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アジア・ソーシャルインパクト・トリップ#韓国編⑤ ホームレスの人々の「住む権利」のために 「ビッグイシューコリア」

「ビッグイシュー、新刊発売中!」

赤いキャップに赤いベストを身に付け、こんな風に呼びかけながら街角で雑誌を販売する姿を見かけたことはありませんか。ホームレスの人々に雑誌販売の仕事を提供し、自立を支援する団体「BIG ISUUE」は、1991年にイギリスのロンドンで始まり、今では世界6か国(8か所)で活動が広がっています。アジアでは日本、台湾に続き、韓国でも「ビッグイシューコリア」が創設され、今年で11年目を迎えました。

ビッグイシューは「ビジネスソリューションを通じて機会を創出し、貧困を解決する」という共通のミッションを掲げながら、それぞれの地域で独自の活動を展開しています。

ここでは、韓国でホームレス問題に真向から取り組むソーシャルビジネスとして位置づいた「ビッグイシューコリア」の活躍についてご紹介します。

韓国版「ビッグイシュー」のはじまり

韓国のビッグイシューの基盤となったのは、2008年に開設された「韓国版ビッグイシュー創刊準備の会」オンラインコミュニティ。ホームレス支援活動を続けていた人々が、本場イギリスや2003年に創設された日本版ビッグイシューをモデルに「韓国でもホームレスの人たちの働き口を創出する活動を生みだそう」と、準備に取り組みました。そして2010年、「ビッグイシューコリア」はソウル市の予備社会的企業に登録され、7月に創刊号が発行されました。

「当時、周りからは絶対にうまくいかないという失敗論ばかり聞きました(笑)。なぜなら、そのころソウルの街中では無料で配布されるフリーペーパーがとても多かったんです。雑誌が売れなくて次々に廃刊してもいたし、ホームレス支援団体としてもビジネスで自立を手伝うという概念自体が馴染みがなかった。でも、私たちはきっとできるという確信があったんです」

そう語ってくれたのは、オンラインコミュニティの頃から管理者を担った創設メンバーの一人で、現在ビッグイシューコリア本部長を務めるアン・ビョンフンさん。確信のきっかけは何だったのでしょうか。

「ビッグイシューのような雑誌を作りたい、という人たちの情熱が高く、プロボノ(専門スキルを生かしたボランティア活動)で参加する人たちがすごく増えたんです。そういう社会的資本を集めてコンテンツを作り上げていけば、きっと大きな力になると思いました」

ビッグイシューコリア本部長のアン・ビョンフンさん

「プロボノ」の価値でつくられる雑誌

実際、韓国版ビッグイシューで目を引くのは、雑誌としてのクオリティの高さです。今をときめく韓流スターが表紙を飾り、艶やかな写真とともにインタビュー記事も充実しています。出演者から写真撮影、ヘアメイク、そして記事執筆まで、韓国で「才能寄付」と呼ばれる「プロボノ」を通じて制作されているというから驚きです。

「最初の頃、ビッグイシューの意義とプロボノでつくる価値というものを積極的に広報しました。あるとき、当時著名なファッション誌で大活躍中だった写真家のBoLeeさん(故人)が、自らプロボノで写真撮影を申し出て下さったんです。俳優のハ・ジョンウさんや歌手のIUさんなども紹介して下さって、みんなプロボノで出演してくださったんです。そんな方々がカバーで登場して、韓国版ビッグイシューの認知度がぐっと上がるという契機になりました」

今では100ページというボリュームで隔週で発行されるビッグイシューコリアには、著名人のカバーインタビューをはじめ、さまざまな分野の執筆陣の多彩な記事がつまっています。「社会的価値を込めたライフスタイル・マガジン」というコンセプト通り、大衆文化にプラスしてジェンダーやマイノリティ、環境や動物保護など社会的イシューを扱っています。

ホームレス自立支援という活動内容を知って雑誌を買う人もいれば、雑誌に惹かれて購入し、ホームレス問題について知ったという人もいます。社会的な裾野を広げて関心を集めるという意義からも、韓国版ビッグイシューが雑誌のクオリティをとても重要視していることがわかります。

韓国のスターたちが「顔」となったビッグイシューコリアの表紙

「居住権」は憲法に明示された基本権

ビッグイシューの基本的な仕組みは、ホームレスの人が街頭での雑誌販売を通じて収入を得て、自立の機会を提供するというものです。

ビッグイシューコリアでは、雑誌販売員は「ビッパン(ビッグイシュー販売員の略)」という愛称で呼ばれています。

この10年間で、ビッパンとして街頭販売に参加した人は1179人(重複除き574人)、再就職に成功した人は51人、賃貸住宅に入居した人は46人。ビッパンとして6カ月間継続して働き、一定の貯蓄ができると賃貸住宅に入る資格を得ることができますが、雑誌の売り上げによって収入が一定でない販売の仕事では、現実的に月々の家賃を払う賃貸住宅暮らしは容易ではありません。

さらに、2020年以降は新型コロナパンデミックの打撃で、街頭での雑誌販売が非常に厳しい状況に追われました。雑誌の発行部数は4分の1に、ビッパンの人数も半分に減るという事態になりました。

しかし、ビッグイシューコリアはちょうどその年の1月から「自活奨励住居費支援金」プロジェクトを始めたところでした。「まず安心できる住まいを得られるようにする」ハウジングファーストという理念に基づき、 ビッパンたちに月々の住居費を提供するというものです。

「居住権というのは、韓国の憲法にも明示されている基本権なんです。誰もが最小限の住居を持つ権利がある。実際、韓国の住宅法によれば毎年15%ほどを居住貧困層のための賃貸住宅に充てなければならないんですが、現実では全く及んでいません」

「2017年度にソウル市で初めてハウジングファーストに基づくモデル事業が始まりました。需要に比べて供給は圧倒的に少なく制限も多かったのですが、それでも始まったことに意味がある。それで私たちも準備をして、企業の社会貢献プログラムの後援を得て2020年から始動したところへ、コロナ禍にぶつかったんです。もしこのプロジェクトがなかったら、ビッパンを辞めてまた路上に出ざるを得なくなった人はもっと多かったかもしれません」

と、アンさんは語ります。

住居費支援プロジェクトは今年2年目を終え、今後さらに2年続く予定とのこと。安心できる住まいが保障されることによって、ビッパンの人たちの自活への道がより近くなること、暮らしの質が上がることが期待されています。

ビッグイシューコリアが取り組むプログラム

その他、ビッグイシューコリアはさまざまな自立支援プログラムを展開しています。

「就職のための教育プログラムがあります。雑誌販売を終えた後、地域社会で定着できるように、バリスタや運転免許などの資格取得への機会を提供し、職業紹介所として仕事につなげる役割もします。

ここ数年、力を入れているのは女性のホームレスの方々の支援です。女性の場合、路上では男性ホームレスとはまた違った危険にさらされることが多々あります。そこで、ビッグイシューコリアの事務所で、定期購読者やサポーターへのプレゼントにしている押し花のしおりの製作作業を提供するなど、仕事と心理治療という面も含めて一緒に行っています」

また、世界中の居住貧困層が集まるサッカーイベント「ホームレス・ワールドカップ」や、ホームレスだけでなく多様な社会的困難を抱えた人たちのフットサル大会「ダイバーシティカップ」にも初期のころから意欲的に参加してきました。

「でもホームレスサッカーの世界レベルが高すぎて、コリアはいつもビリかブービー賞(笑)。今後また参加できるようになるなら、青少年の支援として取り組もうと計画してます」と、アンさんは笑って言います。

今年、ビッグイシューコリアは新たなチャレンジに取り組み、「年末募金キャンペーン」として団体の活動を支える定期サポーターを募集しています。これまで、ソーシャルビジネスとしての雑誌発行・販売と、ホームレスの直接の支援活動に注力していたため、なかなかできなかった公益法人としての募金活動に、これからは力を入れていくとのことです。

ビッグイシューの年末募金キャンペーン「#BigWish」

ホームレスとホームレスでない人との「関わりづくり」

ビッグイシューコリアが立ち上がって11年。韓国社会全体では、「ホームレス」という居住脆弱層に対する政府の政策も、社会の意識の改善もなかなか進んでいません。政策も福祉法も遅々とした歩みですが、それでも少しずつ改善されていることについて、アンさんは希望を込めてこのように語りました。

「安全で安定した住居がないという広範囲な『ホームレス』という概念ではなく、路上生活者・野宿者という認識がいまだに韓国では強く、用語も否定的に使われることが多いです。でも、住居福祉が提供されていない脆弱な社会セーフティネットのなかでは、失敗したとたん誰でも、いつでも、路上に追いやられる可能性があるんです。

この10年余り、ビッグイシューコリアが果たした役割は、ホームレスとホームレスでない人との『関わりづくり』だと思います。ビッグイシューの主な購読層の20~30代の女性たちは通常、ホームレスの人たちと出会う機会はほとんどありませんが、ビッグイシューを売る・買うという行為を通じて社会的な関係性を結んでいます。ホームレスに対する関心と応援を呼び、またホームレス当事者の人たちは関心と応援を直接受け取って自立に励む。そのような『橋わたし』の役割をビッグイシューコリアが担い、少しずつ社会を変えてるんじゃないか、そう思います」

ビッグイシュー販売員とボランティアサポーター(ビッドム)たち

写真提供:ビッグイシューコリア  (사진제공: 빅이슈코리아)

◎THE BIGISSUE KOREA:ホームページFACEBOOK

著者:曺美樹(チョウ・ミス)。東京生まれ。日本で国際交流NGOのスタッフとして活動後、2014年より韓国在住。現在はニュース翻訳、日韓の市民社会活動をつなぐ交流のコーディネートや通訳、平和教育などの活動に携わる傍ら、KBS World Radio 日本語放送「土曜ステーション」のパーソナリティーを担当している。note

発行:IRO(代表・上前万由子)
後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트)

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