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もう死にたい、から救われるために

人生とは、何かを成し遂げてこそ。
男は、何かを成し遂げてこそ。
男なら弱音を吐くな。どんな壁も砕き、超えていけ。
価値ある人生だった。そう思って、そしてそう思われて死にたい。
何者かになってこそ人生。

そう、張り詰めて生きてきた。

我々は何者でもない者として生まれてくる。そして、そのままでは愛されない、幸せになれないと親たちから刷り込まれる。なんだかよくわからない、誰も正確に理解してないし教えてくれない幸せとやらを目指して、日々窒息しそうになりながら毎日を生きる。目の前にあるはずの幸せは、いくら懸命に走っても掴み取れない。
・結婚した
・仕事で成功した
・大きな金が手元に入ってきた
やっと私は掴んだんだ! 目指していたそれを手に入れて感激しても、もう翌日には手元にあったはずの幸せさんは姿を消している。掴んだはずのそれは、幻想だったのだ。そして、また新たな幸せさんの影が前方の少し先で、皮肉な笑みを浮かべながら手招きする。さあ、こっちよと。もっと頑張って、私を掴んでみなさい、と。そうして首を絞められたまま、懸命に顔を真っ赤にして疾走する。だが次第に、意識が朦朧としてくる。目の前の景色はぼやけ、気づいたら地獄でも天国でもない無に落とされている。

私の大好きなツイートがある。

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この世の真理である。「何者かになれ」という国家洗脳を疑わず馬鹿正直に生きていると、具合が悪くなる。身体の不調、精神の不調として現れる。だが真面目で頑張り屋さんの我々は、「弱音を吐くな」という親たちの呪いをこれまた馬鹿正直に受け入れて、頑張り通す。
「これぐらい、どうってことない」
「ここで諦めたら、ずっと負け組のまま。価値のない、生きる意味のない人生で終わってしまう」
そう、自分に喝を入れて、憂鬱な気分のまま目覚まし時計を止めて、唸りながらベッドから這い上がる。ああ、苦しい、ああ、辛い。そう呻きながらシャワーを浴び、仕事に繰り出す。
親たちから、そして親の代理人たちから刷り込まれた「こうあるべき」を綺麗に体現した、理想の人間になるために。毎日毎日感情を押し殺し、ただ目標達成するためのロボットとして血と涙を流しながら生きる。血の量には限界があるにも関わらず、それを無視して頑張り続ける。

てめえいい加減にしろ

そう、心が喚き散らす。身体が怒鳴りつけてくる。それでもいうことを聞かなければ、鬱病にさせてくる。あるいは、身体が大怪我を負わせて、物理的に動けなくさせてくる。これが、心と身体の最後通告。
だがそれすらも無視する強者たちが、首を吊っていく。

「幸せになりたい」ただそれだけだったのに。
いつの間にか「もう死にたい」にすり替わっている。
なぜこんな、残酷なすり替えが起きてしまうのだろうか。
それは、ありのままを愛されないから。「本来の自分でいいんだよ」と誰からも承認してもらえなかったから。いや正確には、他者や、世間の漫画・映画から、言葉としては「そのままの自分が素晴らしい」というメッセージは受け取ってきたが。それを手で振り払って見て見ぬふりをしてきたから。
そんな「本来の自分がすばらしい」なんて綺麗事、吐き気がする。気持ち悪い。情けない。そんな考え方、そんな生き方、ダサくてしょうがない。聞いてられない。
そう、居心地の悪さを感じて逃げ続けてきたから。本当はそれが正しい、と心の底では気づいていても。それを認めてしまったら、今まで築き上げてきた自分の人生全てが崩れ去ってしまうから。また、価値のない自分に逆戻りしてしまうから。価値のない自分になるぐらいなら死んだほうがマシだから。そんなのは死ぬほど恐ろしいことだから。
だから、逃げ続けてしまう。
だから、「幸せになりたい」が、「もう死にたい」にすり替わってしまう。

どうすればいいのだろう。
どうすれば、「本来の自分が素晴らしい」と思えるのか。
どうすれば、「本来の自分に戻ろう」と、正しい決断ができるようになるのか。

私がなぜ逃げ続けてきたのか、そして何を経て「本来の自分に戻ろう」と決断することができたのか振り返ってみる。

もう10年以上前、高校生の時から私は既に「てめえいい加減にしろ」と身体さんからお叱りを受けていた。絶対に横浜国立大学経営学部に行くのだ。私にはこれしか見えていなかったから、だから身体の悲鳴を無視して張り続けてきた。鬱病・パニック障害と診断されても、まだまだ俺はやれるんだ、と鞭を打ち続けてきた。

大学に入り、週6でITベンチャーで修行し。起業し、失敗して再度鬱病の診断が出て。それでもまだ「俺はこんなもんじゃない」と張り続け、「もう死にたい」となった。
私の成人後の人生は、たった三行に収まる。この三行の中で何があったのか。
だがこの三行に行く前に、そもそもなぜ高校生の時に鬱病になったのかを考える。

鬱病になったのは、心のストレスが限界を超えたから。では何がストレスだったかというと、以下の二つ。
1)愛されたい親から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けたこと
2)「価値のある自分」になろうとして、毎日息切れしていたこと
この二つによって、「駿は頭がおかしい」と母親・父親から言われる状態になってしまった。まず、1)から振り返る。

1)愛されたい親から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けたこと
愛されたい親とは、実の母親・父親のことだ。私はこの2人から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けてきた。母親、父親に関して「これをされたから傷ついた」というのを挙げ出すと、20年✖️365日分の量になってしまうから一部、その中でも母親を取り上げる。

母親は頭の悪い女だった。勉強とか、そういうテンプレ化されたものを頭に突っ込んで吐き出すのは得意だったが。そうではなく、「なぜ?」と本質に迫っていく、地頭とでもいうべきものが皆無な女だった。容姿に恵まれていたし、青春時代はバブル真っ盛りだったから、生きていく上で頭を使う必要なんてなかったのだ。
そんな、「少女のまま」形だけ大人になってしまったような女。それが母親だった。

無神経な両親に育てられ。昭和の「女はこうあるべき」に冒されて。母親は、容姿に恵まれつつも、根底にはどうしようもな自尊心の低さを抱えていた。だから3回結婚しているが、旦那は三人ともカスみたいな、どうしようもない男たちだった。
1人目、俺の実の父親:男尊女卑・モラハラ男
2人目、俺の養父:ギャンブル狂い、犯罪者(横領)
3人目、俺と関わりなし:モラハラ男
という、何も学習できない、どうしようもない女だった。

そんな女に育てられてきたから、まともな愛情など受け取ったことがない。「毎日3食飯を食わせてもらった」「寝床を提供してくれた」この二点があるから、「俺は愛されてるんだ」と必死に自身を説得して生きてきた。児童相談所に通報できるような虐待はされてなかったが、年中両親から戦争のような喧嘩を見せつけられていたから、年中心は抉り取られていた。

1)愛されたい親から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けたこと

「お前なんて愛する価値がない」と腹の底では思われている、と明確に認識した時期は、鬱病・パニック障害を発症する手前。
・ギャンブル狂いの養父と母親が、年中戦争していたこと。泣き狂う幼い妹を抱えて受験勉強する日があったこと
・ギャンブル狂いの養父が、「寝かしつけようとしても1階の寝室から出ていってしまい、2階に遊びに行こうとする」娘に腹を立て、当時保育園児の俺の妹を階段から引きずり下ろしたこと。明らかな虐待を前にしても、母親は養父を家から追い出さなかったこと
・母親が、「借金返済のために勝手に指輪を売られた、鞄を売られた」「あいつは最悪な男だ」と養父の愚痴を延々に俺に吐き続けたこと。「別に家に金入れてるわけじゃないんだし、だったら離婚してよ」と俺が言っても、それを無視し続けたこと
・母親が養父に向けて「もうお願いだから死んでください」と泣きながら喚いていたこと。そんなに嫌なら別れろよ、と俺が言った時に、母親が逆ギレしてきたこと

ごく一部だが、このような光景を見せ続けられていた。
別に俺が殴られたわけでもないし、階段から引き摺り下ろされたわけでもないし、死んでくださいとお願いされたわけでもない。でもなぜか、俺の心は抉り取られた。
別に他人のことなんてどうでもいいじゃないか。俺には関係ない。俺が傷つけられてるわけじゃない。そう必死に言い聞かせたが、結局は呼吸困難に陥り、大学受験会場で倒れた。

人間は面倒なことに、認知を共有できる動物である。フィクションを共有できる動物なのだ。暴力が自分に向けられていなくても、その様を見せつけられるだけで、その痛みは連想され自身を攻撃してくる。見ず知らずの、生きようが死のうがどうでもいい他人でさえそうなのだから、自分が「愛されたい」と欲する対象が愚弄されていたら、それは自分が愚弄されているのと全く同じ。
自分にとって大事な存在は、自分そのもの。だから、自分そのものの存在が健やかで幸せそうに生きていてくれないと困る。傷つけられ、死んで欲しいと泣き喚いているのは母親ではなく、俺なのだ。

俺は、離婚して欲しいと言った。でもあの女は拒絶した。心に刃物を刺されて血を流す息子よりも、自分の心を埋めてくれる強いオスを選んだのだ。親といっても1人の女なのだから当然だが。心から血を流そうが涙を流そうが、「お前の優先順位なんて低いのよ」と、あの女は言い切ったのだ。そこで、「俺には愛される価値がない」という強固な認知が完成した。

そして、2点目。

2)「価値のある自分」になろうとして、毎日息切れしていたこと

これも面倒なことに、人間は愛情がなければ死んでしまう生き物だ。だが、確固たる愛情というのは、この世では最高難度に設定されている。不変ではなく、流動的だと信じ込まされている。例に漏れず私もその被害者だったから、「流動的な愛情を常に獲得し続けられる男でなくてはならない」という信念を抱くようになった。散々母親が体現してくれたように、そして関わってきた女性たちが教えてくれたように。「女は、アクセス可能圏内における最高ランクのオスに靡く」という宗教に俺は冒された。だから、常に競争力のある、市場価値の高いオスでいなければ死んでしまうのだと、俺は心底信じていた。

今高校生の自分は、そもそも市場価値ピラミッドに食い込んですらいない。底辺にすらいない。まずは一流大学を卒業すること。そこで起業家になるか、手堅く大企業で安牌とするかは在学中に決めよう。だがもう、大学生になる前から薄々気づいていた。ただ大企業にいるだけでは正直、レベルが低い。田舎の書店で読んだ、サイバーエージェント藤田社長のようなレベルに行けば、もう分かりやすく文句なしの市場価値の高い男。あそこを目指して日々生きていかなければならないのだろう、と鬱々とした気持ちで上京した。その結果、

大学に入り、週6でITベンチャーで修行し。起業し、失敗して再度鬱病の診断が出て。それでもまだ「俺はこんなもんじゃない」と張り続け、「もう死にたい」となった。

このたった三行の人生に収まった。
この三行を振り返ろうと思ったが、

1)愛されたい親から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けたこと
2)「価値のある自分」になろうとして、毎日息切れしていたこと

この二つの呪いにただ犯されていただけの人生だったことに気づいた。
ぼんやりと、「ああ、死にたいなあ」と日々思う中で、薄々気づいていたのだ。高校生で鬱病になったこと、ここに原因があること。でもずっと、人生の課題から逃げ回ってきた。なぜかといえば、

それは、ありのままを愛されないから。「本来の自分でいいんだよ」と、誰からも承認してもらえなかったから。いや正確には、他者や、世間の漫画・映画から、言葉としては「そのままの自分が素晴らしい」というメッセージは受け取ってきたが。それを手で振り払って見て見ぬふりをしてきたから。
そんな「本来の自分がすばらしい」なんて綺麗事、吐き気がする。気持ち悪い。情けない。そんな考え方、そんな生き方、ダサくてしょうがない。聞いてられない。
そう、居心地の悪さを感じて逃げ続けてきたから。本当はそれが正しい、と心の底では気づいていても。それを認めてしまったら、今まで築き上げてきた自分の人生全てが崩れ去ってしまうから。また、価値のない自分に逆戻りしてしまうから。価値のない自分になるぐらいなら死んだほうがマシだから。そんなのは死ぬほど恐ろしいことだから。

ここに行き着く。親と向き合ってしまえば。何かの間違いで親が仮に「本当に申し訳なかった」と心からの謝罪をしてきた日には、俺が許してしまいそうだったから。許してしまえば、今まで生きてきた原動力を失ってしまうから。怒りだけが、俺を頑張らせてくれていたのに、それを引っこ抜かれてしまったらもう何もできなくなる。何も努力しない、何の価値もない、生き恥を晒したゴミ屑になってしまう。そんなのは死ぬよりも苦しい。
そう思っていた。

よく聞かれるのが、「どうしたら変われますか?」という問い。
普段から考えているが、残念ながらまだ明確な答えが見つかっていない。
ただ一つの真理として言えるのが、「人間の本音は行動に現れる」というもの。これが確固たる真理。
だから、「変わりたいのに変われません……」と悩んでいる人には、「あなたは変わらなくていいですよ」という言葉しか贈れない。変わることは、人によっては死ぬことと同義だから。今まで大事にしてきた自分という存在を殺すことなのだ。私でいえば、

許してしまえば、今まで生きてきた原動力を失ってしまうから。怒りだけが、俺を頑張らせてくれていたのに、それを引っこ抜かれてしまったらもう何もできなくなる。何も努力しない、何の価値もない、生き恥を晒したゴミ屑になってしまう。そんなのは死ぬよりも苦しい。

ここにあたる。変わらずに今までの惰性で生きることは、自分に大きな安心感を与えてくれる。わざわざ崖から飛び降りるなんてこと、しなくていいのなら絶対にしたくない。そう思うのが当然だ。だから、

・どうしたら変われるか
・どうしたら逃げずに、親の課題、人生の課題と向き合えるか

という問いに、まだ私は答えられずにいる。変わることと死ぬこと、それらを天秤にかけた時にあなたにとってどっちがメリットが大きいか、それでしかない。

私の場合、「親と向き合って腑抜けになるぐらいなら死んだ方がマシ」と長年ほざいてきたが。いざ首を括りたい、と考えたときに、「やっぱり生きていたいです、すみません」となった。みっともないぐらい、あっさりと生きることを選択した。どうも死ぬ方が苦しそうです、だからなんでもしますから申し訳ないんですけど助けてくれませんかね、となった。そこまでいってやっと、本気で人生の課題と向き合おうとなったのだ。幸運なことに、私は「すみません、死にたいです」と言える人がそばにいてくれたから救われたのだが。そしてその人が、「どうしたら変われるか」を教えてくれる人だったから、今、こうして筆を取ることができている。
もし、本気で死にたいと。死ぬほど苦しいから助けてください、と。その状態になっている人に少しでも生きる役に立てたらと思って、私は文章を書いている。

晴れて、「人生と向き合おう」となった場合。

どうすればいいのだろう。
どうすれば、「本来の自分が素晴らしい」と思えるのか。
どうすれば、「本来の自分に戻ろう」と、正しい決断ができるようになるのか。

この大きな壁が立ちはだかってくる。
こんなの綺麗事でしょ。無理でしょ。道を示してくれる人がいなければ、私もあっさりと諦めていただろう。そして本当に死んでいただろう。
だが、案外そうでもない。「大きすぎて越えられない」と怯むが、そもそも越える必要がないのだ。思いっきり、死ぬ気でぶん殴れば、ガラガラと壊れてしまう脆い壁なのだから。
要は、

1)愛されたい親から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けたこと
2)「価値のある自分」になろうとして、毎日息切れしていたこと

この呪いをかけた人物に、「私、あんたに呪われたんすけど。どう責任とってくれるんですかね」と尋ねればいい。ただそれだけの話。つまり私でいえば母親と父親。特に母親。

具体的な確認方法はこちらに記してあるので、ここでは割愛する。

なぜ、俺を傷つけたのか。
なぜ、俺が死にたくなるほどの呪いをかけたのか。
今まで傷つけられてきたこと、されて嫌だったこと、それらを書き出してぶつけるのだ。ぶつけて、思考させて、回答させる。そして謝罪させる。

そうやって確認していくと、親が「大人の皮を被った子供」であることがわかる。お互いに、「まだ小さい子供」であることがよくわかる。
そして、親がなぜ子供のままなのか、これがわかってくる。

私の母親がなぜ無神経だったのか。なぜ母親自身が愛情に飢えていて、そして人に愛情を注げるような人間でもないのに無理やり子供を拵えて母親にさせられてしまったのか。それがよくわかった。
無神経な両親に育てられた母親。母親の両親、俺からみたら祖父母は、年中言い争いをしていた。1968年、母親が4歳の頃、ちゃぶ台を囲んで家族で夕食を食べていた時。何がきっかけかは分からないが、言い合いが始まって父親がキレてちゃぶ台をひっくり返した。漫画の典型すぎる展開が繰り広げられた。外では雷も鳴っていた怖かった。母親が物心ついた頃の記憶として、このような映像が残っている。
別に虐待されたわけじゃない。だが、「唯一無二の存在」として愛されたわけじゃない。「たぶん、大切にされた」「たぶん、愛されていた」と思おうとすれば思えるけど、確信を持って「私は親から愛された」とは言い切れない。後に、母親はそう語っていた。

そして、全てを突きつけた後。母親からLINEでメッセージが来ていた。その中に、

『私は子供時代、特にひどい扱いを受けて育った訳ではないけど、自分を「唯一無二の存在」と感じられるような育てられ方でもなかった。だからなのか、私のことを本当に大切にしてくれる人の事を理解出来ず、逆に人を大切に思うということを身につけてこなかった。それが、駿やxx(姉)を苦しめた原因かもしれない』

という文面があった。俺が理解してほしかった事・深めてほしかった思考、そのドンピシャではなかったが。母親なりになんとか理解しようと頑張ってくれてるのだな、ということは伝わった。

人生の課題に向き合うこと。親と向き合うこと。それを徹底してやることで、

1)愛されたい親から、「お前なんて愛する価値がない」と愚弄され続けたこと
2)「価値のある自分」になろうとして、毎日息切れしていたこと

この呪いが解けるのだ。母親が、「意図的に俺を傷つけようとした訳ではない」「母親なりに愛情を注ごう、という意思があった。ただそのレベルが壊滅的に低かった」ということが、本当の意味で理解できる。文字にすれば、「そんなこと対峙する前から薄々わかっていたのでは」ということも、100%確認し切らなければ身体に入り込まない。「疑う余地なくそうであった」と確信できなければ、絶対に呪いは解けない。

呪いと思って苦しんでいたものが、実は呪いでもなんでもなかった

つまり、

人生とは、何かを成し遂げてこそ。
男は、何かを成し遂げてこそ。
男なら弱音を吐くな。どんな壁も砕き、超えていけ。
価値ある人生だった。そう思って、そしてそう思われて死にたい。
何者かになってこそ人生。

こう思う必要がなくなる。

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こちらの、「何者かになろうとする」という部分。ここに囚われる必要なんて最初からなかったのだ、ということに気づき始める。そして思い始めるのだ。「本来の元の自分になりたい」と。本来の自分が素晴らしい、そう思って、安心に満ちた毎日を過ごしていきたいと。少しずつ、そう思うようになってくる。少しずつ、自分の腹の底からの、純度100%の本音に気づいて言葉にすることができるようになる。その本音を受け止めてくれる人が現れるのは、もう時間の問題。人間は引き寄せ合う動物なのだから。

そして、目の前に本当の理解者が現れた時。「本来のあなたが素晴らしい」と言ってくれる人が現れた時。
「もう死にたい」という絶望から救われる。







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第一弾:親殺しは13歳までに

あらすじ:
2006年。1日に1件以上、どこかの家庭で親族間殺人が起きている国、日本。そんな国で駿は物心ついた頃から群馬県の田舎で、両親の怒号が響き渡る、機能不全家庭で生まれ育つ。両親が離婚し、母親が義理の父親と再婚するも、駿は抑圧されて育ち、やがて精神が崩壊。幼馴染のミアから洗脳され、駿は自分を追い込んだ両親への、確かな殺意を醸成していく。
国内の機能不全家庭の割合は80%とも言われる。ありふれた家庭内に潜む狂気と殺意を描く。


第二弾:男という呪い

あらすじ:
年間2万体の自殺者の山が積み上がる国、日本。
想は、男尊女卑が肩で風を切って歩く群馬県の田舎町で生まれ育つ。
共感性のかけらもない親たちから「男らしくあれ」という呪いをかけられ、鬱病とパニック障害を発症。首を括る映像ばかりが脳裡に浮かぶ。
世界中を蝕む「男らしさ」という呪い。男という生物の醜さと生き辛さを描く。


第三弾:監獄

あらすじ:
21世紀半ば。第三次世界大戦を経て、日本は「人間の精神を数値化し、価値算定をする」大監獄社会を築き上げていた。6歳で人を殺し人間以下の烙印を押された大牙(たいが)は、獲物を狩る獲物として公安局刑事課に配属される。最愛の姉に支えられ、なんとか生きながらえていた大牙は、大監獄社会の陰謀に巻き込まれ、人として生きる場所を失っていく。
あるべき国家運営と尊厳の対立を描く、理想郷の臨界点。


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