見出し画像

本の世界の旅人、友だちと再会。

 久しぶりに時間ができたので、ふらりと本屋さんに寄った。地元にいるときは、1時間に2本しかないバスの待ち時間に本屋へよく寄った。買うためじゃなく、ただ置いてある本を眺め、たまに手に取るだけ。それだけで、なんか日頃のストレスがふっと軽くなる。

 本が好きだ。目を引く装丁、文庫の裏のあらすじ、ペラペラとめくる感覚、文字の詰まり具合、新書の紙の匂い。

 その本がたくさんある本屋さん、図書館も好きだ。分類分けされた棚。背表紙の文字だけをたどるのも、なんだか気になった本を手に取ってみるのも。むしろ、本を読むよりも好きなのかもしれない。

   ・ ・ ・

 ふと気になった本を手に取る。裏のあらすじを見るのが大好きなので、それを見る。「貧困」「若い女性のホームレス」「愛」ーー、見覚えがあった。「私、この人、"愛"のこと知ってる」。表紙を確認する。畑野智美著『神さまを待っている』だった。

 大学のゼミで、畑野智美さんの他作品を取り上げたので、色々手に取っておこうと思い読んでいたのだった。当時私は、体調を崩し大学やバイトにいけなくなった時期だった。なんとかゼミだけは単位を取ろうとしていたのを覚えている。

 大学の図書館で借りたそのハードカバーの本を、眠れない夜に読んでいた。なんのBGMもなく、ただ外で車が走る音だけが聞こえる。たまに水を飲み、座椅子の上で読み続けた。それほど、惹き込まれる作品だった。

 主人公・水越愛は、派遣期間終了とともに正社員になるはずだった。しかし会社の都合で職を失ってしまう。やがてホームレスとして、漫画喫茶で寝泊まりしながら日雇いの仕事をするが、ある女性との出会いから、出会い喫茶に足を踏み入れる。

 当時なんの保証もなく、大学も卒業できるかわからない自分にとって、若い女性の貧困はとても身近なものだった。夜が更け、外の車もほとんど通らなくなり、自分の身体が静かな夜に溶け込むようだった。ページをめくっていった最後、私は泣いていたと思う。この貧困は愛のせいなのか、どうすればよかったのか。

 夜寝れなくて電話できるほど器用じゃない。だけどあの夜、愛とは長年付き合ってきた友人のように感じられた。だから、文庫本になって今書店に並んでいるとき、つらい時期を一緒に過ごしてくれた友人と久しぶりに再会したような感覚になった。

   ・ ・ ・

 本屋さんや図書館をめぐるのが好きなのは、いろんな作品と出会えるからだ。そこには、新たな出会いも、久しぶりの再会もある。

 気になった本のタイトルをメモしながら歩いていく。直感で買わなきゃ!となるときもあれば、メモをして、しばらく経ってから「あ、今読みたい」と思い手に取るときもある。人との出会いはタイミングであるように、本もタイミングなのだ。

 いつの日か出会い、読むその本のため、本屋さんをめぐり、図書館をのぞき、私は本の世界を旅人のように歩いていく。そのときに手に取らなかった本も、いつか出会う日が来るかもしれない。自分の興味は日々移り変わり、それを本たちは教えてくれる。

 ただそこに本がある。それだけで私は、たくさんの道しるべをもらっているのかもしれないな。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?