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こちらVR機構日本支部 10.レベル・ファイブ(Level5)

解説

 文学界新人賞 第126回 応募した作品です。2020年7月4日に応募しました。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

こちらVR機構日本支部(四百字詰め原稿用紙149枚)

目 次

1.VR機構 その1 
1.VR機構 その2 
1.VR機構 その3 
2.ユートピア/3.ディストピア 
4.ルーチン /5.ご褒美    
6.ハッカー 
7.侵入者  
8.隠蔽/9.騙し続けるしかない 前の章
10.レベル・ファイブ(Level5) (このページ)

10.レベル・ファイブ(Level5)

  悠太の視界に入る辺り全てには、等間隔に置かれた椅子に座りマスクで顔を覆われた夥しい人たちが見えた。マスクには数本のチューブが付けられており、何処かに繋がっているようだ。その中を、縦横に通路が通っている。通路に囲まれた一角には、百人ほどの人たちが座っている。通路には、人型ロボットたちが巡回して何かをチェックしているようだ。
 そこは、サッカー場か野球場ほどの広さがあった。高い天井には、照明はあるのだが薄暗い。
 その空間には、消毒薬の臭いと消臭剤の甘い香りそれに異臭が入り雑じっていた。

「これがレベル・ファイブの世界だ」
 後ろから唐突に、知っている声がした。
 悠太は、驚き振り向いて、「支部長!」と、男の顔を見ながら驚きの声を上げた。
「驚いただろう」
 支部長は、言葉とは裏腹に静かな口調で顔色ひとつ変えない。すべてを知っているからなのか? それとも良く言えば達観。すべてを受け入れているのだろうか。それとも諦めているのだろうか。いずれにしても、自分が…、最愛の家族が…、いや人類が未曾有の危機に直面していることだけは、悠太にも理解できる。本来の意味のまともな社会など、とっくの昔に破綻していたのだから…。
 現在の自分達は、おふくろさんが作った仮想世界で生かされているだけなのかも知れない。

「花岡君。これからセレモニーが始まる。見たまえ」
 支部長は、遥か遠くを指差した。悠太は言われるがまま、支部長の指の先に目を遣った。
 悠太が目を凝らすと、ロボットが三体集まっている姿が見えた。その近くの人が座っている椅子のひとつが競り上がると、マスクとチューブが離れた。椅子は、自動的に三体のロボットが待ち受けている所まで移動した。
「最期の時を迎えた人だ」
 支部長の言葉を待つまでもなく、察しがついた。三体のロボットは、最期の時を向かえた人に向かって合掌している。
 悠太にとっては、茶番でしかない。
「マトリックスという、二十世紀の終わりに作られた映画に似ているとは思わないかね」
 悠太は、見ていないので答えられない。が、最期の時を向かえた人を見ていると、支部長の言葉が何故か不謹慎のような気がした。

「見ていないのだね」
「はい」
「映画でも、バーチャルの世界を描いている。レベル・ファイブの姿は、君が見ている光景ということになる」
 悠太は、何も言えない。ストレッチャーに乗せられた、遺体にくぎ付けになった。
「これが、レベル・ファイブの世界だ」
 支部長は、何の感情も差し挟むことなく淡々と語っている。が、現実とは言わなかった。

 レベル・ファイブの世界とは、まだ上のレベルがあるという事なのか。悠太には、にわかに信じがたいものだった。その時、悠太の視線に突然二つの穴が現れた。トンネルのように、丸く穿った直径二メートルほどの真っ黒な穴である。照明はない。目を凝らしても、トンネルの先に何があるのかも判然としない。夢か? バーチャルの世界を管理・体験している悠太にとっては、納得がいった。レベル・ファイブも、バーチャルの世界なのだと。レベル・ファイブ以上の世界があるはずだ。

「もっと様々なレベルを見てみたいなら、左のトンネルを通りなさい。今の現実に満足したいなら、右のトンネルを通りなさい。元の世界に通じている。君がVR職員として管理している世界は、レベル・スリーになる」
 支部長の言葉に悠太は、いきなり表れた両方のトンネルを交互に見ながら躊躇した。
 悠太には、レベル・ファイブ以上のものがあるとは、信じがたいことだ。もしあるとしたら…。人間の姿はしていないのかも知れない。脳だけの姿になっているのだろうか。それとも、コンピュータのデータに過ぎなくなっているのだろうか。他の現実が待ち受けているのだろうか。

 物事を考え行動し、喜怒哀楽もありおいしいものを食べれば満足もする。怪我や疾病もする。バーチャルで多少騙されてはいるものの、自分の触感は確かだと今までは自信があった。しかし、レベル・ファイブを見てからは、確信は少し揺らいだ。
 もっと真実を知りたい。しかし妻や娘のことを考えると、探求心が揺れる。今さら真実を知ったところで、何になるというのか。好奇心や探究心と、今の家族との生活の狭間で心が揺らいだ。
 今見ている光景より、妻や娘が更に酷い状況にある可能性すらあるのだ。それでも真実を知るべきなのか…。

「花岡君。どうした? 選択肢は、君にあるのだよ。いずれにしても、後悔のない方を選びたまえ」
 抑揚のない、いや心が無いかのような支部長の言葉に悠太は頭を抱えた。
「さあ。時間だ。早く選びたまえ」
 支部長の抑揚のない催促の言葉に、悠太は威圧感を覚えた。不気味さも感じた悠太は、悲鳴を上げた。

 「あなた!」
 悠太は、妻が自分を揺する感覚で目を覚ました。
「ゆ・め・か…」
 悠太は、呟くのが精一杯だ。それにしても今見た夢は、現実のようだった。冷や汗もかいている。
「パパ、だいじょうぶ?」
 亜美は、ソファーの前のテーブルに手をつき体を乗せて心配そうに悠太を覗き込んだ。
 悠太は、最愛の娘に、「ちょっと怖い夢を見ただけだ」と、答えた。そうだ。今日は土曜で、ゆっくりビデオを見ていて知らないうちに眠ったようだ。
「うなされていたのよ。よっぽど怖い夢だったみたいね」
 美千代は、少しほっとした顔になった。
「どんな、怖い夢?」
 亜美は、興味津々な顔で尋ねた。
「忘れた」
 悠太は、嘘をついた。夢のことは、鮮明に覚えている。目を覚ますまで、現実として認識していたのだ。

「なんだ、つまんない」
 すぐに興味を失った亜美は、「友達と遊んでくる」と言って、あたふたと家を出ていった。
 普通の休日。VR機構職員であるため、多少恵まれているがごく普通の家庭だ。最愛の妻と娘、これ以上望むものはない。レベル・ファイブが実際にあるとしても、レベル・ファイブ以上のもっと過酷な現実があるとしても、自分だけは…。

 最愛の妻と娘が見ているものがバーチャルだとしても、感じているものはバーチャルなどではないはずだ。
 悠太は、ソファーからゆっくりと起き上がると、「美千代」と、妻を改まった顔で呼んだ。
「どうしたの?」
 美千代は、訝りながら悠太に尋ねた。
「愛しているよ」
 悠太は、自然に美千代を抱き寄せた。
「どうしたの? いきなり」
 妻は、藪から棒の悠太の行動に驚きながらも、「私もよ」と、言って悠太の背中に腕を回すと無言で力を入れた。

 いくらVRが発達しているとはいえ、こんな感触はバーチャルでは味わえない。VRのハワイ旅行の時もそうだった。その時の、美千代の言葉を思い返していた。少なくとも、自分と美千代それに亜美は現実だ。悠太は、美千代の背中に回した両手にもう少し力を入れた。いくらバーチャルの世界でも、自分達はここに存在している。
 俺は、生身の人間だ。自分で考えられる。自分で行動できる。バーチャルなどではない。我思う故に我ありだ! そんな芸当、機械などにできて堪るか!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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