見出し画像

こちらVR機構日本支部 1.VR機構 その2

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1          
1.VR機構 その2 (このページ)  
1.VR機構 その3 次の章      
2.ユートピア/3.ディストピア 次の章
4.ルーチン /5.ご褒美       
6.ハッカー     
7.侵入者      
8.隠蔽  /9.騙し続けるしかない 
10.レベル・ファイブ(Level5)

1.VR機構 その2

 数日後の月曜に花岡は、新しいキャンパスに出勤した。新年度にはまだ早く、キャンパスは閑散としていた。出勤すると、受付で学長の部屋に来るように言われた。
「花岡君、良く来てくれたね」
 学長の古橋聡史は、満面の笑みで執務机から立ち上がると花岡に入り口の近くにある席を勧めた。
「ありがとうございます」
 花岡は、少し困惑しながらも勧められるままに席に座った。
 古橋は、執務机に置いてある書類のようなものを持って花岡と対峙するようにテーブルを挟んで前の席に座ると、「さて、本日来てもらったのは、一つ頼みたいことがあるからだ」と言いながら書類のようなものをテーブルの上に置いた。
「頼みたいことですか…?」
 花岡は、困惑した。訝しい。何か重大な頼みなのか…。いつも単刀直入に言う普段の古橋とは、態度が違う気がしたからだ。
「ああ…」
 古橋は、そこで言葉を切って少し逡巡したような顔になり少し身を乗り出すと、「これから話す事は、くれぐれも内密にしてもらいたい」と、歯切れが悪い。が、どこか思いつめた表情である。

「分りました」
 花岡は、古橋の只ならぬ気配に少し気圧された。
「ありがとう」
 古橋は、礼を言うと少し間を置いてから、「これから話す事は、君のためでもある。心して聞いてくれたまえ。これは、資料だ。私が話している間に見てほしい。但し、極秘情報が書かれているから、持ち出し禁止だ。帰るときに私が預かる」と、なかなか本題に入らない。
 持ち出し禁止の資料? 只ならぬ話に違いない。花岡は、重大な事だろうとは察しがついたもののまったく見当も付かない。が、言葉を差し挟む雰囲気ではない。古橋の次の言葉を待つしかない。

「君も学者として、今の世界の危うい状況を把握しているだろう」
「はい」
 花岡は、即答した。が、まだ古橋の真意は分らない。
「残念な事だが、君が考えている以上に今の状況は悪くなっているのだよ」
 古橋は、諭すような言い方をした。
 やっと来たか…。が、花岡の偽らざる想いであった。何か地球の環境に関することなのだろう。が、まだ古橋の真意は分らない。迂闊に発言はできない。
「ある研究機関によれば、地球の環境は最悪な状況で人類は百年以内に滅亡するかもしれないとのことだ」
 古橋の言葉に、花岡は驚かなかった。地球の環境が悪い事は花岡にも理解できた。今のままでは、いずれ人類は滅亡しかねない。が、百年以内と期限を切られれば、そうかも知れないと漠然と思うしかない。否定は出来ない。

「そこで、VR機構が秘密裏に作られた」
「VR機構…、ですか…?」
 花岡博は、初めて聞いた組織に戸惑った。
「君がどこまで理解しているか分からないが、人類は、絶滅の危機に瀕している。そこでこのミライという名の未来都市を世界各地に建設したのだ」
「…」
 花岡は、答えに窮した。地球の環境が悪くなっている。温暖化に伴い、災害も酷くなっている。新型コロナウイルスの感染は、ようやく下火になったものの終息などしていない。一部の国では、まだ感染は抑え込まれてもいない。下火になった先進国にしても、再発と抑え込みをまだ繰り返しているのだ。
 海面の上昇も、懸念されている。災害や健康面だけではなく、物理的にも人類の生命を脅かしている。いや、様々な災禍が、人類の未来に立ち塞がっている。

「これから話す事は、極秘だ。心して聞いてほしい。もし誰かに話したら、その時点で君は謂れのない罪で裁かれることになる」
「はい」
 花岡は答えたものの、何か釈然としないものを感じた。手に埋め込められているICチップが、すべての行動や言動を把握しているということなのか? そこまでのことは、さすがにできない筈だ。他に考えられることは、防犯カメラや盗聴器の存在が窺われた。防犯カメラや盗聴器が、そこかしこに仕掛けられているのだろう。新しいパソコンを支給されたことも、関係があるかもしれない。それでも真実を知っておきたいという気持ちが高かったため、最後まで聞く気になった。

  古橋は、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
 それから十分以上話は続いた。花岡は学長の話に疑義を抱いたものの、学長が話し終わるまで一切無言で聞いていた。いや、聞くしかなかった。
「先ほど話したように、二千二十年頃に、人類は絶滅の危機に瀕していることが判明した。地球環境の悪化は予想以上で、このままでは環境の悪化により地球に生命が存続するのも難しくなる。異常気象は深刻化し、温暖化が原因の台風や竜巻といった自然現象は巨大になるばかりで各地に未曾有の大被害をもたらした。一部の地域では逆に気温が下がり、地球規模での寒暖の差は広がっていった。
 新型コロナウイルスにしても、中国などは終息したと言い張っているものの定かではない。他の先進国にしても下火にはなったものの、終息などしていないだろう。国にもよるが、何度か再流行している国もある。その他の国は、抑え込むことすら難しくなっている。様々な災禍が、人類を襲っていると言ってよい。
 地球の資源も、このまま消費すればあと百年も持たないことが判明した。
 そこで人類は地上を捨て、地下にシェルターを構築して選ばれたものだけが生き残る道を選んだ」
 古橋の話に、このミライもシェルターだという現実を花岡は突きつけられた。何も言えない。話の続きを聞くしかない。

「混乱を避けるため、全人類を知らないうちに現実からバーチャルの世界に移行させることから始めた。移行には、数年を要した。君も知ってのとおり、移行はICチップを体内に埋め込むことを全世界的に義務化することから始まった。表向きは、個人のIDから銀行口座やクレジットカードそれにパスポートなどのデータがICチップに入るため不要になる。キャッシュレス化も加速される。自宅や自動車などの鍵も不要になるという、いい事尽くめだ」
 花岡の研究対象である、ICチップの事である。花岡は、ICチップを頭に埋め込む事により、バーチャルリアリティーを自然に体験させる研究も行っていた。まだ実験段階のはずなのに、もう実現しているという事なのであろうか。いや自分の知らないうちに実行したのであろうか。
「君が考えているように、君の研究を勝手に実用化した。ミライは、バーチャルリアリティーの世界だ。本当は、地下シェルターなのだ」
 古橋には、花岡の想いはお見通しのようだ。花岡は、驚き何も言えなかった。まだ古橋の話は途中である。話が終わるまでに自分なりに整理するしかない。花岡は、今は口を挟まない方がいいと判断した。古橋は、花岡の想いなど知る由もないかのように、花岡の驚きには一顧だにせず何も無かったように話を続けた。

「ICチップの埋め込みと並行して、VR(バーチャルリアリティー)機構が作られた。あくまで影の組織で、トップやスタッフなどは当事者以外誰も知らない。どのような基準で集められたのかも現在では判然としないが、AIが無作為的に抽出した中から有識者が選んだようである。
 民主主義の国だけではなく、独裁国家も少なからずあった二千二十年頃に、影の世界とはいえどのようにして権力を掌握したのかも今となってはブラックボックスになっているため不明だ。そんな組織が存在する事など知らない現在の一般の人間はもとより、政治家に至ってもブラックボックスは意味のないことになる。
 人々の知らないうちに、ICチップに監視アプリとVR(バーチャルリアリティー)世界のアプリもインストールしていた。人々は、知らないうちにバーチャルの世界で生きることになった。ICチップを埋め込まれた人類を、順次VRの世界に移行していった。発展途上国の国民など余り利便性を感じない人たちや、体に異物を埋められる事に抵抗し移行できない現実もあった。ICチップの埋め込みは、強制的に行われた。テロリストたちなど一部の人間は、断固として拒否した。結果、テロリストたちのICチップの埋め込みを断念した。
 バーチャル世界に移行する間に、世界にシェルターの建設が秘密裏に始まった。同時に、シェルターに収容するための人間の選別が始まった。
 選別の基本は二千二十年時点の人口別であるが、人々の選別が始まっていたため結果的に人口比と比例しなくなった。詳細は今となっては分らないものの、概ね民主主義国家の方が選別される人の比率が高くなったようだ。
 テロリストたちは、どのみち最初に排除される運命にあった。人類の知らないうちに、テロリストたちの掃討作戦が展開された。かろうじて生き残ったテロリスト達は、ある無人島に集められ強制的にICチップを埋め込まれ監視された。彼らは、死ぬまで島外に出ることを禁止され最低の生活を余儀なくされた。

 ICチップを埋め込まれた人類は、常にAIに監視されるようになった。
 シェルターの収容に優先的に選ばれたのは、王制がある各国の王族とその一族である。表向きは、今までどおり王宮で暮らしている事になっている。実際は、すべてバーチャルでVR機構の職員が王族の影武者のような形で国民に知られる事もなかった。何故そんな手の混んだ事をしたかというと、地上の人類が絶滅したときやVRの現実を住民が知ったときに、シェルターの住民の心の支えが必要だと考えたからである。監視アプリでAIが不適当と認めた人物に関しては、VR(バーチャルリアリティー)機構が協議の上失脚させて王族から追放した。
 最初に除外されたのは、犯罪歴のある人々とその家族である。独裁者と認められていた人物は、当然除外された。本人の知らないうちに…。彼らは、自分の権力が削がれることを恐れてミライに来るはずもないのだが…。
 政治家や富豪それに会社経営者なども、例外ではなかった。VR(バーチャルリアリティー)機構は、次第に力を付け始めたもののあくまで影の組織で、表に一切出ることはなかった。VR機構の判断は、どこまで正しいかなどは別の問題だ。あくまで人類を、少しでも多く守ることが最優先のプライオリティーだからだ。

 VR機構は、地上に残された人類を見殺しにする積りはなかった。地上の世界でも、VR機構が直接間接的に政治や経済などに関わって人類を存続させるために苦慮していた。
 シェルターは、言ってみれば人類の存続が危うくなった時の保険に近い存在なのだ。

 シェルターは、北米に一箇所。南米に一箇所。オセアニアに一箇所。東アジアに一箇所。中国とインドそれに西アジアと中東にそれぞれ一箇所ずつ。ヨーロッパに一箇所。アフリカに二箇所。計十一箇所となった。建設地域は、基本的に災害の少ない地域とされた。
 例外として、災害の多い日本が選ばれた。日本は東アジアで一番経済が発達しており、日本に憧れのようなものを抱いているアジアの国民も多かったためである。火山学者の真田君に骨を折ってもらって、日本の中で、火山もなく地震などに強い地盤の四国の山間部が選ばれた。それがここという訳だ」
 花岡は、初めて聞く真田の役割について驚いた。それなのに真田は、ミライに移住できなかった。これから必要になる貴重な人材であるはずなのに…。古橋は、花岡に配慮したのか少し間を置いてから話を続けた。

「各シェルターの収容人員は、五十万人程度。それでも世界全人口の0.1%にも満たない。
 そんな時に、新しい都市計画に基づいた都市十一箇所の住民募集が全世界で始まった。その一つが、このミライなのだよ」
 古橋は、そこで書類を花岡の前のテーブルに置いた。書類には、ミライの地図が書かれてあった。が、花岡が事前に知らされていた地図とは少し異なっていた。花岡は、今まで見ていたミライの地図より小さいことに気づいた。住民に気取られないように、カモフラージュしているのか? 
 いや、バーチャルリアリティーを使って、広く見せているだけなのだろう。早晩、現実を見ることになる。古橋は、花岡の困惑した顔を見ていた。が、あくまで事務的に話を続けていた。花岡は、話を聞き逃さないように古橋の話に集中するしかない。
「各国は治外法権で守られており、一応国別にコロニーを形成している。ミライには、各国の大使館・領事館が中央のミライ駅周辺に配置されている。各国のミライ住民は、自由にミライ内を行動できる。ミライにはある程度の自治権が認められ、自治政府がこれから作られる。王宮は、ミライの外縁に造られた。が、秘匿されている。本来は、ミライに居住しているのだが、表向きは王族(日本の場合は、皇族)がミライを訪れるときだけ、ミライの住民に会う形をとっている。これはシェルターと、地上の住民に真実を知られないための措置である。
 ミライは、表向きは直径二十キロの円形で、中央に鉄道の駅と住民のための駐車スペースがある。鉄道の駅と駐車スペースは、地下トンネルで外部と結ばれている。
 地下トンネルを採用したのは、表向きは利便性だが実際はミライが地下の施設だと悟られないためである。VRがまだ貧弱であった建設当初の、念のための措置であった。他にも、基本的に外部との交流を制限するためと侵入者を防ぐためでもあった。さすがに直径二十キロの地下施設は造る事が不可能なため、直径百メートルの地下シェルターの集合体となった。
 日本のミライは、四国の過疎地域の山脈を大規模開発した。という触れ込みだが、地上には何も存在しない。四国に作られた理由は、火山がないことで災害に見舞われるリスクが少ないことである。人口が少ない。隠蔽に適している。などの理由もあり四国に決定された。
 日本に作られたシェルターには、日本の他に東南アジア各国の人々が、当時の人口に応じて選ばれ収容され始めている。第一陣が、君たちという事だ。
 住民たちは、都市を出ることなくすべての生活が営める。利便性は、すべて住民がミライの外に出来るだけ出ないための施策である。JRの駅からミライの外へ行くときは、すべてバーチャルの世界になる。
 現実世界とシェルターの行き来は、基本的に行われない。例外として、選ばれなかった人たちが住民の所に遊びに来たときだけだ。ホテルや旅館など、宿泊施設も充実している。住民が都市の外に出る場合は、友人や知人に会うときだけ現実の社会に行く事になりその他の観光に関しては、すべてバーチャルの世界になる。
 日本に造られたシェルターは、日本と台湾とフィリピンそれにベトナムなどのインドシナ半島の国民を収容し日本支部として新しく出発する。

 ちなみに、韓国と北朝鮮に関しては、日本との様々な問題がありそれにアジア大陸の半島国家である事から中国のシェルターの中にコロニーを作ることになった。ヨーロッパとアジアに跨るロシアについては、人口の関係でヨーロッパのシェルターにコロニーを作ることになった。
 表向きは、これからの生活の利便性を先取りした先進的な都市ということだ。が、ミライの実態は、人類が危機を迎えた時のシェルターなのだ。人類が生き延びるための、保険なのだ。

 住民募集は、シェルターに収容する住民の選別であった。応募した人々は、AIによって選別されAIが認めた人物たちがミライの住民になる事ができた。応募しない人々も、会社の転勤や様々な方法で自然に近い形でミライの住民になる事となった。優先的に選ばれた王族は、その国のミライの外縁部に王宮が造られた。一部の王族には、現実が知らされた。しかし他人に漏らした場合は、王族から失脚させられる。現実を知った人物は、適性検査を受けVR機構に所属するかシェルターから出て行くか選択する事になる。幸か不幸か、現在まで秘密は守られている」
 古橋は、そこで話を終えた。同じ話を重複して話している箇所も見受けられた。古橋でさえ、まだ混乱しているのだろう。

 花岡は、少しの間何も言えなかった。驚いたのは確かだが、今まで聞いた話を整理する時間が欲しかった。
「どうだね? 残念なことだが、これが現実の世界だ」
 古橋は、複雑な顔を隠さず無言で聞いていた花岡が落ち着いた頃を見計らって尋ねた。
「私に、どうしろと…」
 花岡は、学長の話が信じられないと言うよりも、なぜここまで話したのか疑問であった。自分が漠然と感じていた人類の危機が、ここまで切羽詰まったものだったとは…。にわかには信じられない。

「実は、君にVR機構の一翼を担ってもらいたいのだ」
 学長の言葉で、長々と話した意味が初めて理解できた。
「具体的に、何をすればよいのでしょうか」
 花岡は、古橋をまっすぐに見ながら尋ねた。
「表向きは、今と変わりない。ただ…」
 学長は、そこで言葉を切って花岡を見てから、「VR機構の運営に、関わってもらいたい」と言葉を繋いだ。
 学長の具体的ではない話に花岡は、「運営は、多岐に亘っているからですか? それとも…」花岡は、それ以上具体的な話はできないのか尋ねようとした言葉を呑み込んだ。学長の顔を見てただならぬ雰囲気を察知したからだ。

「本来なら、真田君にも頼みたかったのだが…」
 学長は、本当に残念がっている。花岡は、そう受け取った。人望は、自分より真田の方があった筈だ。彼が移住できなかったから、自分にお鉢が回ってきたのだろうか。
「真田がミライに移住できなかったのは、親族に犯罪歴のある人物がいたからですか」
 花岡は、念のため尋ねた。
「残念ながら、君の言った通りだ。君と真田君なら、うまくVR機構を運営してくれると思っていたのだが…。VR機構に掛け合ったが、例外は認められないと門前払いだ。どんな基準で選ばれたか定かではないが、どんなに優秀な人間でも子々孫々優秀とは限らないじゃないか。それに優秀な人間ばかりでは、世の中つまらなくなる…」
 花岡は、答えに窮した。その通りとも思えるものの、逼迫している環境や資源の枯渇を考えると、他に選択肢はないかも知れない。人間よりAIの方が、切迫した状況では正しい判断ができる気もした。

「つまらんことを言ってすまん。言い過ぎたようだ」
 学長は、花岡に頭を下げた。
「いえ…」
 花岡は、少し逡巡してから、「時間をいただけますか?」と、尋ねた。
「勿論だよ」
 古橋は、少しほっとした顔になった。
「一週間時間をください」
 花岡の申し出に古橋は、「分った。一週間じっくりと考えてくれたまえ」と、顔をほころばせた。が、「イエスなら、その時は本当のミライの姿を見せる。ノーなら、すべて忘れてくれ。今後君は、一般人より厳しい管理下に置かれることになる。すまない…」と言ってから、頭を下げた。

「分かっています」
 花岡は、それでも複雑だ。硬い表情は、古橋にも見て取られただろう。
「他に質問は?」
 古橋は、少し心配になった。
「ありません」
 花岡は、きっぱりと言ってからゆっくりと立ち上がると、「私はこれで失礼します」と少しぎこちなく頭を下げた。
「資料は、見なくていいのかね」
 古橋は、花岡のそっけない態度に驚いた。いつもは、こうじゃなかった筈だ。
「はい。イエスかノーかの判断だけを考えます。判断してからでも、遅くはありませんから…」
 花岡は、厳しい顔を見られないように無理をして平静を装うことにした。他にも、これ以上秘密を知りたくない。秘密如何により、自分が暴走するかも知れないと危惧したからでもある。

「吉報を待っている。が、君の下した決断は尊重する」
 古橋は、ゆっくりと立ち上がり平静を装うとしたが無駄だった。自然と複雑な顔になった。
「有難うございます」
 花岡は、挨拶をしてから学長室を辞去した。

1.VR機構 その3 次の章


この記事が参加している募集

#SF小説が好き

3,090件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?