マガジンのカバー画像

雨の国、王妃の不倫

14
運営しているクリエイター

記事一覧

雨の国、王妃の不倫 了

雨の国、王妃の不倫 了

しあわせをえらびなさい。

という声が聞こえる。そんなものは選べない。知っている方法でえらびなさい。という声が聞こえる。確かに私はその方法を知っている。過去を捨てるつもりがないと言われた先生の言葉は正直痛かった、過去は捨てられない。私が過去を捨てようとするときそこにはいくつもの面倒で悲しい出来事が待っている。
過去に戻りなさい。という声が聞こえる。ああ、うるさい、当たり前じゃないか、全部私が言って

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 13

雨の国、王妃の不倫 13

駄目駄目駄目、
駄目なのだ、直井くんが鋳なくなると困る、私は困る、あの人との繋りが解けてしまう、私とあの人を繋いでいるものが直井くんなのだ。だから私は困る。
駄目駄目、駄目、絶対に、直井くんに居なくなられては困る、困るのだ。どうしても。直井くんを家に泊めていたのは。直井くんがバイトをするために住所を貸したのは。
私は直井くんのことをリスペクトしていた。単純に直井くんのことをすごいと思っていた。

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 12

雨の国、王妃の不倫 12

“私はたいせつにたいせつに閉じ込められていたのです”

と榮妃は言った。
“私は妃の身位でしたからね。それはたいせつに閉じ込められていたのですよ。”
誰に?と私は榮妃に聞いてみたかった。外は石が落ちてくるようなどしゃぶりだ。こんな夜に直井くんはまた公園の遊具の下で、ただ、しのいでいるのだろうか。

先生は直井くんを助けてくれないと言った。そして私も助からないと言った。そして榮妃は、たったひとりで、

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 11

雨の国、王妃の不倫 11

「先生、ともだちを助けてください。」
「無理です。嫌です。できるけど、したくないです。」
 先生はタブレットの束をぱらぱらと捲りながら言う。
「あのねえ。」
 仕事は取りあえず一段落が就いていた。
「人の道すじというのは、石畳の道のようなものなのよ。いろんな形をしたいろんな要素を敷き詰めて、その人の真っ直ぐなみちができている、あなたの言うような、そのお友だちを助けるとなると、どこかの敷石を取り除か

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 10

雨の国、王妃の不倫 10

“なんとも、お申し開きすることは御座いません。”

と、榮妃は皇后と太后の糾弾にがんとして口を割らなかったのだそうだ。皇后はなんとしても榮妃の口から他の男と通じていると言わせたかったのだろう。文を押さえたとは言ってもただの散らしかきであることは確かだったのだから。でも榮妃はけして自分から何も言おうとはしなかった。蓮がなんなのか、けして言おうとはしなかったのである。
その事が決め手になっ、て結局は榮

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 9

雨の国、王妃の不倫 9

 直井くんは真っ青な顔をして私の家にやって来た。無理もない。このどしゃ降りのなか公園の遊具の下でビニールシートにくるまって夜を耐えていたのだから。私んとこに来れば良かったのに。
 わるいっすから、なんて言って彼は三日もその夜に耐えたのだ。
「ともかくも、お風呂つかって。」
 私はなかば命令した。うっす、と言って直井くんは雨ですっかり色褪せてしまったみたいな体を抱えてふらふらと風呂場に向かう。私は何

もっとみる

雨の国、王妃の不倫 8

 先生のため息が止まない。気に入らないカードがどうしてもでるのだそうだ。
「こんなところに出てきちゃだめなのよ、あなたは。」
とタブレットに話しかけている。
「何がそんなに悪いんですか。」
 私は気になって尋ねた。先生は聞けば何でも教えてくれる。
「皇帝。」
「はい?」
 榮妃のことが頭をよぎる。
「皇帝のタブレットがどうしても今より先の位置に出てしまうの。それだと佳いインスピレーションが成立しな

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 7

雨の国、王妃の不倫 7

“こどものころ過ごした家には遣り水を溜め込んで大きく引き割った池があった。
 初夏には蓮が赤いような黒いようななんとも言えない花を付けていた。
そこは父の弟が暮らしている家だった。榮妃はその館で入内の素養を仕込まれるために、三歳から十歳までを日がな舞と琴と詩文を習ってすごしていたのだった。もう、恐ろしく昔の事だ。
 たまに隙を与えられると、榮妃は却ってやることもなく、ぶらぶらと中庭の回り縁を歩いて

もっとみる

雨の国、王妃の不倫 6

 天から下る太い鎖の様に緩慢な雨に降り込められて、私は出たくない何処にも行きたくない。仕事にも買い物にもどんな用事にも行きたくない誰にも会いたくない何もしたくないなんにも食べたくない。持主が飽きてぐぶぐぶに爛れていく水槽の中の水草、世話をやかれなくなって静かに死の時を、まち、自分がゆっくり無くなっていくのを只立ち尽くしてみている。そんな気分。
 この朝の雨の中で私は布団の上に座り込み、びしゃびしゃ

もっとみる

雨の国、王妃の不倫 5

 直井くんは不遇の人だ。男性を好きになる質なんだけど学生時代からご両親に、その生き方を徹底的に否定された。直井くんのご両親は、直井くんが何か精神の病気なんだと決めつけて精神科を巡礼して回った。LGBT などのイメージが徹底的に涌かない世代だから致し方ないのないのかもしれないのだが、問題はその為に直井くんがありとあらゆる苦痛と不名誉を被ったということ。直井くんはいとも簡単に薬づけにされていろんな病名

もっとみる

雨の国、王妃の不倫 4

 雨の降る、窓辺に持たれて酒を飲んでいたらそのまま寝てしまった。眠ったら夢の中でも雨が降っていた。
 いや、曖昧な意識の中に雨音が染み込んで湧いただけだったかもしれないけれど。
 とにかくその夢の中で雨が降っていた、私の心には常に雨が降っているのに、この街は常に雨が降っているのに、夢の中にまで雨が降る。私は心も体もぺったりと濡れているような気分になる。
 夢の中で、
“ああ、また気配がする”、と思

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 3

雨の国、王妃の不倫 3

“しかし皇后と太后に嫌われるというのはなかなか骨の折れる仕事だった。 今、この瞬間に榮妃というものは、居ないのである、皇后にとって榮妃等という妃は存在していない。存在しないものを嫌いになることなど誰に出来るだろう。
 榮妃は虚ろが居座っている鏡の中で着飾って死んでいる女を見つめ、溜息をついた。皇后は榮妃など歯牙にも掛けない。紫皇貴妃だの徳妃だの尤嬪だの許捷余だの亮答応だの、目の上のたん瘤は山ほどい

もっとみる

雨の国、王妃の不倫 2

「それは宿命よ。」
 と先生は言った。榮妃の話をしたときの事だ。宿命は運命と同じ使われ方をする言葉だけど本来は全く意味が異なる。と先生は言う。
「縁戚関係があるなら分かりやすいはなしですね。あなたの血液なり細胞なりに取り付いていた幽霊が読書という縁を鍵にして現実に浮き出したんでしょう。そういう物でしょう。あなたが生まれるずっと以前から脈々と運ばれていた決まり事なんでしょう。」
 と、言うことらしい

もっとみる
雨の国、王妃の不倫 1

雨の国、王妃の不倫 1

 何時ものように朝五時半に目覚める。

 というか目が覚めたら今朝は五時半だった。窓の外は幽かに明るい。深酒が癖になってから目が覚めるのが早くなってしまった。元々ぼんやりしている頭がなおのことだらだらと溶け入ってしまい、私は今日が出勤日だろうか、と思い巡らせていたら、夢の名残はヒビの入った喉の痛みと共に確かに其所にあった。私は、自分が薄紫色のお香にしっとりと濡れている様な感覚に踊らされて、鬱陶しく

もっとみる