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アジア・ソーシャルインパクト・トリップ#韓国編③ 外国人移住民とともに生きる社会へ「移住民センター・チング」

2021年現在、韓国に居住する外国人の数は約200万人強。韓国の人口5100万人の4%以上に当たる割合です。コロナ禍で観光旅行など短期滞在が圧倒的に少なくなったことを考えれば、この4%はほぼ韓国に「定住」している外国人といえます。また、帰化(韓国国籍取得)者を含めれば、外国にバックグラウンドをもつ移住民の割合は優に5%を超え、「単一民族国家」という意識が根強かった韓国社会もすでに多民族・多文化国家に突入しつつあるといえます。

しかしいまだに、韓国に移住した外国人が、社会の構成員として十分に権利を保障されているとは言いえません。様々な制度的な差別、人々の偏見によって起こる差別の問題は山積していても、社会問題としてなかなかスポットが当たらず、見えない問題として埋もれがちです。

彼らをサポートする機関は、民間のNPOや労働団体、自治体の支援センターなど様々です。そのなかでも「移住民センター・チング」(以下、チング)は、法律で外国人移住民(*)を助けることで大きな役割を果たしています。

(*)移住民とは、地理的に離れた場所に生活の場を移した人全般をいいますが、韓国では一般的に「国際的に国境を越えて移住した人」のことをいいます。

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法律は社会的弱者を守るための装置

「チング」とは「友達」という意味。韓国社会に根を下ろした外国人住民を歓迎し、寄り添い、互いに良き友人となって共に生きる社会を目指すという意味が込められています。チングの主な事業は、移住民の法律相談や訴訟支援、韓国社会に定着して暮らせるようにする様々な支援プログラムの運営です。

「韓国で社会的に弱い立場の移住民たちを保護できる唯一の装置が法律です。でもその法律が難しすぎて複雑なので、彼らを疎外しているんです」と、センター長のチョ・ヨングァン弁護士は言います。そう、常勤スタッフをはじめチングの主な活動家は、現役の弁護士たちなのです。法律のプロが、直接移住民の困難に向き合い、相談や訴訟の代理を“公益”として行っています。

最も多く寄せられるのは、賃金が支払われない、仕事中にケガや病気をしても労災が認められないなどの労働問題です。韓国では2004年に施行された雇用許可制によって、事業主が直接外国人労働者を募集・雇用できるようになり、多くの労働力が流入しました。しかし転職の自由がなく、事業主が大きな権限を握っている制度のもとで、パワハラや不当な労働時間など、深刻な人権侵害が絶えず起こっています。

困難を抱えた移住民が直接チングの事務所を訪ねると、スタッフは一人一人相談に乗り、法的な解決策を一緒に探ります。

こんな事例があります。キムチ工場で短期就業で働いていたモンゴル人労働者たちが、工場主から賃金を払われないままビザ期限が満了となり、帰国前日にチングに相談して委任しました。チングの活動家は民事訴訟を起こし、8カ月かけて未払いの賃金を取り戻しました。しかし悲しいことに、モンゴルに帰った当事者の一人はその吉報と賃金を受け取る直前に急病で亡くなっていたのです。このようなことが繰り返されてはならない、と力強く語る事務局長のイ・ジネ弁護士は、制度の改善の重要さを訴えています。

映画「ミッドナイト・ランナー」の差別表現を提訴

移住民のうち最も多い人口を占める中国籍、なかでも朝鮮族と呼ばれる中国同胞(*)の人々に対する偏見と差別の視線は、特に根強いものがあります。それは映画やドラマの中でも繰り返し表現され、再生産されたりもします。

人気俳優パク・ソジュン、カン・ハヌルが警察学生を演じて大ヒットした映画「ミッドナイト・ランナー」が、韓国に住む朝鮮族の人々を差別的に描いたとして訴訟を起こされたことは、あまり知られていないかもしれません。映画の舞台となった大林洞(デリムドン)という町は、実際、朝鮮族の人々が多く住む地域として知られています。映画では大林洞の朝鮮族を凶悪犯罪集団として描き、嫌悪感を助長したことで不利益を被ったとして、中国同胞団体が損害賠償訴訟を起こしました。結局、2020年の二審判決で制作側に謝罪と再発防止の勧告が下され、制作側は正式に謝罪文を発表しました。この訴訟でも、チングは同胞団体や他の支援団体と一緒に働きかけ、重要な役割を果たしました。

「映画をはじめとする放送媒体で繰り返され、拡散された移住民に対する差別的・嫌悪的表現に対して、批判的に省みることができる機会だったという点で意味がある」と、チングは報告書で述べています。なにより、差別を受けた当時者と支援団体が共に声をあげ、映画の差別表現に対して公式に謝罪を引き出した画期的な判決だといえます。

(*)19世紀後半から日本の植民地時代にかけて朝鮮半島から中国に移住した人々とその子孫。歴史的背景により朝鮮半島から中国や旧ソ連、日本などに移住した人々は「海外同胞」と呼ばれる。現代になり中国やウズベキスタンなどCIS諸国から韓国に「再移住」した同胞は多い。

コロナ時代の困難

チングの事務所は、まさにそのチャイナタウンが形成されている大林駅のすぐ前の雑居ビルにあります。ドアの前の黄色い看板には「平和・人権Cafe」と書かれてあり、法律相談事務所のような堅苦しさはまるでなく、開放的なコミュニティスペースといった空間です。

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事務所で話を伺ったイ・ジネ弁護士は、最近のセンターでの活動についてこう語ってくれました。

「コロナの状況下で対面相談はできず、制限的はありますが、メールやオンラインでできることを進めています。先日は移住民の方々を対象にした通訳・翻訳育成教育をオンラインで開きました」

法律相談はメールでやりとりするので、どうしても言語が限られる難しさがあるといいます。そのためコロナ禍では相談が減るかと思いきや「なぜか、もっと忙しくなってるんです」と苦笑。

「移住民もコロナの影響を明らかに受けていて、例えば仕事が減ったことで不当解雇や賃金不払いの相談も増えました。いま一番大きいのは在留資格の問題。ビザが切れて出国しなきゃならなくても、飛行機や受け入れ国側の問題で出国できない人の困難が続いています。また、家にいる時間が長くなって家庭内暴力の相談も増えてますね」

実際、コロナ事態が起きてから外国人に対する差別・偏見は露骨にあらわれました。コロナの発生当初は、中国の武漢が発祥地ということから、中国同胞を含む中国籍移住民に対して「入店お断り」と貼り紙を出す店があったり、ヘイトといえる言動が公然とあらわれたりもしました。また、去年の公的マスク購入の際は、国民健康保険に加入していない外国人は販売対象外となり、多くの外国人住民が自分の身を守るマスクも買えなくなるという状況が発生しました。

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(移住民センター・チングの常勤スタッフ。左から、イ・ジネ事務局長、イ・イェジ常勤弁護士、イ・ジェホ常勤弁護士)

制度による非合理的な差別をまずなくそう

移住民に関する問題において、韓国社会で一番優先的に解決しなければならない問題は?との質問に、イ・ジネ弁護士はこう答えました。

「制度的な改善です。例えばいま私たちが闘っているのは、政府がコロナ災害支援金の対象から外国人住民を排除した差別的支給に対してです。人々の偏見やヘイトによる差別をなくすというのももちろん大事ですが、政府の制度・法律というレベルで起きる非合理的な差別はもっと早く解決できる問題です」

昨年、政府と各地方自治体は「全国民」を対象に災害支援金を支給することを決めましたが、外国人は「永住権者」または「結婚移民」(家族に韓国人がいるケース)のみとし、国民と同じようにコロナで苦しんでいる多くの外国人住民は、支援金の対象から外されました。

これに対し、チングをはじめとする支援団体はソウル市と京畿道を国家人権委員会に訴え、人権委は「ソウル市と京畿道の災害支援金の支給対象から外国人住民を排除したのは明白な差別」と判断を下しました。

このような経緯から、その後、京義道などは外国人住民にも支援金を支給すると決定しました。しかし、政府や他の自治体はいまだに外国人住民を支援対象から排除しており、当事者や支援団体の闘いは続いています。

それでも、チングのような地道な活動が一歩一歩、法律や制度を改善し構造的な差別をなくすことに貢献しているのは間違いありません。

平和・人権・共存の社会に向けて

冒頭で述べたように、韓国で多様な民族、多様な文化が相対的に増えていくのはもう間違いないことです。移住民を排除の対象ではなく、また、施しを与える対象でもなく、共に生きる社会の構成員として受け入れるために、チングは平和と人権、共存という理念を掲げています。

友人(チング)として、困ったときに助け合うこと、日常生活を安心して送れるようにすること。外国人・内国人という境界線で分けるのではなく、だれもが生きやすい社会への一歩に向かって、移住民センター・チングの粘り強く、温かな活動は続いています。

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(チングと縁を結んだ移住民たちからの手紙や写真など)

◎社団法人「移住民センター・チング」:HP
著者:曺美樹(チョウ・ミス)。東京生まれ。日本で国際交流NGOのスタッフとして活動後、2014年より韓国在住。現在はニュース翻訳、日韓の市民社会活動をつなぐ交流のコーディネートや通訳、平和教育などの活動に携わる傍ら、KBS World Radio 日本語放送「土曜ステーション」のパーソナリティーを担当している。note
発行:IRO(代表・上前万由子)
後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트)

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