K.taguchi

日記のようなもの。

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マガジン

  • 毒親と縁を切った話

    実の親と調停して、北の大地に逃亡した話。

最近の記事

家族と縁を切った、というお話

僕のことを冷たい人間だ、そういう人もいるだろう。 だって、僕は産み育ててくれた親との縁を切ってしまったのだから... ❇︎ 母は長男である僕に対して「期待」していた。 子供の頃、僕は誰かと比べられたり、些細なことで怒られることが多かった。 身長の高さであったり、テストの点数であったり、それは些細なことばかりだったけれど。 中学生を過ぎたあたりからは「自分はこうありたい」という自我も芽生え、母と意見が衝突することが増えた。 殴り合いこそ無かったものの、口論の末に母を泣

    • 投稿できなかった記事

      文字を入力して、BackSpaceで消去する。 そんなことを繰り返しながら何度も下書きして、その度にnoteに励まされながら、ようやくひとつの記事を仕上げることができた。 それなのに、その記事を投稿することはとうとう出来なかった。 (補足) noteの記事をPCで下書きすると、応援のメッセージを表示してくれる。 記事の仕上がりには満足していた。 ただ、どうにも公開することに後ろ髪を引かれる思いがあった。 その理由を知るのに少しだけ時間がかかってしまった。 * 僕には羞

      • 何もない、の‘何も’の正体

        「この街には何もないのよ」 誰しも、一度は聞いたことがあるようなセリフ。 僕はこの言葉がちょっと苦手。 何もない、の‘何も’が何を指しているのか分からないから。 みんな、何を求めて、何に不満を感じているのか。 僕にはその正体が分からなくて、そこにはどこか得体のしれない何かが存在しているような気になってしまうのだ。 * 東京ならあるのか「この街には何もないのよ」 と口にする人は東京に行けば満たされるのだろうか。 僕は残念ながら東京で暮らしたことがないから分からないけど

        • K.taguchi、仕事やめるってよ

          専門学校を卒業してから13年間勤めた病院を辞める。 13年... 長いようであっという間だった。 仕事を辞める理由って 仕事が合わない。セクハラ・パワハラといった人間関係に悩まされた。 などが多いのかな。 もちろん結婚、出産、パートナーの転勤にあわせての退職とかもあると思う。 僕は今の仕事が性に合っているし、幸い人間関係にも恵まれた。 −パワハラに近いことも経験したけど...それで精神を病むことはなかったし。 誰かの参考になるわけではないと思うけど... 私が仕事をや

        家族と縁を切った、というお話

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        • 毒親と縁を切った話
          4本

        記事

          あなたの物語。そのファンでいたい

          私はnoteやブログを読むのが好きです。 顔見知りの人が書く文章も 顔を知らない誰かが書いた文章も その人たちの考え、経験を知りたい。少しだけ触れてみたい。 人生でできることには限りがあって... 私のやりたいことをやっている人がいて... 私がやりたくてもできないこともあって... だから、そんな人たちの言葉を通して、自分の知らない世界を知りたい。 あなたの物語に触れてみたい。 * 書くこと書くこと。文字を打つこと。 何百、何千の言葉を文字に起こすことは、それが好

          あなたの物語。そのファンでいたい

          毒親と私 -確信と解放-

          子供って、無条件で親のことを信じてしまう。 産まれたときから一緒にいて、親なしでは生きていくことすらままならないから。 親を信じられない子供は、自分の気持ちに蓋をしてしまう。 自分の気持ちを優先すると親に嫌われてしまう。見放されてしまう。暴力を受けてしまう。 たくさんの不都合を突きつけれられてしまうから。 私も毒親と私 -わたしはわたし-、毒親と私 -過干渉の根-で書いたように親から認めてもらえないこと、脅迫されたことがありました。 それでも、親を信じていました。

          毒親と私 -確信と解放-

          毒親と私 -過干渉の根-

          前回の記事では褒めてほしいときに褒めてもらえなかった。 認めてもらえなかった。 そんなことを20年近く引きずっている。ということを書きました。 「それだけの理由で、育ての親を毒親呼ばわりするの?」 そう思われるかもしれません。 本格的に両親のことで悩み苦しむようになったのは、高校を卒業してからでした。 それまでは私の行動や発言が原因で口論になったり、脅されたり、金銭を要求されたりすることはなかったから。 両親が私に対して過干渉であることを自覚できたのは、最近のことでした

          毒親と私 -過干渉の根-

          毒親と私 -わたしはわたし-

          私は一児の父です。 親となった今でも考えてしまうことがある。 「親とはなんだろう」 「父とはなんだろう」 「親が子にできることはなんだろう」 なぜ、こんなことを考えてしまうのか。 その理由はきっと 誰も教えてくれないからなんだと思う。 家庭でも、学校でも、社会でも、 親のするべきこと、子供の育て方、教育費にかかる総額など... 親に求められる知識、子供を育てる手段について誰も教えてくれないから、親になった今でも

          毒親と私 -わたしはわたし-

          毒親と私 -毒親とは-

          おはようございます。 今日は2020年1月5日。 お正月をご家族揃って団欒されたご家庭も多いことでしょう。とても大切なひとときですよね。 どこにでもあるお正月の光景なのかもしれません。 でも、私が両親とお正月を過ごすことは二度とありません。 お正月に限らず母の日、父の日、それ以外の日だって会うことはないでしょう。 死別したわけではありません。 両親と親子の縁を切った。というお話です。 -注意- 「毒親と私」シリーズは、私と両親の関係性を書いたものになります。 実の両親

          毒親と私 -毒親とは-

          最近、全然noteを書けてない。 でもね、書けていないことに焦りや怒りや不安は全然なくて。 今、自分が力を注ぐのがブログに移っただけなんだよね。 フォローしている人のnoteは当然読むし、気になる記事があったら読むようにしている。 それでけっこう満足している自分がいるんだな。

          最近、全然noteを書けてない。 でもね、書けていないことに焦りや怒りや不安は全然なくて。 今、自分が力を注ぐのがブログに移っただけなんだよね。 フォローしている人のnoteは当然読むし、気になる記事があったら読むようにしている。 それでけっこう満足している自分がいるんだな。

          「悩みを聞く、って特別なスキルなんだ」

          なぜだか分からないけれど...僕は相談役になることがある。 話しやすい雰囲気があるのか、聞き上手なのかは分からない。 それはずっと以前からのことで、一時期「悩みを聞く」ことに耐えられない時期を経験したこともありました。 「悩みを聞く」って、実は誰にでもできることじゃないんです。 間違いなく特別なスキル。ちょっと地味だけど。 +++++ 相手の言葉を否定しない。 相手の気持ちに寄り添う。 うん、「悩みを聞く」ってそういうことなんだと思う。 実に簡単そうにみえて、実は簡単

          「悩みを聞く、って特別なスキルなんだ」

          「あのとき流せなかった涙が流れた」

          泣くと、心がスッキリすることってありますよね。 なーんにも問題解決していないのに、心が軽くなったりする。 子供は痛かったら泣くし、怒られても泣く。とにかく泣く。すぐ泣く。 もうあやす親のことなんてお構いなし。周りの人なんて気にもしません。 自分の感情にひたすら素直、泣きたくなったら泣く。 あー、大人も簡単に涙を流せたらいいのに... 恥じらいや周りのことが気になって、泣くに泣けない。 失恋しても、祖母が亡くなっても、どこかでブレーキを踏んじゃう。 「人前じゃ泣けない」

          「あのとき流せなかった涙が流れた」

          「点が線となるとき」

          自分がやっていることに自信が持てないとき、ありますよね。 自分がやっていることに意味を見いだせないとき、ありますよね。 淡々と無情に時間だけが流れていって、心は置いてけぼり。 悶々としながらも納得するだけの答えが出せずに、精神はすり減って。 例えるなら、山登りのような。 登る前にはゴール(頂上)がしっかりと見えていたのに、麓に立って歩きだすと生い茂る木々に遮られて、この先どれだけ歩けばいいのか分からなくなるような不安。焦り。 ただ山登りと違うのは不安と焦りの先に、確かなゴ

          「点が線となるとき」

          「目の前の人を大切に」

          あなたは今、目の前にいる人を大切にできていますか? 現代人には誘惑がたくさんあって、そのことに“時間”や“気持ち”を奪われがちです。テレビに、ソシャゲに、SNS。片手で簡単に好奇心を満たすことが出来てしまう。本当に便利で良い世の中ですよね。 でもついついそのことに没頭して、失敗してしまった経験ありませんか? 僕はあります... +++++ noteが好きで好きで、ついつい時間を費やしちゃうんですよ、僕。 1つの記事を書き上げるのに、それなりに時間がかかっちゃうというの

          「目の前の人を大切に」

          「僕が書かなくても...」

          先日、こんな記事を読みました。 読みながら「そうだよね。そうだよね」って頷いていました。 僕が感じていること、言いたいこと、表現したいことが、そこには全て詰まっていました。 +++++ こんな文章を目の当たりにすると「自分がnoteを書く必要なんて無いんじゃないか」って気持ちになります。 note公式アカウントから「今週のおすすめnote」として紹介され、多くのスキ(いいね!みたいなもの)が付いて... それでいて、自分が納得するような記事に仕上がっている。 no

          「僕が書かなくても...」

          「気付いたら、34歳になっていました」

          気付いたら、34歳になっていました。 レベルでいったら、34levelです。 (テレレレッテッテレー♪ K.taguchiのレベルが上がった!) 学生のころは「誕生日おめでとう!」なんて言われたし、メールも届いていたけど...もうね、そんなのも無いよね。笑 全然、寂しくないけどね! ほんとに! (そこ、強がってるんじゃないの〜? とか言わないで) だから、自分で自分に言いたい。 「誕生日おめでとう」 +++++ もうね、自分を褒めてあげたい。(誰も褒めてくれないから

          「気付いたら、34歳になっていました」