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【神話だと思ったら民話だった】LAMBラムという独特な映画

とても個性的な本作について、ネタバレありで感想/解説を語ります。

▼カンヌが特別に賞を設けた:

第74回カンヌ国際映画祭、ある視点部門(Un Certain Regard)、オリジナリティ賞(Prix de L’Originalite/Prize of Originality)受賞。

え?

カンヌ映画祭という”もともとクセが強めの作品を選ぶ傾向がある映画祭”の中でも、ある視点部門という”あらゆる種類のヴィジョンやスタイルをもつ「独自で特異な」作品群が世界各国から毎年20本ほどの作品が選出される”部門で、オリジナリティ賞という”あまりにド直球な名称で今年は例外的に作られた特別賞”が与えられたのだと。

つまり、独創的オブ独創的オブ独創的、という独創的3倍がけ映画という理解でOKですか?(笑)

インフルエンサーが使いそうなワードチョイスなら【究極に独創的な映画】といった所ですかね。

で、たしかにその名に恥じぬ独創的な映画でした。

▼あらすじ解説:

#ネタバレ注意

第一幕)厳しい寒さ。アイスランド田舎の高原地方で農家を営む夫婦。近所に人家はなく静かで孤独な暮らしを送っている。つつましいが安定し始めた生活。夫が読む新聞にタイムマシンが理論上可能になったという記事があり、過去に戻りたいと言う妻。二人には何か辛い過去があるようだ。そんなある日、飼っている羊の一匹から奇妙な子が産まれる。頭と右腕だけ羊で、残りは人間だったのだ。当初夫はやんわりと反対するが、夫婦はそれをアダと名付けて自分達の娘として育てることにする。

第二幕)夫婦は過去にアダという名前の娘を亡くしていた。妻はアダを取り返そうと執着する母親羊を猟銃で撃ち殺す。そこに夫の弟が訪れる。弟は都会で失敗してしばらく夫婦の居候になる。弟は過去に妻と関係を持ったことがあるのか妻に執着があるらしい。アダに良くないものを感じ取った弟は、一度はアダを猟銃で殺そうとするが、できずに共に暮らすことを選ぶ。元バンドマンの弟とアダは音楽を通じて仲良くなる。

第三幕)田舎で静かに暮らす4人。弟とアダが湖に漁へ出かけている間に夫婦は家でのんびり食事してセックスする。トラクターが故障して弟とアダは歩いて帰る。テレビ中継で観戦したサッカーと酒の勢いで夫は酔い潰れて、弟は妻にセックスを迫る。妻は貞操を守って弟を地下室に閉じ込めつつ、翌朝に冷静になった弟を車で国道のバス停まで送る。目覚めた夫とアダはトラクターの修理に向かったが、そこで夫は頭が羊の裸の男に猟銃で撃たれて絶命する。裸の羊男はそのままアダを山に連れ去る。帰宅した妻は夫の死体を発見し、途方に暮れるのであった。

Twitterで「予告編で見せすぎである」という指摘を見かけましたが、予告編では第一幕のことしか語ってないので全然OKだと思いました。むしろ第二幕と第三幕での裏切りがこの映画の醍醐味だと、私は思います。

▼ネタバレ感想/解説:

寓話としては非常に面白いと思います。

羊男が子供を取り戻しに来る話です。

第三幕の最後で裸の羊男が現れるのが最大のオチなのですが、私は劇場なのに声を出して笑いそうになりました。なるほどね、と。羊が人間を受胎したのは、神による奇跡が起きたのかと思いきや、普通にそういうデミヒューマン(亜人間)が山奥に暮らしてて、普通に生殖活動をしていた結果に過ぎなかったんですね。その発想が独特で面白いです。

第一幕の冒頭で、衰弱した羊が口から泡を吹いて倒れる描写があったのですが、あれはおそらく羊男が夫婦の厩舎に忍び込んで、夫婦が飼ってる羊の一匹を獣姦して孕ませていた直後だったのでしょう。なんて悪趣味なのでしょうか。(笑)

というか、このオチを知った後だと、アダが産まれた直後に夫婦が「あなた私とセックスレスだからって羊とヤってたの?」「まさか、そんなことするわけないだろ!」みたいな会話があったかもしれないと思えて滑稽ですね。いや、あの妻ならそんなこと考えもしないか。素直に神からの授かり物だと信じそうです。

このように「神が起こした奇跡」をあっさり「半獣人が子作りした事実」でひっくり返すのは、西洋人には相当ショックに感じられるものだと思います。途中までキリストのように「神の子」として描かれていた存在(厩舎で生まれている点でもメチャ意識してる;なのに半分獣であるという矛盾する属性にゾクゾクする)から、一転して「汚らわしい獣の子」まで抽象度が落下するドライブ感たるや、ヤバイです。

しかもそこに至るまで、どう考えても弟のせいで物語に波乱が起こるのかと匂わせておいたのに、全部ミスリードだったわけですから、大した物です。第二幕で弟が現れた瞬間に、映画的技法に慣れている人達は当然この弟がこれから起こる厄災のファクターになるだろうと予想するわけで。なのに結果的に、弟は夫婦とアダの運命に何の影響も与えていませんからね。少しばかり掻き乱しただけですから。

VFXは「普通」の出来だと思います。

ただし、VFXにすっかり目が慣れてしまった現代の観客を相手に「普通だ」と思わせるのは意外に難しいミッションです。最近の映画のVFXは低品質に見えがちです。本作ではあまり予算もない中で、見せ方で工夫して低価格なCGIでもバレない上手な見せ方をしていました。

これは同じく低予算で戦う日本映画はよく学んでほしいポイントです。潤沢な金がないのにハリウッド大作のようなアクションを真似るのではなくて、見せ方の工夫でボロを出さないことの方が、残念ながら今の日本映画には効果が高いと言えるでしょう。

セリフなどの演出も良かったと思います。

全部説明しようとしない態度が好きです。過去描写もなく、説明台詞もありません。妻と弟の過去に何があったのか(何もなかったのか)は映画だけでは分からず仕舞いです。妻は誠実そうに見えるので、おそらく浮気とかではなくて、普通に元恋人とかだのかなとは思うんですけどね。生活力の無さそうな弟よりも、堅実そうな兄を選んだ、という所でしょう。そういう背景を全部匂わせだけで突っ切る所に好感を持ちました。

第一幕のタイムマシンの話題は、後半で何か伏線回収されるのかと思いましたが、そんなことはなくて、第二幕で明かされる娘が亡くなった事実への心の傷がまだ癒えていないことを示すだけだったようですね。

セックスシーンをわざわざ描いた理由が気になります。あの濡れ場シーンの時間的な長さは、意味の重大さに比例すると思います。それまでレスだったとか、妻の気持ちは夫に向いているとか、娘を失ったショックから立ち直って次の子作りに動き出した、など様々な意味が汲み取れそうです。そのうちのどれにでも解釈されうるような作りになっていたと思います。

このように、ちょっとずつ示されたピースから、全体像を補完するのが楽しい演出になっている映画でした。

いやあ夫婦のセックスが描かれた段階で、私はてっきりこのあと夫婦に人間の子供ができて、第四幕ではアダと戦慄の殺し合い展開になるのかと期待しちゃいました。もしくは人間の顔とヒツジの身体のクリーチャーが生まれてくるというセンスオブワンダー的展開とか。…さすがにそれはないか。最近の米国のハデでクレイジーな映画に感化されすぎだったかもしれません。(笑)

了。

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