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【読書感想】主役は、小学生。敵は、先入観。世界をひっくり返せ。

1.『逆ソクラテス』伊坂幸太郎

出版社:集英社
発行年: 2020年4月24日
単行本: 288ページ
カテゴリー: 学園、青春、短編集

伊坂幸太郎の「逆ソクラテス」(2020)は、2021年本屋大賞にノミネートされ(惜しくも大賞受賞とはならず😭)、第33回柴田錬三郎賞を受賞した作品です。

伊坂幸太郎自身も2020年で作家歴20年目ということで、「デビューして20年、この仕事をしてきた1つの成果だと思っています。」と語るほどの力作。

なんと言っても表紙がいいですよね〜
ジャケ買いした人も多いんじゃないでしょうか。

グレーの背景の上に、たてがみがティファニーブルーの牛の角が生えた黒馬がいて、そこから建物が突き出て、そこに小学生が自由気ままに乗っている。

意味わからんけどエモい。

2.あらすじ

敵は、先入観。
世界をひっくり返せ!
逆転劇なるか!?カンニングから始まったその作戦は、クラスメイトを巻き込み、思いもよらぬ結末を迎える──「逆ソクラテス」 
足の速さだけが正義……ではない?運動音痴の少年は、運動会のリレー選手にくじ引きで選ばれてしまうが──「スロウではない」 
最後のミニバス大会。五人は、あと一歩のところで、“敵”に負けてしまった。アンハッピー。でも、戦いはまだ続いているかも──「アンスポーツマンライク」 
ほか、「非オプティマス」「逆ワシントン」──書き下ろしを含む、無上の短編全5編を収録。

3.感想

※ちょっとネタバレ注意かも

私自身、伊坂幸太郎の作品がほんとに大好きなので、語りたいことが山ほどありますが、本作の他の作品と一線を画すほどの見どころをまとめてみました。

①5つの短編集と横のつながり
②主役は小学生。
③敵は、先入観。

①5つの短編集と横のつながり

本作は、「逆ソクラテス」、「スロウではない」、
「アンスポーツマンライク」、「非オプティマス」
「逆ワシントン」という5つの短編に分かれています。

最初はそれぞれ独立している物語かと思いきや、なんと少しだけ重なっている部分があるんです。

「スロウではない」という章に出てくる教師の「磯憲」という人物は、「アンスポーツマンライク」にも登場しますし、「アンスポーツマンライク」で登場した人物が「逆ワシントン」の最後の最後に登場したりと、横断的なつながりが密かにあって、そこに伊坂幸太郎らしさを感じました。

②主役は小学生。

本作の大きな特徴のひとつとして、5つの短編全ての主人公が小学生である、というのが挙げられると思います。

もちろん成長して高校生になったり、教師や親などの大人も登場しますが、登場人物のほとんどが小学生です。

自分はあまり本を死ぬほど読んできたという訳では無いですが、主人公が小学生の小説ってあんまりないですよね。こういう珍しい点も本作のエンタメ性を助長しているんだと思います。

また主人公が小学生ということで、文章が全体的に平易になっていると思います。伊坂幸太郎の作品の中では、ほんとに読みやすい部類に入ると思います。

③敵は、先入観。

ではそんな小学生が何をするのかと言うと、「先入観」と戦います。笑

「先入観」について知るためにソクラテスの「無知の知」という考えを少し紹介します。

ソクラテスは古代ギリシャの哲学者である。
古代ギリシャでは衆愚政治が横行しており、それに辟易したソクラテスは「知らないことを知ったかのように話す」政治家を批判します。そこでソクラテスは「無知の知」という考えを用いて、民衆へ「知らない【という】ことを知りなさい」と呼びかけ、真理への情熱を呼び起こそうとした。

簡単に言うとこんな感じですが、「無知の知」という考えを知ってる人の中には、「自分は知らない【という】ことを知ってるから偉い」と解釈している人がいますが、これは正しくありません。ソクラテスはただ、「無知の知」によって真理への情熱を呼び起こしたかっただけなのです。

つまり「知らないことを知ってる」という思い込みが「先入観」であり、「知らない【という】ことを知る」のが「先入観を打ち壊す」方法であると言えます。

本作の5つの短編ではそれぞれ、そんな先入観に捕らわれた人が登場します。
「逆ソクラテス」では、「自分は完璧だ、間違いなど侵さない。自分が絶対的だ」と考える教師。
「スロウではない」では、「私がクラスの中心だ。私が言えばみんな賛同してくれる」と考える女子。

また「アンスポーツマンライク」では、「犯罪を犯すような人は更生しない」という先入観を否定し、罰するのではなく救おうとする様子が描かれています。

読者にいらいらさせるような「先入観」の人間を、体の小さい小学生が、体を動かし、脳をはたらかせて打ち負かすという冒険的なストーリーが面白くないはずがないです。

4.印象に残ったフレーズ

完璧な人間はいるはずないのに、自分は完璧だ、間違うわけがない、何でも知ってるぞ、と思ったら、それこそ最悪だよ。昔のソクラテスさんも言ってる
                                                             本文p28

この文は本作のテーマを表していると思います。
まさに本作はソクラテスの「真理への情熱」を代弁した作品と言えます。

「僕は、そうは、思いません」                  本文p59

あばれる君が言いそうなセリフですが、はっきりこう言える人は人間的に強いと思います。そういう意思の強い大人になりたいものです。

最初の印象とか、イメージで決めつけていると痛い目に遭う。だから、どんな相手だろうと、親切に、丁寧に接している人が一番いいんだよ。
                                                           本文p163

「非オプティマス」で生徒に嫌がらせをされている先生が、授業参観中に言った言葉です。

人は人を見た目で判断しがちです。小学生のときなんて尚更。まぁ仕方ないっちゃ仕方ないですが、正しくないのも事実。どんな相手であっても一定の態度・姿勢で接し、その人の本質を知ろうとすることで良好な人間関係を築けると言っています。
これ以上言うことない真理だと思います。

もしアンスポーツマンライクファウルだったら、相手はフリースローが与えられた上で、さらにリスタートの権利がもらえる。
                                                     本文p227

これはほんとに深い意味を包含しています。
相手が間違いを犯すとき、ファウルでもいいから、自分の体を張って相手の進行を止めることで相手は救われることになる。まさに自己犠牲の精神です。

ちゃんと謝る、とかも大事でしょ。悪いことをしたら謝る、って意外にできないから。あの、ワシントン大統領だって、桜の木を切ったことを正直に言って、褒められたわけだし
                                                      本文p239

ジョージ・ワシントンといえば、文中のこの逸話が有名です。しかし、この逸話は嘘だと言われています。ですが「逆ワシントン」では、この逸話を信じ、嘘を付かず真実を話した小学生は救われました。つまり先入観を肯定してるわけですが、伊坂幸太郎はこのような対比も描くことで、先入観を信じることでいいこともあるということを表現しています。

5.最後に

家族や家庭・友人という非常に狭い社会組織の中で、小さくて力もない小学生が先入観をうち壊そうと奮闘する姿はほんとに力強く、たくましさを感じました。

また、彼らに時折ヒントを与える周りの大人たちもすごく魅力的で、そういう大人に自分もなりたいと切実に思いました。

子供が読んでも、大人が読んでも、スカッと体験できますし、人間的に色んなことが学べると思います。

ぜひみなさんもその読後の解放感に浸ってみてください!!


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