アジア・ソーシャルインパクト・トリップ#韓国編⑥ ママたちの潜在力に注目する「POPOPO」
「母親というのは、人類の歴史の中で、子どもを産み育てる一番重要な役割にもかかわらず常に影のような存在として生きてきたのではないでしょうか。子を育てる役割に代わって、自分個人の主体性は消滅してしまうような。でもそうではなく、ママとなった女性たち一人ひとりの力に焦点を当てたかったんです」
「POPOPO」の代表のチョン・ユミさんは、インタビューでそんなふうに語ってくれました。
妊娠・出産を経た女性は、社会活動において男性よりも大きな比重で変化を求められます。これまでのキャリアを諦めざるを得なかったり、慣れない環境で子育てに集中しなければならなかったり、「私自身」を脇に置いて「ママになる」女性たちはたくさんいます。
そんな中で、ママになった女性たちの潜在力に注目し、彼女たち一人ひとりの人生をつないでいくプラットフォームの役割を果たす「POPOPO」を紹介します。
結婚移住女性たちの絵本「故郷の図書館への手紙」
「Connecting (p)e(o)ple with (po)tential (po)ssibilities(潜在的な可能性をもつ人々をつなぐ)」というフレーズから名前をとったPOPOPOは、2019年に創立されたソーシャルベンチャーです。
主な事業として、季刊誌「POPOPO マガジン」や書籍の出版、さまざまな社会活動で活躍する女性たちとつながるトークイベントなどの企画を手掛けています。
「ママの潜在力に注目する」をモットーとするPOPOPOの事業は、8年間雑誌編集者として活躍し、妊娠・出産をきっかけにキャリアが「断絶」したチョン・ユミ代表自身の経験が基盤となっているとのこと。
妊娠を機に会社を辞め、単身赴任の夫が暮らす慶尚北道の浦項(ポハン)に移住したチョンさんは、そこで大きなギャップを感じました。
「ソウル育ちの私にとって、やや保守的な地方都市の浦項は全く馴染みのない所でした。知り合いもおらず一人で子育てをしていると、同じ韓国だけどまるで外国に暮らす結婚移住女性のようだと感じたんです」
実際に外国からの結婚移住女性が多く住む浦項で、そのような女性たちがどう暮らしているのかが気になり、チョンさんは自ら訪ねて行きました。中には大学院卒という学歴を持ちながらも子育てのみの日々を送っている人もいれば、生活が忙しくて韓国語をちゃんと学べず、家族の中でもコミュニケーションの困難を抱えている人もいました。
そんな女性たちと一緒に何かしたい、と考えたチョンさんが取り組んだのは、絵本作りのプロジェクトでした。自分の母語で文を書き、絵の描き方を学びながら互いに心を開いていくプロセスを経て、一冊の絵本「Letters to Library(図書館への手紙)」が誕生しました。フィリピン、ミャンマー、日本など6か国出身の9人の女性が、自分の故郷を想って絵と文をかき、故郷の図書館にこの絵本を贈るというコンセプトで出来上がった作品です。
この絵本作りプロジェクトを通じて、さまざまなNGOや地域のソーシャルイノベーターたちとつながり、現在の活動まで広がったといいます。
ママたちの“自分の物語”を引き出す 「POPOPOマガジン」
「潜在力というのは、“自分だけが気づいていない能力”だと思っています。誰もがとてもうまくできる何かの能力を持っているのに、ママとして生きる中でいつの間にかそれが埋もれてしまう。ママたちがそれぞれ個人の能力を発揮できるようにすることをミッションにして、事業を始めました」
チョンさんが雑誌編集者としてのキャリアを生かしてまず手掛けた季刊誌「POPOPOマガジン」は、2019年9月に発刊された1号を皮切りに、現在5号まで発行されています。
誌面を彩る作家たちは、多様な「いま」を生きているママたちです。デザイナー、絵本研究家、外資企業の次長、心理ケアコーチなど、さまざまな経験値をもつ女性たちが、キャリアや育児の話だけではなく、それぞれの視点で率直な自分の物語を綴っています。
ママに関する雑誌や本は、ほとんどが育児や子どもの学習、またはショッピング情報などを主に載せていますが、POPOPOマガジンは文字通りママである個々人の人生に照明を当てています。どんな人を発掘してどんな話を盛り込むのかも、ゼロベースから始めて一人ひとりつながっていったとのこと。
そうして刊行されたPOPOPOマガジンは、2号めでニューヨークと韓国を行き来して活動するアーティストを取り上げ、韓英両言語で記事を掲載したところ、縁あってニューヨークの書店への入庫が決まりました。
ところがちょうどそのころ、コロナ拡散の猛威に世界中が襲われ、米国進出は延期となってしまいました。
「コロナ時代に何もかもがオンラインで行われるようになりましたが、私たちはオフラインだからこそできることの意味も大切にしたいんです。また、プラットフォーム事業も今はほとんどがオンラインですが、紙媒体の持つ力も重要だと思って、雑誌を出し続けています。ゆっくりだけど、一つひとつ積み上げていくと、互いにシナジーを生み出すチームがだんだん集まり始めたんです」
そのようなつながりの中から、ママたちのインタビュー集「私の仕事を守りたいママのためのハンドブック」も刊行されました。
ママの、そして女性たちの連帯
「ソウルで会社勤めの時も、女性として働く中で “ガラスの天井”を感じることはありましたが、保守的な考えの根強い地方で仕事をしてみて、より強くそれを感じるようになりました」
支援機関に事業の支援を申し込んで面接に行くと、「ご主人の許可はもらったのか」「お母さんなら子どもの世話をまずしなきゃ」などと言われたことも。結局、支援機関で審査をする立場の人たちは「子育ては女性がするもの。それでも最近は父親も“手伝って”いるじゃないか」という考えの中高年層の男性が多数を占めているのです。「そのような方々に『ママの潜在力』といっても、なかなか伝わりませんでした」と、チョンさんは言います。
そんな中でも、各地域で育児をしながら働く女性のソーシャルベンチャーの代表たちと出会い、意気投合して協業の機会を生みだしました。小さなソーシャルベンチャーがうまくいかず倒れるケースが多いので、連帯しあって「生態系」を作っていかなければならない、ということです。
「私たちにとって共通していたのは『子どもたちが生きていく未来は、私たちがより良く作っていかなきゃ』という思い。常にその思いを重ねて、協業したり新しく仕事を広げていけたのだと思います」
例えば、社会の変革に取り組む社会起業家のグローバルネットワーク団体「ASHOKA KOREA」と共同で今年6月、「POKACHIP(ポカチップ)」というイベントを企画・運営しています。
「『ケア』をテーマに私の中のスーパーパワーと夢を語る」などを題材に、さまざまな立場のママである参加者たちがそれぞれの経験や考えを語りあい、内在する力量を見つけていくという対話セッションです。
雑誌作りの外で、または雑誌作りを通じて、特色のある人やチームと出会い、それぞれをつないで新しいシナジーを生み出すこと。これもPOPOPOが担っている役割の一つです。
ロールモデルではなく「レファレンス」
「ママの潜在力」というと、なにか特別なことのように思えるかもしれませんが、そうではないとチョンさんは笑って言います。
「最近は、ロールモデルと言わずに『レファレンス』という言葉を好んで使います。ロールモデルというと、とても立派でそっくり見習いたいような完璧な誰かというイメージがありますが、そんな完璧な人なんてそういません。自分の生き方を模索するときに、少しずつ参考にしたいと思える、普通の人たちのたくさんの例が必要なんです。そんなレファレンスになるようなさまざまな個々の物語を提供する場としてPOPOPOが成長できればと思います」
POPOPOマガジンの読者はママに限らず広がっています。「シングルファザーだが、自分の話を掲載してくれるだろうか」「非婚女性ですが、私の母の話を紹介したい」などとアクセスしてくれる人も増えているそうです。
「ママである個人の物語が、結局はみんなの物語だ、という共感を広げたくて、何かに偏向せずいろんな所から発掘した声を伝えようとしています。
韓国も日本も、母親という存在はどこか、自らが犠牲になってでも家庭をケアする存在という思い込みが根強くあります。でも、ママは自分のアイデンティティのうちのひとつであり、『〇〇ちゃんのママ』ではなく私の名前で生き方を模索する、そんな物語が広がって、変化の風を起こしていると感じています」
写真提供:POPOPO (사진제공 : POPOPO)
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