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こちらVR機構日本支部 1.VR機構 その3

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1        
1.VR機構 その2  前の章   
1.VR機構 その3 (このページ)
2.ユートピア/3.ディストピア 次の章
4.ルーチン /5.ご褒美       
6.ハッカー     
7.侵入者      
8.隠蔽  /9.騙し続けるしかない 
10.レベル・ファイブ(Level5)

1.VR機構 その3

 花岡は、熟慮の末学長の申し出を受け入れた。VR機構の影の組織という胡散臭さや、影の権力に対して危惧を感じていたのも確かであった。しかし、迎合したのではない。自分がどこまで関われるか疑問であったものの、人類のために貢献できるのであればという想いからであった。それ以外のことには、目を瞑る覚悟ができたからだ。花岡は、初めてミライの真の姿を見ることになった。悠太がいつも見ている現実の姿を…。
 花岡は悠太の祖父であり、卓巳は父であった。悠太の兄の翔太は、評議委員会の一員になり悠太は現場の責任者になった。
 花岡は、評議会委員の一員として迎えられた。学長の古橋は、評議会の委員長で、花岡は副委員長を仰せつかった。結果的に、明和大学の教職員の一部が評議会委員という構成であった。裏を返せば、評議会委員になりえる人材を明和大学に集めたという事である。
 評議会委員とは、言ってみれば有識者会議のようなものである。有識者会議は、本来なら国・地方自治体などの諮問機関として設置されるが、VR機構では逆転して自治政府の政策や事業の策定及び決定権を持つ唯一の機関であった。評議会(有識者会議)が、政治を引っ張る形となった。
 表向きは、自治政府が行うことになっていた。評議会委員は、表に出ることはなくあくまで影の組織なのである。評議会委員は、国籍も様々な総勢二十名で、健康や行動に問題がなければ任期は終生である。その中から、選挙でVR機構トップのVR機構支部長を選出する事になっていた。初代支部長は、古橋が兼任する事となった。次の選挙から投票を評議会委員の他の十九名で行うことになっていた。他のミライも同じ構成で、北米支部に本部が設置され本部長が全ミライの評議会委員の選挙で選出される事になっていた。初代本部長は、ヨーロッパ支部の支部長が兼任する事になった。本部長も支部長も任期は五年で、アメリカ合衆国大統領のように再選は一回のみとなった。

  評議委員は、花岡のような学者や学識経験者それに元政治家などから構成されていた。ミライの住民となる事が出来たという事で、人物は確かだと思われた。心の中など、誰も窺い知れない。
 他にも実際にVR機構を運営するために、VR機構の職員が配置された。

 表向きは、ミライにある企業の管理職となって赴任していた。一般社員がサテライトオフィス(自宅)でテレワークするのに対し、会社に出社する数少ない人間である。選ばれたエリートでもあるが、普通のエリートではない。エリートという意識がないのだ。
 彼ら彼女らは、影の組織に違和感を覚えたものの、人類の未来を担うという事に共感した人たちであったからである。秘密の秘匿のため、結果的ではあるが世襲する事になった。
 ミライが造られた当初は、様々な問題が発生したようだ。VRにしても、現在のように充実しておらず、ミライに収容された人々は目の異常を訴え、多くの人たちが眼科に駆け込んだこともあった。

 現実世界とシェルターのバーチャルは、徐々に微妙に変化を遂げていった。現実世界とシェルターの世界の行き来は、極端に制限された。というより、現実世界とシェルターの世界を、徐々に自然に近い形で疎遠にさせていた。おふくろさん(AIのマザー)が偽の情報を両方の世界に流したため、現実とシェルターの世界の交流はほとんどなくなった。
 マザーの手口は、両方の住民が移転した事にして少しずつ疎遠にさせたのだ。現実世界は、多くの企業の倒産や食料の配給制移行により生活が苦しくなる一方でシェルターの親戚や知り合いと連絡を取る余裕すらなくなっていったのだ。シェルターの世界では、現実の世界の友人や知り合いが移転などで音信普通になったことにして住民に気づかれないようにした。現実世界の親戚や友人などとの連絡は、バーチャルの世界で行われた。ICチップを埋め込まれた現実世界の人たちの行動や言動はすべてマザーがデータとして管理していたため、本物の親戚や友人それに知り合いと連絡していると思わせることに成功したのだ。八年後には、現実とシェルターの実際の交流は皆無になっていた。

 その頃、小惑星の一つが地球に大接近すると予想された。最悪の場合は、巨大な隕石となって地球に衝突しかねない。
「警告! 警告!」
 けたたましいブザーと共に、マザーの声が聞こえた。
「…」
 コントロールルームにいる全員が、前のメインモニターを注視する。この当時は、まだマザーの映るモニターはなく声だけしか聞こえなかった。それも、誰の耳にも合成音であることが分るようなイントネーションであった。

 メインモニターには、VR機構日本支部長の沈痛な顔が映し出されていた。
「諸君、悪い知らせだ」
 支部長の古橋は、一旦言葉を呑み込んでから全員を見回した後に、「小惑星のひとつが、地球に衝突するかも知れないことが判明した」と、事実のみを知らせた。古橋は、支部長に再選されて任期最後の年であった。
 どよめきがコントロールルームに響き渡った後に、コントロールルームは沈黙した。少し間をおいてから、
「それは、何時ですか?」
「確率は?」
「何処に落下するのですか?」
 と、様々な質問が飛び出す。

「あと一ヶ月程すれば、肉眼でも見えるようになる。が、その直後に最悪の場合は、地球に落下する」
 古橋は、事実を告げた。
 メインルームは、ざわついた。
「どうなるんだ?」
「ここは、安全か?」
「人類の滅亡…?」
 様々な、私語が乱れ飛ぶ。
 古橋は、黙って様子を窺っていた。
「地球に落下する確率は高いのですか? もし落下した場合の被害想定は、どれ程ですか?」
 悠太の先々代になるチーフの門田雄一は、全員を代表して質問した。
「まだはっきりしたことは、分からない。現在判明している確率は四十パーセントだ。あと二週間たてば、もっと確実な情報が判明するそうだ」
 古橋は、抑揚のない事務的な言い方に徹した。自分が取り乱さないにしても、不安感を職員たちに与えないための配慮である。古橋は、実際の確率がもっと高いことを聞かされていた。表向きは、四十パーセントで公表するしかないのがVR機構の実情だ。
 まだ一般人はもとより、政府関係者にも知らされてはいない。知っているのは、天文学者などごく一部の関係者と、VR機構の上層部だけである。公表に、慎重にならざるを得ない。公表により、世界が混乱することが懸念されたからである。
 最悪の場合は、パニックや暴動それに略奪などの犯罪行為の増加も懸念されたからだ」
 隕石が、地球に衝突するかも知れない。唐突な話に、コントロールルームにいる二十名ほどは、「ここは、安全だろうな…」「どうなるんだ?」などと、声を殺して不安な表情で話し合いだした。

「太平洋や大西洋などに落下すれば、百メートルから二百メートルにも及ぶ津波が押し寄せる。大陸に落下すれば、半径数百キロに被害が及ぶと見られる。日本列島やイギリスなどの島嶼(とうしょ)に落下すれば、落下地点が吹っ飛び地形が変わるだけでなく新しい海峡が生まれるかもしれない。人的被害は、人口密集地や海上に落下すれば、百万人単位で最悪の場合は数億人までの被害が想定される。
 諸君。何れにしても、逃げ道はないのだ。我々に出来ることは、隕石が落下する前の避難と落下した後の対処しかない」
 古橋は、事務的な話し方を崩さずに話を続けた。

「隕石が落下したとしても、被害を最小限に抑える努力をするしか無いようですね」
 門田は、他に言うべき言葉がみつからなかった。もう祈るしかないのか。
「門田君の言う通りだ。残念ながら、少しでも被害を少なくするしか手だてがない。時間は、限られているのだ」
 古橋は、コントロールルーム全体を見回して一人一人を時間をかけて見た。古橋からは、バーチャルで全員の姿がその場に存在するかのように見えるのだ。
「我々は、最悪のことを考えなければならない。それに、混乱を避けるためには、公表するタイミングも考えなければならない」
 古橋は、騒然としているコントロールルームの職員たちに聞こえるように、少し大きな声を出した。

「最悪のこと?」
 誰かが呟く。
「そうだ。我々が最悪の事態に対処できなければ、人類に未来はない!」
 古橋は、もう一度全員を見回してから、「そうは、思わないかね?」と、全員を質した。
「…」
 コントロールルームは、静まり返った。

「もし隕石が落下したとしても、シェルターは地上より安全だ」
 古橋は、職員たちを安心させる言葉を発した。が、直撃すれば、どうなるか分からない。とは言わなかった。
「そうだな」
「地上よりは、安全だ」
「直撃すれば…」
「それでも確率は、グッと下がる」
 少し安心したのか、コントロールルームの空気は、ガラッと変わった。
 古橋は、無言で職員たちの会話を聞いていた。無理矢理会話をとめるより、ある程度自由にさせることにした。最悪の場合は、人類が滅亡しかねない大きさの隕石である。動揺が収まるまで、自由にさせることにした。

「支部長。公表は、何時になるのでしょうか?」
 門田は、ためらいがちに尋ねた。コントロールルームの全員の視線が、支部長に注がれる。安心した後は、事実をいつ公表するのか気になるのだろう。
「まだ決まってはいない。ただそれほど先にはならない。隠蔽すべきではない。と、心得ている。それに、隠しおおせる訳もない」
 古橋は、具体的な日付は出さない。門田は、考えた。上層部は、苦慮しているということなのか? 公表するタイミングを誤れば、必要以上の混乱を招きかねない。公表内容によっても同じだ。公表時期と公表内容は、慎重にならざるをえないのだろう。
「最後に、これは守秘義務だ。辛いだろうが、公表するまで家族にも話してはならない」
 古橋は、申し訳なく思った。その感情が、自然に顔に現れた。

  懸念は現実となり、小惑星が中国のロシアとカザフスタンとの国境近くに隕石となり落下した。
 現実の世界では、隕石の衝突は報道されていた。
 隕石の衝突から、中国とインドそれに西アジアと三箇所の連絡が途絶えた。シェルターとの連絡までも途絶えた。
 人工衛星の映像で、落下地点に数十キロのクレーターが穿たれたことが確認された。その後の日本支部やヨーロッパ支部の調査で、中国とインドそれから西アジアそれにロシアのアジア側と西アジアの広範囲に亘り隕石の衝突の影響により壊滅的な被害を被ったことが判明した。事実を公表するか侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなされたものの、有史以来初めての大惨事である。即座に公表できなかったのだ。直接の被害者だけで数百万人。その後の混乱や政情不安のため被害者は、三千万人を越えた。VR機構は、今後のことを考えてシェルターの住民には隠蔽することとした。

 辛うじて生き延びた被害者たちは、難民と化した。被害者たちは、一箇所に集められて難民キャンプが作られた。難民キャンプは、外部との連絡を絶たれ最低の生活が出来るだけの場所になった。地球の資源は、それだけ逼迫してきたのだ。考え方にもよるが、体のいい隔離であった。以降は、すべてバーチャルの世界で対応する事になった。
 直接の被害以上に、隕石の落下に伴い大量の土砂が巻き上げられた。他にも、近くに位置していたロシアの原発は、跡形もなく吹っ飛んだ。核爆発はなかったものの、放射線が拡散し放射線量が増加した。放射線を含む大量の土砂は、大気中を漂い太陽光線を遮り気温が低下した。農作物や生態系に被害をもたらす結果となった。大気も汚染され、光化学スモッグが人々の健康を蝕んでいった。

 世界各地で、農作物の収穫が激減した。食料危機が世界に蔓延し、貧しい国・地域から餓死者が続出するようになった。資源の枯渇も、人口の激減を招いた。バーチャルの世界は生きていたが、バーチャルの世界だけで、人々の空腹は満たされる訳はない。見た目は変わらないものの、徐々に配給されるカロリーは下げられた。
 人々は、知らないうちに体力を消耗し免疫力も低下した。他にも大量の放射線を含む土砂が空気中に巻き上げられた結果、空気の汚染が酷くなり呼吸器系の病気が蔓延した。放射線量は上がり、甲状腺がんや白血病などの罹患者も増加した。

 地上の世界は、食糧危機と空気の汚染により人口が激減した。八十億人ほどいた人類は、隕石の衝突だけではなく以降の食糧危機と放射線や空気の汚染により二十億人まで激減していた。地上に残された人々は、自然災害の被害ももろに受け人口激減が加速されたのだ。
 さらに度重なる自然災害は、地上に残された人々に追い討ちをかけた。それだけでは飽き足らないかのように、新型コロナウイルスが再発と抑え込みを繰り返した。アメリカでは、武漢ウイルスと呼び中国との対立は更に深くなった。日本や日本に造られたミライでは、そのまま新型コロナウイルスの名称で呼ばれていた。他の国やシェルターでは、COVID―19と正式名称で呼ばれていた。
 いずれにしても、人類を地球から排除しようと誰かが画策しているような様々な災禍が、人類にもたらされたのだ。

  直接隕石の被害を受けなかったシェルターに収容された人々は、自然災害や放射線の被害から免れることができた。
 不思議なことに、守られているはずのバーチャルの世界でも人口は減る一方だった。予定を大幅に下回った住民の補充はなく、ミライの人口は減少する一方であった。
 住民を補充しないのは、その時点で現実とシェルターのバーチャルが著しく異なった事が最大の原因であった。隕石が衝突する前から、徐々に現実とシェルターのバーチャルを変更しなければならなかった。それだけ、現実とシェルターの世界が乖離してしまった結果でもある。現実の世界は更に厳しくなり、シェルターの世界はそのままにしていたからだ。VR機構の怠慢とも言えたが、ぬるま湯に浸かったような生活に慣れきったシェルターの住民たちにとって現実に近い生活をさせる事は出来ないとも考えたからである。現実と、シェルターのバーチャルの乖離は更に激しくなっていった。

 新しい住民を受け入れたときに、今までの現実と乖離しすぎている事を知った新しい住民が本当の現実を知る事になると、シェルターの維持管理が危うくなりかねないのだ。
 他にも、様々な資源の調達が難しくなってきた事も原因のひとつであった。
 バーチャルリアリティーを維持するためには、様々な資源を必要とする。
 エネルギー調達に始まり、食料の確保それにシェルターの維持管理など…。様々な事をクリアしなければ、バーチャルリアリティーは崩壊してしまう。生き残った人類は、早晩現実を知ることになりかねないのだ。新しい住民を迎えるだけの余裕もシェルターには残されていなかった。それから四十年ほど経ったのが現在である。

地上の人口は十億人を切った。
 不思議なことに、守られているはずのシェルターの世界でも人口の減少に歯止めが掛からなかった。他のシェルターの実情は判然としないものの、日本に造られた日本と東南アジアのシェルターの人口は、半減していた。他のシェルターの実情が判然としない理由として、バーチャルリアリティーの関係と各シェルターの思惑で事実を隠していたからである。日本支部も公式には三十万人と他のシェルターに公表していた。

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