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しあわせアフロ田中9巻、10巻から学ぶ「好きを仕事にすること」の真実

「マンガ家を描いたマンガ」というのは、めちゃめちゃたくさんある。「ブラックジャック創世秘話」「薔薇はシュラバで生まれる」などの、コミックエッセイが基本だろう。

ただし、この前紹介した「OPUS」をはじめ「かくしごと」など、あくまでストーリーのなかにマンガ家が出てくるマンガもめっちゃある。

ストーリー漫画において、作中にマンガ家を出すと、どうしてもメタが絡まってくるものだ。作者が意図していなくても、読者としては「コレ作者自身のこと描いてんのかな」という目線で見てしまう。なので、かなりリスクがある試みなのは確かだ。

なかでも今回、特集したいのは「しあわせアフロ田中」の8巻と9巻だ。読んでいて「ここまで漫画の現実をぶっちゃけちゃうのか!やべえな小学館」とびっくりした。

ここにはマンガ家としてのリアルな生活だけでなく「好きを仕事にすることの現実」までが描かれている。クリエイターあるあるというか、モノを作って生活している人だったら、よりうなづけるだろう。

今回はしあわせアフロ田中の8〜9巻を参考にしつつ「好きなことを仕事にする」ってどんなことなのかを見ていこう。

アフロ田中という哲学書

アフロ田中シリーズを知っているだろうか。2001年から始まったのりつけ雅春先生の大傑作であり、2021年2月現在シリーズ59巻が発刊されている。発行部数は640万部。

『高校アフロ田中』→『中退アフロ田中』→『上京アフロ田中』→『さすらいアフロ田中』→『しあわせアフロ田中』→『結婚アフロ田中』と田中の転機ごとにシリーズが遷移しており、読者は田中の一生を追いかけている。

アフロ田中はたとえば稲中卓球部のように、ただ田中のおもしろい日常を描いたギャグ作品だ。ただし、ほぼほぼ三次元と同じ流れでマンガ内の時間も進んでおり、最初は高校生だった田中も工務店に勤める33歳になった。

また、アフロ田中シリーズでは過度な演出はほぼない。たまにファンタジックな描写こそあるものの、基本は日常生活をそのまま描いたものだ。実はギャグを通しながら「生きること」を丁寧に描いている。

怠惰で制欲の権化でもうどうしようもない話(褒め言葉)ではあるものの、ときにハッとするようなテーマを書くこともある。この感じは「団地ともお」に近い。ある意味で哲学書だ。

5シリーズ目の「しあわせアフロ田中」とは

『しあわせアフロ田中」では田中の30歳前後の人生の歩みを描く。将来、釣り堀屋を開くための資金を工務店に勤めて稼ぎつつ、彼女の山田ななこと同棲を始める。

ナナコは漫画家志望でエロ漫画家のアシをしている子だ。内弁慶で田中にだけ、むちゃくちゃ厳しい。もともと内気だが、クリエイターらしく、生活リズムも崩れているので感情の浮き沈みが激しい。

田中はそんな夢を追うナナコを気遣いながら、休みはサーフィン、平日は勤める工務店で童貞の新入社員をいじりつつ生活している。

「しあわせアフロ田中」9巻のあらすじ

私は実はかなり同作のファンで全シリーズをすべて読んでいるのだが、しあわせアフロ田中の9巻ラストと10巻の頭は素晴らしい傑作だと思う。

ギャグ漫画としての本筋からは外れるが、クリエイターとして、むちゃくちゃ考えさせられた。さて、どんな話かを紹介していこう。素材がなかったので、あまりコマを紹介できないのが残念。

ナナコは出版社の選考に作品を送り、見事に連載を勝ち取る。次の日から同棲する自宅にデスクが3つ置かれて、びびる田中。ナナコいわく、翌日からアシが3人来るとのこと。次の日から実際にアシが来てナナコ(ペンネーム: ナナコロビ☆八起き)のデビュー作「かっぱ64」の執筆に取り掛かる。

ナナコの生活スタイルはもう凄まじく。ネームの際はホームセンターで角材を買ってふすまに鍵をかけるほどだった。とにかく毎週の原稿を落とさないよう、1日4時間睡眠で風呂も入らず髪もボサボサなままでがんばる。

そんな様子を見て、田中は「大丈夫か?」と声をかけるものの、それにすらいらつき、田中は「ヒイィ」と怯えまくって友達たちに「居場所がない」と漏らす。

ナナコは唯一、田中が5万でトム・ブラウンをいじった服を買った際にだけ「え?」と反応を示したが、それ以外は完全に原稿だけに集中し、田中など見えていないような様子だった。

そんな忙しい生活のなか、徐々に精神が崩壊していくナナコ。田中はいよいよ見ていられなくなり「休め!」と声を上げる。しかしそんななか出版社から巻頭カラーの電話が。「私の作品がもっとたくさんの人に見てもらえるチャンスなのよ!」と、睡眠時間がより減る覚悟をしつつ、ナナコはこの仕事も受ける。

そんなこんなで、やっと『かっぱ64』の1巻目が発売される。「この世に1万冊もナナコのマンガが出るんだ!すごい夢を叶えたんだな!ナナコ」と喜ぶ田中。しかし彼女はぐったりした表情で「全然すごくないのよヒロシ……」と返す。ここからマンガ出版の事情が書かれる。

本が1冊500円。1万冊で500万円。そのうち著者の元に入るのが10%の50万円。別でページごとに原稿料は入るが、これはアシへの給料や電気代などの経費に消える。1冊書くのに3カ月かかったので月給は約17万円。日給は5666円。この3ヶ月、ななこは1日4時間しか寝ておらず、18時間働いていたとして、時給はなんと314円。その計算を見て、ナナコは言葉にならない声で机に伏す。

そして翌日、中古で30万円のカラー印刷機を買ってきた。「これで少しは睡眠時間を確保できる」とさらに原稿に取り掛かるものの、編集者から呼び出され「八起き先生……言いづらいのですが、かっぱ64はあと3話で……」と打ち切りを告げられる。

「しあわせアフロ田中」10巻のあらすじ

10巻の最初は誰もいない仕事場(自宅)を見るナナコの絵で始まる。「もう仕事しなくていいんだ。7カ月の修羅場が終わったんだ」と安堵と悲しみが混じったセリフと、ものすごく晴れた空。

ナナコは一度ぐっすり眠ってから買い物に行く。お米や魚を買って「終わったんだな。私、もう一度連載まで頑張れるのかな」と想像してみる。そのときに鏡に写った自分のボサボサな髪を見て、美容院で髪を切った。

魚を焼き、炊き立てのご飯の香りに感動し、鰹節で出汁を取った味噌汁を作っていると、田中が帰ってくる。いつもの日常に戻る2人だった。し、しあわせアフロ田中!!

「好きを仕事にする」ってなんだろう

こうして文字に起こしてみると、また泣けてしまう話だ。一度でも、フリーランスを経験したクリエイターであれば全員が胸を詰まらせるのではないか。そしてフリーランスのクリエイターは、ほとんどが夢を叶えるために独立したのだろう。だから9巻のナナコの修羅場に共感する人も多いと思う。

だからこそ田中の「本当にナナコはこれで夢を叶えたのだろうか」というセリフの破壊力はすさまじい。そして正直なところドキッとする。「好きなことを仕事にするってなんだろう」と思わせる言葉だ。

アーティスト、デザイナー、ライター、ミュージシャン、カメラマンなどなど、ビジネスパーソンとしてがんばりたくないから、フリーランスになって好きなものを仕事にしているわけだ。しかしフリーランスのクリエイターは、ほとんどが「お金を稼ぐことの大変さ」「業務時間の長さ」に喘いでいる。

1人で営業をかけて、TwitterやInstagramを必死になって更新し、なんとか好きなことで生活しているのが現状だ。しかもやっと仕事を取れても、クライアントの意向によって「好きじゃないことを表現しなきゃいけない」という悲しい現実に陥りやすいし、競合が多い業界なので、常に精神的不安がつきまとう。

少なくとも私はフリーライターをし始めたときにナナコくらいの地獄を経験したことがある。とにかく仕事がないと不安だった。だから原稿を取るために仕事をもらい、1日13、4時間を執筆に割いていた。

しかも支払いスパンが納品の2カ月後だったので、同時に日払いのバイトを8時間しており、睡眠時間は1日3時間くらいであとは仕事。「果たしてこれがなりたかったフリーライター像なのか」と毎日のように思っていたので、精神的負荷もすごかった。

この生活に「もうがんばるのやめよう」と悟って、業務委託で会社に所属することを決めたとき、ものすごく体が軽くなったのを覚えている。

まさにナナコが炊き立てのごはんに感動したり、空を見て散歩してみたりするシーンは、この身軽さを描いたものだろう。コレものすごく分かるのだ。戦うことをやめたとき「これが人間の本来の姿だったなぁ」と思いだした。

「好きを仕事にする!」じゃなくて「仕事を遊びと思う」

フリーランスのクリエイターになって「好きを仕事にする」と「戦い続ける」って、実はほぼイコールだと思っている。がんばらなきゃいけないというパラドックスがそこにある。

なぜならクリエイティブ関連の場合、競合や代替品はめちゃめちゃいて、他の人に仕事を取られるのは一瞬だからだ。そして誰でも発信できるようになった今、争いは激化している。以前も書いたが、今後10年間流行り続けるコンテンツはたぶん出てこない。

なぜ「好きを仕事にする」という言葉が流行ったのか。私はこの言葉は「呪い」だと思う。「好きを仕事にする」が流行るほど「仕事=つらい」も染み込んでいくに違いない。

いやしかし、なぜ仕事は辛いのだろう。「時間と場所に拘束されるから?」。いやもはやフレックスとリモートワークは普通だ。「責任が伴うから?」。いや平社員に責任はない。「興味がないから?」興味がある業界に転職すればいい。

考えてみてほしい。たとえ正社員だったとしても、仕事ってそもそも楽しいものなのだ。だから「好きを仕事に」じゃなく「仕事を好きに」であるべきだと思う。

それでも仕事がつらいとしか思えないなら「仕事じゃなく1日8時間の遊び」と思うほうがいい。それはきっと「仕事」という言葉に呪われているからだ。

心に余裕があるほうが良いクリエイティブができる

そしておもしろいのは(これは個人的な話だが)「フリーランスをやめてからのほうが仕事が舞い込んできた」のである。心に余裕が生まれて、質も良くなったのだろう。

だから「あのころの苦しみがあったから今がある」なんて馬鹿らしい言葉だ。マジで我が人生で不要な時間。そんなスポ根はいらん。苦しみからは即座に逃げるべき。絶対に毎日楽しく過ごしたほうが、いいお仕事ができる。

これは「しあわせアフロ田中の9巻と10巻」を読んだからこそ自覚できたことだ。 だから今もがいているクリエイターの方々にこそ読んでほしい。ものづくりは常に楽しくあらねば!

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