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BAUESに先日の記事が載りました

先週noteに書いた、建築業界は結構バランス良くビジネススキルが要求される業種だと思いますよという趣旨の記事が、建築ソーシャルメディアのBAUESに掲載されました。

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うちはエクステリア(庭や外壁)の会社ですが、日本人の庭づくりの感性はご存知の通り中世以前から既に世界的に見て非常に独特なもので、左右対称、幾何学的な庭園を人工的に作り上げてきた西洋の文化に代表される発想とは対照的な、豊かな自然の風景の抽象化が根元にあります。そしてその延長に風景に溶け込む家屋があったわけですが、一方で日本人は「ゆく川の流れは絶えずして...」で有名な方丈記のように、必要最小限・間に合わせの住まいという美学も持ち合わせていて、小さく狭く、質素で良いというお金のかからない暮らし方も評価し、共感してきました(方丈記の「方丈」はおよそ4畳の広さの住宅を意味する。多くの若者が4畳半のアパートから社会人をスタートさせることができるのもこの日本人のDNAによるものだと僕は勝手に思っています)。

東京で建設業を営みながら考えていたことは、これらすべてがミックスされているのが現代都市建築だな、ということです。地価の高い東京都内では建物自体がスケール値「ほぼ方丈」。そこに西洋のテイストがミックスされたエクステリアがあり、緑地は日本的です(ユーカリとかはあまり植えないということ)。だから日本の都市の風景はワイドビューで見ると他の先進国と同じような近代的な出で立ちですが、歩いてみると、「あ、ここは日本だな」と絶対にわかる。

今後、日本ではこの「日本だとわかる」風景をいかに発展していくかということがおそらく建築における大切なテーマになってきます。「方丈方面」から空間設計をしていくとどうしても「これでいい」という発想に結びつき、それがミニマリズムというカテゴリーに収まるとそれ以上住まい手の感性は刺激されません。感性が刺激されないと人間が教育されないので、デザインや芸術方面の文化は本来は住まい手の中では育まれなくなっていきます(日本ではインテリアデコレーターよりも片付けのプロが有名になってしまっているのはその表れではないでしょうか)。

いま日本の建築は共有空間のデザインに非常に力を入れていますが、そこが充実してくると先に述べた「その延長にある家屋」にも目をやらざるを得なくなってくると思います。家屋というのは皆さんの暮らす一軒一軒の住まいのことですから、きっとこの先皆さん自身も職業に関係なく自分の健康などと同じように、自分の住まいのデザイン、建築のことについても考えていくことになっていくのではないでしょうか。

それが今回BAUESで取り上げられた記事の最後に僕が引用したウィンストンチャーチルの「私たちが建物をつくり、そのあと建物が私たちをつくります」という言葉に重ね合わせた僕の想いでもあったのですが、これを機にここで補足させていただきました。

( 文・写真 / 西澤伊織 )

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