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アジア・ソーシャルインパクト・トリップ#韓国編④ 兵役拒否運動からはじまった平和団体「戦争なき世界」

「良心的兵役拒否」ということばを聞いたことがあるでしょうか。

韓国には、国内に居住するすべての韓国籍の成人男性は軍隊に服務しなければならない「兵役義務」があります。最近、世界トップクラスのポップスター、BTS(防弾少年団)の入隊がどうなるのかなどが日本でも話題になり、韓国の徴兵制度について耳にしたことのある方も多いかもしれません。

しかし、兵役対象者のなかには、自分の主義や信念、信仰にしたがって軍入隊を拒否するという「良心的兵役拒否」をする人たちもいます。たとえ「良心」によるとしても、これは兵役法により刑罰の対象となり、刑務所に入れられるというリスクが伴います。韓国では信仰上の理由で軍入隊を拒否する人が多いなか、2001年に初めて「平和主義」の信念を公に宣言した兵役拒否者が登場し、社会運動としての兵役拒否運動が始まります。

「戦争なき世界」は、まさにその流れからスタートした平和活動団体です。2003年に発足し、「兵役拒否キャンペーン」「兵器監視キャンペーン」「非暴力プログラム」の3つを軸に活動を繰り広げています。

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兵役拒否運動から始まった平和団体

「大学生の頃に良心的兵役拒否運動に出会って、自分も兵役拒否の準備をしながら、同じ志を持つ平和活動家たちと一緒に「戦争なき世界」を立ち上げました」

と、同団体の兵役拒否キャンペーンのコーディネーター、ヨンソクさんは語ってくれました。ところで、兵役拒否「運動」とはどのような活動をするのでしょうか。

「最初は兵役拒否者の相談からでした。兵役拒否をする場合、警察での調査の応じ方、裁判のやり方、刑務所での生活など具体的な相談です。同時に、兵役拒否者に実刑を科すのではなく代替服務制(*)を導入せよというロビー活動など、立法関係の運動も行いました」

そのような運動の長年の働きかけが実り、ついに2019年末に兵役法が改正され、良心的兵役拒否者に対して代替服務制が導入されました。でも、「戦争なき世界」の目指す兵役拒否の目的は、代替服務制の導入で完全に果たせたというわけではありません。

そもそも平和主義を掲げて入隊を拒むという行動は、戦争そのもの、または戦争を起こす社会的構造に対する抵抗運動です。そこで、戦争なき世界は、「良心的兵役拒否者を牢屋に入れるな」と訴える人権運動から、戦争そのものに反対する平和運動へと、よりはっきりベクトルを向けるようになります。

「戦争は、常軌を逸したどこかの国や指導者によって偶発的に起きるのではなく、高度に計算された利害関係による政治的な行為です。わかりやすくいえば、戦争で莫大な利益を得ている軍需産業があり、またその利益を得るために戦争を煽っているのです。なので、戦争を企画してつくりだす行為を妨げなければならない。そこで、兵器を売買する軍需産業行為に抵抗しようというキャンペーンをはじめることにしたんです」

(*)軍隊での服務の代わりに公益を目的とする指定の機関で一定期間服務することで兵役義務を果たすとみなす制度。

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(兵役拒否キャンペーンコーディネーターのヨンソクさん)

戦争産業に反対する「兵器監視キャンペーン」

戦争なき世界の3つの主な活動のうちのひとつ「兵器監視キャンペーン」は、こうして立ち上がりました。

「とはいえ私たち活動家は、軍隊経験のない女性や兵役拒否者たちが圧倒的に多くて、武器を手にしたこともないから兵器についてさっぱりわからなかった(笑)。それでまずは兵器体系、軍需産業についてとことん勉強したんです」

キャンペーンはその後、韓国のハンファや豊山など大手企業グループが生産するクラスター弾売買の反対アクションなどを展開していきます。そして2013年、ソウル国際航空宇宙・防衛産業展示会(ADEX)での抵抗アクションで「デビュー」します。

クラスター弾反対アクション

(クラスター弾反対アクション)

ADEXはソウルで2年に1回開かれる軍需産業の展示会で、派手なエアショーなども開かれ、毎回多くの市民が訪れます。展示会という名目で、実際には国際的な兵器売買の取引の場となっているのです。この場に、戦争なき世界のメンバーをはじめ平和活動家たちが集まり、「戦争商売、もうやめて」などのメッセージを掲げ、さまざまなパフォーマンスを繰り広げてきました。

とはいえ、莫大な防衛産業を相手に、これらのアクションは「大海の一滴」ではないでしょうか。そんな問いに、ヨンソクさんは笑いながらこう答えました。

「そもそも一般の人々にとって馴染みのないイシューです。例えば最低賃金や過労死、デートDVといった自分の生活圏で目に入ってくる社会問題に比べ、兵器の売買というのは遠い問題。韓国産の兵器がいくらで取引されたという話は経済ニュースになっても、それらの兵器が東南アジアや中東の国々で市民に向けられ、民主主義を抑圧しているということはなかなか表に出てこないし、関心も持たれません。

でも、私たちがADEXでキャンペーンをはじめた当時は、兵器展示会で何が行われているのか、それが何なのかを知る人はほとんどいなかったのに、ここ5回にわたるADEX抵抗キャンペーンによって、少なくともこの活動を目にした人には「ADEXに反対する市民がいるんだな、何か問題があるんだな」という認識を持たせることはできたんじゃないかと思うんです。騒ぎを起こすことで、問題に目を向けてもらうという一歩は踏み出せたと思います」

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(ADEX抵抗キャンペーン)

2021年10月ADEX抵抗キャンペーンの動画はこちら

社会運動をエンパワーする「非暴力プログラム」

同団体の3つめの活動「非暴力プログラム」は、まさにこのような地道なアクションの基盤を整えるプログラムです。

これは、さまざまな社会問題を解決するために活動する人や組織に向けて、より効果的に、よりしっかりと活動を続けていくためのワークショップを行うもの。どうやって目標と戦略を立て、目標達成のために何が必要なのか、などをゲームを通じて一緒に探りながらトレーニングします。短くても3時間以上、長いものでは数日かけて行うとのこと。戦争なき世界のトレーナーたちが、プログラムを依頼してきた団体のイシューに合わせて内容を組みたて進行し、資料や情報も提供しています。

「私たちも活動の途中で、一度大きく挫折しかけたことがあるんです。その時、周りの勧めで外国の非暴力トレーニングを受けたんですが、目から鱗が落ちるような体験でした。兵役拒否運動においても、自分たちでは一致していると思っていた考えや目標が、それぞれバラバラだったことが分かったんです。

市民活動で社会に変化をつくりだしていくには、長い時間がかかります。すぐには解決方法は出ない。だからこそ正確な目標や戦略、そして一緒に方法をみつけていく過程が必要なんです。それを共有できたとき、無気力や敗北感を克服できてエンパワーされました。それでこのトレーニングを周りにシェアしたいと思い、外国の資料を翻訳したり、トレーニングを学んで練習したりして、このプログラムをつくったんです」

戦争なき世界が行っている非暴力プログラムは、「非暴力コミュニケーション(NVC)」に代表されるような個人間の摩擦の解決のしかたではなく、活動家や市民団体を対象としたもの。「社会運動が社会の問題を変えるためには、何があればより良くできるのか」に焦点を合わせた、社会運動トレーニングともいえるものです。ただし、組織における人間関係の摩擦は、必ずしも個人に問題があるだけはなく、組織内の民主的でない運営の在り方や、目標の不一致という構造の問題が原因のケースも多いといいます。プログラムを通してそのような障害物を見つけ、関係と構造を立て直していくということもあります。

非暴力プログラムを基盤に、オンラインで誰でも自由に使えるワークショップツール(guide2change.org)も開発されました。このサイトには、活動家のためのワークショップの概要や趣旨、ワークショップの企画から進め方まで、すべての情報がアップされていて、ツールをダウンロードできます。

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(非暴力プログラム)

平和は難しい、だからこそ疲れずに地道な歩みを

兵役拒否キャンペーン、兵器監視キャンペーン、非暴力プログラムの3つの柱で平和活動を繰り広げている戦争なき世界。平和問題を一般市民に広めるためには、どんな方法があるのでしょうか。

「平和運動というのは、もともと一般市民に受け入れられにくいものだと思ってます。平和は複雑で難しいもの。暴力は「敵か味方か」「勝ちか負けか」と単純ですが、平和の視線からは、敵と味方の間の多様な関係の存在を知り、勝ちか負けかでは語れない多様な存在の状態を把握するという複雑な思考をしなきゃならないんです。当然一言で表すことはできません。平和とは、その複雑さを見つめることだと思います」

それでも、できる限り理解しやすい言葉で平和を人々に伝えるのが平和活動家の役割ともいえます。ヨンソクさんは人々が関心を持つテーマ、例えばドラマや映画、小説などにつなげて語ったりもするといいます。同時に、一般的な広い関心は集められなくても、重要な平和イシューの情報――例えば国際的な軍事・軍縮研究の報告書の翻訳など――を着々と積み重ねていくことなども大事な活動だと語ってくれました。

戦争の構造をなくすという難しい問題に向き合うなかで、一息に解決しようとするのではなく、長い時間をかけることを理解して「疲れないように」一歩一歩を歩んでいく。そのような姿勢で、小さくとも熱いアクションを社会に打ちつけていく「戦争なき世界」の粘り強く着実な活動が、頼もしく感じられます。

2021年10月ADEX抵抗キャンペーン_2

写真提供:戦争なき世界 (사진 : 전쟁없는세상)

◎戦争なき世界(韓国語:전쟁없는세상) :ホームページFacebook

著者:曺美樹(チョウ・ミス)。東京生まれ。日本で国際交流NGOのスタッフとして活動後、2014年より韓国在住。現在はニュース翻訳、日韓の市民社会活動をつなぐ交流のコーディネートや通訳、平和教育などの活動に携わる傍ら、KBS World Radio 日本語放送「土曜ステーション」のパーソナリティーを担当している。note
発行:IRO(代表・上前万由子)
後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트)

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