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こちらVR機構日本支部 2.ユートピア/3.ディストピア

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1        
1.VR機構 その2        
1.VR機構 その3     前の章
2.ユートピア/3.ディストピア (このページ)
4.ルーチン /5.ご褒美     次の章   
6.ハッカー     
7.侵入者      
8.隠蔽  /9.騙し続けるしかない 
10.レベル・ファイブ(Level5)

2.ユートピア

  シェルターには、隕石の衝突は知らされていなかった。日本や東南アジアでは、地震は頻繁に起きていた。隕石の衝突は、地震として日本支部に暮らしている人々に当然のように受け入れられた。
 悠太たち日本支部の職員は、すべてを知っていた。彼らには、シェルターが造られたのは隕石が衝突する事を事前に知っていたからだと噂されていた。地球の災害の拡大や感染症それに資源の枯渇などの環境悪化によるシェルター建設は、隕石衝突の現実を隠蔽し少しでも人類を守るためであったと…。しかし、誰にも言えることではない。そんな重圧にも耐えるしかないのが、悠太たち職員の立場であった。
 幸いにも、隕石衝突は人類滅亡という最悪の被害をもたらさなかった。それでも三つのシェルターが破壊され、地球の環境はさらに酷くなり、地上に残された人類の人口は十分の一以下にまで激減したのだ。それに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスの再発であった。

 地上では、新型コロナウイルスは撲滅されてはいなかった。新型コロナウイルスは、進化して知能を獲得したかのように静かに行動の時を待っていたのだ。新型コロナウイルスのワクチンは、開発されていた。それでも再発は、混乱している人類にさらなる災禍をもたらした。
 数年おきに、感染は拡大と終息それに再発を繰り返していた。地上の人類は、四面楚歌のような状況に追い込められていた。シェルターの健康管理は、地上より徹底していた。全員に毎年一回検査が行われ、地上のような感染の拡大はなく終息していた。考え方にもよるが、隔離状態かも知れない。

  悠太の祖父花岡博たちが、なぜシェルターの住民に選ばれたのか? それも定かではない。ただ彼らは、与えられた仕事を代々こなしているだけである。
 一般の人たちとは異なり、家を一歩出れば現実の世界が彼らを待ち受けている。大空の代わりに、高い天井と太い柱が林立している。太陽の代わりに、夥しいLSDの照明。街並みの代わりに、工場か倉庫のようなプレハブの集合体の光景が目に飛び込んでくる。それでも、バーチャルリアリティーの世界を守るという気概に満ち溢れている。が、悠太には、自覚があまりない。ただ単に与えられた仕事をこなしているだけなのだ。

 悠太には、妻と九歳になる一人娘がいる。悠太の家は一軒家で、豪邸まではいかないものの立派な一軒家だ。しかし悠太が一歩外に出れば、立派な家もプレハブで作られたスペースでしかない。例外として、妻子や家族それに職員以外と一緒のときだけバーチャルの世界になる。
 現実を知っている悠太にとって、バーチャルの世界はかえって鬱陶しいだけだ。いつもならエレベーターで一つ下の階に降り、そのまま職員専用のカートで数分で支部に到着できるのだ。職員専用のカートは、シェルターの地下を縦横に走っている。広いシェルターを三十分以内で何処へでも行く事ができる。バーチャルの世界では、自動運転のシェアカートに乗り三十分分以上もかけて会社に出勤しなければならないのだ。中心地に行くにしても、地下鉄で三十分程度必要になるのだ。

 バーチャルの世界で悠太は、本社をミライに移転した三和商事という一流商社の営業部長である。他のVR機構職員は、同じ一つのビルに入居している様々な企業の管理職である。
 悠太たちVR機構の職員たちは、サテライトオフィスを使わない数少ない住民たちであった。ビルには、一流企業のオフィスが複数入居していた。エントランスは、一階と二階が吹き抜けになっており地上七階までは、入居している企業が自由に使える応接室と会議室が造られていた。
 一般社員は、会社に出社する少ない時間も自社に出社することなく決められた応接室か会議室に行くことになる。理由として、企業のオフィスにそれだけのスペースがないことと、社員とはいえセキュリティーを重視したことが挙げられている。エレベーターは、会議室と企業のオフィスと分けられており、一般社員が企業のオフィスに行くことはできない。徹底的に、区別され管理されていた。それは表向きで、あくまでVR機構の現実を隠すためである。

  VR機構は地下階に造られており、会議や商談などは会議室と応接室で行うため、悠太たちVR機構の職員は必要なときだけにコントロールルームから直接会議室や応接室に赴くのだ。
 一般社員は、すべて自宅のサテライトオフィスでテレワークをしている。実際の住民は、日本や東南アジアなど国別に造られたコロニーで生活していた。
 旅行は、すべてバーチャルの世界になる。いや、ミライから一歩も外に出ることは、基本的にあり得ない。国内旅行でもすべてバーチャルになってしまったからだ。もう親類との交流は皆無になった。

 海外に旅行するときも、バーチャルの世界で航空機に乗る事になる。所要時間も変わらず、絶対に墜落事故などあり得ない。但し、数年に一度は航空機事故が起きる。被害者は、すべてバーチャルの人たちである。
 犯罪も起きるが現実の犯罪ではない。すべてバーチャルの人たちだけが加害者と被害者となるのだ。すべてのシェルターの人間は、マザーに管理され何不自由のない生活を送っている。本物の人間たちは、犯罪のない平和な生活を知らないうちに満喫している事になる。裏を返せば、AIのマザーに管理されていて本当の自由などないのかも知れないが…。

  花岡悠太は、朝食の後に支度をしようと席を立とうとした。
「今日は、パパと一緒に行く」
 亜美は、そう言って花岡悠太の腕を引っ張って、「ねえ、いいでしょ」と、甘えてきた。
「亜美。学校は、(パパの)会社と反対でしょ」
 妻の美千代は、ナイスホロー。
「だめ?」
 亜美は、上目使いで悠太を見る。
「いいよ。その代わり、いつもより十分早く出かけるぞ」
 悠太は、笑顔で答えた。もうすぐこんなおねだりをしない年頃になることを分かっていた。何か、登校の途中で自分に言いたいことでもあるのだろう。美千代に内緒で。

「うん」
 亜美は笑顔になり返事をしてから、「まるちゃん、時間が来たら教えて」と、テーブルに備え付けられている球体に向って言った。
 まるちゃんとは、各家庭に配られているAIである。亜美は、丸い形なのでまるちゃんという名を勝手につけていた。バーチャルとはいえ、AIはマザーの一部で様々な場所に置かれていた。音声認識はもちろん、画像認識も当然ある。何処にいても、誰か見分けがつくのだ。当然スマホにも、AIはインストールされている。
 まるちゃんは、「はい、お嬢様。一分前からカウントダウンを始めます」と、穏やかな声で答えた。

「ありがとう」
 亜美はご満悦だ。
「お嬢様。まもなく一分前です」
 まるちゃんは、正確に亜美に時間を教えた。が、何秒前などという機械的ではなく、人間味溢れた言い方で教えた。AIは、進化を遂げたのだ。機械的な声から、人間の声のように。無味乾燥な応答から、人間味溢れる会話に。

「パパ、行こうよ」
 亜美は、悠太のスーツの袖を引っ張った。
「そうだな」
 悠太は、同意した。
「行ってきます」
 亜美の元気な声のあとに、「行ってくるよ」と、悠太も立ち上がった。
「行ってらっしゃい」
 美千代は、二人ににこやかに声をかけた。
 二人は、外に出るとゆっくりと学校の方に歩き出した。
 太陽が眩しい。春とはいえまだ少し寒いその日は、悠太にとって穏やかに思えた。もっとも、すべて空調で管理されているのだが…。悠太は、振り返って我が家を見た。本当は、安っぽいプレハブの箱でしかないのだが…。いつもと違って、立派な佇まいを見せている。
 本来なら、ずっと殺風景なプレハブの箱がごちゃごちゃと並んでいるだけなのだが…。亜美と一緒に出かけているお陰で、街並みも現実とは違い美しく広く見えた。

「パパ」
 そんな悠太の想いを知らない亜美は、少し小さな声を出した。改まったようにも聞こえる。
「どうしたんだ?」
「もうすぐママの誕生日でしょ」
 亜美の言葉に、悠太はハッとさせられた。
「そうだね」
 悠太は、亜美に調子を合わす。美千代の誕生日を、忘れていた。そうだ。3月27日だったと、妻の誕生日を思い出した。

 最近のおふくろさん(AI)の暴走に近いVRの世界に合わせるために、悠太たちの仕事も忙しくなるばかりであった。妻の誕生日さえ、忘れていた。それでも、現実の世界よりはまだ平和そのものである。
 娘の亜美が、美千代の誕生日を言い出すとは考えてもみなかった。亜美は、それだけ成長したということなのか?
「亜美のプレゼント、喜ぶかな?」
 亜美は言いながら、ポケットからブローチを取り出した。「工作の時間に作ったんだ」と、少し心細そうな顔で悠太に見せた。
「喜ぶに決まってるだろ」
 悠太は、亜美が急に愛おしくなりしゃがみこむとそのまま亜美を抱きしめた。
「じゃあ、箱に入れてプレゼントする」
 亜美は、嬉しくなって悠太にしがみ付いた。

  同じ頃あるマンションの一室では、ゆったりとしたいつもの朝の光景があった。
 山田勇作は、遅い朝食を済ますと9時半に自宅のサテライトオフィスに入りドアを閉めてパソコンの前の椅子に座った。そこは、一メートル四方の小さな空間であった。パソコンのスイッチを入れると、周囲の壁は事務所の一画に変わった。左右には、いつもの同僚が先に座っていた。
「おはよう」
 山田は、挨拶した。
「おはよう」
「おはよう」
 両隣の二人も、挨拶を返した。山田の後ろには、オフィスの空間に自分が入ってきたドアだけが屹立していた。ドアを開けると自分の部屋に戻れるのだが、ぱっと見はドラえもんのどこでもドアのようだ。トイレに行くときや休憩の時には、すぐに自分の部屋に戻る事ができる。ドアの両側は壁なのだが、バーチャルで広いオフィスが広がって見える。
 本来は、ミライの四箇所に造られているビルに入っている会社に出社するのだが、サテライトオフィスがあるため家でのテレワークが可能になった。
 サテライトオフィスのため、実際の会社のスペースは少なくて済むという利点もあった。サテライトオフィスは、実際のスペースや費用を抑えられる事になる。悠太の三和商事のように、本社をミライに移転した会社まであるのだ。他の会社の管理職も、VR機構の職員である。感染症が蔓延しても拡大が防止できるため、日ごろからサテライトオフィスでの業務がミライでは常識なのだ。

 ミライの会社の社員たちは、すべて本物の人間たちだ。山田たちの上司の管理職だけが、ミライの会社に出社する。上司たちは、会社が違っていても全員VR機構の職員である。
 係長までの山田たち一般社員は、誰も知らない。何故VR職員だけが出社するかといえば、本来の仕事を秘密裏に行うためである。他にも評議会委員たちは、すべて明和大学の教職員で占められていた。というより、評議会委員を教職員として迎え入れた形である。明和大学の学生は、実験や試験など大学に通学する必要がなければ家で講義を受ける。表向きは省エネと感染症防止対策だが、省エネ以外にもVR機構評議会委員の仕事を秘匿すると供に妨げないためでもある。

 「あなた。今日は、私から仕事させて。あなたは、隆夫を保育園に連れて行って。それからスーパーに寄って買い物してきて」
「そうだな。俺は、午後からにするよ」
 夫は、妻に同意すると、「隆夫。出かけるぞ」と、息子に言った。
「ママがいい」
 隆夫は、駄々をこねた。
「ママが迎えに行くから、朝はパパで我慢してね」
 妻の言葉に、夫は複雑な顔をした。『我慢してね』は、ないだろう。
「我慢する」
 隆夫は、渋々同意した。

 サテライトオフィスは、家族構成や様々な事情によるワーキングシェアも出来るようになった。特に小さな子供がいる家庭では、夫婦が時間を決めて働けるようになった。子供が大きくなれば、サテライトオフィスを増設し夫婦供にフルの仕事もできる。
 サテライトオフィスは、すべてVR機構を秘匿するための策であった。サテライトオフィスを利用しているすべての人にとって、結果的に利便性や柔軟な仕事ができる場所を提供する場となった。

3.ディストピア

  地上の現実世界では、デモや暴動が頻発していた。様々な災害などの結果、VR機構ではベーシックインカムを導入することを決めた。他に選択肢はなかった苦肉の策である。各国の事情により、時期をわざとずらして導入した。VR機構が秘密裏に行うためには、各国の有識者に疑われることがないようにする配慮であった。
 有識者などを、全員ミライに収容することは不可能でもあった。VR機構が、地上の人類を見捨ててはいない表れでもあった。有識者の一部は、VR機構の職員として自分の身分を隠し生活することとなった。悠太の祖父の友人の真田は、そのうちの一人であった。初代支部長の古橋でさえ、実情を知らされてはいなかったようだ。当初のうちは、ベーシックインカムに対する批判が巻き起こっていたものの、感染症の蔓延やさらなる環境問題の深刻化により、人々にも受け入れられていった。そもそも、仕事がないのだ。仕事は、年々減少していたからだ。

  マスコミも例外なく、壊滅的な被害を受けていた。それでもいくつかの通信社や新聞社それにテレビ局やインターネットは、かろうじて生き残っていた。
 成瀬譲は、食糧配給を増やせというデモのニュースを見るのをやめてテレビを消した。
「ニュース見ないの?」
 のんびりとした、妻の声が聞こえてきた。
「気が滅入るだけだ」
 妻の問い掛けに譲は、溜め息をついた。「デモしたって、政府が要求を呑むとは考えられない」と、決めつけていた。
「そうかも知れないけど、何もしなければ良くならないでしょ」
 確かに妻の言うとおりだ。が、政府が何とかしようとしても、出来ないものはどうしようもない。政府が行っている食糧増産計画を、見守るしかないのだ。

「米よこせ! 配給増やせ!」
「米よこせ! 配給増やせ!」
「食料増産早くやれ!」
 デモ隊は、『配給増加を! 国民を守れ!』と書かれた大きな横断幕を先頭に行進していた。
 目指すは国会議事堂であるが、誰一人自分達の言い分がすんなり受け入れられるとは考えていない。昨今の異常気象で、作物の生育が芳しくないことぐらいは分かっていた。それでも声を上げなければ、庶民の苦しみは政府に届かないという想いからだった。

 日本の人口は、二千二十年の六分の一の二千万人に激減していた。異常気象や相次ぐ大災害により、収穫量は減っている。外国からの食糧輸入も、激減していた。諸外国も人口の激減や異常気象のため、日本に食糧を輸出するだけの余裕などなかったのだ。日本の人口の減少は、まだ良い方であった。発展途上の国は、十分の一以下に激減した国さえあるのだ。
 中国奥地に隕石が落下したことも、地上の現実世界では報道されていた。中国政府はかろうじて存続していたものの、災害のなかったはずの中国奥地にシェルターを造ったことが裏目に出た。シェルターが全滅したことで、AIとVRそれに政治・経済は混乱した。
 中国と同じシェルターに入っていたモンゴルと韓国それに北朝鮮も、中国と同じような状況となった。事態を重く見たVR機構は、VRの復旧を急ぐと供にVR機構の職員を派遣した。

 隕石落下近辺から、難民となって押し寄せる人たちへの対処にも頭を抱えていた。難民は、数百万人にもなっていた。隕石落下から四十年近く経ったものの、難民の受け入れ先が決まったのは最近で受け入れ人数は半分以下に留まった。
 ヨーロッパ側にも、百万人近くの難民が押し寄せた。
 難民の問題は、解決には程遠いと思われた。特に難民キャンプの食糧事情は、日本より深刻であった。

 各国が隕石衝突の影響で、農作物の収穫が激減している状況なのだ。食糧事情が最悪になっていたため、政情不安になりかけていたのが原因の一つであった。
 難民キャンプに、十分な食糧を供給できるだけの余裕がヨーロッパ諸国になかったのである。
 地上とは対照的に、シェルターの人々は隕石の衝突も知らされずに食糧危機とは無縁の平穏な生活を送っていた。

4.ルーチン /5.ご褒美 次の章


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