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米メディアの新型コロナ報道は、何が間違っていたのか(翻訳解説)

インサイト:
■ 専門家でさえ確実なことが分からない新型ウイルスの報道においては「何が分かっているのか」に加え「何が分かっていないのか」「分かっていることでも変わる可能性があること」を伝えることが重要。
■ ニュースにおいて早い段階から的確にリスクを伝えるのは難しく、こうするべきという正解はないが「パンデミックのニュースはそれが実際に起こる前は常に過剰報道に見える」ということは認識しておくべきかもしれない。

こんにちは、アメリカの大学で経済学とジャーナリズムを学んでいる大学生の小宮貫太郎(@KantaroKomiyaJP)です。ロックダウン中にできる課外活動として、現在、パンデミックと報道に関して日本語での発信を続けています。

1ヶ月前には『コロナウイルス:メディアが数ヶ月前からその危険性を伝えていたのに、なぜ人々は耳を傾けなかったのか』という記事を翻訳しました。

この記事(原文は3月26日発表)は、「メディアは新型コロナウイルスを正しく取り上げてはいたが、以前から読者の信頼度が低かったためそれが届かなかった」という立場で、その歴史的な背景やメディアが行うべき信頼度向上のための改革を研究者の視点から解説したものでした。具体策としては、読者の多様性を記者にも反映させたり、取材過程をオープンにするなどの既存の取り組みが紹介されていました。

ところが、アメリカのパンデミックがいよいよ本格化してきた4月上旬、政府によるマスク着用指示の変更など、ニュースの内容が二転三転するような事態が相継ぎました。こうなると「メディアは新型コロナウイルスを正しく取り上げていた」のかどうかという前提が揺らいできます。

そんな中「そもそも新型コロナ報道は誤りの連続だった」という立場の、興味深い記事が4月13日に出たので、こちらも翻訳して紹介することにしました。筆者は、解説報道(explanatory journalism)の旗手として知られるVox傘下のテクノロジー系メディア、Recodeのピーター・カフカ記者。ジャーナリストが、NYTやCNNなどの大手メディアの同業者にも取材しながら自分たちの仕事を振り返るという形になっています。

オピニオン記事ではないので著者自身による提言などはありませんが、①情報の不確実性と、②ニュースにおけるリスクコミュニケーションの難しさがアメリカのメディアのコロナ報道にどう影響したのかが描写されています。その中から私の解釈で重要箇所を太字にし、冒頭に「インサイト」として2点をまとめました。

他にも①についてはハーバード大NiemanLab掲載の論考や国際ジャーナリストネットワークの記事、②を含めコロナウイルスにおける情報発信についてはThe Atlanticの科学ジャーナリストによる解説(特におすすめです)など、読むべき記事は色々あります。今後、期末試験との兼ね合いも見計らいながら、紹介していければと考えています。

なお今回の記事には様々なニュース媒体名が登場し、特にFox批判など米報道業界の背景知識が少し必要な箇所もあります。これについては、完全に客観的な指標ではありませんが、メディアウォッチ団体Ad Fontes Mediaによるこの図が参考になるかもしれません。二極化が進むアメリカの言論空間において、VoxはCNNやHuffPostなどと並んで左寄りに位置しており、右派のFox Newsとは対立関係にあることが分かるのではないかと思います。

# 翻訳元原文:Peter Kafka, ”What went wrong with the media’s coronavirus coverage?” Recode (Vox). April 13, 2020.
# この翻訳は、著者の承諾およびVox Mediaの著作権担当者Olivia Lloyd氏の許可を得て、掲載しています。
# 文中のリンク・埋め込みツイートは原文通り、[]内は訳註、太字強調は訳者による。
# 以下は全て記事+著者プロフィールの翻訳です。

米メディアの新型コロナ報道は、何が間違っていたのか

ピーター・カフカ Vox Recode記者 2020年4月13日

新型コロナウイルスのパンデミックはアメリカに大打撃を与えてきた。これまでに2万人以上の国民がCOVID-19で亡くなり、感染者の数は50万人以上にのぼる。[訳注:記事公開時の数字。5月上旬現在、アメリカの死者は6万人以上・感染者は100万人以上に達している。]

今では、アメリカ政府がこのウイルスに対して嘆かわしいほどに無防備であり、国民への情報発信にもそれが反映されてきたということは明らかだ。

例えば、疾病予防管理センター(CDC)は大人数の集会を3月15日になるまで禁止にしなかった。同機関のトップが「ウイルスが全米に広まる可能性がある」と発表してから、数週間も経ってからのことである。挙げ句の果てに、政府は「病気でない限りマスクをつけるべきでない」と何ヶ月も発信し続けた後、4月3日に方針を撤回し「特定の公共空間ではすべての人がなんらかの形で顔を覆うべきである」と言ったのだ。

ほとんどの大手メディアは、急拡大するウイルスへのこの遅く混乱した対応を増幅したに過ぎない。中国で新型肺炎の衝撃的な報告が始まった1月以降、メディアがアメリカ国民に伝えてきた情報には、誤りか、少なくとも不適切であると後に証明されたものも頻繁に含まれていた。

実例を挙げよう。トランプ大統領は「新型コロナウイルスは通常のインフルエンザよりも危険性が低い」という発言で笑い物にされてきたが、実はこうした見方は大手メディアでも2月いっぱいの間は珍しいものではなかった。また(私のVoxの同僚も含めて)ジャーナリストたちはこれまで、公衆衛生の専門家による「マスクをつけてはいけない」という勧告を律儀に繰り返し伝えてきた。

アメリカのパンデミックが次のフェイズに突入し、人々の関心が高まっている今、ウイルスが中国からアメリカにも伝播した段階でメディアはどうすれば良かったのか、反省することは大事だろう。

なぜもっと早くこの状況が訪れると分からなかったのだろうか? そしてそれが分かってからも、なぜもっと大きな警鐘を鳴らすことができなかったのだろうか?

初期のニュース記事の(見出しだけでなく)中身に目を通せばすぐ分かることだが、それらの情報は、記者がまっさきに取材するであろう確かな情報源、すなわちWHOやCDCや感染症に精通する専門家たちから得られたものがほとんどを占めている。

問題は、多くの場合それらの情報が誤っているか、誤ってないにしても不完全なものであることだった。このことは、ここ数ヶ月のメディアの働きを検証する上で、難しい課題を突きつける。自分たち自身も専門家も確実なことが分からない場合に、どうやって報道を行えばよいのだろうか? そして、警鐘を鳴らしすぎてオオカミ少年状態にならない範囲で、どのように潜在的リスクの全容を国民に伝えるべきなのか?

「何が分かっているかだけでなく、何が分かっていないかまで伝えること」

はっきりさせておこう。アメリカのジャーナリストたちは、パンデミックの開始時にアメリカ政府がどう間違ったのか・どう準備することができたはずなのかについて、極めて重要な報道を行ってきた。彼らは、ニュースの背後にある文脈まで明らかにする分析を提供してきた。また海外特派員たちは、武漢を含めコロナで壊滅的被害を受けた世界中の現場から(時として身を危険に晒しながらも)リポートを続けてきた。

しかし、自分たち自身には知識のない新たな病気にいざ立ち向かうということになると、ほとんどの場合専門家や研究機関に取材を行い、彼らの言葉をそのまま読者に伝達した。

新型コロナウイルス感染症は全くの新種の病気なので、第一人者の専門家や研究機関でさえ提示した情報が食い違うこともあり、そのうちのいくつかは不正確であると証明されるか、論争の的となってきた。例えば、国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は2月の段階ですらなお、新型コロナウイルスのリスクは「最小限」であり、むしろインフルエンザの流行拡大に備えた方がよいと発言した。ファウチ所長は今や、COVID-19対策に関してはアメリカで最も信頼されている政府高官であるにも関わらずだ。

The New York Timesの副編集長であるジョー・カーン氏は「アグレッシブに報道を行うことと、政府の保健機関のような役割を務めることは違う」とRecodeの取材に対し答えた。「医療分析や感染症学について100%確実と言えることはない」とも話す。

ジェット機のように瞬時に世界に伝播する新種のウイルスに関しては、不確実性が桁違いに大きい。このことは報道の現場にとって大きな問題となる。もしかすると、ジャーナリストが取れる解決策は、単に「今回取材した専門家の方は100%確信があるわけではなく、目下研究中とのことです」と伝えることだけなのかもしれない。

元Washington Postの医療・科学担当デスクで、科学雑誌Scientific Americanの編集長に最近就任したローラ・ヘルムート氏は、知っていることのギャップを認識することは極めて大事だが、容易なことではないと話す。

「科学ジャーナリストたちは、何が分かっているかだけでなく、何が分かっていないかをきちんと伝えるようになってきている。しかし、ほとんどのジャーナリストにはこのように伝える習慣がない」とヘルムート編集長は言う。

またこのことはそれ以前に、正しい専門家に取材していると理解できるだけの専門知識がジャーナリストにあることを前提としている。ここ数十年来、学術研究論文を正しく読んで理解できるジャーナリストは、大手メディアでは一握りの少数派だ。かつては中規模の報道機関で科学専門ジャーナリストを雇っているところも多かったが、彼らの雇用は近年縮小し続けている。(2015年創設の医療・科学ニュースに特化したメディア、Statが現在とても貴重である理由がこれと関連している。Statはかつて他媒体で執筆していた数十人もの科学ジャーナリストを採用して、新型コロナ関連の報道を行っているのだ。)

だが、ノースカロライナ大学図書館情報学部でテクノロジーと社会の接点を研究しているゼイネップ・トゥフェクチ教授は、大手メディアはアメリカを襲った危機をもっと早い段階で理解しておくべきだったと論じている。

3月24日のThe Atlanticへの寄稿で、トゥフェクチ教授は、今回の危機は、学術誌New England Journal of Medicine掲載論文が新型ウイルスの伝播スピード・巧妙さ・致死率の高さを伝えた、1月29日の段階で明らかだったはずだとしている。彼女はその日Twitterで同論文をシェアし「今すぐ大規模な努力を行えば、これは抑え込めるかもしれない」と書いた。しかしその当時、広範囲のロックダウンや症状の有無に関わらず全国民を対象にした社会的隔離は、トゥフェクチ教授とってさえ想像しがたいものだった。彼女は「こまめな手洗い・顔に触らないこと・発熱したら自宅待機などを(インフルの流行時期と同様)私たち全員が心がけるべきだろう」とツイートした

トゥフェクチ教授はまた、1-2月に新型ウイルスについて報じた多くのジャーナリストが、十分に科学的でなかったことも批判する。「1月の終わりから2月の後半にかけて、沈静を促すメッセージが幅広く指示を集めた。ドナルド・トランプとその支持者に限らず、伝統メディア界までもが『インフルエンザの流行の方が深刻なのだから、コロナに過剰反応するべきでない』という勧告を広めた。こうした立場はより賢明で大人らしく、責任感があるもののように見えたのだろう」と書いている。

この時期のニュース記事の見出しを厳選したミーム画像が象徴しているように、新たな情報が明らかになっている今では、信頼されているはずの大手メディアが揃いも揃ってひどいミスリードを犯していたことがよくわかる。(以下の「コロナはインフルと変わらない・インフルの方が危険!」見出し集にVoxのものは含まれていないが、多くの人が指摘しているように、私の同僚のVox記者たちも似たような記事やツイートを書いていた。)

しかし、繰り返しになるが、こうした情報は記者の頭の中で勝手に作り上げられたものではない。彼らは、未知のウイルスの解析に当たっている専門家たちによって、コロナは大ごとではないと教えられていたのだ。

例えば、ハーバード大学医学部の疫学者マイヌマ・マジュンダー氏はBuzzFeed Newsの取材に対し、1月下旬に、公表されている新型ウイルスの感染力の最悪シナリオ予測は「完全に稚拙かつ大げさなもの」だとコメントしている。(この記事には当初『コロナウイルスは問題ない。インフルエンザの心配をしよう』という見出しがついていた。)

Axiosは1月29日に『なぜ我々はインフルエンザではなく、コロナウイルスに対してパニックになっているのか』という解説記事を掲載した。そこでは、ネブラスカ大学の感染症医・ミシガン大学の疫学者・ヴァンダービルト大学の予防医学教授のコメントを引用して、インフルエンザこそアメリカ国民が心配するべき対象であると論じていた。

シリコンバレーの新型ウイルス対応を報じ、話題となった2月13日のRecodeの記事についても同様である。この記事はCDCに加え、職場や公共空間で「コロナウイルスに感染する可能性は驚くほど低い」と語ったスタンフォード大学病院の感染症医の情報をもとに書かれた。こうしたインタビューを受けて、同記事は「現時点では、インフルエンザの方がはるかに多くの人に影響を与えている」との結論を繰り返した。これはこの時点では正しかったとはいえ、その後のウイルスの感染状況からすると完全に的外れな報道だった。

だがしかし、新型ウイルス発生の最初の報告から数ヶ月経った今[訳注:4月中旬時点]もなお、その感染経路や、空気中の飛沫・エーロゾルにどれくらい残留するのかといった核心的な情報は研究中である。このことは「感染者のいる空間で呼吸しただけでウイルスに感染するのか?」といった問いに答えるのを難しくしている。完全な答えは未だもって(そしておそらくしばらくの間)解明されないままだ。これこそまさに、上記のような専門家の結集する研究機関が、ジャーナリストや一般市民に対して矛盾したアドバイスを行ってきた理由である。

この二転三転の状況は厄介だ。私たちが、政府のトップ層がたびたび繰り返してきた矛盾発言に慣れきってしまったとしてもだ。アメリカ国民はトランプ政権によって、大統領がその朝に発した言葉すぐ後に撤回するという朝令暮改に留まらず、後からそんな発言は行われなかったと言い張るという現実に順応させられてきた。よって今ではトランプが何か発言を行うと、即座に誤りがないか慎重に検証が行われ、(通常は)適度に懐疑的に受け止められている。

「アメリカのメディアは、同様の厳密な情報検証体制を(これまでほとんどニュースになることがなかったCDCのような)政府機関についても適用すべきだ」と主張することもできるだろう。しかしアメリカ国民はそうしたスタンスに慣れていない。まして、人々が安心感と適切な指示を求めているこんな大惨事の真っ只中においては特にそうだ。

ところで、明白だが重要なポイントが一つある。ここで私たちが議論の対象にしている報道には、Fox Newsや他のトランプ派メディア生態系は含まれていない。それは、彼らから有用な報道を期待することは非現実的であるからだ。タッカー・カールソン氏[Fox Newsのニュースアンカー・政治ジャーナリスト]というわずかな例外を除き、彼らはトランプのメッセージを増幅するエコーチェンバー装置に過ぎない。トランプが「奇跡的に」ウイルスが消滅することを期待していると発言した際はその後を追い、翻ってトランプが今こそ真剣に取り組むべきと言った時は同じことを言った人々だ。この一件は、このような右派メディアから情報を得ていた多くのアメリカ国民に命に関わる仕打ちを与えたが、それは驚くにはあたらない。前述のScientific Americanのヘルムート編集長は「トランプ政権の発するデマは最大の脅威」と話す。「優秀な記者たちが、ホワイトハウスからの誤情報と闘うために多くの時間を無駄に割かなければならない」と彼女は言う。

「基本的に、ニュースはリスクを伝えるのが下手」

しかし、コロナのアメリカ到達以前にメディアが果たした役割になんとか及第点を与えるとしても、その次のフェイズについてはどうだろうか? パンデミックの危機が迫っていて、そしてそれがかなりひどいものになるだろうと分かったのはいつだったのだろう?

そこに至るまでの国民への情報発信が混乱していたことは、否定できない事実だ。2月25日、CDC当局者のナンシー・メソニエ氏は記者団に対し、アメリカ国内でもコロナウイルスの「市中感染」(感染者の周囲がそれと知らず感染してしまうこと)の拡大があり得るので「深刻な日常生活の寸断」が予想されるだろうと語った。

だがその後も、既にアジアを襲いヨーロッパでも始まっていたウイルスの感染拡大という恐ろしいニュースは、民主党予備選挙やハーヴェイ・ワインスタイン被告の性暴力への判決など、他の報道に埋もれてしまっていた。あったとしても、それはほとんどの場合、ペンス副大統領を(名目上)ウイルス対策チームのトップに据えるなどといったトランプ政権の動きばかりで、莫大な死者と経済崩壊がすぐそこに迫っているという明確な報道は無かった。

「みんな、過剰報道になるのを恐れていたのではないかと思う」MSNBCニュースの番組でホストを務めるクリス・ヘイズ氏はRecodeの取材に対してこう語った。ヘイズ氏はまた、鳴らすべき警鐘の適切な度合いを見極めるのは、ジャーナリストにとって根本的な課題だと話す。

「基本的、定義的な意味から言えば、ニュースはリスクを伝えるのが下手くそだ」と彼は言う。航空事故について伝えるニュースが、フライトのリスクを正しく伝達することはない。珍しく顕著な例を取り上げることで、そのリスクを誇張してしまっているからだ、同じことは地域の犯罪報道についてもいえる。一方で、国内を席巻し、数万の死者を出し、経済を崩壊させるパンデミックについて、まだ起きてはいないが起きる可能性があるという段階で正しく伝えるのは非常に難しいことだ。

ジャーナリストにとって、このような核心的な課題は、パンデミック以後も消え去ることないだろう。最終的に大災害になりうる脅威というのは日常的に起きているものの、そのほとんどは大災害を引き起こすことなく過ぎ去っていくからだ。もしその一つ一つの出来事に対して大声で叫んでいたとしたら、しまいには誰もメディアの声を聞こうとはしなくなるだろう。だが本当の脅威が生じた時に叫ばなければ、読者の期待を裏切ってしまうことになる。

大手メディアは果たしてコロナウイルスについてもっと過剰なほど反応するべきだったのかどうか、私が考え始めたのは数週間前のことだ。3月10日にはCNNでメディアを担当するブライアン・ステルター記者と話す機会があったが、彼は自分の報道で「必要以上の恐怖」を生じさせたくなかった、そのために自分の番組『Reliable Sources』の中でテロップを編集した、と語っていた。

例えば「deadly virus[命に関わるウイルス]」という表現が出てきたら、毎回「deadly」を取り除くようにしていたという。

「これが命に関わるウイルスであることはみんな知っている。毎回毎回『命に関わるウイルスです』と言う必要はない。インフルエンザを『命に関わるインフルエンザ』とは呼ばないのと同じだ」と彼は言う。

ステルター記者が語ったように、これらの論点はパッケージングの問題に集約される。どのようにそしていつ、最も重要なニュースを人々に伝えるべきなのか? そして、時期尚早に怖がらせないことと、行動を起こしてもらうために怖がらせることのバランスをどのように保てばよいのだろう?

「メディアは新型コロナウイルスについて叫び立てるべきである」とScientific Americanのローラ・ヘルムート編集長は語る。「メディアは『外出禁止令を発令していない州は人を殺している』『この問題を政治問題化するのは殺人行為だ』とはっきり伝えるべきだ」と彼女は言う。

確かにそのような叫び声はあったにはあった。だが、読者がその声を聞くためには、自分から率先して動かなければならなかった。それは見出しや報道番組のトップニュースには現れなかったが、その時に世界で起きていることの全体像に読者がひとたび気づいたならば、なんらかの行動を起こさずにはいられないような恐ろしいニュースが目に入ってきたはずだ。

私の場合、そんな悟りとも言える瞬間は2月27日、New York Timesのポッドキャスト『The Daily』で、ドナルド・マクニール記者の話を聞いている時に訪れた。彼は、新型コロナウイルスの最悪のシナリオは、全世界で5000万人・アメリカ国内でも少なくとも67万5000人の死者を出したスペインかぜの再現だと語っていた。

このポッドキャストでは、マクニールは落ち着いた口調でこう説明していた。アメリカにいる全ての人にとって「知り合いが死ぬ」事態になるだろう、と。

音声で聞いた方がもっと迫力があるが、その部分を書き出してみると、

ドナルド・マクニール記者
新型ウイルスが広まった場合、国内で非常に多くの人々、30, 40, 50%の人々が感染する可能性があります。もし第一波で感染しなかったとしても、第二波で罹るかもしれません。

マイケル・バーバロ氏[訳注:The Dailyホスト]

そして国民の50%のうち2%の致死率と。計算する気も失せますね。本当に、本当にひどいことです。

マクニール
記者
たくさんの人が死にます。まあ、あなたは死なないかもしれません。8割の人は軽症で済みます。でも知り合いの誰かが死ぬことになるでしょう。

バーバロ

本当に恐ろしいですね…。オーケー、では最良のシナリオについてはどうでしょうか。

マクニール
記者
最良のシナリオでいくと、現在開発中の治療薬のうち1つが効くことが判明するはずです。基本的にはみんなが来年までに感染するとしても、入院すればその薬の投与によって死や、深刻な呼吸器疾患の発症が防げるようになります。そうなれば、インフルエンザの流行する年とたいして変わりません。そしてみんなが「おい、メディアがまた大げさに煽ってたぞ」と言うようになります。つまり、全てが馬鹿げた杞憂となり、私は叩かれることになるでしょう。

私にとってはこれで十分だった、と思う。その次の週のロサンゼルス行きの用事をキャンセルはしなかったが、この時から残りの春のスケジュールは未定になりそうだと予想し始めた。家族には、食料をストックし始めるべきだと話した(買い占めではなく、少しづつ)。そして『The Daily』の数百万人のリスナーがどう反応するか考えたりもした。

しかしまた、その日の『The Daily』のエピソードタイトルに目を通しただけだったら、そこでNYT記者が話した、来年までに「みんなが感染する」けれども開発中の薬で重症化から免れるのが一番ベストなシナリオ、という恐ろしい予測に到底気がつくことはなかっただろう。しかも最悪のシナリオでは、第二次世界大戦時より多くのアメリカ国民の命が奪われるというのだ。この回のタイトルは何だったかというと? 『グローバルに広がるコロナウイルス』。

真実を言ってしまえば、この問題に正解はない。いかに慎重に情報源を見極めても、そこで取材した専門家が間違っていれば誤報を打つこともある。他方、人々を怖がらせて行動を起こさせることによってのみ人命を救えるような場合に、怖がらなせない側に立ってしまったらそれは誤りだ。この次にメディアがもっと上手く立ち回れるかは分からない。こうした警告を行うには早すぎるのかもしれないが、この現実にはずっと向き合っていかなければならないだろう。

最後に、再び時を1月27日に戻し、おそらくあなたはリアルタイムで見ていなかったであろうテレビ番組で行われたやり取りでこの記事を締めくくることにしよう。CNBCのアンカー、ブライアン・サリヴァン氏が、2005年から2009年に連邦保健福祉長官[訳注・日本政府の厚生労働大臣にあたる]を務めていたマイク・レヴィット元ユタ州知事にインタビューしたシーンだ。

レヴィット元知事は、もしアメリカでもウイルスの感染拡大が始まってしまったら、それを封じ込めるのはほぼ不可能だろうと論じた。それを受けてサリヴァン氏は、一体どれほどの恐怖を視聴者に伝えればよいのか悩んでいる様子だ。

マイク・レヴィット元知事
もしこれが広まり始めたら、やがて、人々に行動変容を迫らなければならない時期が来るでしょう。またウイルスの感染拡大に限らず、あらゆる非常事態に向けた備えを、全ての家庭、全ての企業、全てのコミュニティ、全ての雇用者が考える必要が生じるでしょう。

ブライアン・サリヴァン氏
ですがレヴィットさん、我々は同時に、非常に繊細で難しいバランスを考える必要もあります。それは、人々を不必要に煽らない方がよいだろうという点です。現時点での感染者数は全米で5人です。5人だからといって現在の状況を過小評価する人はいないとは思いますが、人々を非合理的な行動に駆り立てるべきでもないはずです。

レヴィット元知事
(間を置いて)そう、それはこういう問題なのです。パンデミックが起きる前の発言というのは常に過剰反応に見えます。でもパンデミックが始まってしまった後では、何をしてきたにせよそれは不十分だったということになってしまうのです。


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著者プロフィール

ピーター・カフカは、Recodeのシニアコレスポンデントであり、メディアとテクノロジーの未来に関するポッドキャストRecode Mediaのホストも務めている。彼はまたRecodeが毎年主催するイベント、Code Conferenceの共同エグゼクティブプロデューサーでもある。

彼は1997年にForbes誌の記者となって以来、メディアとテクノロジーについて執筆を続けている。2005年にデジタル版のForbes.comの立ち上げに関わった後、2007年にはBusiness Insiderの前身であるSilicon Alley Insiderの最初の社員かつ副編集長に就任した。

2008年にはAllThingsD.comで執筆を開始した。2011年からはカンファレンスイベントD: Dive into Mediaのプロデュースを行った。ウィスコンシン大学マディソン校卒。ブルックリン在住。