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アジア・ソーシャルインパクト・トリップ#韓国編①「平和教育プロジェクトPEACE MOMO」

このシリーズでは、アジアのあちこちに散らばる「ソーシャルグッド」な事例や取り組みを紹介していきます。新型コロナウイルスの影響で、まだまだ海外旅行や海外研修に行くのが難しい今、各地から現地の情報・社会課題の解決に取り組む人々の声をお届けします。
「この問題、他の国ではどんな取り組みが行われているんだろう?」、「わぁ、会ってみたいな!もっと知りたいな!」など、ちょっとした「知るきっかけ」や「繋がりのきっかけ」をつくるシリーズです。第1回目は、韓国編です。

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(ピースモモの平和教育ツールキット「自己表現カード」を使ったワークショップ。写真提供:PEACE MOMO)

「ピースモモ」の由来

ミヒャエル・エンデの「モモ」という物語をご存じでしょうか。
時間どろぼうが人々から盗んでいった時間を取り返してくれたモモという名の女の子の物語です。モモが取り返したのは時間だけでなく、人々が立ち止まり、振り返る余裕、人の声に耳を傾け、互いを労わりあう心そのものでした。

韓国で平和教育活動を繰り広げるNPO「PEACE MOMO(ピースモモ)」の名前は、この物語に由来しています。忙しすぎる社会、より多くを求めすぎる社会のなかで本当に奪われているもの、それに伴う「暴力の構造」に目を向けること。ピースモモの平和教育活動はそこに端を発しています。

ところで、「平和教育」って何でしょう?戦争の跡地を訪れたり、戦争体験者の証言を聞くこと…?「平和教育」と聞くとどうしても、戦争に反対するという趣旨のごく限られた教育内容だったり、イメージしにくい抽象的な概念を思い浮かべがちです。

ピースモモの考える平和教育の理念は、団体の名前のもう一つの由来である「みんな(モドゥ)がみんな(モドゥ)から学ぶ」(これを縮めて「モモ」)に込められています。教える側が“与え”、教えられる側が“受ける”という上下の教育の権力構造に疑問を投げかけ、互いに水平な「学び合い」の形を通じて、社会の隅々に染み込んだ暴力を取り除いていくこと。これがピースモモの広げようとする平和教育だといいます。

「平和教育プログラム」の内容は?

では、具体的にどのような活動が行われているのでしょうか。
もっとも幅広く行われている活動は、教師または教育に関心のある市民を対象に、平和教育を実践的に学び合う「平和教育ファシリテーター育成プログラム」です。一例として、プログラムの内容をちょっと覗いてみましょう。

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(「あやつり人形」のワークショップのようす。写真提供:PEACE MOMO)

いま参加者たちは「あやつり人形」というワークショップの真っ最中です。二人一組で、一人の手のひらともう一人の額の間に鉄の棒がしっかりくっついているという設定。一人が手を動かすと、額がくっついているもう一人もそれに従って動きます。これを全体バージョンで行うと、中心の一人の両手にそれぞれ額がくっついた二人、その二人の両手にくっついた四人…と連なり、中心の一人がちょっと手を動かすたび全体がドタバタと大きく動いて大騒ぎに。

終わった後、ファシリテーターが「どう感じましたか?」と問いかけると、参加者はそれぞれ「つかれた!」「自由に動けずイラっとした」「人を振り回している気分」など、率直な感想を言い合います。そこから、どうしてそう感じたのか、どんな影響が働いていたのか、このような構造は社会のどんな所で感じられるかなど、対話を徐々に広げ、深めていきます。このように、活動・観察・対話・省察を繰り返しながら、暮らしの中に染み込んでいる権力や抑圧といった見えない暴力に目を向けていきます。

こうした過程で重要な役割をする「促進者=ファシリテーター」は、教える人ではありません。それぞれの考えを言葉にして引き出し、より深く掘り下げていく進行役となること。ピースモモのプログラムを経てたくさんのファシリテーターが生まれ、さまざまな教育現場で平和教育を促進しています。

ピースモモ独自の平和教育理論

この他にもピースモモの活動は、中高生たちと一緒に行う「グロッシーウィーク」や、平和・平和教育をより理論的に学ぶ「MOMO平和大学」など多岐にわたります。これらのプログラムはすべて、参加(Participatory)、対話(Exchange)、芸術‐文化的(Artistic-Cultural)、創造‐批判的(Creative-Critical)、違う視点からみる(Estranging)といったピースモモ独自の教育理論(PEACEペダゴジー)に基づいて練り上げられています。

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(青少年たちと共に行う「グロッシーウィーク」の様子。写真提供:PEACE MOMO)

ピースモモの平和教育の下地となっているのは、「なんでもOK」「ゆっくりでも大丈夫」「違ってもいい、間違ってもいい」「安全であたたかい空間」「“いま、ここ”の特別さ」といった考え方。一人ひとりが承認され、歓迎されるという体験を通じて、参加者はよりオープンになり、積極的に考えを深めていけるようです。

9年間で変わったことは

「ピースモモが設立されて9年目ですが、この間で変わったと感じるのは、一般の教育の現場でも『みんながみんなから学ぶ』ことがずっと浸透してきた、ということかな」と、ピースモモの創設メンバーの一人であるチョン・セヒョンさんは言います。「ピースモモが最初のプログラムを始めた頃は、活動・対話・振り返りという参加型の講座スタイルに抵抗感を示す参加者も多かったんです。『講師の先生から教えてもらう』という姿勢が染みついていたんですね。」

ところが今では、参加者が中心となる学び合いや、先生が一方的に「教える」のではなく水平な関係性に配慮する教育スタイルが「定着しつつある」とのこと。「ピースモモが教育のかたちを変えたというわけではないけれど、これまで撒いてきた種が芽を出した、と言ってもいいのでは」とセヒョンさんは笑って言います。

また、ピースモモはプログラムの運営だけでなく、実際に起きている社会のさまざまな問題に向き合い、それぞれに取り組む市民団体と一緒に平和活動を繰り広げています。ソウル防衛産業展示会(ADEX)では、会場前で「戦争商売をやめて」とアクションを起こしたり、性の多様性を広めるソウル・クィア・パレードではクールなダンスを披露しながらサウンドカーを率いたりもしました。

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(ソウル・クィア・パレードでサウンドカーを率いるピースモモのメンバー。写真提供:PEACE MOMO)

「平和でない状態に対してきちんと『反対!』の声を上げるのはとても大事。さらに一歩踏み込んで、問いを投げかけ、オルタナティブを考える余地を作る、そんなメッセージを現場で発信し続けることもピースモモらしい平和活動だと思います」と、セヒョンさんは語ってくれました。

平和教育というと取っつきにくく、自分の生活からは遠いもののように感じるかもしれませんが、ピースモモは平和をふつうの日常から見つけ出す感受性を育て、「平和はみんなのもの」という考えを実践しようとしています。

現在、平和教育の教材やツールの開発、オンライン・シンポジウムの開催、国際会議への参加、平和/教育研究所の運営など、ますます精力的に活動の範囲を広げているピースモモ。

しなやかで、あたたかく、同時にしっかり筋の通ったピースモモの平和教育活動にこれからも目が離せません。


◎PEACE MOMO: ホームページInstagramFacebook
著者:曺美樹(チョウ・ミス)。東京生まれ。日本で国際交流NGOのスタッフとして活動後、2014年より韓国在住。現在はニュース翻訳、日韓の市民社会活動をつなぐ交流のコーディネートや通訳、平和教育などの活動に携わる傍ら、KBS World Radio 日本語放送「土曜ステーション」のパーソナリティーを担当している。
発行:IRO(代表・上前万由子)
後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트)
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