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こちらVR機構日本支部 7.侵入者

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1 
1.VR機構 その2 
1.VR機構 その3 
2.ユートピア/3.ディストピア 
4.ルーチン /5.ご褒美    
6.ハッカー ・・・・・ 前の章 
7.侵入者 ・・・・(このページ)
8.隠蔽/9.騙し続けるしかない 次の章
10.レベル・ファイブ(Level5) 

7.侵入者

  ハッカー騒ぎが収まって一ヶ月ほど経ったある日の昼下がり、時間差で昼食を全員が終えたころだ。空は曇りだが、まだ梅雨入り宣言は出ていない。気候は、すべておふくろさんが管理している。雨を降らせてから、数日経って、やっと梅雨入り宣言を気象庁が出すという心憎い配慮であった。
 言い方を変えれば、自然だと住民たちに思い込ませる悪知恵ともいえる。気候の予定は、誰にも知らされていない。VR機構の職員も知らない。あくまで自然現象を住民たちに印象付けるための措置だ。

その時、唐突に軽い揺れを裕太たちコントロールルームの職員は感じた。地震か? 悠太は、咄嗟に判断した。警報は出ていない。次に、爆発音がメインモニターから聞こえた。メインモニターからは、多くの瓦礫が埃と共に飛び散る光景が映し出された。
 モニターには、発生時間というテロップが表示された。右横には、数十秒遅れの時刻が表示されていた。現在の映像ではない。地震ではない。爆発事故? シェルターに、ダメージがあるということか…?
「侵入者が、ゲートを爆破しました!」
 マザーは、今まで発したことのない大声で悠太たちに報告した。戦慄している顔と、困惑している顔がない混ぜになったような顔をしている。それもそうだろう。鉄壁を誇っているはずのシェルターが、一部とはいえ破壊されたのだから。ウイルス騒ぎから一ヶ月経ったとはいえ、コントロールルームの悠太たちは新たな脅威に戦慄した。

「何者だ!? 被害は!?」
 新たな危機に、悠太は咄嗟に尋ねた。
「ICチップがないため、犯人は分かりません。被害状況は、一ブロック内に留まっているようです。一部の床が、崩れ落ちた可能性があります。多くの監視カメラの映像が途絶えたため、詳細は不明ですがまもなくドローンが到着します。人的被害は、今のところないようです。が、該当ブロックの居住者の十六人が、体調に異常がある数値を示しております。現在五台の消防車と、三台の救急車を派遣しております」
 マザーの答えの代わりか、メインモニターにはゲート付近の監視カメラの映像が映し出された。バーチャルで隠された、監視カメラからの映像だ。バーチャルでも見える監視カメラは、すべて破壊されていた。
 モニターには、目出し帽を被り自動小銃を手にもった十人ほどが映されていた。人種や男女の区別も判然としない。警備にあたっているはずのロボットが、十体ほど床に転がっている。後方には、崩れた天井と夥しい瓦礫が山になっている光景が見えた。犯人たちは、ゆっくりと慎重に散開しながら、ミライの中に向かっていた。

「治安部隊を、一個小隊派遣しました。まもなく遭遇します」
 マザーは、冷静さを取り戻したようだ。
「少し多い気もするが…」
 悠太は、独り言のように呟いた。
「あくまで、不測の事態を考えたからです」
 マザーには、悠太の声が聞こえていたのだ。
「地獄耳…」
 久保は、変なことに感心した。そこかしこに置かれている盗聴器から、おふくろさんは聞いたのだろう。悠太は、苦笑した。

「犯人たちを、できるだけ生きて確保して下さい」
「了解」
 マザーの依頼に、治安部隊隊長のロドルフォ少尉は短く答えた。小隊は、三十名で編成されていた。初めての実戦である。隊員たちは、三台の装甲車に分乗し各人が自動小銃で武装していた。装甲車には、新しく開発された侵入者の行動を奪う捕獲網の発射装置が装備されていた。
「侵入者は、十名程度。自動小銃で武装。ゲートを爆破したからには、爆薬やロケット弾など爆発物所持の可能性が高いと思われる。できるだけ殺さずに確保すること。以上」
 ロドルフォ少尉は、他の装甲車の部下たちに命令した。 

 悠太は思う。災いが重なるときは、重なるものだと…。まさか、前回のハッキングと今回の侵入騒ぎが関係しているのか。そう考えると、辻褄が合う気もするが…。
「侵入者の抵抗が激しいようです」
 メインモニターは、ゲート付近を映し出している。侵入者は、捕獲網の隙間から小銃を乱射していた。一人の侵入者は、ロケットランチャーのようなものを、一台の装甲車に向けた。次の瞬間ロケットランチャーが火を吹くと同時に爆発した。侵入者たちは、吹っ飛んで跡形もなくなっていた。
 捕獲網にロケットの信管が当たったようだ。他のロケット弾や爆発物に誘爆したのか、思った以上に三台の装甲車は爆風に弄ばれた。辛うじて、内部の治安部隊隊員には怪我はなかった。それでも、装甲車の小さな窓には多くの破片が突き刺さり亀裂が入っていた。

「愚かな…」
 ロドルフォ少尉は、悲惨な光景に思わず呟いた。「生存者を確保! 慎重にな」と、次の命令を発した。一人くらいは生き残っているかも知れない。
 ロドルフォ少尉は、先頭に立って装甲車から降りた。後から部下たちが、足早に降りて慎重に辺りを窺っている。
 辺りは、瓦礫の山となっていた。装甲車も、穴は開いていないものの大小の凹みがそこかしこにあった。
 天井を仰ぎ見れば、穴は穿たれていなかったものの、爆心地を中心として何も無かったように天井が円形に剥き出しになっていた。夥しいLEDの照明と縦横に天井を走っていた配線や点検するキャットウォークが爆心地を中心として円形にぽっかりと穴の開いたように無くなっていた。
 キャットウォークのかろうじて残った個所との境は、飴のように折れ曲がっており爆発の凄まじさを物語っていた。ロドルフォ少尉は、天井がすぐに崩れる恐れはないと判断してほっとした。それでも至急詳細な調査が必要になる。天井の上には、ミライがあるからだ。ダメージを詳細に把握しなければ、災害につながりかねない。
 少尉は、辺りの状況を把握してから、部下たちに、「証拠になる物は、一つも見逃すな!」と、命じた。「了解」と応じた部下たちの言葉に満足した。が、この状況では、困難なことも知っていた。
「…」
 メインモニターを見ていた職員たちは生まれて初めての凄惨な光景に、言葉を発することも動くこともできずただ茫然とメインモニターを見つめていた。目を離せなくなっていたのだ。
 今までも、凄惨なテロや航空機事故が起こっていたはずだが、すべてはバーチャルの世界だった。今目にしているのは、現実の世界だ。初めて見る現実の凄惨な光景は、衝撃となってメインルームの全員に現実の重みを思い知らせたようだ。

「二度の爆発は、事故として発表します」
 マザーの冷静な声に、メインルームからどよめきが起きた。
「今は、住民に心配させないことが最重要課題です」
 またもやマザーは、模範解答。分かっているはずだ。そんなことは、分かっている筈だ。それでも、あんな光景を見せられた直後に、そこまで考える余裕など生身の人間にはあるはずはない。悠太は、マザーに苛立ちさえ覚えた。
 日本支部の支部長は、まだ姿を現さない。特別なことがあれば、必ず姿を現して我々に直接指示をする筈だ。
「支部長から入電です」
 マザーの報告直後にモニターは、マザーの顔から支部長に変わった。そういえば、ウイルス騒ぎのときはおふくろさんが対処したので、直接話もできなかった。と、悠太は初めて気が付いた。今回は、おふくろさんではなく私と直接話したいのだろうか。それほど、今回の事態に危機感を覚えたのだろう。

「花岡です」
「今回は、直接ミライに被害が及んだ。由々しき事態だ。今回は、ガス漏れ事故として通常のニュースで報道する。今消防車が、現場に到着した。住民たちは、今まで何の事故も起きなかったことに疑惑を持つかもしれない。ウイルス事件があってまだ一ヶ月だ。関連付ける者も、現れるかもしれない。君たちにも苦労を掛けるが、住民たちの動向を詳しくウオッチするように。何か不穏な空気をとらえたら、躊躇せず私に直接報告するように」
「了解しました」
 悠太は答えたものの、「今まで、何のトラブルも発生しませんでした。事故原因は、何にするおつもりですか?」と、尋ねた。早晩報道されるだろ。自分が尋ねるのは、自分の立場を遥かに超えているのではないか。とも思われたが、聞かずにはいられなかった。

「ライフラインの、老朽化だ」
 支部長の言葉に悠太は、困惑した顔を支部長に向けた。それで、ごまかせるのか? いや、今までもうまくやってきたじゃないか。と思う反面、立て続けに問題が起きれば…。
「君たちの懸念は、分かる。今にして思えは、事故がなかった方が奇跡に近い。隕石にしても、ミライでは逸れたことを住民に信じ込ませることに成功した。それだけ歴代の職員、君たちの努力が報われていたという事だ。閉鎖された空間では、小さな事故も命取りになる。かえって、それが当たり前となったミライにとっては、衝撃だろう。スケープゴート(責任を転嫁するための身代わり)を作ることによって、今回も乗り切ることになった」
 久保たちも同じ顔で支部長を見ているのか、支部長は苦笑しながらも丁寧に説明してくれた。
「分かりました。我々は、ニュースを見るまで知らなかったことにします」
「ありがとう。礼を言う。あくまで、保守点検の漏れだ。ガス事故だ」
 支部長は、念を押した。

 「今回のガス爆発事故により、二名の犠牲者と多くの被害者を出したことは、痛恨の極みです。心よりお詫びいたします」
 ミライ全域にガスを供給しているミライガスの社長と副社長は、会見席から立ちあがると、深々と頭を下げた。一分ほどしてやっと頭を挙げた二人は、座らなかった。
 社長は、立ったままでマイクを取ると、「なお、原因究明を速やかに行い、今後このような事故を起こさないよう保守点検を重点的に行うことをこの席でお誓いいたします」と言ってからもう一度頭を下げた。社長が発言している間に、申し訳なさそうな顔をしていた副社長は社長と同時に頭を下げた。
「これから、質問を受け付けます」
 司会進行の言葉で、二人はやっと席に着いた。

 「二人も亡くなったんだ」
 美千代は、テレビを見ながら呟いた。テレビの記者会見は、続いていた。
「揺れたように感じたけど、ガス事故だとは…」
 悠太も美千代に合わせる。
「でも、最近変じゃない?」
「何が?」
 そら来た…。という想いを隠し、悠太は惚けることにした。
「ハッカー騒ぎは、先月だったし…。ちょっと心配」
 美千代は、悠太に体を預ける。
 悠太は、美千代の肩をそっと抱くと、「心配性だな」と、わざと間延びした声を出した。
「そうかしら」
 美千代は、納得しない。
「君は、何を考えてるんだ?」
 悠太は、気になり尋ねた。漠然としていたとしても、ハッカー騒ぎと立て続けに起きた今回の事故。何かおかしいと思い始めたのだろうか。おかしいと思い始めた人は、少なからず存在するという事だろう。それでも、知らばくれなければならないのが悠太の立場だ。それ以上に、美千代に心配をかけたくない。
「何って? ただちょっと不安なだけ」
「大丈夫だよ。何があっても、俺が君と亜美を守る。心配するな」
 悠太は、そっと美千代を抱き寄せる。
「そうね。少し頼りないけど…」
 美千代は、言葉とは裏腹に嬉しくなって悠太の肩に自分の頭を預けた。 

「宿題終ったよ」
 亜美は、二人を見て、「いいなあ~」と、思わず呟く。
「何が?」
 美千代は、亜美の言ったことが理解できない。
「パパー、亜美も」
 亜美は、裕太に甘えるように抱きついてきた。
「もう!」
 美千代は、立ち上がると「いいとこだったのに。邪魔しないで」と亜美を、叱った。
「何が?」
 亜美は、目をぱちくりさせているだけだった。
 大人げない…。悠太は、美千代の態度に呆れた。娘に嫉妬したのか? 美千代の娘に対する嫉妬が嬉しいのも確かだ。亜美には悪いが、自分が世界で一番愛しているのは美千代だと思い知らされた。亜美は最愛の娘には違いない。が、最愛の妻とは違う。今のように、自分に纏わりついてくるのもあと僅かだろう。纏わりつかなくなったとしても、自分にとって最愛の娘に変わりはない。そんなことを勝手に考えていると、「お腹すいた」という亜美の言葉で、現実に引き戻された。

「そうね。夕飯にしましょ」
 美千代の返事で、いったい今までのことは何だったのだという驚きが悠太の心に芽生えた。
「今まで、俺を取り合っていたんだろ?」
 悠太は、二人に悪態をつく。
「でも、お腹すいたし…」
 亜美は、正直だ。裕太の想いなど、知るにはまだ早すぎる歳だ。
「まだ、夜は長いのよ」
 美千代は、夕飯の支度をしながら意味深なことを言った。
「何のこと?」
 亜美は、目をぱちくりさせている。
「いいの。あなたも大きくなったら、分かることだから」
「つまんない」
 亜美は、正直だ。

 亜美には、まだ早すぎる。悠太は、自分が亜美と腕を組みながらバージンロードをゆっくりと歩く姿を思い浮かべた。いつか、亜美はこの家から羽ばたいていく。この家から巣立っていくのだ。

 一応は、一流企業の部長の令嬢として。が、現実は、人類を騙しているペテン師の家から…。豪邸ではなく、単なるプレハブの集合体に過ぎないこの家から…。
 知っているのは、自分とVR機構の職員だけである。まだ遠い未来のことのように思えた。それまで、人類は生き延びることができるのだろうか。自分は、人類を騙し続けることができるのか。最愛の美千代と亜美も含めて…。
 ふと、そんな考えが頭を過る。少なくとも、亜美が最愛の人を見つける時までは…。最愛の人と結ばれる時までは、自分が亜美を守らなければ…。自分が、最愛の美千代を守らなければ…。という、想い、いや自覚が初めて悠太に芽生えた。

8.隠蔽/9.騙し続けるしかない 次の章


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