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こちらVR機構日本支部 4.ルーチン /5.ご褒美

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1 
1.VR機構 その2 
1.VR機構 その3 
2.ユートピア/3.ディストピア 前の章 
4.ルーチン /5.ご褒美 (このページ)
6.ハッカー ・・・・・・・ 次の章   
7.侵入者              
8.隠蔽  /9.騙し続けるしかない 
10.レベル・ファイブ(Level5)

4.ルーチン

  花岡悠太は、地上の日本のデモの様子をモニターで眺めながらため息をついた。他国では、暴動が頻繁に起きている。それに比べれば日本はまだ穏やかとも言えたが、何時暴動に発展するかも分らない。シェルターの世界は、平和そのものだが地上の世界のことを知らないだけである。知ってしまえば、様々な影響が考えられる。

「これ以上の混乱を避けるために、警察の機動隊が投入されます」
 おふくろさんは、他人事のような口ぶりで事務的に報告した。警察が投入される。つまり、おふくろさんが警察を投入するように手配しただけなのだ。おふくろさんが、直接警察に命令する訳ではない。警察の上層部に、提案する形を取るのだ。提案された警察の上層部は、提案をそのまま実行する訳ではないものの、提案を参考として実行するか検討しなければならないのだ。
 自分のことだけを考えているような上層部なら、盲目的におふくろさんの提案を受け入れる可能性もある。いずれにしても悠太の立場では、これからの動静を静かに見守って報告書を評議会に提出しなければならない。報告書とは、マザー(おふくろさん)の対応に問題がないか評議会で協議するためのものである。
 評議会は、マザーの対応に問題ありと結論されればAIのシステムを修正する権限を持っている唯一の機関でもある。

 機動隊の介入により、一時間ほどの間小競り合いは続いていた。それでも一時間を過ぎた頃に、半強制的にデモ隊は解散させられた。多少の混乱はあったものの、一人の怪我人や逮捕者も出さずにデモ隊を解散する事ができた。悠太は、大事に至らずほっと胸をなでおろした。
「チーフ。今度は、大阪でデモが発生しました」
 部下の報告で、「モニターを切り替えろ」と、悠太は部下に命令する。メインモニターが大阪のデモの映像に切り替えられた。
 映像には、多くの市民が集合している光景が映し出されていた。場所は、大阪城公園だ。かつて中国が行ったような言論統制は、地上でもミライの中でも表立っては行われていない。が、かつての中国以上に、監視社会は徹底されていた。バーチャルの世界では、監視カメラや盗聴器などは見えないが、現実にはあちらこちらに監視カメラや盗聴器が設置されている。
 住民たちが普段見ている監視カメラは、全体のごく一部でしかない。住民は表面的には、自由に過ごす事ができたが、様々な行動がデータとして登録されていた。不穏な表情や言動は、登録されているデータと照合され犯罪などを抑止するために使われた。監視社会である事を、住民に悟られないための方策なのだ。

 不穏な表情や言動をした住民には、その都度警察やガードマンが自然に対応するために出動する。間に合わなかった場合に限り、犯罪が発生する可能性が高くなるのだ。そのお陰で犯罪発生率は、地上の世界でも大幅に下がっていた。が、生活が苦しくなる一方の地上の世界では、住民たちの不満は募るばかりで抜本的な解決など望めなかった。
 VR機構日本支部は、諸外国のようにデモが暴動に発展する事を一番恐れていたのだ。

5.ご褒美

  亜美は、初めて訪れた高知空港ロビーに目を丸くした。広々としたロビーに、整然と二列に並んだチェックインカウンター。数箇所にある大きなモニターには、各便の搭乗案内が表示されている。頻繁に放送される案内。亜美にとっては、すべてが初めての体験で彼女の好奇心を満足させる出来事である。
 四国にミライ(シェルター)が造られたため、高知空港は国際空港の仲間入りをしたのだ。空港も拡張され滑走路が四本になった。地上の世界では、高知空港は変わっていない。ミライに居住する人たちは、ミライから出ることはない。
 悠太などVR機構の職員以外は、すべてVRの世界に移行することになっていた。それでもほとんどの会議などは、VRで実施できるため渡航することは稀である。

 ロビーから見える飛行機に気が付いた亜美は、「飛行機だ!」とはしゃぎながら、「危ないわよ」という美千代の制止も聞かずに窓の所まで駆け出した。亜美は、窓のガラスに両手を付けて外の飛行機を眺めていた。
 悠太は、「だいじょうぶだよ」と、笑っているだけだ。そう。怪我をすることはない。何故なら、もう三人はVRの世界にいるのだから…。
 悠太は、海外旅行を美千代の誕生日プレゼントにした。旅行先は、ハワイにした。いくらバーチャルの世界だとしても、亜美にも良い経験になると考えたからだ。表向きは、一週間の休暇を取ったことになっていた。が、VR機構の仕事は継続している。現実には、何時ものようにVR機構の自席に座っているのだ。緊急のときなどバーチャルの世界から現実の世界に戻る事になっていた。バーチャルの世界にいるときは、できるだけその人の姿勢に近い形で過ごせるように配慮されていた。

飛行機に搭乗する時も、亜美の好奇心はくすぐられ様々なことに「なに?」と、尋ねて悠太たちを困らせた。
 通路を進んでいる時、「お嬢ちゃん。初めて?」と、通路側に座っていた、上品な老婆が微笑みながら亜美に声をかけてきた。
「はい」
 亜美は、元気よく笑顔で答えた。
「初めてなので、はしゃぎすぎて…」
 美千代は、愛想笑いで答える。
「私も最初に乗ったのは、おばさんになってからだけど、お嬢ちゃんみたいにはしゃいでいたの」
「そんな歳まで、海外旅行に連れて行けなくて悪かったな」
 窓側に座っている老人は、笑顔で応じてから悠太たちに軽く会釈した。
「そうよ。まあ、連れて行ってくれるから許してあげる」
「これ以上は、迷惑だよ。君は、いつもはしゃいでいるじゃないか」
 老人は少し小声で老婆に言うと、亜美に微笑みながら、「お嬢ちゃん。旅行楽しんでね」と笑顔になった。
「楽しんでね」
 老婆も笑顔になった。
「ありがとう」
 亜美は、素直に喜んで礼を言った。
「有難うございます。お二人も」
 美千代も、笑顔で礼を言った。悠太は、会釈だけして自分の席を探し始めた。
「何よ。あなたは、いつだって窓側じゃない。はしゃいでいるのは、あなたの方じゃない」
 少しして、老婆の声が聞こえてきた。

 老人の声は、聞こえなかった。無視しているのか? 何も言えないのか? まあいい。よくあることだ。と、裕太は思った。が、あの老夫婦は、本物か? AIか? と、一瞬疑念が頭をよぎった。おふくろさんの計らいなのか? それとも、単に話好きな老夫婦だけなのか? いずれにしても、亜美にはいい経験だと喜んだ。AIは、裕太が驚くほど人間に近くなっていた。
「あった」
 亜美は、自分のチケットと座席番号を見比べながらそのまま窓側の席に座る。美千代は亜美の隣に座り、裕太は後ろの窓際に座る。亜美は、初めて体験する飛行機の離陸にも目を輝かせた。機内食にもご満悦だ。

  初めてのハワイに、亜美は喜んでいた。時差があるにもかかわらず、はしゃぎすぎていた。夕食が終わると途端に、「眠いよ」と言って椅子の背もたれに頭を預けてそのまま寝てしまった。
「やれやれ…」
 美千代の視線に気が付いた悠太は、ホテルまで自分が亜美を抱いて帰る羽目になったことを悟った。もっとも、バーチャルなのだから体に負担がかかる筈はない。
 悠太は、亜美が起きないようにそっと抱きかかえると、「重くなったな」と、一言。しかし、バーチャルだと知っている悠太には亜美の重みなど感じられない。亜美を抱きかかえることなど、これが最後の機会かもしれない。亜美の重みを感じない自分が少し残念な気もした。
「三年生になったのだから、重くて当たり前じゃないの」
 悠太の気持ちなど分からない美千代は、呆れた顔をした。

「どうしたんだ?」
 いきなり起き上がった悠太を見て、「何か問題でも起きたのか」と、久保は悠太に尋ねた。
「問題はない。ただ…」
 悠太は、はっきりしない言い方をした。
「そばに、いたいんだろ」
 久保には、お見通しのようだ。
「まあ、そんなところだ」
 悠太は、歯切れが悪い。
「行きたいんだろ。行ってやれよ。今のところ問題ないから、バーチャルでも愛妻の近くでゆっくりとバーチャルを楽しんで来い」
 久保は言ってから、まだ戸惑っている悠太に、「同期の誼み(よしみ)だ」と付け加えて笑った。
「そうだな。お前に任せても問題はない。何かあったら、呼んでくれ」
「ああ。何かあったら、遠慮はしない」
 久保の言葉に救われた気持ちになって、悠太は久保に後を託すことにした。他の部下たちも、好意的な顔をしている。

「亜美は、どう?」
 シャワーを終えて、ネグリジェに着替えた美千代は悠太に尋ねた。
「ぐっすり眠っている」
 悠太は、答えてから美千代を見て、「どうしたんだ!?」と、驚きの声を上げた。久しぶりに見る美千代のネグリジェ姿に驚いた。
「だって、亜美も眠ったことだし…」
 その甘ったるい言葉が何を意味するのか、悠太にも理解できた。
「俺も、シャワー…」
「そんなこと、後でいいじゃない」
 美千代は、悠太に纏わりついてきた。いつになく積極的になっている。

「どうしたんだ?」
「なんか…」
 美千代は、それだけ言って悠太に背を向けた。少し不満気だ。
「物足りなかった?」
 悠太は、気になり尋ねてみた。
「だって…」
 美千代は、久しぶりに燃えたかったのだろう。それが、期待外れに終わったと暗に言っている。
「ごめん」
 悠太は、正直に謝った。しかし、悠太の本心は違っていた。当たり前だ。バーチャルなのだから…。現実に勝る筈はない。本当の自分の姿は、隣にAV機構の制服を着たまま寝ているだけなのだから。
「まあ、隣で亜美が寝ているし、無理だったのかも知れない」
 美千代は、自分で納得してくれた。
「家に帰ったら、ゆっくりしよう」
 悠太は、優しく美千代を抱きしめた。

6.ハッカー ・・・・・・・ 次の章


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