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短編小説「試験」



 私はからすの濡れ羽色の円卓テーブルに向かい俯いていた。熟れた林檎や葡萄、洋梨を思わせる色合いの電笠が吊るされた室内はなぜか仄暗い。これは演出上のものなのか、それとも単に節電目的なのか私にはわからない。そもそも、今この場において私がわかっていることの方が少ない。しかし、それでいいのである。私は求められてここに来た。その事実に間違いはないのだから。



 待ち合わせ時間の正午を少し過ぎた頃、私が背を向けていた部屋の扉が開いた音がした。あの扉は密封性を保つためなのか、やけに重く昔アニメで見た朽ちかけているロボットの様な音を立てる。「おっ、なんだもう居るじゃん。君だろ?募集広告を見て連絡くれたってのは。リーダーから聞いてるよ。結構な経験者なんだろ?」




 私が振り返ると同時くらいに話しかけてきた男は、見るからに枯れ木の様な風態をしていた。不眠からくる涙袋に落ちる影、ビタミンB群の慢性的な不足からくる肌荒れ。持ち主がそんな風であるから、着ている黒革のジャケットもマネキンにかけられた方が幾分マシに見えるだろう。私の待ち人の一人らしい口振りであるが、見た目も考慮し判断しても確かに間違いなさそうである。




 私は起立し体を男に向け自己紹介をした。「こんにちは、本日は若輩者である私の様な者の力がどの様に発揮できるかいささか不安ではございますが、何卒——」「いや、俺らはもう仲間になるんだから、そんな堅苦しい挨拶は抜きにしようよ」男はそう話し私の側に歩み寄ると、友人でもない間柄の私の肩に手を回した。パーソナルスペースの密接距離までの到達があまりにも早過ぎ、私は男に愛着形成の段階でなんらかの問題があったのではと感じた。また、男の口から微かに匂うタールの匂いは薬物への依存も認められる。 




 「なんかさ、俺は詳しく聞いてないんだけど、今日は一応面接と実技の試験やるんでしょ?緊張とかしてないの?」男は私の右隣の椅子に座ると、両腕を曲げながら胸の高さまで上げてナイフとフォークを使う様なジェスチャーを見せた。男の持病なのか小刻みに震える両腕に注視してしまい、何を表してるか分かりづらくはあったが言わんとしていることは伝わった。




 「してないと言えば嘘になります。それに、どのような試験になるかは分かりませんが、持てる力を遺憾無く発揮できるよう頑張るだけです」私はここでの対応ももしかしたら雇用の審査に入るのではないかと思い、丁寧に心持ちを語った。




 
 「そんな格好だから今時カートの盲信者かと思ったけど、意外と熱いこと言うんだな。そういうのは嫌いじゃない。もしお前が実技に受かったらよろしくな、俺はベースをやってるから同じリズム隊になるし仲良くいこう」そう言うと男は私に向かって右手を差し出し握手を求めてきた。しかし男の言っている意味がわからない私はその手を握ることはできず、代わりに質問を投げかけた。





 「カート?ベース?リズム隊?なんのことを言っているんだ?」「お前の着ている白衣、そりゃカート・コバーンのオマージュだろ?まあドラムでやるやつを見たのは初めてだけど」「何を言ってるんだ?これは正真正銘の白衣だ」「ドラムを演奏するのになんでそんなものを着ているんだ?」「ドラム?僕は演奏なんかしないぞ?」「お前馬鹿なのか?今日のバンドメンバーの応募文ちゃんと読めよ。ドラムを募集と書いてあるだろ?」男からありえない指摘をされ私はポケットから携帯を取り出し、今日の試験の募集文が掲載されているウェブページを開いた。




 そして確認のため黙読をしたところ、男の言っていることが間違っていることを再確認できた。




 「貴方こそ勘違いされているのではないですか、この募集文をちゃんと読んでください」私はこれから誤りを認める男の姿を想像しながら、高らかに言い放ち携帯の画面を男に向けた。男はしばらくの間沈黙し、やがて合点がいったように小さな声で謝った。




 「悪かった。この文章で伝わらない人達がいるなんて想像もしなかったんだ。そして、これは俺らの世界の常識だから覚えなくていい。サイトの途中に出てくる、この文章『Dr募集してます』ってのは『ドクター』って読むんじゃない。『ドラム』って意味だ」私はこの時になってようやく男のジェスチャーが施術を指していたのではなく、ドラムを演奏しているものとわかり赤面した。


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