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音楽好きは多かれど音楽学を語る人はいない

今週は作業BGMにクリス・ステイプルトンを聴いています。

カ…カントリーミュージックて…とかドン引きしてるそこのアナタ。

マイケル・サンデルは「意識高い系は自らの差別意識に気づかない」と言っていますが、最先端の流行ばっか追いかけて「イケてるイケてない」ジャッジを始めるとエコーチャンバーで無意識的排他差別に陥っちゃいますよと。SDGs原理主義者が嫌われる理由です(炎上)。だからたまには守備範囲外のカントリーミュージックだって聴くのです。まあ最近の子は、70s〜90sも特にこだわりなく聞いちゃうみたいですけど。シティポップとか流行ってるっぽいしね。アーカイブ世代ですな。僕もサカナクションとか聴いてると懐かし過ぎて泣きそうになります。

いやこれがね、なかなかイイんですよ。カントリーって、トランプサポーターとかがガッツリハート掴まれちゃう系のアメリカ南部カウボーイ音楽な訳じゃないすか。最近はR&Bソウルや下手すりゃEDM的音楽の影響も取り込んで進化してきてはいますが、定番コード進行とキャッチーなメロディーライン、サウンドチョイス、極め付けに「酒と涙と男と女」な歌詞を乗っけてくる、脳みそ不要安心安全のザ・カントリー・コンテクストはもはや古典ともいえます(炎上)。ま演歌みたいなもんです(大炎上)。

…と、「自分は音楽好き」という人が語りたがるのはもっぱらこういう評論家的アナリティクスです。アーティストや作品の出自背景やスタイル、音楽界における関係性や革新性、ポリティクスやイデオロギー。果てはファッションやゴシップ。云々かん云。しかしそれって「音楽好き」なのか?どちらかといえばサブカル好きって事なのでは…(炎上)。まあ総合芸術としての音楽好きですよねー(フォロー)。

ただ僕はそういうサブカルサイドにあんまり興味なくて、どちらかと言えば「音楽学」サイドについてもっと誰かと語り合いたいのです。例えばカントリーミュージックは、プリミティブであるがゆえにダイレクトにエモに響いてきます。各国の民謡とかにも言えますが、人間の動物的な部分に訴えてくる、万人に共通する音楽化学があるのです。まさにListen, Don't think, Feeeeeelってやつです。「ポリティカルなポリシーでトランプ音楽は聞かない」とかいうポリポリな人とかは語り合う以前の問題ですが、カントリー聞かないなんて単純に損してますよ。音楽好きを自称するなら、演歌だろうがヨーデルだろうが楽しめよと。

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と、ここで参考までに僕自身の音楽歴(という程大したもんじゃないですが)、僕は中学から二十歳前後までバンド少年でした。地元広島のしょーもないバンドでちょいちょいギグやったりしてました。と同時にDAWの前身、当時DTMとか呼ばれてたMIDI打ち込みとかMTR宅録とかもやってました。ゲームギークのみならず音楽ギークでもあった訳です。上京してレコーディングの専門学校に行って、スタジオに籠る生活してました。ゲーム業界に転職してなぜかグラフィックに移るまで、ピコピコゲーム音楽も作ってました。その後も趣味レベルでちょいちょい楽器で遊んでます。レイヤーを重ねて作り上げていく感じは、実は絵も音楽も結構似てたりします。

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という訳でじゃあそもそも音楽って何なんでしょうか。音とは空気振動、その振動フリケンシー度合いによる音程音色音質音量の変化。その組み合わせによるレゾナンスとハーモニクス変化。そしてそれにリズムなどの時空間軸変化が加わって音楽になります。更に歌詞という言語的意味を加える。じゃあ何のためにそんな事をするのか。これらの4、5次元的空気振動音波によって「聴覚を通じて人間の感情に影響を及ぼす」事が音楽の目的です。転じて「人間の扁桃体に最適化された空気振動パターン」という事が言えます。故に人間と空気のどちらが欠けても音楽は成立しません。

進化論的に言えば、「鳥の歌声」みたいな意思疎通方法から、様々なピッチパターンが意味を持ち言語体型化していったという論文もあるくらい、そもそもが本来プリミティブな活動なのです。ちなみに、鳥の歌にも毎年流行フレーズがあったり、パターン継承があるらしいですよ。で、イケてるフレーズを複雑に組み合わせて歌う鳥がモテるのだとか。つまりかつて言語以前は「幸せの歌」「悲しみの歌」とかで感情的コミュニケーションしてたと。狼の遠吠えみたいな。「黒板引っ掻き音で鳥肌が立つのは、猿だった時代の危険信号・警戒音に波形が近いから」とか言いますもんね。スノッビーな評論家様も真っ青の原始生物っぷりです。アフリカの一部部族には、非言語的な意味を持つ仕事歌とか、今も残ってるらしいですよ。まあまとめると、普段僕たちは大脳を使った言語で意思疎通をしますが、音楽とは動物脳を使った旧型言語という事になります。シンガーソングライターは新旧両言語を同時に使った合わせ技で扁桃体アタックをしかけてきている訳です。

音波構造解析で言えば、例えば音色についてはピアノ波形は安定感、チェロ波形は不安感を引き起こすとか言われます。同じ音楽も大音量ならより大きな感動を引き起こすし、ロックやテクノでアガったり、クラシックでサガったりするのは、誰でもみんな知ってる事です。もっと突っ込んだ話だと、5度のパワーコードは倍音効果で力強さを与えたり、コード進行で言えばC-Fで解放感、G-Cで着地感、7th9th11thなどで緊張感、DimSus不協和音とかで不安定感、マイナーコードを混ぜ込む事で情緒感、転調で新鮮さ、などの音波展開パターンによる様々な心理反応のセオリーがあって、音楽家はこれらを駆使した巧みな音波デザインでリスナーの感情を揺さぶります。名曲と言われる音楽は、万人の扁桃体を超反応させた音波パターンということです。

これらのセオリーは、奏者側の人であれば、たとえアカデミックな知識が無くても「この展開とメロディーはなんか気持ちいい」て感じで割と感覚的に理解しています。良い音楽家は、これらのデザインやコントロールが上手い人です。音波を操って人を感動させたり、鳥肌立てさせたり、泣かせたりする特殊能力者です。ただ音楽自体が主観的・感覚的なものであるが故に、奏者でない人にこの構造を説明するのは本当に難しい。誰でも「明るい曲・暗い曲」くらいは普通にちゃんと感じてるんですけどね。

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まあこんな風に、音楽は物理学や生物進化学、心理学や社会学でも語れる訳ですが、音楽好きは多かれど音楽学を語る人はいない…と思ったらいましたよ音楽学博士号Youtuber!さすがYoutube何でもある。その名もドクター・キャピタル。日本語チャンネルで20万フォロワーって、単に僕が知らなかっただけで超有名人じゃん。プレイヤーとしてもすごいし、構造解説もすごく解り易くて面白い。本当に「音楽を楽しんでいる」のが伝わってきます。しかもガイジンで関西弁コントって、新旧言語+外国語とか多才過ぎるわ。毎度思うけど、こういう、ベースラインとコードとオブリと主旋律を全部同時に奏でる人ってどういう脳演算してるんだろう。

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音楽に限らず、絵画でも映画でもあらゆる芸術がそうですが、芸術学と芸術評論は根本的立ち位置が違います。芸術学は、基本的には芸術家同士でないと語り合えない、言わばトキワ荘的世界です。もしくは研究室ラボ世界。一方、評論は受け手側による客観的価値評価であり、ジャッジでもあります。それはそれで重要な過程ですが、そこに傾倒し過ぎてマウント取り出すと、ただのビジネスサブカルクソ野郎になってしまいます。音楽の話したいのにまたポリティクスの話してる、みたいな。

だから評論ばっかやってるより、みんなバンドやろうぜ。ボカロ曲作ろう。カラオケ行って歌おう。色んな音波による感情の動きを味わおう。そして音楽について語ろう。

僕の見立てではクリス・ステイプルトンは音楽学的にもとても良い音楽家です(いやそりゃグラミーアーティストだし)。


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