婚活弱者
20241114
婚活って、何?と思う
時代か
むかしは、お見合いで結婚していて、
その後、恋愛ブームがあって、恋愛から結婚して、
また、結婚をゴールとする婚活に戻ったってことか
結婚するために、お見合いしていたけど、いつのまにか、恋愛から結婚するようになって、そして、また、結婚するための婚活へと回帰した
あくまで、結婚が目的で、結婚を前提とした世界観
私は、2回結婚しているけど、結婚を目的として、恋愛していたわけではない、少なくとも私は
恋愛の結果として、結婚があった
恋愛していて、結婚しようとなった
恋愛していて、
「これからも、あなたとずっと一緒にいたい」
と想って、結婚した
もちろん、結婚に至らない恋愛もあった
結婚を目的としない恋愛の先に、私の結婚があった
相手は、どうかはわからないけど
結婚したかったのかもしれないし、
結婚を目的としたのかもしれないし、
結婚の先にある、子どもを目的にしたのかもしれない
そう、彼女たちには、明確にビジョンがあった、20代で結婚して、20代で母になるという
だから、それが叶わないなら、別れようと言った、結婚するか、別れるかと決断を迫られた
2人とも全く同じだ
全然、性格が違う2人は、全く同じビジョンを持って、私と結婚した
そして、今は、2人とも、私の元を離れて、きちんと、母になっている
私と結婚して、母になって目的を達成して、私の元から去ったり、
私と結婚して、母となれず、私の元を去ったりした
彼女たちの結婚の目的は、明確に子どもであったし、
私の結婚の目的もまた、子どもであった
子どもが欲しいというビジョンを、共有して、結婚した
だから、子どもができたら、離婚するし、
子どもができなくても、離婚する
彼女たちは、したたかに、正しい
目的遂行型の生き方は、美しい
私と一緒にいて、目的遂行型の生き方になったとしたならば、なおのこと、美しい
なぜ、私と一緒にいるのか
何のために、結婚するのか
子ども以外に、結婚する理由など、見つからない
子どもがいない夫婦など、意味がない
子どもいなきゃ、結婚しなくてもいい
何のために結婚するのか、子どものため、2人で子どもを社会的に育てるため
2回目の結婚は明確に子どもを目的としていたから、子どもができてから、籍を入れようと提案したけれど、一緒に住むなら籍を入れるように、言われた
結婚とは籍を入れることだけど、私にとって籍は紙一枚の問題だから、どうでもいい
女性は、社会的な証明がほしいみたいだ
私は、了承した
私は、子どものために結婚するという目的の共有が、結婚であって、社会的証明の紙なんかには、興味がない
好きで一緒にいて、好きじゃないから会わないのと同じように
茶色い紙を書いて出して、緑色の紙を書いて出すくらいだ
付き合うのは簡単だけど、別れるのが大変なのは、いづれにしても、同じだけど
話を戻そう
なぜ、今、婚活という言葉が生まれ、結婚を望むのか
正確には、結婚の先にある子どもが目的ではなく、結婚自体が目的となっているのか
お見合い時代には、結婚の先には子どもがあった
しかし、婚活の先には、結婚しかない、婚活であって、妊活じゃない
婚活の先に、妊活があるわけじゃない
婚活で、結婚できたら、それで、目的達成なのだ
私の元妻たちのビジョンのように、子どもは、20代で産むものである
30代は妊娠できなくはないけど、妊娠しづらいのだから
20代で結婚して、20代でママになることが、生物としての本質である
生物としての本能が、元妻たちの明確な目的であり、その伴侶として、私が選ばれたに過ぎない
子どもを産めないオスは、メスに選ばれる存在でしかない
オスは、金と精子を運ぶ存在だ
それなのに、結婚がゴールっていう婚活って、どういうことなんだろう
30歳で婚活して、結婚したら、もう、高齢出産になるんだけど、35歳から高齢出産なんだけど、30代って、もうすでに子どもができにくい年齢なんだけど、30代で婚活して、結婚して、妊活なんて、地獄しかないけど
子どもが、できるかどうかなんて、わからないし、子どもができずに、離婚したからこそわかる、妊活の地獄、それは、私ではなく女が地獄
子どもができづらいのは、私なのだが、そんなことは、結婚してみないとわからない、相性もある
子どもが欲しいと結婚するのではなく、
この人と結婚したいが現代なのか
子どもができればいいけど、できなくても2人でいいのか
1人よりも2人が楽しいのは、事実
そして、2人よりも3人が楽しいのもまた、事実
私にとって、結婚とは、家族を育む行為
もちろんその中において、子どもは必然
2人でお互い散々好きなことをして、じゃあ、次は子どもでも、育ててみるか、それぐらいしか、2人でやることもないくらいに、一緒に過ごした結果に、1回目の結婚があった
苦難の末、子どもを授かったものの、結婚生活は、うまくいかず、離婚となる
2人でいろんなところに行って、いっぱい遊んで楽しくて、子どもが欲しくて、2回目の結婚があった
2人で散々遊び倒して、2人でできること、全部やって、世界一周して、2人で無職でブラブラして、2人だけで、過ごすのが限界になって、仕事して、でも、でも、でも、ずっと子どもができなくて、離婚となる
当時私も43歳だし、もともと子どもはできにくい体質っぽいし、子どもがいないのに、2人でいる意味はないから、離婚するしかない
1人目の妻は、再婚して2児の母となり
2人目の妻も、再婚して1児の母となった
私の元妻たちは、自分のビジョンに沿った人生を歩んでいる、素晴らしい
私は、彼女たちの人生の中の一部である
彼女たちの輝かしい20代を一緒に過ごしてもらった
結婚生活には向かず、子どももできづらい
無職で、×2のおじさん
私は、もう結婚することもない
だから、婚活する必要もない
現代の婚活は、マッチングアプリを中心としているが、私の良さは、数値化できない
そして、44歳無職×2低身長の無敵スペックは、マッチングアプリは、不戦敗は、明らかだ
マッチングアプリの中には、インターネットの海には、そんな二次元の世界には、私の相手は、いない
三次元の中にいる
無職だと、相手が見つからないか、試したことがあるが、別に、三次元の中にいた
あー無職でも、どうにでもなるんだ
結婚したいわけじゃないけど、結婚しようと思えば、1年以内にはできる
無職だけど、金がないわけじゃない
人見知りだけど、酒を呑めば饒舌になる
そして、私の必殺技は、料理である
胃袋を掴むのは、何も女だけの特権ではない
私も、胃袋を掴むのだ、しかも、ぎゅうぎゅうに
いろんな美味しい店へ行き、いろんな街を散歩して、酒を楽しく呑んで、料理で胃袋を掴めば、結婚なんてたやすい
私にとって結婚なんて、そんなものだ
私は、結婚は得意だけど、結婚生活を一生続けていくことは苦手みたいだ
私は、プログラムとか料理とか文章とかクリエイティブは得意だけど、社会性は低いから無職になりがち
でも、私の人生で、金に困窮することはないから、問題はない
勉強ができるとか、仕事ができるとか、結婚生活を続けられるとか、みんないろんな得意がある
婚活なんてしなくても、結婚できる人はできるし、結婚できない人はできない
それは、得意かどうかでしかない
得意とは何か?
誰と結婚するかではなく、
究極的には、一緒いて楽しければ誰でもいいのだ
結婚をマッチングアプリとか、条件で、二次元で選択するから、実を結ばない
一緒にいて、楽しければ結婚するくらいのスタンスで、婚活なんてやればいいのだ
どこかで出会って、一緒に呑んで、楽しかったら、何回か呑んで、そんなことしてたら、気付けば付き合っていて、時期が来たら、紙を出すだけの行為でしかない
どこか?
どこでも
よく行く場所、それが飲食店でも、図書館でも、筋トレするジムでも、ランニングする公園でも、もしかしたら職場かもしれない、どこかにある
決してこの画面の二次元にはない
「出会いたい」と強く願えば、出会える
「結婚したい」と願って、条件で探せば出会えない
婚活という言葉が、重いのだ
それは、例えば、転職のような、重さか
婚活じゃなくて、なんか、どこかで、フィーリングの合う人と会って、軽く酒呑むくらいの感覚で
とりあえず、呑みに行けば、いい
運命の人なんかいない
結婚とは、結婚生活なのだから
一緒に生活して、嫌じゃない人なら、誰でもいいくらいの感覚なのだ
働いていて、2人の稼ぎで、生活できれば、何も問題はない
婚活を難しくしていのは、二次元の条件という選択、婚活ということば
婚活という、ことばが、重い
本当は、結婚したいわけじゃない、
誰かと一緒に居たいだけ、
1人が寂しいだけ
2人で、どこかへ行きたい
2人で、一緒に過ごしたい
2人で、生きたい
婚活は、2人で
妊活は、3人で
妊活という、ことばも重い
家族を増やしたい
2人でできることはもうやり尽くした
だから、もう1人欲しい
婚活の後の妊活、そして、年齢を重ねるほど、妊活は、より地獄と化す
まぁ、離婚が1番の地獄だけど
結婚したくないのは、離婚したくないから
もう、あの地獄を味わいたくないから
そもそも、結婚生活を、一生続けることに向いてないから
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