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こちらVR機構日本支部 8.隠蔽/9.騙し続けるしかない

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1 
1.VR機構 その2 
1.VR機構 その3 
2.ユートピア/3.ディストピア 
4.ルーチン /5.ご褒美    
6.ハッカー     
7.侵入者 ・・・・・・・ 前の章
8.隠蔽/9.騙し続けるしかない(このページ)
10.レベル・ファイブ(Level5) 次の章

8.隠蔽

  ミライの外で起こった出来事で、AIのバグが発見された。それは、些細なことだった。

 バーチャルでミライの外に出かけた男たちの一人が、クラブで一人の女性を好きになったことだった。そこは、ミライ向けの歓楽街であった。ミライの内部では、クラブやキャバクラなどの歓楽街はない。あくまで健全な都市と謳われていたからだ。それを知ったある経営者が、歓楽街を作り上げたことになっていた。
 おふくろさんの配慮である。悪く言えば差し金だ。健全すぎる社会など、味気ないとも言える。一部のミライの住民が、鬱屈しているとの調査結果が出たからだ。監視カメラと盗聴器の監視が、調査の基になっていた。おふくろさんは、鬱屈の捌け口の一つとして歓楽街を作ることにした。
 歓楽街は、すべてバーチャルの世界である。ミライにも地上の世界にも物理的に存在しない、バーチャルだけの世界だ。歓楽街の近くには駅などないため、ミライの地下にバーチャルでタクシーターミナルを作った。歓楽街に行こうとすれば、タクシーを利用する以外に方法がないようにした。

 白石という男は、自分の部屋にクラブの女の子を誘った。バーチャルである女性が、その気になったのだ。当然ミライの住民ではない。現実の女性ですらない。タクシーで、タクシーターミナルに向かった。タクシーを降りるときに、女の子が突然跡形もなく消えた。
「あやか! あやかが、消えた…」
 白石は驚いて、喚き散らしながら地面に崩れ落ちた。後ろのタクシーの左側に座っていた男は、女の子の姿が消える瞬間を目撃していた。他にも、反対車線でタクシー待ちの数人の男が、消える瞬間を目撃していた。目撃していない人たちは、男の態度に驚きながらも冷ややかな目線で泥酔していると一方的に決めつけていた。
 次の瞬間に、三人の防護服姿の警察官に囲まれている女の子がいきなり現れた。が、崩れ落ちた男に全員の視線が集まっていたので、誰にも見られることはなかった。警察官たちは、マスクをしてフェイスシールド(顔を守る透明な保護面)を付けていた。防護服の後ろには、大きく警察POLICEと書かれていた。
「なによ! 私が何をしたというの!?」
 女の子の叫ぶような大声に、今度は、何だ? と、全員の視線が声のする方に集まった。
「さっき、消えたよな…」
 消える姿を目撃した男は、隣に座っている男に同意を求めた。
「え? 消えた? 俺は見ていない」
「まさか、今タクシーから、引きずり降ろされたじゃないですか」
 ドライバーは、あきれ顔で乗客に振り返った。
「そんな…。ちゃんと見たんだ」
 男は、反論した。

「相当、酔われているようですね」
 ドライバーは、決めつけていた。
「そうだよ。人が消えるはずはない」
 隣の男も、ドライバーに追従した。
「そこまで、酔ってはいない…」
 男は、諦めきれなかった。が、確信は揺らぎ始めていた。自分に、降りかかった災難ではない。他人のごたごたに、一々関わっている余裕などなかったからだ。
「感染症の疑いがあるので、ミライに入ることはできません」
 警察官は、諭すように穏やかな声を出した。
「白石さん…。助けて…」
 女の子は、白石に助けを求めた。が、二人の警官に取り押さえられ、何処かに連れて行かれるところだった。
 白石は、為す術もなく「あやか…」と名前を呼ぶことしかできなかった。
「あなたたちにも、濃厚接触者としてご同行いただきます」
 残った警官は、白石のもとに歩み寄り事務的に伝えた。

「まさか、私も…」
 ドライバーは、警官に尋ねた。慣れているのか、驚いた様子もない。
「はい」
 警官は、頷いた。
「やれやれ…」
 ドライバーは、ため息をついてから、「お客さん。検疫所に行きますから、乗ってください」と、白石を促した。
 白石は、あやかが消えたことの驚きと、先に降りた自分がドアを塞いでいるのに何故あやかは降りることができたのか? という疑問が頭の中で渦巻いていて、「泥酔などしていない。ちゃんと消えるところを、この目で見たんだ」と、警官に訴えた。
「詳しいことは、検疫所で伺います。とりあえず、乗ってください」
 警官は、あくまで冷静に対処する。白石は、やむなくタクシーに乗り込んだ。タクシーは、警官に誘導されながら検疫所に向かった。

  VRのバグ(プログラムの誤りや欠陥)。完璧を誇っていたはずのVRに、今回の事案でバグがあることが発覚した。蟻の一穴になることを恐れたVR機構は、バグが表面化しないようにバグに繋がる行為を防ぐためにミライからの出入りを禁止した。
 クラブホステスのあやかは、新型コロナウイルス感染者の一人とした。濃厚接触者の白石は、有無を言わさず一ヶ月の隔離となった。表向きは、ミライの外部で新型コロナウイルスが発見されたことで、ミライの住民を守るための措置だ。
 真相は、隠蔽と時間稼ぎ。ミライの外がVRの世界であると住民に悟られないための隠蔽と、デバッグする時間が欲しかったからだ。VRのプログラムが誤った動作をしたことで、プログラム上の欠陥を修正するデバッグという作業が必要になったからだ。
 新型コロナウイルスの検出という公表は、おふくろさんのシステムのバグをミライの住民に悟られないためのでっち上げだ。いや、措置である。

  悠太は、感染症の濃厚接触者として隔離されることになった。美千代と亜美も、悠太の家族という事で感染症の薬を処方され外出を禁止された。美千代と亜美は、二週間。悠太は、一ヶ月の隔離となった。
 悠太たちは、非番の職員たちと共にコントロールルームに集められた。通常の三倍近い職員たちだ。席のない非番の職員たちは、後ろの空間に置かれた折りたたみ椅子に座っていた。
「君たちが、何故一ヶ月隔離されたか察しはつくだろう。一ヶ月のうちにバグをデバッグするためだ」
 支部長は、メインモニターに映し出されていた。全員を見回しながらの発言だ。
「しかし…」
 久保は、困惑顔で、「我々は、SEでもプログラマーでもありません」と、不安をそのまま口に出した。いったい何をさせようとしているのだ? 何ができるというのだ? と言う言葉を呑み込んで、じっと支部長の次の言葉を待つしかなかった。
 集められた全員が、程度の差はあるものの同じような想いなのは明らかだ。

「君たちには、評価つまりテストを担当してもらう」
 支部長の言葉に、コントロールルームは騒めいた。
「具体的には、何をすればよいのでしょうか」
 悠太は、漠然とした支部長の言葉に危惧した。具体的な目的がなければ、足並みが乱れる。
「今回の事案の徹底的な検証に重点を置くが、VR全般の問題点の洗い出しが目的だ。詳細な評価項目と予定は、資料を配布する」
 支部長の言葉に、コントロールルームはどよめいた。
「いまさらと、君たちは思うかもしれない。しかし、今回の事案だけではなく、表面化していない問題も考えられるからだ。いい機会だから全面的に、VRを見直すことにした」

「気が遠くなりそうだ…」
「できるのか?」
 そこかしこから、否定的な言葉や困惑した言葉が飛び交った。
「君たちは、心細いだろう。膨大になる様々なケースを一々評価できないと考えているかも知れない…」
 支部長は、そこで言葉を切って全員を見回しながら、「マザーと協力していけば、必ず君たちはやってくれるだろう。そう確信しているからこそ、無理な注文を承知で頼んでいるのだ。この通りお願いする」と、言ってから頭を深々と下げた。

「分かりました。と言うより、今後のことを考えると、やり抜くしかありません。細かいことは後で考えることにします」
 悠太は覚悟を決めた。部下たちは、どう思っているのだろうか? 悠太は、久保を見た。久保と視線が合った。
 久保は、苦笑いしながら、立ち上がり振り返って、「やるしかない! 無理だと思うやつは、強制しない。面白そうだと思うやつは、俺についてこい!」と言ってから、全員を見回した。悠太は、複雑な顔で久保を仰ぎ見た。
「面白そうですね」
 一人の職員の発言により、全員がその気になってバグ潰しが開始された。

9.騙し続けるしかない

  一ヶ月ほど経った頃、ようやくデバッグを終えることができた。
 日頃からVRの実際を管理している悠太たちは、システムに精通しているとはいえ悠太たちの日頃の苦労を理解しないSEとたびたび衝突していた。それでも半月ほど経つと、連帯感が生まれたのか自然とデバッグに対する取り組みが変わって予定ぎりぎりで終了することができた。

「何かへんだな…」
 久保は、仕事の手を休めて呟いた。が、久保の顔は、言葉以上に困惑しているようだ。
「どうしたんだ?」
 悠太は、久保の困惑している顔を横目で見ながら、「やっと問題が、終息したというのに…」と、辟易した。バーチャルの世界が、暴露されかけただけでも衝撃だったのに…。バーチャルのバグ(不具合)まで露呈され悠太たちは、泊まり込みでバグ潰しに追われる一ヶ月を過ごす羽目になった。これ以上新たな問題が発生したら…? と、考えるとゾッとした。

「レベル・ファイブ(LEVEL5)って、SNSで話題になってるだろ」
「ああ、それぐらい知っているさ。しかし、何の根拠もない」
 悠太は、久保の言葉を否定してから、「バーチャルの世界をメンテナンスする立場からすれば、複雑な気持ちだが認める訳にはいかない。人類を騙し続けるしかないのが、我々の立場じゃないか」と、付け加えた。
「それが…、SNSによると、我々がメンテナンスしているバーチャルの世界は、レベル・スリー(LEVEL3)だということだ」
「だとしたら、レベル・ファイブ(LEVEL5)は存在すると…!?」
「ああ。もしレベル・ファイブ(LEVEL5)が存在すれば、我々のやっている事はどんな意味を持つんだ」
「現実は、もっと悲惨なのか? そうだとすれば、我々も騙されていることになる」
 悠太は、ため息をついた。それ以上に、何か不気味なものを感じた。

「レベル・ファイブどころか、テン(10)まであるかも知れないそうだ」
 久保は、悠太に追い討ちを掛けた。
 久保の言うようにレベル・ファイブやレベル・テンの噂は、VR機構でも囁かれていた。が、悠太たちの立場では、大っぴらに話せる訳はなかった。
 噂はSNSの世界だけに留まっていたので、VR機構でも問題視はしていなかった。いや、下手に隠蔽すればかえって疑われるからだ。

  悠太は、思う。もし、レベル・ファイブやレベル・テンが存在すると、人類の置かれている現実はもっと深刻で悲惨なのだろう。
 自分に分かっていることといえば、レベル・スリーと呼ばれている現実だけである。レベル・スリー以上の悲惨かもしれない現実など、窺い知れないのだ。自分自身の存在がバーチャルの産物である可能性すら、ハッカー騒ぎの時を考えると現実的に思えた。
 悠太は、そこで考えることをやめた。与えられた仕事をこなし、ささやかではあるが愛する家族との生活を現実のものと受け入れることにした。真実がどうであれ、自分は本物の人間であるはずだ。ちゃんと自分で考え、自分で行動しているではないか。文字の羅列であるプログラムとは、訳が違う。

 『我思う故に我あり』
 悠太の頭の中に、デカルトの言葉がいきなり出てきた。『自分は、本当は存在しないのではないか?』とどれだけ疑っても、疑っている自分という存在は疑うことはできない。

10.レベル・ファイブ(Level5) 次の章

 

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