短編小説「気づき」


 「お前最近おかしいぞ?今日だって、給食のときクラスの女子に『どこの美容院で髪を切ってるの?』って聞かれたとき、何でお前黙っちゃったの?あの時のお前、少し顔引きつってたぞ」と、少年はぶっきらぼうに、前を歩く少女に話しかけた。少年の口調は、少しだけ少女を馬鹿にしているようにも聞こえた。しかし、少女は少年の心遣いに気づくほどにはさとく、それについて口を尖らせたりはしない。




 2人は家が近いというだけで、学校から一緒に下校するわけではない。お互いがお互いの友達と、別々の時間に下校する。しかし、住宅街を少し抜ける道すがらでお互いが友達と別れると、図った様に2人は一緒になっていた。どちらが早く学校を下校しても、最後には一緒になって歩いて帰るのである。「春は風が強いから」と言ってゆっくり前を歩いていた少女に、少年は駆け寄った日もある。「夏はカナヘビがいるんだ」と言って道草をしている少年に、少女は駆け寄り「どうせ今日も見つからないよ」と、声をかけて歩き出したこともある。特別仲が良いわけではない。そして、仲が悪いわけでも勿論ない。





 そんな相手である少年の言葉は、少女にとって、今2人が歩いている歩道の様な緩やかな傾斜と重なった。気にしなくてもいい程の、微妙な違和感。それでも、一度気になってしまえば小さな〝辛さ〟を意識せずにはいられない。




 「色んなことに気づく様になるんだよね。皆さ、どーでもよくて、気づかなくてもいいことに気付くんだよ。これが大人になっていくってことなら私嫌だな」少女は足を止めて振り返り、そう少年に答えた。「何のことだよ?」少年は眉間に優しくつまんだような皺を作り、薄い眉を寄せ話した。寝癖が目立つ短髪は額の汗を隠してはくれない。






 「私さ、お母さんに髪を切ってもらうのが好きなんだ。肩くらいまで髪が伸びるといつも切ってもらうの。だから、美容院とか行ったことないの」少女は、肩まで伸びた艶のある豊かな黒髪に、右の手のひらを入れ風に晒した。この季節の風は、桜の花びらを泳がせる。少女は風の力強さに驚いたのだろうか、左目は少しだけ涙を蓄えていた。




 「そんなの知ってるよ。それに、おばさん髪切るの上手じゃん———」「それを私は皆に言えなかったの!……すぐに、言えなかったの。皆にお母さんに切ってもらってるって言ったら、どう思われるか、気づいて……。私言えなかったの……。そして、そんなことを思ってる自分にも気づいて、笑うしかできなかったの……最近さ、こんなことばっかりなんだ。自分が好きなことを、皆と一緒に捨てないと……置いてかれる気になるの……」少女の言葉は涙声であり聞き難いものであった。しかし、少年には彼女の言葉の真意が十分すぎるほどに伝わっていた。少年は言葉を介さず、歩き出した。そして、少女に近づくと目を擦る左手を掴み、右手で力強く握り一緒に歩く様に促した。





 歩きながら少年は、(俺はお前のそういう優しいところ、幼稚園の頃から気づいていたよ)と、声をかけようか迷ったが、自分の恋心を気づかせてしまう気がして、いつもの様に家路に着くのであった。





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