子どもを通して私が私を好きになれたところ【子育てエッセイ】
第二子は「おめめ、くりくり~♡」「おめめ、大きくてかわいい~~~♡」と言われることが多い。
身内ひいきの話ではなくて、通りすがりのおばあちゃんにも、図書館の受付のおばさんにも、小児科の先生にも言われるので、きっと本当に目が大きくてかわいいんだと思う。
そして、第二子の目の大きさをひとしきり褒めた後、みんな決まって「ママにそっくり!!!」と言う。
私も第二子の目は本当に大きいなぁと思うし、かわいいな~と思う。そして、周りの人たちは第二子と私の目が同じだと言うけれど、私はずっと自分の目が嫌いだった。
でも、最近は嫌いな気持ちが湧いてこない。
それは、第二子の目は私にそっくりなんだと繰り返し言われたことで、第二子と似ている自分の目を、間接的に愛せるようになったからかもしれない。
私が自分の目を好きになれなかったのには理由がある。
子どもの頃にぼんやりと見ていただけで「睨んでいる」と怖がられ、泣かれたこと。しかも複数回。
「目力強い」といじられることもあまりよく思っていなかった。
「その目、整形?」と言われると微妙な気持ちになった。(今は褒め言葉に感じる(笑))
もともと顔立ちが怖いのかもしれないけど、全部目力が強いことが原因だと思っていた。
「目が大きいね。」
褒め言葉として頻繁に言われていたけど、いつもその言葉を聞くとなんだか苦しかった。
でも、相手に悪意がないこと、褒め言葉として言ってくれていることを大人になる過程でわかっていったし、いちいち「目が大きいことがコンプレックスなんです」と言うこともナンセンスだと思ってお礼だけ言って聞き流していた。
そんな私の目だけれど。
大好きな大好きな第二子とそっくりなんだそう。
第一子のときは「似ている」と言われることがなかったから、第二子は本当に私に似ているんだと思う。
私は第二子のまん丸の目が大好きだ。私の第二子のことが大好きな気持ちがブーメランのように私に帰ってきて、最近は自分の目を見てもなんとも思わなくなった。
子どもを通して、親も成長することから、子育ては「親育て」だという言葉を聞いたことがある。
それもそうだな~と聞き流していたけど、本当にその通りで。
私は子どもを通して、自分のコンプレックスに向き合えて、今ではなんとも思わなくなった。むしろ、今は第二子とそっくりの私の目がちょっと好きな気持ちもある。
子育てを通して、私が私を好きになる。
そんな体験ができるなんて思っていなかった。
子育てって楽しい。
明日もいい1日になりますように。
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