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心はこうして創られる(2/2)

20240430

■顔の好みの判断

被験者たちは、カードに印刷された顔のペアを示され、魅力的だと思うほうを選んでくださいと言われた。
そしてときどき、巧みなカード捌きで、自分が選ばなかったほうの顔を手渡された。
被験者はこのトリックにほとんど気づかず、実際に選んだ顔とは違うのに、なぜそれを選んだのかを喜んで説明した。そうした説明の内容を分析してみると、トリックに騙された場合と、何もされなかった場合とで、全く違いがないことがわかった。
身に覚えのないはずの選択を説明しろなどと求められ、はたと立ち止まるどころか、この「解釈者」は、おかしなことには何も気づかないまま平然と逆の立場を弁護するのだ。
ただし面白いことに、騙しにひっかかった被験者が口にする正当化は、後付けなのが、みえみえな理由に頼っていることが珍しくない。
「この女性を選んだ理由は、すてきなイヤリングと、くるっとした髪ですね」。これは過去の意思決定過程についての真の報告ではありえない。その人は実際には髪が真っ直ぐでイヤリングをつけていない女性の写真を選んだのだから。だが、選択を正当化するために解釈者が後知恵で取りまとめた物語というのは、ちょうどそんな具合なのだ。

この「解釈者」は、思考や行動を説明する物語を紡ぎ出してはくれるものの、過去を正当化するに過ぎず、未来を変えることはできないのだろうか?
いや、そうではない。解釈者は、過去の行動の説明だけでなく、私たちの次の行動を変える手助けもしている。

偽のフィードバックが将来の選択にどう影響しうるかを研究した。
その結果わかったのは、あなたは顔Aよりも顔Bが好きなのですねと、実際とは逆を告げられると、あとで同じ選択をするとき、その通りに選ぶ傾向がある、ということであった。
つまり解釈者は、本人がしなかった決断を説明する(イヤリングとか、くるっとした髪とか)のだけれども、その説明そのものが将来の決断に影響するのである。
首尾一貫したいという狙い、つまり解釈者が正当化したり擁護したりできる選択をすることのほうが、実際の選択がどうだったかよりも大事なのかもしれない。
例えば最初に訊かれたとき「顔Bのほうが好きです」と自分が答えたのだと(実際にそうだったにせよ、そう騙されたにせよ)思い込んだ場合、そこからの心変わりを正当化なんてできるだろうか?
もちろん解釈者の創作力に鑑みれば、本当は顔Aのほうが好きなんだという話を創り上げることはできる。だが首尾一貫させるほうが、ずっと簡単でずっと説得力がある。そのことが念頭にあるせいで、もう一度、訊かれたとき顔Bを選びがちになるのだ。

■選んだ理由の捏造  

全く同一のものを一貫して選び取りつつ一貫して拒否する。そんな選び方をしたら、好みという概念そのものが無意味になってしまう。

被験者に
「色々と極端な選択肢」(非常によい点と非常に悪い点を兼ねそなえた選択肢)と
「あたりさわりのない選択肢」(すべての点で中くらいの選択肢) のどちらかを選ぶように求めた。
例えば実験の一つでは、子供の親権を離婚する両親のどちらに与えるかという架空の決断をしてもらった。
片方は「色々と極端な親 」
(よい点:子供と非常に仲が良い、きわめて活発な社会生活、平均以上の収入。悪い点: 出張が多すぎる、小さな健康問題) であり、
他方は「典型的な親」
(子供とほどほどに親密、比較的安定した社会生活、平均的な収入・労働時間・健康状態)だ。
どちらに親権を与えるべきかと訊かれると、多くの被験者は「色々と極端な親」を選んだ。ところが、どちらの親権を却下すべきかと訊かれると、やはり多くの場合、「色々と極端な親」
を選んだ。
こうしたパターンは以後も多くの研究で確かめられ、一つを選んでくださいと言われると人々は平均的な選択肢よりも「色々と極端な」選択肢を選んだ。それなのに、一つを拒否してくださいと言われると、平均的なものよりも「色々と極端な」 方を拒否することが多かった。 同じ片方の親が、良い選択肢でありかつ悪い選択肢だなんて、そんな考え方はありえないはずなのに。

何かを選ぶとき、人は予め抱いていた好みを表に現しているわけでは全くない。表現しているのではなくて即興している。事に望んだそのときに好みを捏造しているのだ。即興といっても様々な形をとりうる。例えば、普段どうしているかに影響されたり、他人がどうしているかに影響されたりする。とはいえ、いざ決断というときに自然な方法の一つは、あれこれの選択肢について複数の理由をかき集めることだ。
だがそれはどっちの理由なのか。賛成の理由なのか、反対の理由なのか?賛成理由と反対理由、どちらに注目がいくのかは、それがどんな意思決定であるかという説明や描写の方法に影響される。
つまり選択肢のどれかを選んでくださいと言われると、人は多くの場合、いずれかを選ぶ理由となる何かに焦点を合わせる。それは選択肢の一つを有利にするようなポジティブな理由であることが多い。「色々と極端な」選択肢には、強くポジティブな理由がある (子供と非常に仲がよい、など)。 したがって、この選択肢が勝つことになる。しかし他方で、選択肢の一つを却下してくださいと言われると、いずれかの選択肢を除外できるようなネガティブな理由を探す。 すると、強くネガティブな理由がある「色々と極端な」選択肢ということになり(出張が多すぎるなど)、今度はこの選択肢が負けてしまう。
全く同一のものを選びかつ拒む。







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