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【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー」#6 ただ、そばにいてほしい……

前回のお話(#5)はこちら


心の距離を縮めることが出来、素敵なクリスマスを堪能した二人でしたが、互いを知れば知るほど葛藤も生まれます。悩んだ末にふたりの出した答えとは?



もやがかかったような場所に一人、立っている。ここは……どこだろう……? それにしても、身体が妙に熱い……。

「なんで昨日は来なかったんだよ。お前は誠実なやつだと思ってたのに、がっかりだ」

突然、目の前に斗和君が現れたかと思うと、いきなり怒られた。ああ、確かに昨日は、行くと返事をしておきながら、連絡もせずにクリスマス同窓会を欠席したんだった。やっぱり、斗和君を失望させてしまったのか、と思うと胸のあたりがぎゅーっと締め付けられた。

「お前はもう、友だちじゃない。そんなやつとは二度と会えない。これっきり、さよならだ」
 斗和君はそう言って背を向けた。

待って……! 行かないで……!

手を伸ばすが届かない。声も出ない。もがきながら前に進もうとしても、全然追いつけない。苦しい、苦しい……!

「待ってよおっ……!!」

ようやく声が出た。同時に夢から覚めたのだと気づく。自分の声で飛び起きたが、頭がガンガンするのですぐにまた横になる。

(ああ……。おれは風邪で熱を出していたんだった……。)

それにしても酷い夢だった。本当の斗和君はもっと優しい声をかけてくれたのに、なんであんな夢を……。

「うなされていたようだけど、大丈夫……?」
 台所から手を拭きながらやってきたのは、斗和君ではなく、かおりさんだった。

「熱い……。気分も悪い……。嫌な夢を見たせいかな……」

「……起きられる? おかゆが出来てるの。少しでもいいからお腹に入れて、薬を飲んだ方がいいわ」

「うーん……。とりあえず熱を測ってみる。熱があったら仕方がない。空腹感はないけど、食事して薬を飲むよ」

午前中に病院に行き、インフルエンザの陽性反応が出たって言うんで、専用の薬を処方されている。病院へは、かおりさんが車で送ってくれた。熱が出たと泣きついたら、すぐに飛んできてくれたのだ。そればかりか、食事の支度さえしてくれている。斗和君は「お大事に」と一言くれただけだったのに。

そう、斗和君には真っ先に電話をしたのだ。夢の中のような対応ではなく、熱が出たせいで昨日は連絡も出来なかったと解釈してくれたし、身体を気遣う言葉もくれた。でも、それだけだ。

男友達だもの、いくらこっちが好意を抱いているからとはいえ、どうしたってドライな関係になる。それが普通。もちろん、理解は出来るし、したい。だけど、苦しい。

買ってきてもらった体温計で熱を測ると、病院で測った時より上がっていた。何、39度って……。数字を見たら、余計にくらっときた。

「ほら、見なさい。早く良くなりたかったら薬を飲むことね」

「はい……」

「でもその前に、まずは何か食べないと。一口でもいいからおかゆを召し上がれ。こうみえて、料理は得意なのよ」

おかゆが運ばれてくる。普段使っている茶碗なのに、つやつやの卵がゆが入っているだけで特別おいしそうに見えた。出汁のいい香りもする。急に空腹を感じ、食べてみようかという気になって起き上がる。

壁にもたれ、熱々のおかゆを口に運ぶ。ほどよい塩味と水加減。メチャクチャうまい。

「こんなにうまいおかゆ、生まれて初めて食べたよ」

「大げさね。両親が仕事でいない時に限って、兄が熱を出してね。何度も作ってやったものよ」

「どうりでうまいわけだ。おかわりしたいくらい」

「まあ、今日はやけに褒めるのね。……あら、ずいぶん長居をしてしまったわ。食事が終わって、薬を飲むのを見届けたら帰るわね」

彼女はチラリと時計を見やって言った。朝から呼びつけ、おれが起きる夕方までずっとここにいてくれたのだ、彼女だって疲れているだろうと思う。だけど、いつものようなさっぱりとした物言いに、なぜだか胸が締め付けられる。

「待って。帰らないで。今日は、一緒にいてほしい……。薬はちゃんと飲むから……」
 夢で斗和君を引き留めた時と同じ言葉が口をついて出た。おれはよほど一人になりたくないらしい。

「今日のあなたはずいぶんと気弱ね」
 かおりさんはあきれ顔で言った。
「わたしが帰ってもトルテがいるわ。あなたはひとりぼっちなんかじゃない」

「うん、それはそうなんだけど……」

そもそもトルテは、おれの寂しさを紛らわすために飼い始めた捨て猫だ。本当にひとりぼっちの時はそれでも良かった。たとえ猫であっても、その体温を感じれば孤独も多少は癒やされた。

でも、かおりさんと会うようになってから、トルテでは満足できなくなっていた。トルテには悪いけど、おれはおれの言葉に反応してくれる相手が欲しい。知的な会話、深く考察された話、そう言ったものが欲しいんだ。

「かおりさんじゃないとダメなんだ」
 食い下がるおれに、かおりさんはとうとう折れた。

「仕方ないわね。まあ、いいわ。その代わり、あなたが愛用している山ほどのクッションを敷き布団代わりにさせてもらうわよ。わたしだって横になりたいもの」

「……ありがとう。かおりさんがいてくれて良かった」

「……こんなわたしでも役に立てるなら何でもするわ」

「こんなわたし、って……。かおりさんは充分、役に立ってる。インフルエンザと分かったあとも、看病してくれる人なんて……。たとえ恋人だって、ここまでしてくれる人はいないかもしれない」

かおりさんが、おれに対して恋心を抱いていないことは分かってる。おれだっておんなじだ。けど、こんなにまでしてもらって、感動しないわけがない。

おれが本当に求めていたもの。それはこういう優しさ――おれ一人に向けられる、無条件の施しや、おれ一人を見つめるまなざし――だったんじゃないだろうか。

抑えきれない想いから、今なら斗和君に恋い焦がれ、独占されたいと願った。けれど、絶対に叶わないと分かっているから苦しいし、この苦しみからは一生逃れられないのだとさえ思っていた。

けれども、それは思い込みに過ぎなかったのかもしれない。たとえ身体を求める関係になくても、おれはちゃんと女の子から優しさを受け取り、感動することが出来るとわかった。これはすごい発見だ。

性という鎖を断ち切ってくれる人がここにいる。性から解き放たれた時、おれは男としてでも、女としてでもなく、橋本純という一人の人間として新たな人生を歩める気がする。本当の自分になれる気がするのだ。

一度帰宅したかおりさんは外で食事を済ませたあと、洗面用具と着替えを持って戻ってきた。そして寝る支度を終えると、おれのベッドの脇にクッションを並べて横になった。

「病気の時に一人でいるのは、だれでも不安よね。わたしがいることであなたが安心して眠れるなら、それに越したことはないわよね」

「本当に助かる。持つべきものは友ってやつ?」

「……ねえ、本当に友人止まり? つまり……」

かおりさんは途中まで言いかけてやめた。いいたいことは分かる。病気とは言え、帰るのを引き留めたんだ、誰だって勘ぐりたくもなる。

「……昨日、かおりさんは言ったよね。おれたちの抱いている感情や関係を言葉にする必要はないって。……でも、やっぱりモヤモヤするから、これらに名前をつけたい。どうにかして表現したい。だから、そんな質問を投げかけた、と……。その気持ち、分かるよ。だけど……。だけどさ、言葉にしちゃったら、とたんに別のものになってしまうんじゃないかって、おれは思うんだ」

「そうね。友だちでも恋人でもない。かと言って、その間でもない。そんな関係を指し示す言葉はないけれど、わたしたちはその、中途半端なところを行ったり来たりしている。……ちょっと前のわたしなら、はっきりしないのはお断りだったけれど、今なら許せる。そういう、名もなき関係もありかなって、受け容れられる気がするわ。……そう、先日あなたが言っていた、目に見えないものの話のように、固有名詞を必要としないものが一つくらいあったっていいんだわ、きっと」

「そうだね。おれたちがわかり合えるなら、名前なんて要らないよね」

「うん……。ねえ、純さん。言葉を必要としないわたしたちが気持ちを伝え合うには、どうしたらいいのかな……」

難しい問いだった。言葉以外で伝える? どうやって? 熱のせいで頭は使い物にならない。いや、こういうときは、心に正直になるべきだ。

おれは掛け布団から腕を出し、一段下で横たわるかおりさんの頭に手を置いた。

「……純さん?」

「今はただ、そばにいて欲しい。こんなふうに、お互いの考えを打ち明け合える関係でいたい……。それが、おれの今の気持ち」

「ええ……。わたしも同じ気持ち。純さんといるのは心地がいいから、たとえ病気と分かっていても、あなたのそばにいたい」

「よかった。同じだ……」

ほっとしたら何だか急に眠くなってきた。ふわあっとあくびをすると、かおりさんも小さくあくびをした。そして一言、

「……ねえ、手を繋いでもいい? 慌てていたせいで、寝る時に抱いている、お気に入りのぬいぐるみを忘れてしまったの……」

「いいよ」

頭の上に載せていた手を彼女の手に重ねる。小さくて、温かい。まるで手乗りのぬいぐるみを持っているかのように癒やされる。その手がきゅっとおれの手を握る。

「おやすみ、純さん」
「おやすみ、かおりさん」

手の温もりに癒やされ、おれは眠りについた。朝まで一度も目覚めることなく。


(続きはこちら(#7)から読めます)


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