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考察:映画ザ・バットマンの最大の謎(呪われた血筋)の『真実』に迫る

*この記事は重要な #ネタバレ を含みます。

▼まさかバットマンの母親が○○だったなんて:

映画ザ・バットマンで最もショッキングな場面は『ウェイン家の真実』だと思います。

それは映画の中盤でリドラーに暴露されます。ブルースの母親であるマーサの旧姓はアーカムであり、マーサの母親が夫(マーサの父親)を殺したことと、その事件がきっかけでマーサは施設に数年間収容されていました。「え?アーカム精神病院のアーカムってブルースの母方の家名だったの?」と私は強い衝撃を受けました。

私は未読だったのですが、マーサの旧姓アーカムは、2012年から連載開始の『アースワン』シリーズで初出の設定のようです。つまり1939年にバットマンが創作されて以来、実に70年以上が経過してから、最近になって後付けで作られた設定ですから、コミックをあまり読まない私は知りませんでした。

Batman: Earth One (2012~)

Martha Wayne in Earth One
アースワンでのマーサ・ウェイン
In the graphic novel Batman: Earth One, Martha's maiden name was Arkham instead of Kane in this alternate continuity. Martha's father was murdered by her mother when she was twelve, leaving her family with a series of scandals, including a rumor that the Arkham bloodline is peremptorily insane. Martha was a campaign manager of her husband's mayoral campaign against Oswald Cobblepot. Cobblepot had planned to have a corrupt cop, Jacob Weaver, murder Thomas, but a mugger got to her family first and killed both her and her husband, leaving Bruce orphaned.
グラフィック小説『バットマン:アースワン』において、マーサの旧姓はアーカムであるとされた。従来の連載ではケイン家だとされていた。マーサが12歳の時に、マーサの父はマーサの母によって殺された。これは彼女の家柄にいくつものスキャンダルを残すことになり、そこにはアーカム家の血筋には抗えない狂気が宿っているという噂を含む。マーサは夫の市長選挙においてキャンペーンマネージャーを務めていた。対立候補であるオズワルド・コブルポットは汚職警官ジェイコブ・ウィーバーを使ってトーマスを殺そうと画策するが、その前にアーカム家に強盗が入ってマーサとトーマスを殺してしまい、ブルースは孤児となるのだった。

https://en.wikipedia.org/wiki/Martha_Wayne#Earth_One

映画『ザ・バットマン』では子供時代のマーサがショックで入院したことが追加されたようです。つまりバットマンの祖母は人殺しで、母親は精神疾患の既応歴があったと。まじか。

いやあ、確かにショッキングで目を見張るものではあるのですが、あまりにも救いがないというか、呪われていると言うべきか、流石にバットマンの母親が精神異常者持ちの家柄というのは悪趣味すぎて、エンタメとして素直に楽しんで良いのか私は躊躇してしまいます。(*実際に遺伝と精神疾患には高い相関関係があることが現在では科学的に証明されつつあります;好奇心の強さとか鬱病のなりやすさとかは親子で似るらしいです)

ポスターイメージやビジュアルこそ過激な雰囲気を出していましたが、意外にも本編のエピソード自体はマイルドな映画ザ・バットマン(*本作の年齢制限はR指定じゃなくてPG12なんだから当然)において、アーカム家の秘密は最もパンチが効いた逸話になっており、本作の最重要ポイントだと私は捉えています。

▼さらにバットマンの父親が○○に関与していた:

さらに映画では、そんなマーサの過去を隠すためにトーマス・ウェインが殺人に手を染めた、という衝撃情報が追加されます。これは『アースワン』には含まれない映画オリジナル要素のようです。

というか、映画ではマーサの過去にはあまりこだわらず(不自然なくらいにスルーされる)、トーマスの過去にばかり話の重点を置くようになります。

以下で、リドラーの暴露映像の台詞を引用します。

リドラー「ウェイン家の秘密を知りたいか〜い?」

The Waynes and the Arkhams. Gotham’s founding families. But what is their real legacy? Twenty years ago, one reporter set out to uncover the dark truth. He found shocking family secrets. How, when Martha was just a child, her mother brutally murdered her father, then committed suicide. [gunshot] And how the Arkhams used their power and money to cover it up. How Martha herself was in and out of institutions for years and they didn’t want anyone to know. Thomas Wayne tried to force this crusading reporter into a hush-money agreement to save his mayoral campaign. But when the reporter refused, Wayne turned to longtime secret associate Carmine Falcone [laughs hysterically] and had him murdered! [gunshot] The Waynes and the Arkhams, Gotham’s legacy of lies and murder. I hope you’re listening, Bruce Wayne. This is your legacy too. And Gotham needs you to answer for the sins of your father. Goodbye.
ウェイン家とアーカム家。ゴッサムを形作った2つの名家。しかし彼らの本当の遺産レガシーとは何か?20年前、一人の記者が闇の真実を明かそうとしていた。彼は名家の衝撃的な秘密を見つけた。どんな秘密か。マーサがまだ子供だった頃、彼女の母親が夫を惨殺して、自殺していたのだ。(銃声)そしてアーカム家は権力と資金を駆使してこれを隠した。マーサは施設に数年間収容されたが、アーカム家はこの事実も隠していた。トーマス・ウェインは市長選挙を控えており、金の力でこの熱心な記者を黙らせようとした。しかし記者がこれを拒否した時、ウェインは長い付き合いの秘密の友人カーマイン・ファルコーネを頼りにしたのだ。(高笑い)そして記者を殺させた!(銃声)ウェイン家とアーカム家。ゴッサムの欺瞞と殺人にまみれた遺産レガシー。聴いているか、ブルース・ウェイン。これはお前の遺産レガシーでもある。そしてゴッサムはお前の回答を求めているよ。お前の父親の罪についての。それじゃバイバ〜イ。

https://scrapsfromtheloft.com/movies/the-batman-2022-transcript/
  • ブルースの母方の祖母は夫を殺して、自殺した。

  • ブルースの母(マーサ)は事件当時アーカム病院に収容された。

  • トーマスは市長選のためにこれを隠そうとした。

  • トーマスはファルコーネに記者を殺させた。

  • これらはブルースが受け継いだ遺産レガシーである。

本作では序盤にウェイン産業の仕事を真面目に取り組まないブルースに対して、アルフレッドが「遺産レガシーを大事にしろ」と諌める場面があります。終盤のリドラーがそれと同じく遺産レガシーという言葉で説明責任を求めるのが、皮肉が効いていて良いですね。

Have a shower. Our accounting friends at Wayne Enterprises are coming for breakfast.
シャワーを浴びてください。ウェイン産業の会計係が朝食に来ます。
Here? Why?
ここに?なぜ?
Because I couldn’t get you to go there.
あなた様をオフィスにお連れすることができないからです。
I haven’t got time for this.
そんな時間は無い。
It’s getting serious, Bruce. If this continues, it won’t be long before you’ve nothing left.
深刻になりつつあります。ブルース。もし手を打たなければ、すぐにでも会社が潰れかねません。
I don’t care about that. Any of that.
興味が無いね。全く。
You don’t care about your family’s legacy?
ファミリーの遺産レガシーがどうなっても良いと?
What I’m doing is my family’s legacy. If I can’t change things here, if I can’t have an effect, then I don’t care what happens to me.
俺が今やってるのがファミリーの遺産レガシーだ。もしここで何も変えられなければ、もし何も効果が出なければ、もうどうなっても構わないよ。
That’s what I’m afraid of.
それこそが私が恐れていることでございます。
Alfred, stop. You’re not my father.
アルフレッド、そこまでだ。お前は私の父親ではない。
I’m well aware.
よく存じ上げておりますとも。

https://scrapsfromtheloft.com/movies/the-batman-2022-transcript/
ブルース「今やってるこれがファミリーレガシーだよ」

▼ブルースはどこまで知っていたのか:

私が気になるのは、映画版でブルースはリドラーに暴露される内容をあらかじめ知っていたのかどうかです。

リドラーの暴露は二段構造になっています。一つ目はマーサが過去にアーカムに収容されていたこと。二つ目はトーマスがそれを隠すために殺人に手を染めたことです。

この暴露を受けてブルースはトーマスの殺人関与疑惑についてファルコーネやアルフレッドに問い正してゴッサムシティを走り回ります。映画のメインテーマはこちらです。このことからブルースは父親の殺人疑惑を、リドラーの映像で初めて知った可能性が高いです。

しかしマーサのことには殆どノータッチです。不自然なくらいに。

父親のことはあんなに気にするのに、何故でしょうか。

もしブルースがアーカム家の歴史を知らなかったなら、自分がバットマンという異常なヴィジランテ活動をやっているルーツに、実は母方の血筋が原因だったと感じて少なからずショックを受けるでしょう。

以上から、母方の祖父母の悲劇と、母の過去の入院についてブルースはすでにアルフレッドから聞いていたのだと私は考えます。聞かされた年齢次第ではとても気の毒な話ではありますが。流石にブルース少年も母親の旧姓くらいは知ってたと思うので、アーカム精神病院と同じ名前から真実にたどり着いていた可能性は高いです。「アルフレッド、なぜお母様の実家と精神病院が同じ名前なの?なぜ母方の祖父母は早くに亡くなってしまったの?」詰め寄るブルースに、アルフレッドが「あなた様のお母様が若い時に、お婆様がお爺様を殺して、お母様はアーカム精神病院に入院されていたのですよ」なんて言っていたのかもしれません。うわぁ、しんどい。

ここで思い出されるのが先の会話です。

You don’t care about your family’s legacy?
ファミリーの遺産レガシーがどうなっても良いと?
What I’m doing is my family’s legacy.
俺が今やってるのがファミリーの遺産レガシーだ。

アルフレッドが「家系の遺産ファミリー・レガシー」と言ったのを、初見時の私は「ウェイン家の遺産=ゴッサムシティを支える会社と伝統」だと脳内変換していたのですが、今こうしてスクリプトを見直すと、ブルースが返答した「家系の遺産ファミリー・レガシー」には「アーカム家の呪い」も含まれていたのかもしれません。キチガイの一族に生まれた俺はキチガイな方法(コウモリコスプレ自警団)で世直しするんだよ、と自嘲的に言っていた可能性があります。アーカム家の人殺しの血筋が、ウェイン家の巨大な資金力と結合して生まれた怪物バットマン。これはキツイ。

このように実は、母親の呪われたルーツというトンデモなく重たい話を巧妙にカモフラージュして気付かせないようにしている作品だったのか、とスクリプトを読んで思うようになりました。とても意地悪な映画ですね。(笑)

アルフレッド「それでもあなたはウェイン家の人間です」

▼当事者ファルコーネの見解:

さて。話をトーマスに戻します。

リドラーの暴露映像を観て、ブルースはまずファルコーネに会います。

Hey, Johnny Slick. What are you doing here?
よう、ミスター・ジョニー・スリック。ここに何の用だ?
(*ジョニー=よく年下の男性に向かって使う蔑称;スリック=頭が良い人を小馬鹿にする時に使う蔑称;つまりファルコーネはブルースを小馬鹿にして挨拶した;日本ならボケで「よう、ひろゆきw」って言う感じかな)
Is it true?
本当なのか?

What? That reporter business? What do you want to know here, kid?
何のことだ?例の記者のことか?何を知りたいんだ、キッド?
Did you kill him? For my father?
お前が父のために記者を殺したのか?

Look, your father was in trouble. This reporter had some dirt. Some very personal stuff about your mother, her family history. Everybody’s got their dirty laundry, that’s just how it is. But he didn’t want none of it coming out, not right before the election. And your father tried to pay the guy off, but he wasn’t going for it. So, he came to me. Well, I never seen him like that. He said, “Carmine, I want you to put the fear of God in this guy.” And when fear isn’t enough, Oof. Hmm. Your father wanted me to handle it, so I did. I handled it.
なあ、お前の父親はトラブルの真っ只中だったのさ。記者が泥を塗ろうとしたんだ。お前の母親のとても個人的な事情や、アーカム家の歴史にな。誰だって泥がついたら洗濯をするもんだ。それが起きたことさ。でも奴はそれを誰にも知られたくなかった。特に選挙の直前だったからな。それでお前の父親は記者を買収しようとしたが、出来なかった。だから、奴は俺の所に来たんだよ。あんなふうになっている奴を見たのは初めてだったぜ。奴は言ったよ。「カーマイン、この男に神の恐怖を教えてやってくれないか」って。そして恐怖では足りなかった時、ふふふ。お前の父親は俺に片付けてほしかったんだよ。だから俺は片付けてやったのさ。
I know.
だと思った。

You thought your father was a Boy Scout. But you’d be surprised what even a good man like him is capable of in the right situation. Do me a favor. Don’t lose any sleep over it. This reporter was a lowlife. He was on Maroni’s payroll.
お前は父親がボーイスカウトか何かだと思っていたかもしれんが、どんな善良な人間でも然るべき状況になればどんなことでもするさ。なあ、ここは俺に免じて、あまり思い悩むなよ。その記者だっていかがわしいヤツだったのさ。マローニの手下だったんだ。
Maroni?
マローニの?

Oh, yeah. He could never stand your father and I had history. And after what happened with that reporter, Maroni was worried that your father would be in my pocket, forever. He would have done anything to keep him from becoming mayor. You understand?
そうだとも。奴はお前の父親に我慢ならなかったし、俺とも因縁があった。そして記者が殺されてから、マローニは心配したのさ、お前の父親と俺がずっと組むことになるのを。奴はどんなことでもしただろう、お前の父親が市長になるくらいなら。分かるだろ?
Are you saying Salvatore Maroni got my father killed?
マローニが父を殺したと言ってるのか?

Do I know it for a fact? I’m just saying, it sure looked that way to me. This is what you wanted, huh? This little conversation here? [exhales ruefully] It’s been a long time coming, huh? I mean, you ain’t a kid no more.
俺が事実を知ってると思うのか?俺が話してるのは、俺にはどう見えたのかだけだよ。それがお前が知りたかったことだろ?どうだ?こんな会話で何が分かるんだよ?(深い溜息)あれからもう随分と時間が経っただろう?だから、お前だってもう子供じゃないよな?

ファルコーネの真実をまとめると、

  • ファルコーネとトーマスは友人関係だった。

  • トーマスは記者の買収に失敗した。

  • トーマスはファルコーネに記者を脅迫するように依頼した。

  • ファルコーネは脅迫では足りないと判断したので記者を殺した。

  • トーマスは記者が黙るなら殺人も止むを得ない考えだった。

  • 記者はマローニの手下だった。

  • マローニとファルコーネは対立していた。

  • マローニはファルコーネと近いトーマスが市長に当選すると困る。

  • 以上より、マローニがトーマスを殺したと考えるのが自然である。

この時点でブルースは、トーマスが殺人も辞さない考えであったことは半ば覚悟していましたが、むしろ後半の殺人に手を染めたのが原因でマフィアの恨みを買って自滅したということにショックを受けたようです。

早い話が、トーマスの死は自業自得だったのです。これでは、ブルース自身が長年特訓して現在まで心血を注いできたヴィジランテ活動(自分自身を復讐ヴェンジェンスだと名乗って社会の悪を成敗してきたこと)は全く的外れな行動だったことになります。怒りの矛先を見失いブルースは失意します。

▼関係者アルフレッドの見解:

トーマスは自分の手は汚さずに殺しを実行して、その結果マローニの恨みを買って殺された。というファルコーネの言葉を信じて、すっかり意気消沈したブルースはアルフレッドの病室で項垂れます。他に身寄りがいないアルフレッドでしたが、それはブルースも同じでした。彼にとって家族のように大切な人物はアルフレッドだけです。窓からは雨が降り頻るのが見えます。つまりブルースの心が泣いている(悲しみに暮れている)ということです。

やがてアルフレッドの意識が戻りました。

しかしブルースは開口一番、回復を労うでもなく、静かにアルフレッドへトゲのような言葉をぶつけるのでした。

You lied to me. My whole life. I spoke to Carmine Falcone. He told me what he did for my father. About Salvatore Maroni. He told you Salvatore Maroni had my father killed. Why didn’t you tell me all this? All these years I’ve spent fighting for him, believing that he was a good man.
嘘をついてたんだな。これまでずっと。ファルコーネと話したよ。父が何をしたのか話してくれた。マローニのことも。お前もファルコーネから聞いていたんだろう。マローニが父を殺したことを。なぜ僕に話してくれなかったんだ?これまで何年間もずっと僕は父のために戦ってきた。父は善良な人間だったと信じて。

He was a good man. You listen to me. Your father was a good man. He made a mistake.
彼は善良でした。聞いてください。あなたのお父上は善良なお方でした。お父上はたった一度の間違いを犯しただけです。
A “mistake.” He had a man killed. Why? [sighing] To protect his family image? His political aspirations?
たった一度の間違い、ね。父は一人の男を死なせたんだぞ。なぜだ?(溜息)ウェイン家の面目を守るためか?それとも政治的な野心のためか?

It wasn’t to protect the family image, and he didn’t have anyone killed. He was protecting your mother. He didn’t care about his image or the campaign, any of that. He cared about her, and you, and in a moment of weakness, he turned to Falcone. But he never thought Falcone would kill that man. Your father should have known that Falcone would do anything to finally have something on him that he could use. That’s who Falcone is. And that was your father’s mistake. But when Falcone told him what he’d done, your father was distraught. He told Falcone he was going to the police, that he would confess everything. And that night, your father and your mother were killed.
ウェイン家の面目を守るためではありません。そしてお父上は誰も殺してはいません。ただお母上を守ろうとしていただけです。彼はご自身の評判も選挙もどうでも良かったのです。ただお母上と、そしてあなた様のことだけを気にしておられました。そして、一瞬だけ弱気になった時に、ファルコーネに頼ってしまったのです。しかしまさかファルコーネが殺しをするなんて彼は考えてもいなかった。お父上はファルコーネは目的のためなら手段を選ばない男であることを分かっておられませんでした。しかしそれがファルコーネの本性です。それこそがお父上の間違いです。ファルコーネから殺しのことを伝えられたとき、お父上は動転されていました。警察に出頭すると仰っていました。それで全てを告白すると。そしてその夜だったのです。あなた様のお父上とお母上が殺されたのは。
[soft music playing]
(感動的な音楽がかかる)
It was Falcone?
ファルコーネにやられたのか?

[smacks lips] Oh, I wish I knew for sure. Or maybe it was some random thug on the street who needed money, got scared, and pulled the trigger too fast. If you don’t think I’ve spent every day searching for that answer. It was my job to protect them. Do you understand?
ああ、確信はできません。あるいは偶然居合わせたストリートの暴漢かもしれません。金が必要だったのか、臆病者だったのか、とにかく銃を撃ちました。お気づきになられているか分かりませんが、私はこの答えを求めるのを止めた日はありません。ご両親を守ることが私の使命だったのに。お分かりいただけますか。
I know you always blamed yourself.
お前がいつも自分を責めていたのは知っているよ。

You were only a boy, Bruce. I could see the fear in your eyes, but I didn’t know how to help. I could teach you how to fight, [sighs] but I wasn’t equipped to take care of you. You needed a father. And all you had was me. I’m sorry.
あなた様はたった一人の御子息でした。ブルース。あなた様の目には恐怖が見えました。しかし私にはそれをどうすれば良いか分かりませんでした。私にできたのは、あなた様に戦い方を教えることだけでした。しかし私にはできないことがありました。あなた様には父親が必要だったのに。しかし近くに居たのは私だけでした。申し訳ありません。
Don’t be sorry, Alfred.
謝らないでくれ、アルフレッド。

God.
神よ。
I never thought I’d feel fear like that again. I thought I’d mastered all that. I mean, I’m not afraid to die. I realize now there’s something I haven’t got past. This fear of ever going through any of that again. Of losing somebody I care about.
またこんな気持ちになる日が来るとは思わなかった。もう感情のコントロールはマスターしたものかと。死ぬのが怖くないのは確かだ。でもまだ習得してないものがあったと気づいたんだ。僕の心には恐怖の感情が残っていた。また同じことを繰り返すんじゃないか、また大事な人を失ってしまうんじゃないか、という恐怖が。

[soft music continues]
(感動的な音楽が続く)

こうしてアルフレッドの大切さを再確認したブルース。

アルフレッドの真実もまとめましょう。

  • ファルコーネとトーマスは友人関係だった。

  • トーマスは記者の買収に失敗した。

  • トーマスはファルコーネに記者を脅迫するように依頼した。

  • ファルコーネは脅迫では足りないと判断したので記者を殺した。

  • トーマスはファルコーネが殺人までするとは思わなかった

  • トーマスはひどく動転した。

  • トーマスは自首することをファルコーネに宣言した。

  • トーマス(とマーサ)はその日の夜に殺された。

  • トーマスを殺した犯人が誰かという確証は無い。

ファルコーネと言い分が異なる部分は太字にしました。

ドラマチックで感動的な物語に水を挿して申し訳ないですが、アルフレッドの話にはいくつか気になる部分が残ります。

ブルースの両親が殺される場面は「親子三人で映画を観た後」というのがバットマンの定番になっています。それは89年のバートン版でも、05年のノーラン版でも、16年のスナイダー版でも、19年のフィリップス版でも一貫した設定でした。しかし22年のリーヴス版では、アルフレッドの話が本当なら、トーマスは殺人を知らされて気が動転してその場でファルコーネに自首すると宣言した直後に、親子で映画鑑賞に出掛けたということになります。そんなことできるのでしょうか。

*過去作では劇場と真珠のネックレスが必須アイテム。

さらにアルフレッドの話にはマローニが全く出てきません。ブルースがわざわざ名前を出しているのに、何故にシカトを決め込んでいるのでしょうか。米国人や英国人のコミュニケーション(またはディベートや裁判でのテクニック)の基本として、自分に都合の悪い話はスルーするという特徴があります。日本人のようにバカ正直だったりしないのです。彼が「話題にしなかった」という事実にキーが潜んでいる可能性があります。

そうでなくとも、アルフレッドの話が全て本当なら、ブルースがもっと若い時に話しても良さそうじゃないですか。何故に今まで黙っていたんでしょうか。

答えは簡単で、喋ればボロが出るからです。しかも相手は頭脳明晰なブルースです。今回はファルコーネにガツンと言われて傷心だったのを見抜いて、ここぞとばかりに『アルフレッドの真実』で説き伏せた可能性が高いです。爆弾で死の淵を彷徨いながら、目覚めた直後にこの頭脳戦をこなしてしまう。なんたる策士なのでしょうか。(笑)

アルフレッドとファルコーネの言い分が異なるということから、確かなことが一つだけあります。それは、少なくとも、どちらか一人は嘘をついているということです。

ここで「少なくとも」と書いたのは、第三の選択肢として、二人とも嘘をついている可能性があるからです。他にこの事実を知っている人物がいましたよね?

そうです、リドラーです。

▼部外者リドラーの見解:

そもそもリドラーはこの事件をどうやって知ったのでしょうか?

彼はトーマスが関与した殺人の関係者ではありません。ただの部外者の孤児です。

トーマス・ウェインが市長選立候補したときに設立した基金で建設した孤児院。そこにリドラーは引き取られました。しかし、残された基金を汚い大人達が適切に使わなかったせいで孤児院は経営破綻し、ドロップという名前の麻薬(おそらく覚醒剤か合法ドラッグみたいなもの)で次々と廃人になっていく子供達。彼らを横目にクスリに手を出さず、ネットの中のお友達と交流しながら、どうにか今日まで生き延びてきた男。そうして嘘吐きな大人達を恨む(殺された市長の頭にはNo More Liesもう嘘は要らないの文字)ようになり、ついでにトーマスの息子なのに父の意志を継がないで孤児院を放置したブルースのことも恨む(孤児のフリをして実際はお金持ちだから)ようになった。それが映画『ザ・バットマン』で語られたリドラーのパーソナルです。

ここまでリドラーが裏社会の情報網やゴッサム警察の腐敗にどうやって辿り着いたのか全く説明がありません。でも、なんというか、裏社会の人達と関わりがありそうな見た目じゃないですよね。

ペンギンのクラブの隣のアパートを借りて、窓から出入りする人達を観察するだけで、まさかトーマス・ウェインのスキャンダルまで把握できたとは思えません。

となると、あとはネットくらいしか考えられません。

彼はSNSをやっていて、映画の終盤ではフォロワーがリドラーの格好をして市民を襲うシーンがありました。ラストシーンでジョーカーに懐柔されてしまったように、彼にはリアル友達がいませんでした。彼が繋がっていたのはそうしたネット仲間だけです。

つまりリドラーが知っていた情報は、米国版5ちゃんねるやダークウェブを徘徊して、不特定多数から集めた断片的な情報を、つなぎ合わせて見えてきた物語ということになるわけです。

おそらく中には嘘やハッタリを書き込む人も居たでしょうし、一人が全てを書き込むということは無かったと思います。しかし、多数の意見を集合していくとある程度は事実に近づいた情報が見えてくるものです。

ここで、リドラーの真実をもう一度整理しましょう。

  • ファルコーネとトーマスは友人関係だった。

  • トーマスはファルコーネに記者を殺すように依頼した。

  • ファルコーネはトーマスの指示通り記者を殺した。

ファルコーネやアルフレッドと比べるとかなり簡素です。

しかしトーマスに殺人の意志があったかどうかは三者三様です。

■トーマスの殺意
リドラー説:殺したい。積極度100%
ファルコーネ説:殺すのも仕方ない。積極度50%
アルフレッド説:殺すのに大反対。積極度マイナス100%

ここが本作『ザ・バットマン』の最大の裏テーマであり、残された最大の謎だと言えるでしょう。

人によって、真実は変わる。

同じ名探偵が主人公の物語でも「真実はいつも一つ!」のコナン君とは完全に真逆のメッセージになっているのが大変趣きが深いです。

そう、現実社会では真実は一つではないのです。
なんというハードボイルドなエスプリ。

映画を上っ面だけ眺めていると「アルフレッドの説が真実」という感情的な場面と雰囲気で流そうとしますが、実際にどうだったかは映画では語られません。まあバカなお子様ではない、高い読解力をお持ちの紳士淑女の皆様でしたら、そんなこと言われなくても分かっていたと思いますが。

さて本稿はいよいよ最終章に入りますが、

その前に、ちょっとここで一度、言葉の定義を確認させてください。

▼真実と事実の違い:

あなたは、真実と事実の違いをちゃんと説明できますか?

実は、私がここまで文章の中で「事実/真実」を慎重に使い分けていたのに気づいていましたか?

どちらも日本では幕末に海外から輸入した言葉なので英語辞典で確認しましょう。(*逆に言えば、日本語で話している限りはあまり差分を感じない言葉だと思います)

事実:fact(ファクト)
A thing that is known or proved to be true.
本当だと知られているまたは証明されているもの。
(facts) Information used as evidence or as part of a report or news article.
(通例複数形で)記事やニュースなどで証拠として使われる情報。
(mainly Law) The truth about events as opposed to interpretation.
(主に裁判で)反論されている釈明の根拠となる出来事。

真実:truth(トゥルー)
The quality or state of being true.
本当であると言えるだけの資質または状態。
(also the truth) That which is true or in accordance with fact or reality.
(通例theを付けて)本当であること、または事実や現実と一致すること。
A fact or belief that is accepted as true.
本当のこととして受け入れられている事実または信仰。

お分かりいただけるでしょうか。

「真実=事実もしくは信仰を元に作られる」とあります。つまり、ある事象が真実であると認められるために用意するものは、必ずしも事実ではなくても良いというのが最大のポイントです。そう信じているだけで、それは真実になるというのです。

要するに、客観的なのが事実で、主観的なのが真実なのです。

だからあなたの真実は、私の真実とは別物なのです。

だから人間ごとに真実は変わるし、人間の数だけ真実はあるのです。

残念ですが名探偵コナン君は推理力は天才的かもしれませんが、言葉の定義については間違って覚えてしまっているようです。(笑)

あの決め台詞は、正確に帰するなら「真実は人によって異なることがあるけれど、実際に起きた事実はいつも一つ!」と言うべきなのです。(笑)

だから米国の裁判では、原告と被告のそれぞれが『事実』で構成された証拠を持ち寄って説明し、それを聴いた複数の陪審員が相談して一つの『真実』を決めるプロセスになっているのです。

▼まとめ=真実は『藪の中』に:

さて、いよいよこのnoteの結論を語りましょう。

映画『ザ・バットマン』ではリドラーとファルコーネとアルフレッドがそれぞれの異なる真実(見解)を語り、それらを裁判で戦うのではなくて、それらを聴いたブルースが独断と偏見でアルフレッドの証言を真実だと選択しただけなのです。

今後も、ウェイン家の謎は永遠に明らかにされないでしょう。

そもそもファルコーネは裁判の場所で真実を語る前にリドラーに射殺されてしまいました。まさに死人に口無し。残された唯一の当事者であるファルコーネが裁判に立つ前に殺された時点で、アメリカの正義は永遠に成立するチャンスを失ってしまったのです。これは正しい手続き(司法)を踏んだ正義と真実の敗北です。殺されたファルコーネを見つめるバットマン(ブルース)の視線が虚しさと寂しさに溢れていました。ここがウェイン家の真実をめぐる映画の最大のクライマックスでした。

そのままリドラーも精神異常者扱いでアーカムに収監してしまったので、もうこの件(トーマスの殺意)に関する真実が司法の場で正式に問われることはありません。自分ブルースが殺そうと思っていた相手ファルコーネを、自分のコピーのようなリドラーが殺してくれたので、そのコピーの男を逮捕して、はい、おしまい。アメリカの正義が聞いて呆れます。これだからバットマンなんて、所詮は無法者のヴィジランテなのです。

真実:truth(トゥルー)
A fact or belief that is accepted as true.
本当のこととして受け入れられている事実または信仰。

こうして、完全にブルース(と映画の観客)にとって都合の良い物語(アルフレッドの真実)だけが勝ち残りました。つまり今回選ばれた真実TRUTHはあくまでブルースの信仰BELIEFから作られた真実です。客観的事実FACTに基づく真実は、ほぼ永遠に『藪の中』へ。

・・・

この藪の中という慣用句はしばしば勘違いで「闇の中やみのなか」と言われることがありますが、正しくは「藪の中やぶのなか」です。

暗闇であれば光を照らすだけで明るくなります。しかし、藪の中であればいくら光を照らしても生い茂る草木が障害物になって見えない状況のままです。このように「他人からはどうしたって事実が見えてこない」から藪の中だと表現するのです。

この「真実は藪の中」の語源になったとされるのは芥川龍之介の同名小説『藪の中』です。映画ファンには黒澤明監督の『羅生門』の原作だと言った方が馴染みがあるかもしれません。あの映画は芥川の『羅生門』と『藪の中』の二つの小説を合わせた物語になっていますから。というか映画の物語はほぼ『藪の中』です。

そしてこの映画『羅生門』を近年リメイクしたのが、リドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』です。この2作品の共通点は、とある裁判に出席した異なる三人の登場人物が一つの出来事(事実)について証言した内容を、それぞれの目線で映像化して順番に見せてくれる点です。

客観的には一つの事実のはずなのに、主観によってこんなにも見え方が変わるのか、というクラクラする目眩のような感覚を味わえるのが、この2作品の醍醐味です。

映画『ザ・バットマン』では、この2作と全く同じ状況なので、本来は同じように映像で物語を描写できたはずなのに、それを登場人物の長台詞だけで済ませてしまったのは、大いに残念に思います。

シンプルに、映画は活動写真カツドウシャシンなので、ただ俳優が喋っているだけの画作りでは退屈です。モンタージュにしても良いから映像化してほしかった所です。リドラーの暴露VTRだけはモンタージュ形式を取っていましたけどね。ファルコーネとアルフレッドのシーンだってフラッシュバックを挟んだり幾らでも工夫の余地があったと思うのですが。厳しく言えば、今どき低予算の極貧劇団でもこんな手法取らないんじゃないでしょうか、というくらい安っぽい脚本です。

この点こそが私が本作を「平凡で退屈な映画だ」と評価する最大の要因だったりします。こうしてスクリプトを丁寧に読んでくると、実に多くの伏線が盛り込まれていたり、真実TRUTHばかりに着目させて事実FACTを隠蔽するギミックなど素晴らしいものがあっただけに、残念に感じます。

映画としての完成度を高めるためには、一般のお客さんの満足度は下がる可能性は高いと思いますが、セリーナとペンギンの逸話は全部カットしても良いから、この三つの真実を掘り下げる方がサスペンスとしては上質になっていたでしょう。(*ぶっちゃけ、セリーナとペンギンはビジュアル要因の客寄せパンダでしかありません;リドラーの謎解きのどの一つにも直接関わっていないからです;ブルースが成長してヒーローに目覚めるきっかけにもなっていません;文字通り、ただの『お飾り』止まりなのです)

ただし、そもそも「バットマン映画」は子供やコミックオタクをターゲットに含めているスーパーヒーロー映画であり、ビジネスとしては売り上げが伸びることが最優先事項でもあるので、まあこれは仕方がない側面もあるでしょう。ある程度の『飾りつけ』は必要です。映画も商売である以上、言葉は悪いですが、バカな大衆(許容できる範囲で一番アタマが悪い人達)に合わせる必要があるのです。あまり観客に高い知性を求めるとスナイダー作品のように物語の深みを読み取れなかったアホな客層から強い批判を受けるリスクが高まります。(苦笑)

・・・

本作は劇場公開後しばらくしてから本編削除シーンとしてジョーカーとバットマンの会話シーンがYouTubeで公開されました。もしかしたら映画を短くするためにサスペンスの謎解き部分も撮り溜めたシーンがあるかもしれないので、あまり期待せず再来週に発売されるブルーレイの特典映像を待ってみようと思います。(収録されていたら購入を検討します:笑)

それでもセリーナとペンギンを大量に残したから3時間まで膨らんでるんだけどな!(苦笑)

了。

↑映画全体の感想レビューも書いてるので、よろしければそちらもどうぞ。

*この記事の中で特に言及がない画像は全て映画『ザ・バットマン』の公式予告編から引用しました。

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