ、あの男の口ぶりは明らかに手慣れた風というか、やり慣れている感じだったわ。スマホで調べれば分かるかもなんて、そんな手探りな感じじゃなかった」
「じゃあ自分のじゃなくて、友達か家族のでやっとことがあるってことなんじゃね? どっちにしたって、亜麻が疑ってる盗撮だとかパソコンの乗っ取りだとかは違ってそうだけど」
「いいえ、まだ可能性はあるわ。――瀬戸和真に、共犯者がいるとすれば」
「共犯者……?」
「ええ、そうよ。その線で調べれば絶対にあの男の本性を暴き出せるわ。そしてそれが、あたしに好意を抱いているって証明にも繋がるはずよ!」
 高らかに言い切ってみせる亜麻。
 息を吹き返したように意気込む彼女を見て、真子は呆れたように溜め息をつき、
「要するに、亜麻はまだ諦める気はないってことね。瀬戸が自分に惚れているかどうかって問題に対して」
「当然よ。あたしの辞書に迷宮入りの四文字はないんだから」
「どの辞書にもなさそうだけどね。ま、空回りしてる亜麻も見てる分には面白いけど……」
「なにが面白いですって?」
「さあね。ほら、逆の耳もするから。早く頭戻しなよ」
 真子の指示に従い、再び上体を倒す亜麻。
(ふふふ、見てなさい瀬戸和真。今度こそあなたの化けの皮、べりべりべりーって剥いであげるんだから!)
 綿棒のくすぐったさなど気にならないほど、頭の中は思索を巡らせることにいっぱいとなっていた。


 真子に再び啖呵を切った日の夜。夕食後。
 いつもなら自室に戻る亜麻だったが、この日は率先して食卓の後片付けや皿洗いなどを手伝っていた。
「ありがとう、亜麻ちゃん。お皿洗いまで手伝ってもらっちゃって」
 奈々子からの感謝に、亜麻は「ううん」と笑顔を向け、
「私は居候している身ですから、これくらいのお手伝いは当然です」
「そんな気を遣わなくてもいいのよ。亜麻ちゃんだってもう家族みたいなものなんだから」
「それは、嬉しい言葉です」
 奈々子が洗った皿を亜麻が受け取り、綺麗に拭き上げてから重ねていく。
 手伝いとしては大したものではないが、奈々子は本当に嬉しそうだった。
(こんなに喜んでくれるなら手伝い甲斐があるわね。ほんと奈々子は理想的な母親という感じだわ……だけど)
 亜麻は密かにタイミングを見計らっていた。
 彼女が奈々子の手伝いを買って出たのは、居候していることに対する引け目からではなく、別の目的があったからだった。
「そういえば奈々子さん、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
 皿洗いも終わりに近づいた頃――。
 亜麻は、思い切って本題に入った。
「このお家に、パソコンはありますか?」
「パソコン?」
 脈絡のない質問に、奈々子はぽかんとする。
「どうして急に、そんなことを訊くの?」
「いえ、その……」
 言葉に詰まる亜麻。
(のほほんとしている奈々子なら自然に聞き出せると思ったんだけど……いくらなんでも唐突過ぎたかしら。でも、ここは上手く乗り切るしかない)
 亜麻は手元の皿を拭き終えてから、
「私、部屋で自分のパソコンを使っているんです。だからその、ほかに誰かパソコンを使っている人がいるなら、もし私のが壊れた時などに相談できると思って」
 と、それらしい答えを絞り出す。
 すると奈々子も「そうだったの」と納得し、
「うちでパソコンなら、結奈が持っているわ」
「結奈ちゃんが?」
「ええ。と言っても、お父さんが使わなくなったものを譲り受けたものだけど」
「奇遇ですね。私も同じ理由で今のパソコンを持っています。でも、どうして結奈ちゃんが? 瀬戸……いえ、和真君は欲しがらなかったんですか?」
「和真は、その時にはもうスマホを持っていたから。パソコンはなくてもいいって言って、それで結奈がもらうことになって。結奈はまだスマホがないから」
「そういうことだったんですか。でもスマホがないなんて、色々と不便な気がしますけど」
「うちは、スマホは高校生からって決めているから。中学も持ち込み禁止みたいだし、持たせていてもあまり使わないんじゃないかと思って」
「そんな規則、今時の中学生が律儀に守っているでしょうか。きっとみんな、先生の目を盗んで持って行っていると思いますけど」
「そういうものなの?」
「少なくとも私の時はそうでした。ほとんどの子が持ってきていて、逆に持っていないと友達を作るのにも不便だったりするくらいで」
「今時の中学生ってそうなの……結奈、あんまり学校のことは話したがらないから」
「まあ、特に欲しがってもいないなら必要性を感じていないんじゃないでしょうか? どの道あと一年弱の辛抱ですし、スマホなんて持っていない方が受験勉強にも集中できてよさそうな気がします」
「受験勉強は、どうかしらね。ちゃんとやる気があるのかしら。今のところは亜麻ちゃんたちと同じ学校を志望しているようだけど……」
 心配そうな顔になる奈々子。
 話が逸れ始めてきたため、亜麻は「まあ、それはともかく」と仕切り直し、
「パソコンは、結奈ちゃんの部屋にあるということですね」
「そうよ。……でも、結奈はあまり、パソコンには詳しくないんじゃないかしら。どちらかと言うと、和真の方が」
「どういうことですか?」
「お父さんからもらったあと、和真が部屋にセッティングしたり、初期設定をしてあげたりしていたから。ネットに繋がらなくなった時も、和真が直すのを手伝ってあげていたみたいで……だからもし、亜麻ちゃんのパソコンもなにかあったら、和真に訊いた方がいいと思うわ」
「そうですね、私もセッティングを手伝ってもらいましたし……」
 そう答えつつ、亜麻は密かに合点がいっていた。
(なるほど……パソコンを所有していないはずの瀬戸和真があれほど手慣れていたのは、妹である結奈のパソコンを見てあげていたからなのね……謎が一つ解けたわ。加えて、あたしの推測も少しだけ現実味を帯びてきた)
「亜麻ちゃん? どうかした?」
「あ、いえ……私はよく動画を見るのにパソコンを使うんですけど、結奈ちゃんは一体なにに使っているのかしらと気になって。中学生でパソコンを持っているなんて、今時めずらしい気もしますから」
「さあ、私もよく知らないわ。前に一度だけ聞いたのは、情報の授業? かなにかの復習で使ったりはするって」
「なるほど。確かに中学でもパソコンの授業はありますね。その復習だなんて、かなり勉強熱心なんですね」
「本当かどうか分からないけどねぇ。案外、もうほとんど使っていなかったりして」
「そうですか……」
 奈々子からはこれ以上、有益な話は聞けそうになかった。
 が、亜麻にしてみれば充分過ぎるほどの収穫だった。
(パソコンは結奈の部屋にある、でもなにに使われているかは分からなくて、結奈もパソコンに詳しいわけでもなさそうで、おまけにパソコンのセッティングをしたのは瀬戸和真、ね……やっぱり一度、調べてみる必要がありそうね)


 亜麻の考えはこうだった。
(もし瀬戸和真があたしの部屋を盗撮しているのだとすれば、あたしのパソコンに内蔵されているカメラを悪用しているはず。あたしのパソコンに小細工を施すタイミングもあった。あとは遠隔操作するためのパソコンさえ押さえられれば証拠になると思っていたけれど……瀬戸和真の部屋にパソコンはなかった。一見、あたしの推理は外れてしまったかに思われたわ。
 でも、断定するのはまだ早かったのよ。遠隔操作をするためのパソコンが、別の場所に置かれている●●●●●●●●●●●可能性だってあったんだから。つまり自分以外が所有しているパソコンを使う●●●●●●●●●●●●●●●●●●ということ……そのためには、瀬戸和真にパソコンを使わせている人物、すなわち共犯者がいると思ったわ。たとえば友達の男子とか。あたしのあられもない動画をダシにすればパソコンを貸す奴くらいいくらでもいるでしょうしね)
 初めはそう推察していた亜麻。
 けれどそれでは、どうにも腑に落ちない点があった。
 それは、――本当に瀬戸和真は、共犯者になるような人物を作っているのかということ。
(これまでの生活を振り返る限り、瀬戸和真は相当に慎重な男だわ。その証拠にほとんどまったくと言っていいほどぼろを出していない。
 今回のことだってそう。あたしがようやく突き止めたと思った犯行の糸口を、いとも簡単に誤魔化してみせた。まるで初めから、あたしがパソコンについて疑ってかかってくると知っていたかのように……そんな男が、わざわざ外部の人間にまで頼ろうとするのは考えづらいわ。
 あの手の男は自分以外の人間を信用しない。いくら自分が用意周到に事を運んだって、共犯者になった奴が無能だったらすべてがおじゃんになってしまう。たとえば、あたしの動画をほかの誰かに高く売りつけてしまうとか……そんな事態になれば男子の間であっという間に噂が立ってしまうわ。そんなことが想像できない瀬戸和真ではないはず。
 となると考えられるのは、やはり遠隔操作をするためのパソコンは瀬戸和真からも近い場所にある●●●●●●●●●●●●●●こと、そしてパソコンを使わせている人間は、瀬戸和真が悪用していることなどは知らない●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●ということ……つまり、知らず知らずのうちに共犯者にさせられている●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●ということ。となれば自ずと、その人物は限られてくるわ)
 ふふっ、とほくそ笑む亜麻。
 彼女はすでに訪れていた――件の人物、いつの間にか共犯者にさせられている者のもとに。
 すなわち、瀬戸結奈●●●●の部屋の前に。
(奈々子の話によれば、この家でパソコンを持っているのは結奈ただ一人。しかも結奈はあまりパソコンには詳しくなくて、セッティング回りは瀬戸和真にやってもらったという……笑えるくらいあたしと同じ状況だわ。こうなれば結奈が悪事の片棒を担がされている可能性は十二分にある。
 あとは、あまり考えたくないことだけど……結奈が瀬戸和真の悪行を容認している、言わばグルである可能性。だけどこれは蛇足ね。あたしのあられもない動画を見て興奮する男子ならともかく、女子の結奈がそんなことに手を貸す道理は考えにくいわ。あたしのことが大嫌いで是が非でも辱めてやりたいなんて思っているなら別だけど、そんなことは天地がひっくり返ってもありえないでしょう。なんたってあたしは学校一の美少女なんだから。あの子があたしに対して抱く感情は羨望か畏敬の念ってところでしょう。憎まれる道理なんてないんだから。
 まあ万が一のことを考えて、グルかどうか判断するための探りは入れてみてもいいかしらね。だけどあくまで、今回の目的は結奈のパソコンを見せてもらうこと。で、瀬戸和真が悪用している痕跡を見つけ出すこと。結奈とはまだあまり話したことはないし部屋を訪ねるのも初めてだけど、きっと喜々として歓迎されるに違いないわ。なんたってあたしは学校一の美少女なんだから。これを機に仲よくなって、瀬戸和真を完全に孤立させることだってできるかも……)
 様々な思惑を巡らせながら、亜麻は部屋のドアをノックする。
「結奈ちゃん、ちょっといいかしら? お願いがあるんだけど」
 そう呼んで扉が開くのを待つも、反応がない。
 亜麻がもう一度ノックしてみるか迷い始めた頃、
「……はい?」
 ようやくドアが開き、結奈がか細い声で応答する。
 しかし彼女は姿を現さず、わずかに開けたドアの隙間から顔だけを亜麻に見せていた。まるで亜麻を警戒しているかのように。
 亜麻は不思議に感じつつも、努めて愛想のいい笑顔を浮かべ、
「突然ごめんなさいね。忙しかったかしら」
「なんの用ですか」
「ちょっと訊きたいことがあって。パソコンのことなんだけど」
「……パソコン?」
 結奈の表情が、強張る。
「なんで、パソコン……」
「結奈ちゃん、持っているんでしょう? 奈々子さんから聞いたの」
「持ってます、けど」
「少しでいいから、見せてもらえないかしら」
「どうしてですか」
「いえ、大したことではないんだけど、私もパソコン、持ってるの。でもこれがちょっと古いタイプで、ウィンドウズ8なの。10に変えようか迷っているんだけど、どんなものか分からないものに変えるのはちょっと抵抗があって……だから、実物がどんなものか見てみたくって」
 事前に用意していた理由をでっち上げる亜麻。
 結奈のパソコンがウィンドウズ10かどうかは分かっていなかったが、そんなことは亜麻にとって重要ではなかった。パソコンを見せてもらうためのそれらしい口実があればよかったのである。
(ネットで調べた話によれば、今はほとんどのパソコンがウィンドウズ10らしいわ。もし結奈のパソコンがあたしのみたいに少し古い型だったとしても、アップグレードで10にしている可能性が高いはず。万が一アップグレードしていなかったとしても、結奈はパソコンに詳しくないはずだから、OSの違いなんてよく分からないでしょう。とりあえずパソコンを触らせればいいのか、くらいに考えて見せてくれるはず)
 自らもパソコンに不慣れだからこそ、結奈の思考手順が手に取るように想像できる亜麻。
 その上で実行した完璧な計画、――のはずだった。
「……嫌です」
 結奈は頷かなかった。
 予想外の返答に、亜麻は「え?」と目を丸くし、
「嫌ですって、どうして……」
「すみません、勉強が忙しいので」
 手短に断り、そそくさとドアを閉める結奈。
 ――とんでもない誤算だった。
(まさか、そんな……あたしのお願いが断られるなんて! おかしい、絶対おかしい……!)
 地団駄を踏みたくなるような衝動に駆られる亜麻。
 ドアの前に立ち尽くし、予期せぬ展開に当惑していると、
「藤堂さん。どうかしたのか?」
 不思議そうに亜麻を呼ぶ声。
 振り向くと、ラフな格好をした瀬戸和真が階段を上がってきていた。タオルで濡れた髪を拭いている。明らかに風呂上がりだった。
「結奈に、なにか用だったのか?」
「え、ええ……でも、なんだか勉強で忙しいみたいで。取りつく島もなかったわ」
「ああ、受験生だからな……急用でもないならあまり邪魔しないでやってくれ。結奈なりに、プレッシャーを感じているんだ」
 淡々と忠告してくる和真。
 一見すると、妹の状況を慮った発言。
 しかし――、
(この男、まさか……!)
 亜麻には思い当たる節があった。瀬戸和真の思惑について。
 けれど今、それを打開する術はない。
「そう、勉強があるなら仕方ないわね。また今度にしましょう」
 平静を装って答え、亜麻は踵を返す。
 そうして、自分の部屋に戻ろうとした時、
「結奈、風呂いいぞ」
「うん」
 実に家族らしい兄妹の会話が聞こえてきて、亜麻は密かにほぞを噛んでいた。


▼次話(第5話)


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