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【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー」#5 純さんと、かおりさん

前回のお話(#4)はこちら

クリスマス同窓会への参加を取りやめ、二人きりで出かけることになったかおりと純。すんなり楽しめればいいのですが、予期せぬ人物が現れて純の心はかき乱されます。

あんなに苦手だったというのに、今のおれは鶴見さんと行動するのがだんだん楽しくなっている。一方で、斗和君に対する燃え上がるほどの気持ちは、ゆっくりと熱を失い始めている。客観的に状況を見られるようになってきたのならいいが、愛情が冷めてきたのではないかと思うと、とたんに苦しくなる。

忘れたいはずなのに、しがみついてもいたい。おれの中の古い自分と生まれ変わりたい自分とがせめぎ合っているのだ。このモヤモヤから逃れるためにも、おれは旅に出る。一人ではダメで、やっぱり誰か一緒に、鶴見さんと一緒でなければ頭を空っぽにはできない。話し相手が必要なのだ。それも、おれの話題についてこられる相手が。

街は、どこもかしこもクリスマス仕様である。コンビニやスーパーでもケーキの予約販売をしているし、大学に行けばカップルを探し求める会話で溢れている。みな、何かにつけてお祭り騒ぎがしたいし、浮かれた気分でいたいらしい。

おれはクリスマスだからってケーキを食べようとも、恋人と過ごさなきゃいけないとも思わない。もちろんこんなことを言えばハブられるのが落ちなので、普段は口外しない。話せるのは、ごく一部の親しい人だけだ。

「わたしもそう思うわ。クリスマスなんて大嫌い」

鶴見さんにその話をすると、案の定、同じ考えだった。聞けば、小学生のころ通っていた塾で毎年、クリスマステストなるものが行われていたのを思い出すからだという。

「朝から晩まで休みなく、机に向かってひたすらテスト。ようやく帰宅しても、待っているのはサンタからのプレゼントではなく山ほどの課題だもの。嫌になっちゃう。かと言って、泣き言を言っても親は決して取り合ってはくれないでしょう? 募る不満や怒りは全部、兄にぶちまけていたものよ」

「そりゃあ、クリスマスが嫌いになるわけだ」

「だから、イメージを上書きしたかったの。そのためにあなたを利用するのは申し訳ないけれど」

「いや、おれも行きたいと思ってたんだ。でも、一人で行く勇気はなくて……。だからホント、誘ってくれて嬉しいよ」

クリスマスに訪れたいと鶴見さんが提案してきたのは、埼玉と栃木の県境に出来たばかりの、「マシュマロにゃんねこ」ショップだった。デパートに出店している小さな店舗にもかかわらず、入り口に置かれた巨大なにゃんねこ像は大人気。週末ともなると、一緒に写真に収まりたいファンが列を成すという。

キャラクターグッズのショップに行くんじゃ、旅とはいえないんじゃないか? と思うだろうが、ここは抜け目のない鶴見さん。ご当地ラーメン店はしっかりリサーチしてくれている。ネットが苦手だってのに、どこでそんな情報を集めてくるのかは分からないけど、さすがである。

目的地周辺は田畑ばかりで、ほかには何もなかった。ただ、近くにローカル線の駅があるせいか、昼近くの駅ビルやデパートの利用客は思いのほか多かった。

「うっそ……。何この行列……」

にゃんねこショップの前まで行くと、想像していたよりも遙かに長い列が出来ていた。それも、女の子ばかり……。みんな、入り口のにゃんねこと写真が撮りたくて並んでいるのだろう。これでは、普通に店内に入るだけでも時間がかかりそうだ。鶴見さんもそう思ったのだろう。

「あの……。ここへ並んでいてもらって構わない? 少し冷えてしまって。今のうちにお手洗いに……」

「OK。おれはここで待ってるよ」

「ありがとう」
 鶴見さんはそういうなり、小走りで列を抜けた。

さて。待っているとは言ったものの、一人の待ち時間は正直苦手だ。動画でも見ていようかとスマホを取り出す。

「あれえ? 兄ちゃんじゃん!」
 唐突に、聞き慣れた大きな声がおれに向かって飛んできた。はっとして顔を上げる。

そこにいたのは、弟のるいだった。隣には恋人らしき女の子がべったりと寄り添っている。黙ったまま軽く手を挙げると、向こうから近寄ってきてべらべらとしゃべりはじめる。

「まさか、一人で並んでるわけじゃないよな? ……あ、オレ? オレは彼女とデートだよ、デート。埼玉じゃ、このデパートにしか入ってないらしいアイスクリームの店にどうしても行きたいっていうもんで、週末だし、わざわざ電車乗り継いで『ど田舎』までやってきたって訳よ」

「ねえ、塁……。ワタシ、ちょっと引きそうだよお……。話には聞いてたけど、塁のお兄さんって本当に……フツーじゃなかったんだね」

彼女の見る目が、明らかにおれを軽蔑していた。小声で「キモッ」と言ったのも聞こえた。にゃんねこショップの前で、にゃんねこグッズに身を包んでいるおれの姿を見れば、だれだって同様の反応をするだろう。

それでも、言葉と態度ではっきりと示されたらさすがに落ち込むし、悲しい。そんなこととも思っていない様子の塁は、追撃するように言う。

「だから言ったろう? 兄ちゃんは変人だって。それでずっと、フリでもいいから女の子の恋人作れよって言ってんだけど、マジで男好きらしくて聞いちゃくれない。……今日は偶然会っちゃったからしゃーないけど、今後は一切オレたちの前に現れないでくれる? 同類だと思われちゃたまんないんだよねー」

弟ながら、ひどい言い様だ。あまりのひどさに、腹が立つどころか吐き気がする。黙っているのをいいことに、彼女までもが追い詰めるように言う。

「本当に塁のお兄さんなの? 男女おとこおんなってマジ、キモい……」

普段のおれなら、何を言われても平然としていられる。なのに、今日に限って受け流すことが出来ない。息が止まりそうだ。写真待ちの列も相変わらず長い。今にも倒れそうになったとき、突然、誰かがおれたちの間に割って入った。

「純さんに謝りなさい! 見た目で人を判断した上に冒涜ぼうとくするなんて、サイテーな人間のすることよ!」

鶴見さんだった。突如として現れた女の子に、二人は顔を見合わせている。

「な、なんだ。ちゃんと女の子と一緒だったんじゃねえか。脅かすなよ……。って言うか、そのねこグッズは彼女の趣味か。あーあ、全身毒されちまって、ご愁傷様。ま、彼女がいるならオレも安心だわー。余計なことを言ったな。わりぃ、わりぃ」

「ねー、塁。早く行こー?」

「そうだな……。んじゃ、またなー」
 二人は逃げるように走り去っていった。

二人が見えなくなっても、なかなか動悸が収まらなかった。胸を押さえていると、鶴見さんがおれの正面に立った。

「あなたらしくもない。あんなふうに言われて黙っているなんて。どうしていつものように言ってやらなかったの? おかげで出しゃばることになってしまったわ」

「……ありがとう。また助けられちゃった。……それと、名前で呼んでくれて嬉しかった」

「えっ?!」
 正直な気持ちを伝えると、鶴見さんはうろたえた。
「あ、あれはその……。あの場を乗り切るために仕方なく……」

「おれも名前で……かおりさんって呼びたい。ダメかな?」

今の一件で、おれの中で彼女の存在が一気に変わった。

ただの同級生じゃなく、もっと大切な人。だけど決して恋人にはなれない人。……うまく言えないこの感情を伝える方法があるならおれは、親しみを込めて「かおりさん」と呼ぶ。

「……自業自得とはこのことね。もう、いいわ。好きに呼んでちょうだい」
 彼女はそう言って、諦めたようにため息をついた。ようやく動悸が収まったおれも一息ついて、二人が走り去っていった方を見やる。

「……さっきの、弟なんだ。こんなところで会うなんて思ってなかったもんだから、びっくりしちゃって。それで何も言えなくなっちゃったんだ」
 黙り込んでいた理由を告げると、かおりさんは肩をすくめた。

「……彼女に間違われて嫌だったよね? ごめんね」
 頭を下げると、鶴見さんは一瞬にして表情を曇らせた。

「どうしてあなたが謝るの? 何も悪いことはしていないのに。……むしろ、嫌だったのはあなたの方じゃなくて?」

「えっ、おれの方……?」
 戸惑っていると、彼女は続ける。

「わたしといる時のあなたはいつも、三歩引いた距離を保っている。恋人同士に思われたくないのがよく分かる。わたしは敏感な方じゃないけれど、そのくらいの洞察力はあるわ」

指摘されて、はっとする。

おれは性の不一致に気づいてからと言うもの、努めてごまかそうとせずに生きてきた。でも、そうすることで逆に、そんな自分を強く意識しすぎていたのかもしれない。おれは男しか愛せない人間。だから、女の子とは近しい関係になれないし、なっちゃいけないんだ、って。

(性にとらわれていたのは他でもない、おれ自身だったのか……。)

本当は境界線なんてなかったんだ、と気づく。男の中にも女の面はあるし、女の中にも男っぽさは存在する。それを、わかりやすいからって、見た目だけで区別しようとするからおかしなことになるのだ。

恋愛対象が男性のおれでも、話していて楽しいと感じる女の子がいたっていいし、好感を抱いたって何も恥ずかしがることはない。たとえ恋人に間違われたって、「親しい友人です」と言えば済む話だ。

ようやく長蛇の列がはけ、写真を撮る順番が回ってきた。おれは後ろの人にスマホを手渡し、かおりさんの横にぴったりと立った。

「……純さん?」
 目を丸くする彼女の顔を見て言う。

「かおりさん。今日は思い切り楽しもう」

「ええ、もちろんそのつもりよ」

「おれはおれの好きなものを、好きと言って生きたい。嫌いなものはちゃんと嫌いだって言いたい。身体が男であることも、今はどうだっていい」

「同意するわ」

「ってことで、もしも嫌じゃなければ、この距離で写真に収まって欲しいんだけど……」

「純さん、前を見て」

返事を聞くより先に、スマホカメラのシャッター音が何度か聞こえた。スマホを受け取り写真を見返すと、間抜けな顔のおれと、余裕の微笑みを浮かべるかおりさん、そして愛らしいにゃんねこの姿が写っていた。

写真に満足したのか、かおりさんはうなずきながら言う。
「よく撮れてる。これなら他人っぽく見えなくていいわ」

「……なんか、今ので一気に距離を縮めちゃった気がするけど、大丈夫……だったんだよね?」

「これで、今日の『旅』は一層楽しめるわね」

「えーっ? 何、その言い方……。やっぱり、かおりさんっておれのこと……?」
 好きなの? と言おうとして制される。

「わたしたちの関係を、互いに抱いている感情を、言葉にする必要があるのかしら?」
 
「ううん、ない」

「なら、いいじゃない。一緒にいて楽しければそれで。わたしもあなたも、急いで答えを見つける必要なんてないわ」
 さあ、入りましょ。かおりさんは店の奥に入って手招きをした。
 
 そうだ、おれたちはまだ探し始めたばかり。たくさん道に迷って迷って……。最後に答えが見つかればそれでいい。

おれたちは狭い店内で肩を並べながら歩き回った。塁のことも、斗和君のことも、そして時の経つのも忘れて。

***

かおりさんの車の後部座席には、子どもほどの大きさのニャンねこが二匹座っている。二人とも、どうしても諦めきれなくて連れて帰ることにしたのだ。レジではかなり目だったけれど、もはや人目は気にならなかった。

帰りしな、ご当地ラーメンに舌鼓を打ち、旅ブログ用の写真も撮影できた。クリスマスっぽいことは何一つしていないという、クリスマスの思い出が作れたことに、おれもかおりさんも大満足だった。

帰宅する頃には夜もすっかり更け、日中の暖かさが嘘みたいに寒くなった。スマホの天気予報が、「上空に寒気が流れ込んだ影響で、ところにより雪のちらつくクリスマスになるでしょう」などと報じている。それを見て、例のクリスマス同窓会はすでに終わっている頃だな、と思う。

「……後悔してるの?」
 おれの心情を見抜いたかのようにかおりさんが言った。おれは静かに首を横に振る。

「むしろ、ほっとしてる。これで良かったんだ、きっと。……あー、でも本音の本音を言えば、このあと一人の部屋で寝るのは寂しいかも」

「……また、すぐ会えるわ」

「うん、そうだね。って言うか、会いたい」

「ふふっ……。あなたもわたしと一緒にいるのが好きなのね?」

先日、おれの言った言葉をそのまま返されて、何だか照れくさい。いたたまれなくなって視線を空に外す。本当に雪なんて降るのか? って言うくらいに澄んだ空に星がいくつも輝いている。

「それじゃあ、おやすみなさい。いい夢が見られるといいわね」
 天を仰ぐおれに、彼女の優しい言葉が届く。

「今日は楽しかったよ。ありがとう。また連絡する」

「ええ、待ってるわ」

「おやすみ」
 まるで恋人たちが交わす挨拶のようだった。けれどもそこには口づけも抱擁もない。あるのは極めてドライな別れだ。

彼女の乗る車を見送って部屋に入る。ベッドに倒れ込んだおれは、強い眠気に襲われてそのまま眠った。次の日が最悪な目覚めとともに始まるなんて、そのときには夢にも思わなかった。


(続きはこちら(#6)から読めます)


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